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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
第四章 人と一緒にいる意味・それは魂が磨かれる瞬間
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第四話 竜介  気になる手紙

 明日は由紀乃の祖父母のところへ行くから、今日の稽古はみっちりとやってきた。それでいつもより遅くなり、家に帰ったのは八時を過ぎていた。


 いつもなら台所に電気がついていて、テーブルに由紀乃が座っている。そこで宿題をしたり、本を読んでいるのだ。そして、オレを見ると、すぐに手を洗ってくるようにと言われ、その間におかずを温めてくれていた。


 けれど、今日は台所もリビングも電気がついておらず、暗いままだった。

 まだ、由紀乃が帰ってきていないのかと思った。

 オレは玄関に、きちんと揃えてある由紀乃の靴をもう一度確認した。帰っているはずだった。


 部屋で寝ているのかもしれない。由紀乃だって、毎日オレの奥さんみたいに帰りを待っていてくれるわけじゃないんだから。そう思いなおして、一人でご飯を食べることにする。

 冷蔵庫から光司が作ってくれてある夕食を取り出した。サバの味噌煮、きんぴらごぼう、マカロニサラダがあった。

 叔母は食べていってる。二人分が冷蔵庫に残っているということは、由紀乃がまだ食べていないということだ。


 ご飯も食べないで寝てるのか? 具合が悪いのかもしれない。それか、オレの帰りが遅いから、食べないで待つつもりでついウトウトしてしまったのかもしれなかった。それならオレが先に食べちゃまずいだろう。


 一応、由紀乃の部屋に声をかけた。

「由紀乃。寝てるのか。竜介だけど、ご飯食べる?」

 極めて自然に、声も大きすぎず、小さすぎずだ。


 由紀乃の部屋に明かりがついた。

 さっと襖が開く。

「あ、竜介くん、お帰り。ちょっとボーッとしていたら寝ちゃったみたい。ご飯、一緒に食べる。私が温めるから着替えてきて」


 いつもの由紀乃ではなかった。その笑顔にかげりがあった。オレに着替えろという、その由紀乃がまだ、制服姿のままだった。

「って言うか、由紀乃も着替えろ。オレも着替えてくる」


 オレのその言葉に、由紀乃はやっと制服のままいたことに気づいた様子だった。机に突っ伏して寝ていたのだろう。顔に少し腕を枕にしていたような赤い痕がついていた。


 由紀乃らしくなかった。いつも帰ったらすぐに着替えろ、制服はハンガーにかけろと世話を焼くのに。

 オレはいつものTシャツにジーンズに着替え、一度制服をベッドの上に脱ぎ捨てた。が、すぐに思い直してハンガーにかけた。毎日うるさく言われると仕方なくでもやるようになる。我ながらしつけられていると思う。

 階下へ降りていくと、もう由紀乃がおかずをちゃんと温めてテーブルに置いてくれていた。ご飯も盛ってくれる。


 オレ達、こういう空間で一緒にいるっていいけど、いざっていう時に踏み込めない距離があることに気づいていた。友達だけどちょっと意識した特別な友達。一緒に勉強したり、ゲームをしてもそれ以上の関係ではないから甘え過ぎないように、というブレーキがかかる。

 本当は、この胸の内を言ってつきあいたいけど、先週彼氏と別れたばかりの由紀乃に告白するには早すぎると思っていた。もう少し由紀乃に時間をあげたい。


 由紀乃は食べながら時々オレに笑顔を向けてくるけど、やっぱりどこか違っていた。口数も少ない。だから、オレは今日一日、学校であったことを全部二倍に増やして一人で話していた。

 うんうんと聞いている由紀乃だけど、それでもその心はここにあらずと言う感じだった。明日、久しぶりに祖父母に会えるのにおかしい。今朝まではあんなに楽しみにしていたのに。


