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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
第六章 結果良ければすべてよし
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第五話 夏休み3

 さっきまであんなに賑やかだったマンションの部屋が、ガランとしていた。祖母がこの日のために買っておいたスイカは、皆が充分に食べられるようにかなり大きなものだった。私達の目の前に、そのスイカがずらりと並んでいた。四人ではとても食べきれない量だった。

 孝江も光司も心、ここにあらず、なのだろう。目はスイカを見つめているが、食べ物として認識していない、ただの物体として目に映っているようだ。


 いつのまにか、外も静かになっていた。花火が終わったのだろう。

 孝江が外を眺めて声を上げた。

「ねえ、見て。すごい車だよ」

 私も光司も立ち上がって、ベランダの外を覗く。

  主要道路はこのマンションから一つ先の通りにあるが、ここからでも車の渋滞状況がわかる。今度は花火の代りに、車の赤いテールランプが暗闇に点々とつながっていた。


「わあ、ラッシュアワーだ。よかったな、知明たち。一足先に出ていって。今、そんな電話を受けてもこれに巻き込まれたら動けなくなってた」

 なにげなく光司がつぶやいた。私はその言葉の意味に、ひやりとした。

 本当にその通りだ。あの中にいたら身動きが取れないだろう。この調子だと駅もすごい人だと予測できる。

 知明が移植を望み、手術を受ける決心をした時に、こんな渋滞に巻き込まれていたら、取り返しのつかないことになってしまうところだった。


「ほんとによかった。ここへ来ていて移植が受けられませんでした、なんていう状況になってたら、知明くんやお母さんに申し訳が立たない」

 私はそう実感していた。

 私のつぶやきを過剰に受け取ったらしく、孝江が苦笑する。

「まあ、そうだね。よかったけどそんなに世の中を悲観しなくてもいいよ」

 孝江がそう言って、車の渋滞の方へ目を向けた。


「知明が、あの渋滞に巻き込まれて移植を受けられなかったらって、考えたんでしょ」

「はい」

「もしもそうなったとしたら、それはここに来たからではなく、もちろん、由紀乃ちゃんが誘ったからでもない。事の成り行きが、知明は移植手術を受ける時ではないという意味じゃないかな」

「受ける時ではないんですか?」

 

 私にはその言葉の意味がすぐにわからなかった。どう返事をしていいかわからず、そのまま孝江の横顔を見る。

「こうしたいって思っても、自分の意志ではどうにもならない事ってあるでしょ。知明の場合、あのタイミングですぐにここを出たから、この渋滞に巻き込まれなかった。ということは、移植することが知明に必要で、それでいいんだろうね」

「はあ」

 まだ理解できない。孝江はそんな私の方に向き直って言う。


「もしも、知明が今回の移植に間に合わなかったとしたら、それは知明にとって受けない方がいいってことなのかもしれない。受けたいのに受けられないのは本人にとって困った状況のように見えるけど、長い目で見たらこの時に受けなくてよかったってこともあるだろうから」

 孝江がそういうと、光司が助け舟を出してくれた。

「もう、母さんたら。またそんなこと言ってる」

 光司が困っている私を見て、もっとわかりやすく説明をしてくれた。


「人生の流れは一定の方向へ向いている。それがなにかの形で一時的に回り道をしても、いずれは同じところへ行くんだって。回り道は無駄のようにみえるけどそれも経験だし、それを体験することに意味があるってこと。だから知明がスムーズに移植を受けられたのなら、それはそうなるようになっていたってことだし、もし、渋滞に巻き込まれて受けられなかったら、それは今、やらなくていいこと。ねっ、そういうことだろっ」

 孝江は光司の言葉に満足した様子で、また暗闇を見つめていた。


「そう、やりたいことがあってもできない状況に置かれていると時間の無駄だとか、回り道だって思うよね。でも後から考えたら、結局そうすることがその人のためになってたってこと、あるよね。渋滞でイライラする人もいる。それはそこから何もうまれないかもしれない。でも次には渋滞に巻き込まれないように対策を立てる。或は車の中で、普段の生活なら絶対にしないようないい親子の会話になるかもしれない。どんな状況でも冷静に受けいれていくと何かを発見できるって思うんだ」

「はあ・・・・」

 間抜けな返事をしていた。やっと孝江の言うことが何となく、理解できた。でも、本当に人は、自分がそんな状況に置かれても冷静に受け止めることができるのか、と思う。

 

