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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
第六章 結果良ければすべてよし
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第一話

 オレ達の表面上の生活は変わらないけど、由紀乃は父親としての先生と定期的に会っていた。外食したり、たまにうちへも遊びに来る。

 先日、河口湖から由紀乃の祖父母がきて、先生と一緒にお墓参りもしたらしい。先生もこれでやっと家族として認められたと言っていた。


 先日は、由紀乃が先生の部屋へ出向いた。簡単な夕食を作ったという。

 今のオレの心配は、由紀乃が先生と一緒に住みたいと言い出すことだ。父親なんだから、それが当然だろうから何も言えない。いつかはそうなるかもしれないが、本音を言うともうしばらくは由紀乃とこののまま一緒にいたい。家に帰ると誰かがいる、そんな状況に慣れてしまっていた。もう由紀乃がいなかった頃の生活には戻れなかった。

 

 今日も稽古が終わると急いで帰ってきた。いつもの調子で玄関を開ける。すると複数の靴が所狭しと並んでいるのが目に入った。


 客か?


 その靴から判断すると女の子らしい革靴が二足、履きならしたでっかいスニーカーと比較的きれいな男物の革靴から、男女二人づつが来ていることがわかった。オレって探偵になれる、と思った。


 オレは家の中の様子をうかがいながら中へ入っていった。

 由紀乃の部屋から賑やかな笑い声がした。

 オレはその声に、逃げるようにして台所へ入る。なんとなしに冷蔵庫を開け、飲みたくもないオレンジジュースをコップに注いでいた。


 由紀乃の学校の友達ということは、オレの知らない人たちだろう。オレの知らない由紀乃の世界を目の当たりにした。

 オレ達はつきあいはじめ、しかもいつも一緒にいる。その由紀乃の笑顔は、そしてその関心はオレにだけ向いていると思っていた。それがオレの独りよがりだったということに気づいた。

 オレのことを好きだと言ってくれる由紀乃にもオレの知らないつき合いがある。

 そう思って酸味のきいたオレンジジュースを一気飲みし、すきっ腹の胃が激しく収縮したような気がした。


 裏を返せば、由紀乃にとっても同じことだ。由紀乃はオレの学校でのことを知らない。どんな友達とどんなふうにしているのか、もしかするとハッとするくらい別人に思えるオレの一面があるかもしれなかった。たぶん・・・・。


 オレは空になったコップを持ったまま、由紀乃の部屋の襖をにらみつけていた。

 オレは、あの部屋へ入れない。立ち入り禁止になっているからだ。その中へ他の奴らは堂々と入れるのだ。嫉妬の心が起る。

 由紀乃はオレのことを、何と言っているんだろうか。ただの同居人? それとも彼氏と言っているのか、そんな些細なことまでが気になっていた。


 再び笑い声が沸き上がった。その連中が気になっていた。女の子ならいい。男が二人いる。どういう関係だろう。考え始めればきりがなかった。余計な推測だけが頭の中を駆け巡っている。

