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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
第六章 結果良ければすべてよし
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第二話 親離れ、子離れ

 母が、体調不良で寝込んでいると、知明から連絡があった。ちょっと動くと息苦しくてめまいがするとのことだった。

 知明のことを心配するあまり、病気になったんじゃないかと父は言ったらしい。オレも正直なところ、そう思ったけど、少し心配していた。


 母に病院へ行くように言ってくれと知明から頼まれていた。でも、そのことでわざわざ家へ帰ることはしなかった。オレ達は面と向かってなにか言うと、とんでもない方向へ行き、大喧嘩になってしまうことがあるから。

 電話をかけた。表向きは知明のことで、かけたふり、そしてついでに、ふっと思い出したかのように、体調、悪いんだってね、と切り出した。


《そう、めまいがするの。だから辛くて、よく横になってる。最近、ちょっと微熱もあるみたいで・・・・》


 微熱? それは本物の病気だろう、と思った。

 なんとなく具合が悪いくらいなら、気のせいということもあるし、急に暑くなってきた気候の変化ということもある。寝ていれば回復するだろうと考えていた。でも、微熱ということは、どこかに病の原因があるんだと思う。

 思い切って言った。

「なあ、病院へ行けよ。そうして寝ているんだったらさ、医者に診てもらえって。知明も心配してる。知明のメシ、作れなくなったらどうすんだよ」


 知明のことを言えば、母は動くと思っていた。

 案の定、母はそうかしら、とつぶやいていた。

 そんな体調不良にもかかわらず、買い物は父に頼んで、食事の支度はきちんとしていたらしい。如何にもあの母らしいと思った。知明のためなら這ってでもやるんだろう。


 知明からのメールでは、母はオレの言うことを聞いて病院へ行く、とのことだ。でも、オレは違うと思っていた。オレが知明のことを言ったから、母は動いただけだ。あの母がオレの言うことを聞くわけがない、絶対に。


 母が受診すると言ったその日は、知明の透析の日だった。父も母に付き添っていた。

 メールすると、検査の結果を待つから、と二人はまだ病院にいた。オレも知明の透析の様子を見る名目で、学校が終わるとすぐに駆けつけた。


 広い病院の外来受付の場を通り過ぎ、二階の内科診療の前へ行く。もう人はまばらだった。その片隅に母たちがいた。なぜか桐野先生の姿もあった。しかし、皆の表情が明るいからそれほど深刻な病気ではなかったのだろうと判断する。

 オレは平気を装った声を出して近づいた。

「結果、どうだった」

 知明がオレを振り返る。

「あ、竜。来てくれたんだ」

「ああ、知明の透析の様子を見にきたんだけど、母さんたち、まだここにいるっていうから」

 知明が、オレの誤魔化しのポーズを嗅ぎ取り、本当は母が心配だったくせに、と言わんばかりにほくそ笑む。


「竜介、ちょうどよかった。母さんの検査結果もさっき出たんだ」

 母は、桐野先生にずっといろいろ言われていた。ちょっとみると説教されているように感じ取れる。それも気になるところだ。

 オレはそっちの様子もチラチラと見ながら、知明に検査結果を聞いた。

「なっ、一体なんだったんだ」


 知明が話すよりも先に、父が話し始めた。

「低カリウム症だって」

「へっ、カリウム?」

 化学の授業でしか聞かないような言葉に、素っ頓狂な声を出していた。


「母さんはな、知明が透析を受け始めた時からずっと減塩、低カリウム食を作ってきた。父さんたちも一緒に、同じものを食べていた。減塩なら体にもいいってことで、他に作るのも面倒だったんだろう」

 まあ、そうだろうな、と思う。父さんも少し中年太り気味だから、一石二鳥ってとこだろう。


「俺は昼間、会社だし、弁当の他にも他の人と外へ食べに行ったりしていたから影響はあまりなかったけど、母さんは知明に作る弁当の残りを自分の昼ごはんとして食べていたんだ。うちには知明の食べられないような余計な物は買っておかないし、母さんもそれでよしとしていた」


