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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
第五章 物事は人の意志と関係なく起こっていく
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第五話 それから

「由紀乃ちゃんは僕の娘だ」と後日、桐野は私に報告してくれた。

 私はやっぱり、という思いと安堵感が広がる。それと同時に今までその存在すらなかった父親というものが、これからどう生活に入ってくるのかわからない不安もつきまとってきていた。


「お・・・・」

 電話で、お父さんと呼ぼうとしたが、言葉が続かない。恥ずかしさで言えなかった。この言葉はそう軽々しく言えるものではないと実感した。私ならすんなりと言える、そう思っていたのに。


《ン?》


 桐野が電話の向こうで、私の言いかけた言葉を聞き返してきた。

「あ、いえ。先生、今日、何時になってもかまいませんから、うちへ来ませんか? 改めて私の住んでいるところと同居人を紹介します」

《同居人? 竜介くんかい?》

 くすくすと笑っていた。


 桐野はカンファレンスを終えてから、夕方七時くらいには行けると言ってくれた。

「夕飯、用意します。うちで食べてください。私、何か作りますね」

 思わず言っていた。料理なんてそれほど得意ではないのに。それでも父のために何かをしたかった。少しでも光司の手伝いをさせてもらおうと思った。


 桐野からの電話を切ると、すぐに祖父母に電話をした。するともう明るい返事が返ってきた。既に桐野から報告されていた。

 つきあっていた頃のことや私の事も含めて、ずっと放っておいたことのお詫びと、そして私の事を娘として認知したいと言ってくれたそうだ。それで近々こっちへ来るという。


「綾乃のお墓参りもしたいし、桐野さんの顔も見たいでしょ。こちらへわざわざ挨拶に出向いてくれるって言うんだけど、忙しそうなお医者さんの都合を待つよりも暇しているこっちから出てくる方がよっぽど早いしね」

 その口調からは祖父母は桐野を私の父親として認めてくれたみたいだった。

「お婆ちゃん、お祖父ちゃんもありがとう。本当にありがとう」

 祖父母もその本心は複雑な想いもあると思う。それを押し隠して、全面的に私のことを喜んでくれていた。


 

 先生が駅に着くころを見計らって駅前にきていた。

 竜介も一緒に来るかと誘ったが、「父と娘の初の顔合わせなんだ、他人はいない方がいい」と珍しく大人びたことを言った。


 駅から現れた先生は、私を見て破顔する。いつもの笑顔だった。

 その手には小さな花束とケーキの箱があった。

 はい、と手渡されて、花束を受け取る。ふんわりといい匂いがした。

「お花のプレゼントなんて初めてです。ありがとうございます」

 桐野はケーキの箱をちらつかせて、からかうように言う。

「こっちの方がいいかなとも思ったけど」


「あ、そっちも魅力です」

 私が言うと桐野はやっぱり、と言わんばかりの顔をした。

「それは綾乃が好きだった花だよ」

「え、そうなんですか」

 桐野の言葉に改めて花束を見た。黄色のフリージアとそれを囲む小さく可憐なかすみ草。

 そうか、母が好きな花。

 思わずその花束をギュッと抱きしめていた。


 駅から家までのわずかな距離を、私達は並んで歩いていた。

 途中、私と同じくらいの女の子三人がキャッキャ笑いながら通り過ぎて行った。桐野はその姿を振り返ってそうっと言った。

「実はね、綾乃の子供のことを知った時から、その子の年齢を計算して、街ですれ違う高校生に目を向けるようになっていた」


 ああ、それで今も見ていたんだ、と思う。

「でも、もし奇抜な化粧をしている女の子だったらとか、クソ親父なんて言われたらって想像すると、正直、怖気づいちゃってね」

 先生はそう言って笑った。


「まあ、なんとなくわかります。その気持ち」

 私だって桐野と同じくらいの男性を見て、父親かもしれないと思ってもすぐには受け入れられないから。

 今、私達は並んで歩いている。周囲にはどう見えるのだろうか。

 桐野は三十代後半、だがもっと若く見える。おじさんと高校生の援助交際のように見えるかもしれなかった。そんなことを言うときっと桐野は顔をしかめるだろうと思って口には出さなかった。


