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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
最終章 生きること、それは人とのしがらみを解くこと。
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第四話 父との距離 3

「誰か、ここに女性がお手伝いにいらしていますよね。その方はお父さんの恋人ですか」

 かなり他人行儀になる言い方をした。

 父は目を見開いた。一瞬、息を飲んだ様子。

「ああ、そのことか。さすが、女の子は鋭い」

 ちょっとバツの悪そうな顔になった。


「彼女はいい友人なだけだよ。どうも僕は女性から見ると頼りない感じに見えるらしくて、しっかりしてくださいっていつも叱られてる。今回も娘のために部屋を作るって言ったら、僕にできるはずがないって言って協力してくれたし、掃除もやってくれたり」

 そんな女性って、友達以上恋人未満ということなのか。

「恋人、じゃないんですか?」


「う~ん、欲しいとは思うけどね。そこまで心が動かされた人は最近はいないな。手伝ってくれたこの人は、このアパートに住んでいて、たまにおかずを持ってきてくれる。あ、でも鍵を渡したのは今回が初めてだよ。彼女も三年くらい前に離婚して、小学生を一人で育てているから、僕みたいな大きな子供まで面倒をみきれないそうだ」


 忙しい父の世話を焼いている人、のんびり笑っている父に、家へ帰れとか掃除はしたのかなど言う、てきぱきした人なんだ。同じアパートの住人ということは同じ病院関係者。そう考えて、なんとなく、昨日ナースステーションで会ったあの看護師さんの顔が浮かんだ。きりっとしたきれいな人、確か岡さんと言ったはず。

「岡さんって人ですか。同じ病棟勤務の看護師さんでしょ」

 また、父はギョッとした顔をする。なんでそんなことを知っているのかと思ったことが伝わってきた。

「昨日、ナースステーションで会いました」

「え、ああ。なるほど」

「石井先生が、わざわざ岡さんを呼んだんです。他にも看護師さんがいたのに、奥にいた岡さんを。だから、ああ、ちょっと親しいのかなと今思いました」


「やっぱり、女の子は鋭いね」

と笑う。

「あの人は僕が口説いてもおちないよ。男はこりごりって言ってる。そんな僕が急に高校生の親になったから、歯がゆくもあり、先輩面したくっていろいろ世話を焼いているんだと思う」

 口説いても、って、やっぱり少し気があるんだ、と思った。

「由紀乃の心のわだかまりはソレだったんだね」

 こっくりとうなづいた。


「僕の一番は由紀乃だよ。いつだって由紀乃だ。たとえ、この先、僕に恋人ができたとしてもね。それだけは忘れないでほしい。いいね」

「お父さん」

 照れくさくて、下を向いたままでいる。そんな私を父が抱きよせた。包み込まれるように抱きしめられる。

「だから由紀乃もこんなお父さんを見捨てないでくれよ」

 おどけて言うから私も笑う。

「嫉妬していました。お父さんが他の誰かに盗られちゃうんじゃないかって。そんな子供じみた事、考えていました」

 背中に回っている父の腕に力がこもるのがわかる。

「そうか、それもうれしいな。いいんだよ、そういう事、どんどん言ってくれても。自分をさらけ出してほしい。いい子でいなきゃいけないんじゃない。わがままも言っていい。それが由紀乃なんだからね」

 うんうん、とうなづいていた。

 こんなに頼もしい存在に会えたこと、本当に感謝しなければいけない。


 その時、父のお腹がなる。

「えっ」

「Pardon me、失礼。でもハラ減った。昼もろくに食べていないし」

「あ、じゃあ、すぐに作る。ごめんなさい。くだらないことで中断させてしまって」

 私は慌てて、フライパンの火を点火した。

「くだらなくはないよ。大切なことだ」


 私達は二人で夕食の支度をした。私の中のイメージでは、娘が台所で料理をして、父親は新聞かテレビを見ている、そんな風景を想像していた。でも、この父は違う。一緒に台所に立ち、何か話しながら手伝ってくれる。

 やっと出来上がった夕食を二人で囲んだ。

「うん、ウマい。手作りの牛丼なんて久しぶりだな。記憶にないくらい昔」

 大げさな言い方が笑いを誘う。

「ちょっと大げさです」

「そう? 自分で作ったことはあるけど、あまりおいしくなくてね。牛丼は外で食べる、そんなイメージになっている」


「これ、祖母の味なんです。たぶん、母も教わってたかもしれない」

 父が箸を止める。

 しみじみ自分のどんぶりを眺め、

「そうか、綾乃もこれを食べていたかもしれない」

「母は作ってくれなかったんですか?」


「ん、残念ながら、覚えてないな。二人とも忙しい学生だったから、一緒にご飯を作ることがあっても大きい肉をドカッと買ってきて、オーブンで焼くシンプルな料理ばかりだった」

