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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
最終章 生きること、それは人とのしがらみを解くこと。
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第五話 竜介

 せっかく由紀乃が河口湖から帰ってきたというのに、顔を合わせたのはたったの一日。後はすれ違いばかりだった。

 今日、由紀乃は桐野先生のところから帰ってくる。でも新学期になったら、あっちで暮らすかもしれない。そのことがずっとオレの不安の種になっていた。同じ家にいても顔を合わせないこともある。別々のところに住んだら、なかなか会えない。学校も別だし、部活も会って、週末にどこかで待ち合わせて映画を見たり、お茶するくらいしか時間がとれないと予想できた。

 これまでのオレ達の生活が普通じゃないってわかってた。けど、そんな密着した生活から離れ離れになる交際って考えられなかった。簡単に会えなくなって、由紀乃は面倒くさいって思うかもしれない。同じ学校の誰かとつきあうって言うんじゃないかとまで考えてしまうオレだった。


 硬派なはずのオレなのに、こんなことをウジウジ考えているなんて我ながら情けない。誰にも知られたくないことだ。けど、家に一人でいると、どうしても頭の中をそんな不安がよぎった。

 由紀乃がそばにいるのが当たり前になっていた。由紀乃と一緒にいれば宿題もやったし、予習もした。こんな模範生のようなオレになったのに、ここから由紀乃がいなくなったら、どうなっちまうのか。寂しさにバイトを増やして、成績が下がり、剣道のレギュラーメンバーを外されたりして・・・・。そんなのサイアクだ。


 午前中の練習から帰ってきた。由紀乃は朝、向こうを出ると言っていたから、もう家に帰っているかもしれないと家路を急いだ。

 けど、家には誰もいなかった。ガランとした家に帰ってきて、誰もいないその空間が余計に寂しく思えた。夕方から、また光司のところでバイトだった。そうなるとまた、由紀乃とすれ違いになる。


 そんなことも考えながら、スポーツバッグを玄関先に置き、汗臭いままでソファに寝転がった。白い天井を見つめていた。

 今日は、剣道の仲間たちがお好み焼きを食べて帰ろうと誘ってきた。オレはその誘いを断って急いで帰ってきたのに、由紀乃がいなかった。がっかりした。ハラ、減ってる。お好み焼き、食べてくればよかった。


「ああ、チクショウッ」

 なにに向かってなのか、自分でもわからない。とにかく、こんなにウジウジしている自分に腹をたてていた。なにか、叫びたかった。そういう心に罵倒したかったのかもしれない。


「なにが、畜生なのかな?」


 そう言って、寝転がっているオレの顔を覗き込んできたのは、その当の本人、由紀乃だった。

「あっ」

 慌てて起き上がる。

 さっきまでいなかったはずだ。オレはつい先刻まで考えていたことを悟られてしまったかのように、少し焦っていた。

「ただいま、玄関の鍵が開いてたから、帰ってるって思って」

「お、おう。そうか。お帰り」

 すかさず由紀乃はがさがさと音を立てて、目の前に袋を差し出す。見覚えのある、行きつけのお好み焼きの店の袋。しかもおいしそうな匂い付き。

「え? なんで、どうして? ええっ」


 由紀乃は、オレに向かいのソファに腰掛けた。お泊りバッグを床に置く。

「もっと早く帰るつもりだった。でもゆっくりして行けってお父さんが言うから、お言葉に甘えさせてもらったの。駅を降りたらお腹が空いちゃって、食材を買って何か作ろうかと思ったけど、お昼だったら手軽にお好み焼きをお持ち帰りにしようと思って、お店に入ったら竜介くんの剣道仲間がいっぱいいたの。竜介くんが食べずに帰ったって聞いて、ちゃんと二人分買ってきた」

「うわあ」

 涙が出そうなくらいうれしかった。

 絶妙なタイミングだ。暗澹としていた世界が、由紀乃のおかげで素晴らしい別世界に行ったかのようだった。オレ達って本当に繋がってると思う。


 由紀乃が、お好み焼きを皿に移し、温めてくれた。そして冷たい麦茶。

 オレは早速、でっかい一口を頬張った。空きっ腹の胃袋が、歓喜の歌を歌っているようだ。

「うまいっ」

と叫ぶと、由紀乃の顔もほころぶ。

 オレはすっかり機嫌をよくしていた。

「あ、そうだ。先生のとこ、どうだった? 料理、喜んでくれたか」

 あの先生なら多少の難があったとしても手放しで喜んでくれただろう。こんなことを言うと、由紀乃が怒りそうだから言わないが。そして、一番気になっている、向こうで暮らすのか、聞くことを意識的に避ける。