 不意に襖の中の会話が途切れ、誰かが立ち上がった気配がした。

 はっとした時にはもう襖が開いていた。居間で襖を睨みつけるようにしていたオレと、そこから出てきた女子高生と鉢合わせした。


「キャッ、えっ、加藤くん?」

 それは以前、光司の店で会った女の子だった。あの時と同じようにオレを見て驚き、加藤くんとオレのことを呼んだ。

 そうだよ、オレも加藤だ。でも、この女の子が言うその意味は違う。知明のことを指す加藤だった。

 部屋の中から、えっ、という声がして由紀乃が出てきた。

「あ、竜介くん、帰ってたの。ごめん、うるさかった? 学校の課題のことで話し合ってたの」


 その奥からも声が飛ぶ。

「竜、今帰ったの?」

 聞き覚えのある声。知明だった。知明が来ていた。

 なぁんだと脱力する。


 開け放たれた由紀乃の部屋にはもう一人、見知らぬ女の子がこっちを覗いていて、ぺこりと会釈をした。

 さっきの女の子が杏理、こちらは沙織と紹介された。そしてその隣には見慣れた顔。剣道の宿敵ライバル、竹田だった。ニヤニヤしながらオレを見ていた。


 このメンバーだったのかとオレは内心ほっとしていた。思い切り秀才タイプのカチカチの人たちがいたらどうしようかと思っていた。


「よう、竜介、久しぶり」

「おうっ」

 元気に竹田に返事をする。

 知明が部屋から出てきた。

 退院してから会っていなかった。でも元気そうだ。

「部活、終わった? いつもこのくらいに帰ってくるんだね。元気だった?」

 双子の兄弟なのに、一緒に暮らしていないから、へんてこな会話になる。

 オレも曖昧に返事をした。戸だなにあった煎餅の袋とコーラを手に取った。

「勉強か、オレも宿題やるから」

 兄弟らしい会話ではない。でもそれでいい。知明とは余計な会話はいらないんだ。

 由紀乃たちももう少し勉強するからと襖が閉められた。


 オレは自分の部屋へ入る。わずかに聞こえてくる笑い声、それを聞きながら幼少の頃を思い出していた。


 知明とこの家で会うのは、ほんの数回しかなかった。一番最後は幼稚園の頃、母がオレを迎えにきた時だ。退院した知明を連れていた。

 あの時、オレは帰りたくないと泣いた。

 母の顔色をうかがって遊ぶより、こっちの家の方が楽しかった。何よりも体ごとぶつかっていける従兄の光司がいた。遊びたい盛りの子供だったのだ。


 しかし、母は、オレが母と帰ることを嫌って泣いたのだと受け取ったらしかった。あの青ざめた、氷のような表情を忘れることはできない。

 退院して元気をとりもどした知明が、泣いているオレに駆け寄ろうとした。その手を乱暴に引っ張り、母はオレに向かってこう叫んだ。

「いいわよ。そんなに帰りたくないなら、もう帰ってこなくていいっ」


 その剣幕に皆が凍り付いた。

 なぜ、母が急に怒りをぶつけてきたのかわからなかった。何がそんなに母の神経を逆なでしたのか、幼いオレには知る由もなかった。

 楽しく遊んでいるところへ来て、いきなり帰ると言われて、駄々をこねただけなのだ。


 オレは公園でもあの頃生きていたお婆ちゃんにそうしていた。そうすると大体お婆ちゃんはにっこり笑って、じゃあ、あと五分ね、とか猶予をくれるのだ。

 しかし、母はそんな猶予を与えてくれず、いきなり帰る、といい、しかも頭ごなしに怒鳴ってきた。

 それが赤の他人だったら、オレの心の傷は浅かっただろう。しかし、オレの母だったから、その罵倒された重みは何倍にもなった。

 祖母が出てきて母を叱り、その状況にも異様さを感じていた。知明も泣いていた。オレが泣いていたからだった。


 そんなことがあってから、オレはそのままこの家にいる。それでも祖母と叔母は、母がそのうちに迎えに来ると思っていた。しかし、オレが小学校へ入学する準備する時期になっても帰って来いと言わなかった。

 父がきて、オレはこっちからこの近くの学校へ行ってくれるように言った。理由はまだ、知明が時々夜中に救急へ行くから。つまりオレのことまで構っていられないということ。

 そんな昔のことが、早送りでオレの脳裏を通り抜けて行った。


 夕方、皆が帰る様子を感じ取り、オレも下へ降りていく。

 沙織がまた、知明とオレを見ていた。

「私、剣道の練習試合の時にも見かけたんだけど、本当にそっくりな双子ね。でも雰囲気が違う・・・・かな?」

 それを聞いた由紀乃がオレを見て意味ありげな顔をした。


「そう、こんなにそっくりなのに中身は別人なの。当たり前のことだけど」

 皮肉っぽく言われるが、オレがその意味をよく分かっていた。由紀乃は、中身がオレっていう方を選んだんだから。知明もそうそう、とばかりにニコニコしていた。



 期末テストが終わるとすぐに夏休みになる。

 そうするとすぐに由紀乃は、河口湖付近の祖父母のマンションへ行くことになっていた。


 オレも行きたいが、剣道の練習があった。夏の強化合宿もある。秋になるとすぐに大会があるからだった。

 それでも八月上旬にある湖上祭には行く予定だ。富士山と花火、ライブのコンサートもあるらしい。

 由紀乃と離れて暮らすことになる夏休み。マメにメールをすると約束していた。


今年の河口湖湖上祭は8月4,5日に行われるそうです。

有名だけど、私は行ったことはありません。

世界遺産に登録された富士山、ますます賑やかになることでしょう。

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