「まあ要するに、過剰に心配しないでってことだよ、由紀乃ちゃん。たとえ最悪な状況に見えてもそれはその人にとってベストなことが起っているんだって。子供の頃から母さんがそう言ってたんだ。友達と喧嘩してへこんでいる時とか、怪我をしたときでさえもそういうことを言うんだ。子供には難しすぎるっていうのに」

 そう言って光司は笑いながら、信じられないだろう、と付け足した。


「それはとんでもないことが起っても、くよくよしないでそれを教訓にしていけばいいってことなんでしょうか」

「そうそう、そういうことだよ。嘆いていても始まらないから」

 そうかもしれない。私はさっき、なにも起ってもいないのに、そんな状況を考えて、心配していた。無用の心配は悪い方向に考えを持っていく。


 孝江が、私ににっこりと笑い、中へ入った。光司は私に、お先にどうぞ、と言ってくれた。

 中にいた祖母が、おしぼりをくれる。

「さあ、スイカを食べよう」

 そうだ、この大量のスイカ。半分以上食べないと冷蔵庫に入らないだろう。

 私達はおしぼりを受け取り、真っ赤に熟れているスイカにかぶりついた。


「交通渋滞だけどね、例えそうなってもお祖父ちゃんなら大丈夫だよ。裏道のその裏を知っているんだから」

 あ、と思った。祖母も外の会話を聞いていたらしい。私達の考えていた不安も。

「この辺りは、富士山が世界遺産に登録されてから、週末になると渋滞になるときがあるの。お祖父ちゃんはその攻略の道を探るのが好きでね、呆れるくらい、ぐるぐると車で回って道を探ってた」

 祖母の呆れた顔と、祖父の自慢顔が目に浮かぶ。

「全く、男の人っていつまでたっても子供みたいで」

と、祖母が付け加えると、光司が男代表のつもりなのか、すみません、と言った。


 スイカは甘くておいしいが、三切れくらいで満腹になった。それ以上は無理。

 きっと竜介がいたら、私が食べるその倍の量を平らげているだろうと考えていた。

「由紀乃ちゃん、塩、塩。重要だよ、もっと甘味がシャープになる」

と孝江が豪快に塩を振っていた。

「母さん、振りすぎだよ。隠し味程度にしないとしょっぱくて食べられないだろう」

 光司が呆れて言った。どっちが親なんだかわからない会話だ。


 そんな時、テーブルの上の携帯がなった。

 皆がはっとした瞬間だった。

 私はすぐさま、おしぼりで手を拭いて携帯に出る。竜介だった。


 順調に高速を走っているとのことだ。

《心配すんな、知明は冷静だし、先生もついてるから》

「うん、わかった。それよりもさ、こっち、すごい渋滞なのよ。かわいそうなくらい車、動いてないの」

《あ、花火が終わったからか》

「うん」


 途中、竜介の声が途切れ途切れになる。そんなことを話すだけでも何度も聞き返さなければならなかった。

《もう切るぞ。また、病院へ着いたら連絡するから。トンネルに入る》

 そこでプッと切れた。

 確かに中央道はトンネルが多い。

「順調に走ってるそうです。病院へ着いたらまた連絡してくれるって」

 皆の顔がゆるむ。


「知明も移植を受けたら、透析を受ける必要がなくなる。そうしたらスイカも食べられるな」

 孝江がそう言って、またスイカを手にした。

 私もスイカを見つめる。

 そうだったんだ。知明は、暑い日に冷えたスイカも食べられなかった。それが移植を受けることで食べられるようになる。

 私達にとって当たり前のことも、知明には制限されていた。その世界から解放される。それにはまず、移植手術を受ける必要がある。

「大丈夫、ですよね」

というと、孝江もうなづいた。

「大丈夫」


 私達は無事に手術が終わるまで起きているつもりだった。テレビでやっている映画を見て、それが終わったら、トランプを始めた。

 その間に、何度か竜介からメールが届いた。


《今、病院に着いた》


《検査が終わって、今から手術だってさ》


 そして四時間後に、無事手術が終わった。知明に移植された新しい腎臓は、手術直後から順調に尿を作り出しているそうだ。

スイカに塩は、日本だけかもしれません。カナダで塩を振るとびっくりされます。塩を振ると確かに甘味が引きたてられます。シャープになるというか。

カナダの中国系の店で売られているアンパンは、ごま油っぽい味。塩が入っていないらしく、甘味がなんとなく曖昧な味わいです。それがいいのかもしれないのですが。

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