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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
最終章 生きること、それは人とのしがらみを解くこと。
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第一話 知明のお見舞い

 久しぶりにシェアハウスへ戻った。

 竜介に会える、と流行はやる心を抑えつつ帰ったが、誰もいなかった。少しがっかりするが、今はお昼が過ぎたところだ。いなくてもあたりまえだ。きっと竜介は剣道の練習に出て、友達とランチを食べているのかもしれない。


 自分の部屋へ入った。

 ずっと締切りだったし、祖父が一度泊まっているから、布団もそのままなのかもしれないと思っていた。でも、部屋はこもった臭いもしないし、布団もきちんと片づけられていた。掃除もされている様子。きっと孝江がやってくれたのだろう。

 スーツケースを開ける。冬用の衣類や本などを持ってきた。ガランとしていたはずの部屋が、少しづつだがいろいろなもので埋まりつつある。


 そこへ急に竜介が、よう、と顔を覗かせた。

 帰ってきたんだ。気づかなかった。

 いつものように、

「あっ、おかえりっ」

というと、竜介の笑顔が輝いた。そう、この笑顔が見たかった。

「ただいまっ、てか。そうじゃなくて由紀乃こそ、おかえり」

 そうだった。自分も帰ってきたんだ。

「ただいま、戻りました。また、よろしくね」

「うん」


 竜介は、照れくさいのかもうこっちを見ていなかった。いつものようにゲームを始めるみたいだ。

 私の部屋へ入ってくることはないけど、私が部屋の襖を開け放てば、竜介のいるリビングは繋がっている部屋も同然だった。そうして、私達はおしゃべりをすることに慣れていた。

「あ、昨日さ、お前の部屋へ入った」

 まったく、もう。またお前って言うんだから、と心の中で突っ込む。

「あ、そう?」


「叔母ちゃんの指示で、布団を外に干せってさ。一か月以上も外に干してなかったからな。おじいさんが来た時のシーツも洗ってあるから」

 見ると、部屋の片隅にきちんとたたまれたシーツが置いてあった。


「ありがとう。私も布団のこと、ちょっと気になってたの」

「ん、叔母ちゃんの指示だ」

「でも、竜介くんがやってくれたんでしょ。ありがと」

「うん。いいよ。たいしたことじゃねぇ」

 何冊か、本を取りだした。その中には入院している知明のために持ってきたものもある。そして、お菓子などのお土産もいくつか買ってきた。知明や父の顔が浮かんだ。今から行くつもり。


「今、知明んとこへ行ってきたんだ」

 竜介が淡々と言った。ちょっと落胆していた。

「そうなんだ。私は今から知明くんのお見舞いに行こうって、杏理と竹田君と駅で落ち合うの」

 私がそう言っても、竜介は、ずっと画面から目を離さずにいる。


「そうか、オレ、また行ってもいいぞ。つきあってやる」

「えっ、ほんとっ。一緒に行ってくれるの」

 竜介は、ああ、とも、うん、ともはっきりしない返事だったが、行く気なのだろう。さっさとゲームを終了させた。

「知明くんが読みそうな本、持ってきた。この間から、歴史っぽいのばかり読んでたから」

「ふ~ん」

 竜介はあまり興味がないらしい。


 私達は、杏理と竹田たちと駅で合流した。

 私は、杏理に意味ありげな視線を向けていた。杏理と知明がメールのやり取りをしていることを知っていたから、今日はゆっくりと二人のことを報告させようと思っていた。杏理は私の野心を感じ取ったのか、ぎくりとした笑顔になった。


 竜介たちは先に知明の病室へ向かう。

 私は病棟のナースステーションへ行く。父は日勤のはずだったから、いると思う。

 祖母が、父の病院の人達にお土産にお菓子を持たせてくれた。前回、父が河口湖へ来たが、何も買わずにそのまま知明とこっちへ帰ってきてしまったからだ。知明のお見舞いに行くのなら、その時のお土産を持っていけばいいということになった。