 それも知明のためとばかりに苦にならないんだろう。オレなら隠れて食べる。しかし、その母の行動のどこがいけなかったのか、まだわからなかった。

「で? それでどうして母さんが具合、悪くなっちまったんだ」


「そうそう、このカリウムは重要なんだ。筋肉、神経の働きを正常に保つミネラルらしい。普通にしていてもおしっことして出ていっちゃうのに、これを補う物を食べなかった母さんは、疲労、筋力低下、不安、イライラなんかの症状が現れた。完璧にやり過ぎたんだよ。ちょっと手を抜けばこんなことにはならなかった」

と軽々しく父が言った。


「ちょっと手を抜けばってなによっ。その手抜きが知明の体に影響してくるの。むしろ、それが私に出てよかったの」

 桐野先生の説教が終わったみたいだった。母がこっちの会話へ入ってきた。その背後に、にこにこしている先生が立っていた。


「そいで、入院とかするのか? それとも薬で治る病気?」

 そこのところが重要だ。

 桐野が笑う。

「あ、薬ね。もうお母さん、大丈夫だよ。さっき、そこの売店でリンゴを買って食べたから」

「え、リンゴ? それだけか」


「そう、リンゴ、バナナでもいい。生野菜や果物には豊富なカリウムが含まれているからね。お母さんは知明くんの食事につきあっていても、一日に一個でも果物を食べればよかったんだ」


 なんだ、と脱力していた。でもそんなことで解消できた。安心する。同時にバカじゃねえのかと思ったりもする。そこまで徹底的に付き合っていた母。

「でも、こういうことは別にめずらしい事じゃない。やはり家族に透析を受ける人がいると、他の人も同じものを食べていて低カリウム症になることはあるよ」

 先生が母を庇うように言った。

「母さんの完璧主義も裏目に出たってことで、ここいらで柔軟にやらないといけないな」

 父がやんわりと諭していた。


「わかってる。先生にも言われたの。でもね、知明がカリウムの多いものを食べると反対に高カリウム症になるの。それを排出できないからカリウムが過剰になって、死に至るって聞いたから、だから・・・・」

 その言葉を聞いて知明を見直す。

 死ぬとまで言われれば、そりゃ母でなくても神経質になるだろうと思いなおした。

 知明の体のこと、その全面ケアをしている母。バカだなんて一瞬でも思ったことを反省した。


「レタスもキュウリも、生野菜はすべて茹でこぼさなきゃ食べられない。くたっとした野菜っておいしくないのよ。だから段々そういう野菜を買わなくなっていて。知明がいないときでも、母さんだけがパリッとしたサラダを食べるなんて申し訳ないって思えて、考えればもうずっと食べていないわ」

 心なしか母は誇らしげに語っていた。


「知明が我慢しているんなら、母さんも一緒に我慢しようって思ったの。お母さんだけが他の物を食べること、知明に悪いじゃない?」

 それほど深刻な病気ではないことがわかり、安心したのだろう。いつになく、母が饒舌になっていた。子供のためならつらいことも我慢できる、という自慢にも聞こえた。


 そう母が言った時だった。知明が今まで見たことのないような怖い表情で静かに言った。

「母さんは、ずっと僕のことをそんなふうに・・・・・・。かわいそうだって見ていたんだね」


 知明のシリアスな声に、皆がはっとなった。

 母の体調不良は、知明のことがかかわっていたのだ。本人にすれば、他人事のように単純に笑っていられないのだろう。


「ボクに申し訳ないから食べなかった、ってことは、ボクがかわいそうだって思っているからだよね。こんな体になったボクのこと、なんて不幸な子なんだろうって、思っていたってこと。小さい時から外で思い切り走れなかったボクに同情していたんだ。それにすぐに熱を出してばかりいて、手のかかる子だったし」


 そこにいるのは、いつもの、温厚で大人の知明じゃなかった。

 静かに淡々と話す様子は、それほど怒っているようには見えないけど、普段の知明を知っている人なら、彼がかなりの怒りを抱いていることがわかった。母がでかい声で怒鳴るのにも勝る、そんな怖さを持っていた。

 母も凍り付いたような表情で知明を見ていた。そんなつもりじゃないと叫びたいけど言えない、そんな感じ。ただ違うとばかりに首を振る。


「ボクが食べないのはさ、自分の体に直接かかわってくるからだよ。それを破って食べたいだけ食べたら大変なことになる、だから食べない。我慢しているわけじゃない。そう納得しているからなんだ。誰だって毒だとわかっていて、それでも食べたいって思う? 思わないよね」


