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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
第五章 物事は人の意志と関係なく起こっていく
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つき合い宣言と父娘

 祖父と竜介の戦利品は、大きめのブラックバスを釣ったという土産話だった。釣った魚は持ち帰らず、すぐにリリースしていた。

 私は、竜介が興奮状態で釣った瞬間を語っているのを少し距離を置いて眺めていた。一生懸命に身振り手振りを交えて話していた。その輝くような笑顔、胸がキュンとなる。

 本当に竜介とここへきてよかったと思う。見ていると癒されるから。

 

 本当に竜介のことが好きだ。


 父親の存在が明らかになり、それはそれで複雑な思いがある。でも、私にはその当時の母の気持ちがわかる気がした。

 好きな人と一緒に過ごす幸せ、そしてその人も私を同じような気持ちで見つめてくれているってこと。

 母もそんな気持ちで桐野と接していたのだろうと想像できる。


 突然の妊娠発覚は戸惑っただろう。そのうえ、学生として外国にいて、桐野は別の土地へ引っ越したばかりだったのだ。母はどうしていいのかわからず、日本へ一時帰国したのだと思う。一人悩む中、私を生む決心をしてくれた。そんな母の気持ちを知ることで、桐野を受け入れられるかもしれないと考えていた。母が、この人の子供なら産みたいと思ったのだから。


 竜介はあの大量のお寿司をパクパクと平らげた。祖父母も驚いていた。高校生の男の子のものすごい食欲を目の当たりにしていた。それでも竜介が少し遠慮していることがわかった。


 私はランチが済むとすぐに荷造りをした。当分必要な夏物と秋の気配がしても慌てないように、薄い長袖のシャツなどを入れる。また必要ならばここへくればいいのだ。どうせ夏休みには帰ってくる。


 最後に本棚に収められている小さなアルバムが目に入った。私の幼い頃の写真が入っている。一瞬迷ったがそれもスーツケースに入れた。

 もし、桐野が本当の父親ならば見せるべきものだと思う。そこに収められた私の人生の断片はほんの少しだけど、見てもらいたかった。


 電車を乗り継いで、竜介と共に帰った。その間に手紙の内容をかいつまんで話した。

 桐野は竜介の気に入っている人だから話しやすい。竜介はよかったな、と思っている様子だ。でもそれを口にしない。いい人だからということと、父親として受け入れるかどうかは全く別の問題だと思っているから。

 DNAを調べてもらうというと竜介もやはり目を丸くしていた。やはり祖母に言ったのと同じことを言う。


「今はいいの。でもね、これから意見が食い違ったり、叱られるようなことを私がするかもしれない。がっかりさせるようなことをやらかしちゃうかもしれないでしょ。そんな時先生がふと、この子は本当に自分の娘なのだろうかって疑問が生じたら嫌だなって思ったの。あの時、自分が名乗らなかったら、こんな面倒な事にはかかわらなくてもよかったんだって」


「あの先生はそんなこと思わねえよっ」

 竜介がムキになって食ってかかった。


「わかってる。ちょっと大げさに言ってみただけ。でも私がとんでもないことをして迷惑をかけたとしたら、やっぱり重荷になるのかもしれない。もしかすると将来、再婚したい相手ができて、向こうの女性に本当に娘?とか言われても、うん、たぶん、なんて返事じゃ納得できないよ」

 竜介はあっけにとられていた。

 その表情からは、こんなことを女の子は考えているのかという驚きの色がみられた。


「最初だけなの。そういうことをきちんとできるのって。何かお互いに疑問が生じてきてから調べられるよりずっと受け入れられる、そうでしょ」

「うん、まあな」

 竜介がやっと納得してくれた。


 その日の夕食には孝江も帰ってきた。一日留守をしただけなのに、皆がこうして顔を合わせることがうれしかった。ほっとする空間だと実感していた。今はここが私の帰る場所、家なのだと思った。