 しかし、ナースステーションには父の姿はなかった。


 そこへ入ってきた医師と目が合った。見覚えがあった。

「あ・・・・・・」

 確か、そう、DNA検査をしてくれた人、石井と言ったはずだ。向こうも私に気づいた様子で、顔の表情が動いた。すかさず会釈する。

「あの時はお世話になりました」

「いえ、やっぱりそうでしたね」

 石井のそうでしたね、という意味は、桐野と私が父娘だったね、ということ。

「はい、わかっていましたが、証明されてうれしかったです」

「うん、よかった」

 石井もほっとした様子だ。

 DNA検査をすること事態にいろいろ込み入った事情がある。そしてその検査結果により、感情の明暗に別れることもある。

 それまでは石井も医師として感情を表さないように努めていたらしいが、もうそんなことは無用と感じたのだろう。急に人懐っこい顔を向けてきた。まるで近所の大学生のお兄さんのようだ。


「あ、桐野先生、探してる?」

「はい」

 石井もステーション内を見回すが、父の姿がないことに気づいた。

 近くにいる看護師に、桐野先生は?、と聞いていた。


「残念でした。今、先生は患者さんの検査に付き添ってるって。あと一時間くらいしないと戻らないらしい」

 石井のせいではないのに、すまなそうな顔を向けてきた。

「いえ、私が勝手に来たので・・・・。こちらこそ、お仕事中、申し訳ありません」

 そう言ったが、持ってきたお土産、どうしようかと思案していた。

 渡してしまってもいいだろう。病棟のスタッフへのお土産なのだから。


 私は石井に、お土産のお菓子を差し出した。

「あのう、父が二週間前に河口湖へ行きまして、遅くなりましたが、その時のお土産です。みなさんで召し上がってください」

 石井が面喰っていた。

 お菓子を受け取り、誰かを探していた。他の看護師もチラチラ見ている。

「あ、岡さん、ちょっと」

 すると、奥にいた三十代後半くらいのきりっとした看護師がこちらへ颯爽と向かってきた。

「こちら、桐野先生の娘さん。お土産をいただきました」


 そう言って、石井は岡にお菓子を渡した。やはり、そういうものは女性たちの方が歓迎されるからだろう。

「まあ、こちらが桐野先生の娘さん。わざわざ、どうもありがとうございます。お話は聞いています。先生、娘がいることがわかったって嬉しそうでした。先生によく似ていらっしゃること」 

 石井も同意したのかうなづいた。

 恥ずかしかったが、その反面うれしくもある。なんだか初めて娘としての大役をこなした感じだった。一応、合格点はもらえたかもしれない。

 もうここの看護師たちは、私が桐野の娘とわかった。だから、父に恥をかかせるようなみっともない真似はできないと身を引き締める思いもあった。

 