 知明はそこでみんなを見回し、続ける。

「生野菜のことだって、ボクの前で父さんと母さんが食べていないのわかってた。ボクが食べていいよって言っても、買うのを忘れたとか生野菜は体を冷やすからねとか、弁解してたね」

 思い出を語るかのように言う。そして知明は少し寂しげに母を見た。


「ここで一度だけ言わせてもらう。頼んでもいないのに、勝手にボクに合せて病気になるところだった母さん、はっきり言って迷惑だよ。こんなにかわいそうな子供につきあっている母親を、立派だって世間は思うかもしれない。母さんはそれで満足かもしれないけど、ボクにとってはそれもものすごいプレッシャーになる。こんなボクで・・・・・・、ボクという存在がいることが申し訳なく思えるんだよ」


 皆がシンとしていた。

 誰も口をはさめなかった。初めて、本当に初めて見る知明だ。母は青くなりながらも知明の怒りを受け止めていた。

 オレはそんな知明を抱きしめた。ブルブルと手が震えていた。

「いいよ、もうそのくらいでさ。オレがもっと早くそう言ってやるべきだったんだ」

 そうだ。いつも母に嫌われているオレが、母に言ってやるべきだったんだ。こんな役、知明には似合わない。


「いいんだ、竜介。ごめん。母さんもごめんなさい。いつもボクのことを一番に考えてくれて、一生懸命にやってくれているのに、こんなことを言って本当にごめん。でもそういう愛情も、過剰になりすぎると、カリウムのように溜まりこんで支障をきたすこともある。足りなくてもいけないけどね。すべて同じなんだね」


 そういうと知明は、皆に笑顔をむけた。

「じゃ、透析の時間だから急ぐ」

と口早に言って、くるりと背を向けた。

 そのまますたすたと廊下を歩いていくのを見ていた。その知明を桐野が追う。先生は振り返りながらオレ達に、知明のことは任せろ、と声にださずに言った。


 父が大きなため息をついた。小さく丸くなった母の背を包むようにして抱く。

「知明が、あんな事を思っていたなんて・・・・」

 母が力が抜けたみたいにそう言って、ソファに座り込んだ。


 父がわざと明るい声を出す。

「知明も成長したな。そう喜ぼうよ。今まで母さんのやり方に何も言わなかったけど、もう子供じゃないんだな。きちんと自分を見つめてる。苦しくても、自分で考えて乗り越えられる強さがあるよ。母さんも知明のすべてのことを心配するの、もうやめようか。ハラハラしながらも苦難に立ち向かっていくその背中を見守ってやるのも親の仕事だと思う」

 母は何も言わず、ただその言葉にうなづいた。


 知明はついに爆発した。

 たぶん、今まで自分がこんなことをため込んでいたことも自覚していなかっただろう。でも、知明も成長したんだ。親の反抗することで自我に目覚める。知明はもうとっくに目覚めていたんだろうけど、やさしさでそれを表現せずに我慢していた。それを親にわからせることも必要なんだと感じた。

 むしろ、反発ばかりのオレの方が問題かもしれない。反発しすぎ、イコール、甘えっていうイメージがしたから。


 母は気丈にも涙を見せなかった。オレはなんとなく、母はそんな自分のことをわかっていたんじゃないかと思った。それを知明に指摘され、もうそんなに頑張らなくてもいい、と思ったのかもしれない。


 オレは知明に会うつもりで透析室へ向かう。

 あの母が、このオレに伝言を託した。知明にごめん、って言ってくれと。


 知明にそれを伝えると、いつもの穏やかな表情になった。

「母さんは、自分の人生をボクだけに捧げているようなもの。一応、妻であり、竜介の母でもあるのに、あの人にはボクしか見えていなかった。それはありがたいけど、ボクにはプレッシャーでもある。もう母さんには自分のための人生を見つめてほしいと思う。まあ、ボクがこんなことを言ったからって、すぐに行動に移せるわけじゃないけど」


 それぞれがきっと自分にもよくわからないものに囚われていて、がんじがらめになっているのかもしれない。それは人から言われないとわからないこともあるんだろうな。

この低カリウム症は実際の患者さんの家族にありました。奥さんが透析を受けていた人で、旦那さんのご飯も同じものだったのです。それで体の不調を感じ、調べたらカリウムが足りないとの診断。

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