 家では光司がお祝いとして見た目にも鮮やかなちらし寿司を作ってくれた。一応、私も下ごしらえを手伝っている。

 竜介も出迎えてくれた。孝江は仕事でいない。

「よう、竜介くん、光司くんもお久しぶり」

 二人はいらっしゃい、と声を揃えた。

「なんか、うちで先生に会うのって不思議だな」

と竜介がつぶやく。

「本当だね。いつもなら病院内だし、ここで会えるってこと、巡り合った偶然が偶然を呼んだって思うよ」


「由紀乃ちゃん、もう少しで夕食の準備ができる。少し座ってて」

と光司が言う。

 私は先生に自分の部屋を見せることにした。

 居間に続く和室の襖を開ける。布団は押入れに入っているから小さな箪笥と机があるだけだった。六畳間も広く見える。女の子の部屋としてはシンプルな方だと思う。

「どうぞ」

 桐野は珍しそうに部屋の中を見回した。


「へえ、いい部屋だね。落ち着く感じ」

「はい。でも時々居間からゲーマーのお誘いの声も聞こえてくるんですけど」

と、私は竜介の方を見て言った。

 竜介がゲームをしていると、相手をしろと言ってくることがあった。竜介はそんなことは聞こえないふりをして居間のソファに座り、澄ましている。


 私は用意しておいたアルバムを見せた。

「先生、見ますか。私の子供の頃の写真です」

 桐野の目が丸く見開かれた。そんなものがあるのかと言った表情で私を見た。

「もちろんっ見たい」

 桐野は部屋の中央に胡坐をかいて座り、すぐにアルバムを開く。私もその横に座った。

 ふと、居間の竜介と目があった。チラチラとこちらを見ていた様子だ。

「竜介くんもこっちへ入ってくれば?」

 アルバム自体はもう竜介も見ていたが、仲間に入りたそうだった。

「いや、オレはルールを守るぞ」

と頑固に首を振る。


 桐野が私を見た。どういうことだと言わんばかりに。

「あ、竜介くん、私の部屋へは立ち入り禁止になっているんです。孝江さんからの家のルールとして。でも先生も一緒にいるんだから別に構わないのに」

 バカみたいに真面目なんだから、という言葉を飲み込んでいた。そこが竜介のいいところなのだから。


 桐野はパラパラとアルバムをめくっていた。赤ちゃんの頃から幼稚園、小学校のイベントごとに並べられ、一通りどんな状況だったなどの書き込みがされていた。几帳面な祖母の字で。

「由紀乃ちゃん、これ、少しの間、貸してくれるかな。もう少しじっくりと見たいと思う」

 そんな他愛のない私の写真を見たいと言ってくれた。意外だったからうれしかった。

「どうぞ」

 今度は桐野と一緒に写る写真が納まるのだろうか。


「めし~っ」

 台所から出てきた光司が竜介の耳元で叫ぶ。

「うっせ~なっ。聞こえてるよ、もう」

 なぜか竜介はいつもよりも不機嫌そうだ。


 光司の作ってくれたちらし寿司はきれいなうえ、おいしい。他にも豆腐料理や胡麻和えなど和風で統一されていた。

 桐野が光司の腕前を褒める。

「先生、私が作るみたいな宣言をしていたのに、ごめんなさい。私はこの錦糸卵と絹さやを茹でたくらいしかやってません」

「あ、ボクが手を出してしまって、それで由紀乃ちゃんが・・・・」

 光司が私を庇うような弁解を始めると、竜介が大きなため息をついて言った。

「いいじゃん、そんなことどうだって。メシがうまけりゃ誰が作ったっていいんだっ」

と偉そうにふんぞり返って言った。

 すぐに光司にたしなめられる。

「全く作る気のない奴に言われたくないぞ」

 光司は竜介を小突いていた。

 桐野は笑う。

「二人の手がかかっていてそれもありがたいし、メシがうまいってことは幸せなんだよ。なあ竜介くん」

 少しふくれっ面をしていた竜介がやっとニヤリと笑った。

 どうやら自分に関心が薄れているようで拗ねていたらしい。


 私がお茶を入れていると、桐野が竜介に尋ねていた。

「竜介くんの部屋は二階?」

「え、あ、うん。そう、二階だよ」

 先生はその場所を探るかのように上に目を向ける。

「オレの部屋も見たい?」

 竜介が言う。

「あ、いや。そういうわけじゃないけど」


「竜介くんの部屋、昨日大掃除をしていたから今日はまだきれいですよ。でももう漫画の本が床に転がっていたけど」

 私がそういうと竜介が目を剥く。

「えっオレの部屋、入ったのか」

「さっき、ちょこっと。私の洗濯物の中に竜介くんの靴下が入っていたの。ちゃんと箪笥にしまっておいたから」

 見る見る間に竜介の顔がふぐのように膨れた。

「なんだよっ。人の部屋に勝手にはいるなよ。しかも箪笥まで開けてっ」

 いつものことなのに、急に怒り出す竜介。それは桐野の前だからだとわかった。父親なのだから、私が自由に竜介の部屋へ出入りしていることがわかったら余計な心配すると思ったのだろう。