「あ、うん。一緒に夕飯作ったの。おいしくできたと思います。それにね・・・・」

 そこで由紀乃は言葉を切った。そして意味ありげににっこりと笑う。

「パソコン付きの私の部屋、用意してくれてたの」

 え? パソコンと、なんだって? 私の部屋って聞こえたけど。それはどういう意味だ。まさか、もうあっちに住むって決めたんじゃないだろうな。

 オレの心の葛藤とは裏腹に、由紀乃は涼しい顔をして、お好み焼きを咀嚼していた。


「あ、誤解しないでね。私も驚いた。私がいつでも行って、自分の部屋でくつろげるようにってことだって。私はここにいる、それでいいって言ってくれたの」

 オレはそれを聞いて肩の力を抜いた。

「じゃ、由紀乃はここで暮らすんだな」

「うんっ」

「どこにも行かないんだな」

「まあね。でも一週間に一泊くらいはしようと思ってる。お父さんが早く帰れる日とか、週末とかにね。そうじゃないとあの空間、遊ばせておくのはもったいない」

「へ~え」


「じゃ、土曜日に行って日曜日に帰るとか?」

「うん、そうなるかもね。急に行っても困らないように着替えを持っておいておくの」

「ふ~ん」

 まあ、安心だった。由紀乃は今まで通りここにいる。週に一泊くらいなら、オレだってバイトがあるから何の問題もない。

「ねっ、うれしい?」

「えっ」

 由紀乃がオレをからかうようにそう言った。恥ずかしくてまともに目を見ることができない。

「あ、うん。まあな」

と言葉も濁す。

「ほんと? すごく?」

 オレの顔を覗き込んでくる。わざと渋面を作った。そんなこと、この硬派なオレに言わせるつもりか。

「ああ」

「ねえ、言ってよ。すごくうれしいって」

 面倒くさい。

「いいよ、そうなんだから」

 由紀乃は不満そうにふくれっ面になる。

 かわいいな。うれしいよ。本当にうれしい。この顔が今までと同じようにここにいることが。オレはそう言わず、面白いものを見たかのように言った。

「肉まんみたいにふくれたな」

というと、ますます由紀乃は膨れて、ぷいっと横を向いた。

「もうっ、私のお好み焼き、半分上げようと思ったけどあげないよっ」

 おっと、と思った。オレはもうほとんど食べ終わっている。見ると由紀乃の皿にはまだ、半分以上残っていた。オレはもちろん、満腹にはなっていない。

「わりイ、謝る。ごめん、この通り。食べられなかったら少しくれっ」

と、いささか大げさなジェスチャーで頭を下げた。

「じゃ、私がここにいることが嬉しいって言って」

 普通、強制してまでそういう事、言わせるかよ。でも、言わせられるという状況なら、オレにも言える。

「わかった。由紀乃が今まで通りここにいてくれること、すごくうれしい」

 それが本心だった。

 すぐさま、由紀乃の満面の笑みと共にでっかいお好み焼きの一片をもらう。

「はい、ご褒美」

 本当に単純な奴、だけど、オレも素直じゃない奴。



「あのね、お父さんにちょっと気になるらしい女性がいるの。同じ職場の看護師さんなんだけど。その人と食事しようと思ってる。お父さんの所で、何か作ろうと思うの。その時、竜介くんも来て」

「ええっ、桐野先生の好きな人? その人と・・・・・・」

 オレの中はまた、新たな情報で混乱していた。

「先生に好きな人って、会ったこと、あるのか」

「うん、病院の看護師さん。知明くんの病棟だから、竜介くんも会ったことあるかもね。お子さんがいるんだって」

「なるほど、バツイチ同士のカップルか」

「もう、なんて言い方するの。お父さんは好きみたいだけど、向こうがただの世話焼きだけなのかもしれない。だから、そんなこと言わないのよ」

 叱られた。

「そうそう、それにね。竜介くんと二人で来てもいいって」

「おう、そうか」

 桐野先生はずいぶん、オレのことを信用してくれているらしい。

「でもね、二人きりのお泊りはだめだって」

「あ、当たり前だろう。そんなこと、するかよ」

 由紀乃は、オレの一生懸命に弁解する姿にけらけら笑っていた。からかわれたみたいだ。

「でもさ、私達って、ここでも二人きりになること多いじゃない。今更、そんなことを言われてもね」

 由紀乃はあまり気にしていないらしい。二人で泊まるという意味を。

 

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