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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
第五章 物事は人の意志と関係なく起こっていく
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第四話

 私は翌日の月曜日、学校が終わるとその足で桐野の病院を訪れた。

 一応、今日、行きます、とメールを送ってある。


 医局にいる桐野を見つけ、声をかけようかと思ったがそのままその姿を見ていた。

 いつも笑顔を絶やさず、それでいて看護師たちへの報告に真剣に耳を傾け、指示をするその姿は素敵に見えた。

 中学の頃、真剣に父親は犯罪者で遠い刑務所にいるのかもしれないと思った。いよいよ私が結婚しようという時に、姿を表せ、父親だと名乗るのだ。そんな悪夢を想像した。今思うと笑えるのだが。


 廊下に立ってじっと先生を見ていたから、他の看護師が私に気づいた。

「なにか?」

 我に返る。

「あのう、桐野先生に・・・・」

 その一言で、医局にいる医師たちや看護師たちが一斉に桐野と私へ視線を向けた。先生はすっくと立ち上がって大声で言う。

「あ、由紀乃ちゃん、待ってた。こっちへ」

 桐野は臆することなく、私を医局の隣の小部屋に呼んだ。その後に二十代後半くらいの白衣をきた別の医師が入ってきた。

「石井君だ。若いけどやり手」


 そう言われて石井は謙遜なのか、いえ、と口ごもって首を振る。

「こちらは神宮字由紀乃ちゃん」

 私も紹介されてぺこりと頭を下げた。

「僕の娘なんだ」

 桐野がそういうと石井の表情が一瞬だけ固まったように思えたが、すぐにそんなことは聞いていなかったかのようにしている。桐野が検査キットを机の上に置いた。

「よろしく頼む」

と桐野は石井にそう頼み込んだ。石井は心得ていますと言わんばかりにちょっとだけ口元を歪める。


「簡単なんだよ。この綿棒で頬の粘膜を採取するだけ。後は検査室にお任せ」


 まず石井は桐野からサンプルを取った。

 極めてポーカーフェイスでいた石井は私を見ると少しニコリと笑ってくれた。それで少し緊張が解ける。

 口を開けると、石井の持つ綿棒の先が、私の頬の内側をこすった。痛くもなんともない。あっけないほど簡単だった。


「じゃ、大至急やってくれるように頼んでよ」

と桐野が石井に言った。

 石井は検査キットを持って、はい、と返事をする。

「先生と娘さん、よく似ていますね。ふとした時の笑顔がそっくりです」

 そう言って出て行った。


 私達はお互いを見ていた。似ていると言われたからだ。

「悪かった。僕にも似ているって。綾乃そっくりだと思ってたから油断したな」

 まるで桐野に似ているとかわいくないかのような謙遜した言い方をしていた。それでも嬉しかったのだろう、言葉とは裏腹にその表情はにこにこしていた。


「一緒に食事でもと誘いたいところだけど、今日は今から宿直なんだ。でもちょっと時間があるから、知明くんの顔を見に行かないか?」

「え、知明くん、加藤くんですか」


「そう、彼、いつも月曜日は夜間透析してる。五時には始まるからその後なら面会ができる」

 知明とはさっきまで学校で一緒にいた。しかも隣の席なのだ。それでもせっかくの申し入れだ。

「加藤くんがいいって言うんでしたら・・・・」

「わかった」

 あの加藤が面会を断るはずもなかった。むしろ喜んでくれたらしい。しかし、もしかしたら同級生にそんな姿を見せたくないかもしれなかったから。


 透析室は清潔区域になっていて、面会者は滅菌された白い割烹着と別のスリッパに履き替える。そして綺麗に手を洗った。

 それだけで緊張してしまう。

 透析室はがらんとしていて、その広い半分は照明が消され、その端に十名ほどいるベッドの部分だけ、明かりがついていた。

 桐野の後についていく。

 他の患者たちが好奇心いっぱいの目を向けていた。若者もいる。年配者もいた。皆、昼間学校や仕事をしてそれを終えてから透析を受けにきていた。


 知明はその中の中央にいた。もうすでに病院から出された食事を終えていた。

「神宮字さん、すごく久しぶり」

と笑う。

「うん、ほんと。久しぶり、元気だった」

と私も笑った。


 知明はすぐベッドの隣の機械を見せる。

「これがボクの腎臓」

 腕に穿刺し、血液をチューブに通し、機械へつながっている。

「このダイアライザーっていうものがボクの血液の中の老廃物や余分な水分、電解質を取り除いてくれる。三日分をたったの四時間でやるんだよ」

 すごいだろう、と言わんばかりだ。


 みんなこんなに大変なことを受け入れて明るく振る舞っていた。健康ならば、一日に何回かお手洗いへ行ってすむことをわざわざ病院へ出向いてこうして時間をかけて取り除かなければならないのだ。

 そう思ったことが知明に伝わったみたいだった。

「ねえ、神宮字さん。障害は不便だけど不幸じゃないんだよ」

 ぽつりと言った。

「えっ」

 はっとして知明を見る。

「なあんてね、これは三重苦と言われているヘレンケラーの言葉なんだって。先生から聞いたんだけど」


 他の患者たちも黙って聞いていた。

「そう、自分が幸せか不幸かなんてそれぞれの受け取り方で変わるから」

 桐野がそう言って時計を見た。

「さあ、僕は行かなきゃ。由紀乃ちゃんは?」

 私も一緒に出ることにした。次に来るときは杏理たちと一緒がいい。


 よく知っていたはずの知明の別の姿を見た気がした。

「みんな、陽気に楽しんでいるみたいだろう。でも最初の二時間はいいんだ。後半は急激に体の水分や電解質を抜き去ることで具合が悪くなる人もいる。だからと言って沈んでいたら、この透析をするということがつらく、負担に思ってしまうかもしれない。彼らにとって、あの透析は命を繋ぐ体の一部なんだ」

 私より一歩手前を歩く桐野の表情は見えなかったが厳しい表情をしていると予想できた。

 知明は、これから長い一生をずっと週に何回か透析を受けなければならないのかと思った。それは竜介に聞くことはできなかった。きっと知明が受け止めている苦難は、竜介にとっても苦難に値するだろうから。

 その疑問を桐野に聞いてみた。


「移植するしか方法はない」

 移植、他の人から腎臓をもらい、体内に受け入れること。私にはなんだか恐ろしげに聞こえた。


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