 食事の後、由紀乃が洗いものをしている。オレがいつものように炊飯器の中のご飯をタッパーに移し替え、テーブルの上を拭いていた。


「竜介くん、明日の朝、早いから今夜のうちに持っていく荷物、用意しておいてね。一泊だけだから大したことないんだけど」

「うん、わかってる」


 山梨県の富士河口湖まで行く。その駅に由紀乃のおじいさんが車で迎えにきてくれることになっていた。そして、そのまま富士ランドまで送ってもらい、遊ぶつもりでいた。

 富士ランドは土日は混むらしい。開園と同時に入り、人気のアトラクションに乗るのが目的なのだ。

 由紀乃は祖母の実家がそっちにあるから、たびたび行って遊んでいたそうだ。オレは初めて行くところだから、すべてを任せるつもりでいた。


「今日、先にお風呂に入っていい? 少し疲れたみたい、早く寝るね」

 オレはうなづく。

 由紀乃は洗ったふきんをかけて、自分の部屋へ入っていった。


 オレも後で風呂に入り、自分の部屋に戻った。宿題があるのだ。土日を遊びまくるには、まずこいつをどうにかしなければならない。

 先生が怒るからではない。宿題をやらないと由紀乃が怒るからだった。


 宿題は結構時間がかかったが、なんとか終えることができた。水でも飲もうと階下へ降りていった。

 玄関には明かりがついているが、リビングも台所も暗いままだった。由紀乃はもう寝ているらしかった。


 由紀乃が気になっていた。気分が悪いわけでもないらしいが、元気がない。また、あの元カレがなにか言ってきたのかもしれなかった。そうなるとオレは部外者になり、はじかれてしまう。こんなに近くにいるのにどうしてやることもできなかった。

 ゲームをしようと思ったが、その気も失せていた。寝る支度をして、部屋で音楽を聴くことにした。まだ、十一時。夜更かしが常の高校生には寝るのは早すぎた。

 部屋を暗くして、音を小さ目にして聴いていた。このCDが終わるころには寝入っているかもしれない。

 少しウトウトしていたかもしれなかった。

 かすかなノックの音でハッとした。それは遠慮がちなノックの音で、寝ていたら気づかないかもしれなかった。


「誰? 由紀乃か」

と言って、自分を嗤笑ししょうする。

 今、この家にいるのは由紀乃しかいないし、叔母も光司もオレに用事があるときはノックなんかしない。

 「おい」とか「入るぞ」と声をかけるくらいで入ってくる。全くプライバシーなんてものはなかった。

 パッと飛び起きてドアを開けた。

 由紀乃が不安そうな顔をしてそこにいた。

「ごめん、寝てた?」

 部屋が暗かったし、オレも寝ぼけたような顔をしていたからだろう。

「いや、横になっていただけ」

 どうしたのだろう。もう十二時を回っていた。思いつめたような顔をしていた。何か話したそうだった。

「下へ行こうか、眠れないんなら、叔母ちゃんのハーブティーがある」

 由紀乃が微笑んでうなづいた。


 茶箪笥から、叔母の愛用のお茶を取り出す。電気ポットのお湯を注いでできあがり。そのカップを由紀乃の前に置いた。

「ありがと」

 