 知明の病室へ行く。

 竹田と知明が笑いあっていた。知明と杏理が談笑している姿を想像してみたが、それはちょっと無理だったようだ。

「あ、神宮字さん、じゃなくて桐野さん?」

 皆が初めて気づいた様子で、はっとした顔をする。

「うん、戸籍上はね。でもややこしくなるから、高校在学中はそのまま神宮字で通すことにしたの」

 そう言って、隅の方に座っている杏理を見た。

「まあ、オレ達は由紀乃って呼んでるから、今までと変わりはないけど、先生たちが困るってことかな」

 竹田がそう言った。

 この状況から察すると、竹田と竜介ばかりが知明と話し、杏理はそれを黙って聞いているだけらしい。


 私は竹田の横へ立った。

「ねえ、竹田君、ちょっとデイルームへ行って、飲み物を買ってきてくれるとうれしいんだけど。奢るから、ねっ。知明くんも飲めるんでしょ」

と、財布を出す。

 竹田は奢りと聞いて、ラッキーと言わんばかりに目を輝かせた。

 知明もうれしそうにうなづいた。やっとそういう仲間に入ることができたということだろう。

「おう、任せなさい。なにがいい? 冷たいお茶でいいか、オレはアイスオーレ、買っていい?」


「なんでもいいよ。あ、竜介くんも一緒に行って、手伝ってあげて」

 竜介は急に自分の名前が出てきて、ちょっと驚いている様子だった。

「あ、いいけど・・・・」

 竜介は竹田ほど単純ではない様子。私の突然の奢るという事と買いに行かせる行為に何か裏がある、と感づいていた。

 知明は慌てて自分の財布を取り出した。

「あ、僕が払う。お見舞いに来てくれたんだから、こっちがお茶を出すべきだろう」

「いい。オレが出す」

 竜介が、知明の財布も私のお金も受け取らなかった。


 竜介が自慢げに言う。

「これでもバイトしてるんだぜ。すんげぇ、こき使われてっけどなっ」

 竹田はうまく竜介をおだてるように、おおっ、と感激したような声を上げた。

 得意になって竜介が病室を出ていき、その後を竹田がついて行った。

 さて、邪魔者たちは出ていった。私も退散するとしよう。


「あ、私、お茶から変更。コーヒーがよかったかも。ちょっと行ってくるね」

 わざとらしかったかもしれないが、杏理の顔を見ずにさっさと病室を出て、ドアを閉めた。

 これで少しの間、二人っきりになれる。荒療治かもしれないが、こうでもしないと二人は永遠に話ができない。

 私は急いでデイルームに向かった。今度はあの二人にあっちで飲み物を飲んでもらうのだ。

 

 竹田は私が追いかけてきたことに驚いていたが、竜介は私を見て、やっぱり、という表情をする。

「え? あれ、なんで」

と竹田。

 竜介はやはりと言わんばかりにニヤッと笑った。

「もう、鈍感なんだからっ。あのままだと杏理は知明くんと話ができなかったのよ」

 竹田はそれにやっと気づき、再び、おおっ、とくぐもった声を出す。

「やっぱし、なんかあるって思ってた」

 竜介は自分の飲み物を開けて、ドカッと椅子に座り込んだ。


「あの二人、メールでは結構長々と会話をしているらしいの」

 すると竜介は皮肉っぽい笑みを浮かべる。

「知明は基本的にいつも長い」

 私はコホンと、わざとらしく咳払いをした。

「竜介くんは、自分が極端に短いことを自覚しているのかしら」

「えっ、あれで短いってかっ。嘘だろう。世の中がおかしい」

 竹田がぷっと吹きだした。


 結局、私達はそのままデイルームでおしゃべりを続け、病棟へ夕食の配膳車が運ばれてきたのを見て、時間の経過を知った。慌てて立ち上がる。

「もうこんな時間」

 ほんの十分か、二十分くらいの間、二人きりにするつもりだったが、もう三十分以上たっていた。夕食の時間だから、もうお暇するべきだろう。

 ドアをノックして、開けると二人は談笑していた。

 よかった。二人はいい雰囲気になっている。

「あ、由紀乃ったら、今頃戻ってきた」

 杏理は、笑いながら私を睨んでいた。


「じゃ、また」

 私達が口々に言う。

「うん、また。今日はどうもありがとう。あ、神宮字さん。杏理ちゃんが今度から授業のノート、取ってくれるって、今までありがとう」

 え? 杏理ちゃんって・・・・。ノート? えっ、えっ。もうそんな関係?

「あ、わかった。じゃ、杏理にお任せ」

 杏理は真っ赤になっていた。

 病室を出て、ドンドン先を歩いていく。

 思ったよりもこの二人、親密になっているみたいだ。誰のことでも名字で呼ぶあの知明が、杏理ちゃんだなんて、それはかなり特別なことだから。


 帰りながらどんな話をしたのか、杏理に問いただすと、嬉しそうに明かした。

 初めは二人とも照れていて話しづらかったが、日本史の話になり、江戸時代の侍の話になった途端、会話が弾んだという。

 杏理は、それほど歴史に詳しくはなかったが、私が知明と歴史の本で話が盛り上がっているのを聞いて、必死でいろいろと読み込んだらしかった。今では杏理自身も地方の大名関係に興味をもち、楽しんで読んでいるそうだ。


 よかったね、と私が言うと、杏理はうなづいた。

「これも由紀乃のおかげ」



「時を越えて」をお読みいただいている方には、お分かりいただけるかもしれません。知明(明知)と杏理(安寿)が歴史、特に江戸時代の武家の話に花が咲いたこと。私も意味ありげに語るな~。

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