 私としては別に心配されるようなことだと思っていないし、普段通りにするべきだと思っていた。


 桐野は笑っていた。

「君たちは相変わらず仲がいいんだね。ここへきて改めてそう思うよ。この二人が同じ家の中で過ごすってどんな感じなんだろうって思ったこともあるけど」

 意外なことを言うから私は桐野に目を向ける。

「これでも一応、父性本能に目覚めてきているらしい」

 桐野も心配をしていたらしかった。

「大丈夫。そんなに大げさなものじゃないんだ。それに僕はそんなに偉そうなことを言える立場でもない。ただ、娘という存在が気になる。それだけだよ」

 


 桐野はしばらく会話を楽しんで立ち上がった。

「ご馳走様。今日は楽しかった。どうもありがとう」

「また来てください」と光司。

「うん、先生なら大歓迎だ」

と竜介までが賛同してくれる。


 父親だとわかってからわずかな時間しかたっていないのに、なんとなく寂しい想いにかられた。

 私も後を追うように慌てて立ち上がっていた。

「あ、駅まで一緒に・・・・」

 そう言いかけた。

 桐野は玄関で靴を履きながら笑っていた。

「いいよ。そんなことされたら僕はまた由紀乃ちゃんをこの家まで送ってこなきゃならなくなる」

「あ・・・・」

 それもそうだ。もう外は暗い。それに駅まで迷うほどの距離ではなかった。


 桐野は、私の後ろに立っている竜介に視線を移した。

「竜介くん、由紀乃ちゃんを抱きしめてもいいかな。一応、彼氏の許可を取った方がいいと思って」

 私はあっけにとられていた。

 竜介は私を見て、うん、とうなづいた。

 先生は竜介のお許しが出たとばかりににっこり笑い、両腕を広げて私に近づく。

 大きな腕が私をすっぽりと包み込んだ。されるがままになる。

 おじいちゃんともお婆ちゃんとも違う大きな胸に抱かれていた。それは温かく、ほっとする感覚だった。

 人は皆、こうした存在に守られて大きくなるんだと感じた。


「由紀乃、知らなかったとはいえ、今までそばにいてあげられなくてすまなかったね。許してほしい。こんな、どうしていいかわからない父親だけど、できる限り頑張ってみるよ。よろしく」

「あ・・・・」


 その言葉に熱いものがこみ上げてきた。それを隠すようにして顔をうずめる。私も何か言わなくてはと気が焦る。深呼吸をして言った。

「私も・・・・娘として、これからもよろしくお願いします」


 その桐野の大きな抱擁ハグは、父娘一年生の私たちのスタートラインとなった。

 桐野は笑う。

「じゃ、由紀乃。まずその他人行儀な言葉遣いを改めてもらえるかな」

 そうだ、先生と言うのと、その言葉遣いを直すと約束をしていたのだ。しかし、急に口調を変えることは難しかった。そして、先生と呼ばないのなら、お父さんと呼ぶべきなのか。

 桐野が私の考えを読んでいた。


「お父さんって呼ぶことはもう少し待つ。先生っていうニックネームでもいいって思っているから」

 桐野はやさしい。そんなふうに言ってくれる。私は自分を戒めた。その言葉に甘えていては、この先突然、お父さんなんて言えるはずがなかった。初めが肝心だと言って検査をした。こういうことも同じなのだ。

 意を決して言う。

「お父さん。こんな甘えることを知らない娘ですが、よろしくね。たまに先生って呼ぶかもしれないけど」

 なんだか宣言するかのように叫んでいた。

 桐野はあっけにとられていたが、嬉しそうに顔を緩める。

「ありがとう」


 桐野は私のアルバムを大事そうに抱えて、駅へと向かっていった。これからも定期的に会おうと約束していた。






DNA鑑定では、ヒトゲノムの塩基配列のすべてを調べるわけではないので、赤の他人であっても型が一致する可能性はあるそうです。

実際にアメリカで1000兆分の一の偶然の一致があったと報告されています。

未来の小説で、世界中の人々のDNAを登録して管理するというものがありますが、偶然の一致が起りえないようにもっと深く登録する必要性があるといえます。

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