「どうした?今日、ずっと元気がなかった。なんかあったのか」

 言えなかったことがやっと言えた。

「あ、わかっちゃってた?」

 あれだけテンション低けりゃ、誰でもわかる。


「ね、これ。見て」

 由紀乃は一通の手紙をオレに見せた。

 几帳面な字で、書かれている。宛名は神宮字美代子、つまり由紀乃の祖母だ。

「おばあちゃんに手紙がきた。以前住んでいた家に。その人が私の学校の寮に届けてくれたの。問題はこれ。差出人」

「え?差出人?」


 封筒の裏をみた。

 桐野正樹、どっかで聞いたことのある名前だった。

「これって、知明くんの主治医、あの先生よね」

「あ、そうか」

 思い出せたことに満足するが、ハタと気づく。

「あれ?先生がなんで由紀乃のおばあちゃんに手紙? 知り合いだったのか」

「わかんない」

と首を振る。

「以前、私の母の知り合いだった人からエアメイルが来たこと、言ったよね」 

 そうだ、お父さんかもしれない人からの手紙を、おじいさんたちが由紀乃に内緒にしていたというあの話だった。

「え、まさか」

「そう、この桐野先生ってアメリカにいて、昨年の暮れに日本へ帰ってきたって言ってたよね」

「うん、確かにそんなこと言ってた」

「おばあちゃんがその人に年賀状を送ったら、住所不定で戻ってきたらしいの。先生がこっちに帰ってきていたなら、辻褄、合う」


 由紀乃が泣きそうな顔をしていた。

「それに先日、私の名字が神宮字ってことにすごく反応してた。この消印、あの日の翌日なの」

「偶然か、それとも・・・・・・。ちょっとした知り合いだったのかもしれないぞ」

 自分で言いながら、違うと思っていた。

「ただの知り合いだったら、あのときにそう言ってくれてもいいと思うの。こうしてわざわざ手紙を書いて、祖母に送るっておかしい」


 オレはなんて言っていいかわからなかった。確かにそうだった。こうして改まって、由紀乃のお婆さんに手紙を出すって何かものすごく重要なことが書いてあるように思えた。

「今日の放課後、この手紙を受け取って、この差出人に気づいてからいろんな考えが浮かんできて・・・・・・」


「読んだらだめか?」

「一応、おばあちゃん宛てだし」

「そうだな」

 やっぱりだめか。人の手紙を勝手に見てはいけない。

 また、由紀乃は暗い顔をしていた。


「なあ、そんな顔、すんな。由紀乃らしくない。他人事だからって怒るなよ。でも、今考えてもわからないことを考えて悩むのはやめよう」

 オレがそう言ってもまだ、由紀乃は浮かない顔をしている。

「モノは考えようだぞ。もし桐野先生が・・・・・・由紀乃のお父さんだったら」

 やっとその言葉を口にする。由紀乃がそう言いたくても言えなかった言葉、お父さん。

「もしかすると違うのかもしれないけどさ、今のところあの人が有力候補だろう」

 由紀乃がうなづいた。

「オレ、あの人、好きだ。話しやすいし、真面目にこっちの話も聞いてくれる、知明なんか毎日、先生、先生って慕ってる。もし、あの人が由紀乃のおとうさんだったとしたら、すごくいいと思う」

 由紀乃は黙って聞いていた。

「由紀乃はあの人、嫌いなのか? お父さんとしてじゃなく、人物的に見て」

「いい人だなって思ってる」

「じゃ、一つはクリアだな」

「一つ?」

「うん、お父さんのこと、全然わからなかったんだろう。どんな人か知りたかっただろう?」

 

 由紀乃は考えていた。

「お父さんって想像もつかなかった。お母さん、何も言わないで亡くなったから。だから、おじいちゃんもおばあちゃんも、お母さんがもてあそばれていたって思っていたみたい」

 時々、由紀乃は自分のことを他人事のように悲惨な表現で語る。これが大人の中で育った一人娘の現状なのかもしれない。

「でもさ、お母さんが私を堕胎おろそうとして日本へ帰ってきたけど、最後にはその人の子供を産みたいって決めたの。出産後にすぐに亡くなるって思ってもいなかったから。だから、いつも絶対に悪い人じゃない、お母さんが気を許した人なんだからって思うことにしているの」


 気丈にもそういう由紀乃の目から、涙がこぼれた。


「どんな人かわからないって、好きか嫌いかもわからないの。お母さんを妊娠させておいて、そのまま帰国して亡くなっているのに連絡もくれないなんてひどい人だって。そんなふうに憎めたら、それはそれで気が晴れたかもしれなかった。でも、顔もわからないと自分の中で空回りしていてつらかった」

 う~ん、そういう苦しみは残念ながらわからない。でも、かなり精神的につらかったと思う。


「でも、あの先生だったら・・・・・・」

 由紀乃は涙をぬぐった。

「いいなって思える」

 由紀乃の笑顔がはじけた。やっといつもの笑顔に戻っていた。

「じゃあ、もう余計なことは考えるなよ。明日、それをおばあちゃんに渡せばわかるんだろう? そしたら、その時に悩めばいい」


「うん、そうだね。明日になれば具体的に考えられる。ありがとう、竜介くん。もう考えても答えのでないことで悩まない」

 由紀乃は冷めかけていたハーブティーを飲んだ。

「眠れそうか?」

「うん、寝なきゃ」



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