「あ、なるほど」

 肉の安い国ならではのこと。ちまちまと凝った料理など不要なのかもしれない。

 牛丼は、祖父母たちに振る舞ったときのように上手にできた。父の作った味噌汁もおいしかった。


 片付けも一緒にやり、お茶を片手に、新品同様のソファに身を沈める。

 改めて、リビングを見渡した。ここが自分の居場所になるのだろうか。不思議な気がした。

「お父さん、もしかしたら、ものすごく面倒くさい娘かもしれませんよ、私って。もうファザコンっぽいし」

 父は笑って向かいのソファに座った。

「あはは、面倒くさい娘か。まあ、仕方がないよ。それも遺伝かもしれないしね。そういうのも自分のせいだと思って耐えるよ、僕は」

 私も笑った。


 私達はそのまま、取り留めのない話をして笑いあった。私達はお互いのことを何も知らなかったから、たくさん話すことがあった。幼稚園、小学校の思い出、なんでも耳を傾けてくれていた。あっという間に真夜中になっていた。


「あ、そうそう。忘れてた。由紀乃がたびたび、ここへ来るようにプレゼントがあったんだ」

「えっ、その言い方って・・・・」

「そう、ここへ来たくなるエサのようなもの」


 私の部屋へ行く。エサって、そんなものがなくても私はここへ来るのに。

 さっきはさっと見ただけだった。その部屋の机の上になにかが置かれていて、シーツのようなものが被されていた。あまり気にとめていなかった物。

 父が得意げになって、シーツを取る。

 新品のパソコンだった。

「えっ、うそ。まさか・・・・・・」

「勉強にも役立つだろうし、今時の高校生には大活躍してくれると思う。あ、パソコン用の鞄も買っておいたから、あっちの家に持っていってもいい」

「それじゃ、ここへ来るエサにならないでしょう」

「あ、そうか」

 父は頭をかいて笑う。

「いいんですか、こんなに高価な物をいただいても」

「いいよ、もちろん」


「ありがとう、お父さん」

 父の顔が一層ほころんだ。

「いい響きだな。ありがと、お父さんか。なんでも買ってやるバカな親になりそうだ」

 私も声をあげて笑った。

 そうだ、私も父のお土産があった。持ってきたカバンの奥からその包みを取り出した。


「お父さん、私からのプレゼントです」

 父の目が輝く。本当に? すごいな、と小さな紙の袋を開けた。

「パソコンに比べたら、ものすごく小さなものですけど」

 一本のワイヤーに、虹色の小さな石が下がり、透明なミラーボールのようなカットの水晶玉がついている。これが太陽の光を取り込み、小さな虹の世界を作り出すものらしい。お土産屋でなにか父に買いたいと思ってもなにがいいのかわからなかった。それなら、家に置いてもらえる物がいいかもしれないと思って購入したのだ。

「サン・キャッチャーって言うんです。光が入るとキラキラ反射して、きれいなんですよ」

「ありがとう。ドリームキャッチャーは知ってたけど、これは知らなかった」

  ここは朝日が当たるから、そういって、窓際に取りつけた。


 私達はそのままもう少し話をして、夜中の二時を過ぎた頃、ようやくそれぞれの部屋へ入った。

 私にとっては新しい部屋。シェアハウスの和室とは全く違う。フローリングにベッドだ。自分のパソコンももらった。ここへ自分の洋服を持ってきて、気軽に来られるようにしようと思った。たとえ、父がいなくても、この部屋は自分に与えられた、自分だけの空間なんだという感動をかみしめていた。


 翌朝、備え付けられていた目覚まし時計で起きる。ゆっくり寝ていてもいいと言われたが、朝食の準備とやはり父の出勤を見送りたい。

 しかし、父はもう起きていて、ゆで卵とトーストを作っていた。私を見て驚いている。

「おはよう、早いんだね。もっとゆっくり寝ていてもいいのに」

「いえ、朝食を作ろうと思って起きたんですけど、必要なかったみたい」

 父は冷凍庫から、食パンを取り出した。

「パン、何枚食べる?」

「あ、一枚」

「コーヒーは?」


 忙しい父にやらせるつもりじゃなかった。

「私がやりますから」

 しかし、父はもうカップにコーヒーを注いでいた。

「いいよ、そんなに手間じゃないし、ああ、そうそう。ここの合い鍵を渡しておく。本当にいつでもおいで。その時は僕に連絡しなくてもいい」

 かわいらしいチェリーのストラップのついた鍵をテーブルの上に置いた。

「じゃあ、僕はシャワーを浴びたら出かけるから」

「はい」

 

 私は、お言葉に甘えて、ゆっくりと午前中を過ごすことにした。父を見送り、食器を片づけておく。自分のベッドもきちんと直し、見苦しくないようにしておく。

 次に来るのはいつになるだろう。もうすぐ、新学期がはじまる。やはり、週末に来る方がゆっくりできると思う。

 そんなことを考えながら、昼前にアパートを出た。


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