 夕食後にお土産を渡し、竜介が遊園地でのことや釣りのことを詳しく話し出す。

「すごかった。富士山が目の前にそびえたつ情景、迫力が違うんだ。日本一高いだけじゃなくって、凛とした美があった」

 竜介が、私の思い描いている同じ富士を念頭に置いて話しているのがわかった。

「へえ、竜介にしちゃ、言うじゃないか」

 光司が感心している。


「うわぁ、いいな。行きたい。富士山を眺めながら癒されたいっ」

 孝江が吼えた。

 病院と家との往復の毎日だ。ストレスも溜まっているのだろう。

「おばあちゃんが夏は涼しいよって言ってました。夏休みに一緒に行きませんか? 居間でよかったら泊まれますから」

「うん、行く。寝るところは廊下でも構わない。一日中、その富士山を眺めていられればそれでいい」

 即答していた。


 一通りの話が終わり、お土産のお菓子を食べている時、竜介が私をちらりと見た。私は、竜介があのことを話すのだと確信した。

「あ、あのな、オレ達、つきあうことになったから」

 竜介は絶対に言えないなんて思ってたけど、きちんと言ってくれた。なんだか私の方が恥ずかしくなってきた。


 孝江も光司も私達を見たが、笑みを浮かべたままだ。

「なんか今更って感じするけどね。そっか。ちゃんとスタートしたんだ」

 孝江の今更という言葉、実感している。

「ほんと、普通ならつきあうってことで、メールや電話の回数が増えて、今何してる?とか次はいつ会える?なんてことばかり言ってんだろうね。でも、竜介たちは一緒にいるからあまり生活、変わんないね。いいな、そういう関係も。わざわざ時間を決めて、合わせて行動しなくてもお互いがそこにいるって」

 光司の言葉の通りだった。生活自体は変わらない。デートの約束をしなくても会える。

「でもさ、二人きりになれる時間が多くて、キスなんかしちゃったら歯止めが利かなくなったりして・・・・」

と、光司が冗談めかして言った。

 

 その言葉に、私は観覧車でのことが思い出されて思わず赤面していた。こんなに反応するつもりじゃなかったのに。竜介もやばいという、悪戯がばれたときのような顔をしていた。

 驚いたのは光司の方だった。すぐに、そんなことないよ、と言う返事が返ってくるものと思っていたのだろう。私達の戸惑いの反応に気づき、えっと声を上げた。


「なんだ、もうキスしたんだ」

 私達の様子を見て、ぽつりと孝江が言った。

「ええっ、まじでっ」

 光司が過剰反応している。自分がつい口走ったことが的を得ていたからだ。

「あ、はい。キスから始めようって言って、それで・・・・。でもそれ以上の事はありませんから」

 私が何とか言いつくろった。

「一応、オレ達はこの家の中では同居人、なっ」

 竜介が同意を求めてきた。

 私は、うん、とうなづいた。

「まあ、そのくらいならしかたがないな。なんてこの叔母さんは寛大なんだろう」

と孝江が自分を褒め、高笑いをしていた。



 桐野にはその晩、お風呂の後、自分の部屋に入ってから電話を掛けた。

 病院勤務だったら出ないと思っていた。その時はメッセージを残そうかどうしようか考えながら、呼び出し音を聞いていた。

 そんな迷いは不要とばかりにすぐに桐野が電話に出た。


 向こうから、もしもし、というのんびりとした声がした。非番で家で過ごしているのかもしれない。

 以前に知明が、先生はあまり家に帰らないとか言っていたのを思い出した。

 そんな事を思っていながら、私は声が出なかった。何か喉に詰まったかのように何も言えないでいた。もっとあっさりと、こんにちは、いつでも会います、と言える自分を想像していた。しかし、実際には何と言っていいのかわからずにいた。

 もしもし、と言い続ける桐野。焦れば焦るほど声が出ない。まるで夢の中であげようとしている悲鳴のようだ。

 このままでは不審な電話として切られてしまうかと思った。

 その時、受話器の向こうで息を飲む気配がした。


「もしかして、由紀乃ちゃんかな」


 優しい声だった。

 何も言えないでいる私を感じ取ってくれた。

 そのことがうれしかった。目頭が熱くなり、あっという間に視界がぼやける。不覚にも涙を流していた。自分でもなぜ、泣いているのかわからなかった。泣くつもりはまったくなかったからだ。


 父親というものを常に醒めた目で見ていたと思う。同級生がよくこぼしている、父親に対する鬱陶しいという気持ちを聞くと複雑だった。父親という存在がいるからそんな事を思えるのだ。うざいって思ったっていい、そういう感情を向けることのできる人がいるのだからと思っていた。


 この桐野は祖父母の他に、私の事を特別な存在だと考えてくれる人なんだと実感した。何も考えず頼れるという、そんな存在に私は安堵感を抱いた。

 それが電話からひしひしと伝わってきていた。それだけ先生の声は優しく、心に響いたのだ。


 竜介が言っていた。あの人が父親だったらいいって思うぞ、と。

 確かに誠実そうでユーモアがあって、やさしい。それでいて小さなことにくよくよしそうな気の弱いところもあり、少し天然っぽくって・・・・いきなり、こんなに大きい娘を受け入れてくれようとしている、そんな先生。きっとこんなふうに、母を愛してくれていたのだろう。


 桐野は、私が一言も発することもできずに泣いている間、受話器の向こうでずっと待っていてくれた。それはまるで幼子が泣きじゃくっているのをそっと抱きしめながら、泣き止むのを待っているかのようだった。

 

 どのくらい時間がたっただろうか。

 私がやっと話ができるようになり、先生が早く帰ることのできる次の週末に会うことになった。場所はどこでもいいというので、光司の働くスターボックスにした。





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