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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
第四章 人と一緒にいる意味・それは魂が磨かれる瞬間
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第一話 同居  竜介

 中へ入ると、叔母がすぐに顔を出した。待ちかねていたらしい。

「遅いよ、二人とも。道にでも迷ったの?」


「あ、ごめんなさい。私が途中でちょっと・・・・・・。電車を降りなきゃいけなくなってしまって。それで遅くなりました」

 ぺこりと頭を下げる由紀乃。まだ少し目が赤い。

 孝江もすぐさま状況を読み取り、表情を和らげる。これがオレの作った原因なら、もうちょっと皮肉が飛んでくるところだった。


「ごめん。二人でどっか遊びに行ったのかと思って」

「引っ越ししてくるのに、どっか行くかよ。勘弁してくれ」

 オレは叔母の軽口をたしなめた。しかし、叔母は全く気にしていない。

「由紀乃ちゃん、髪、切ったんだ。かわいい、すごく似合ってる」

「そうですか?」

 由紀乃も嬉しそうだ。

「どこの美容院?私もショートにしようかな」

と孝江が言うと、光司がとんでもないという大げさな表情を見せた。

「いや、母さんにはショートは無理。とんでもない寝癖をつけて出勤するのが目に見えてる。今はどんなにぼさぼさでも後ろで束ねればいいけど、ヘアセットをする気のない母さんには・・・・・・」

 光司はそこまで一気にまくしたてたが、次が続かなくなっていた。孝江がものすごく怖い顔で睨んていたから。


 由紀乃がくすくす笑った。

「孝江さんも似合うと思いますよ。私の場合、イメチェンとかじゃなくて、一つの恋を終らせたので、けじめをつけるために切ってみました」

 孝江と光司がはっとして、由紀乃をみた。オレはもう知っていることだから何も言わない。

「なんか別人になったみたいでいいですよ。新しい自分になったようで」

「今時の高校生がそんな古風な事をするなんて思ってもみなかった」

と孝江が見直した様子で言った。


 オレは由紀乃のスーツケースを持って、これから由紀乃が入る部屋へむかった。一刻も早く見せたかった。この、みんなで掃除した部屋を。

 以前は冬になると、ここで炬燵こたつに入ってテレビを見ていた。でもオレ達が成長し、それぞれが忙しくなると炬燵に入らなくなった。リビングにストーブをつけると温かかったし、いつしかオレ達は奥の和室には立ち入らなくなっていた。

 由紀乃がくることになって、裏庭に面している窓にアルミ製の格子を付け、厚手のオレンジ色のカーテンとレースのカーテンをダブルで付けた。そして、勉強机と椅子は光司が使っていたものを入れた。


 今、光司は大学を休学することを決意していた。先日、由紀乃の勉強机を買うかどうするか相談していた時、「ボクのを使えばいい。しばらく、使わない。休学するから」と言った。

 オレも驚いたけど、叔母も初耳だったみたいでびっくりしていた。オレは叔母がなんて言うか少し緊張したけど、しばらく黙って「そうか」の一言を言っただけだった。


 叔母は、本人が自分で決めたことにはいろいろ口出ししてこない。意見を求められれば、叔母の思うことを言うが、よほどのことがない限り、本人の判断にまかせている。

 それがたとえ、つらそうな道でもだ。間違いを恐れて何もしないよりは、失敗してもそこから一つでも何かを学べば、そっちの方がずっと有意義だというのが叔母だった。

 人と人がかかわり合って生きていくけど、結局は自分がどう考え、どう行動していくかが重要になっていく。何度か人生の分かれ道に立ち、大きな決断を強いられる時が絶対にくるのだ。そのときのために、今、日常的に自分で考えて決めるということは、これからの人生への予行練習とも言えた。

 失敗って、自分が最初に考えていた結果と違ったものになるから失敗って思うのかもしれない。でも、それをそのまま受け入れれば、それは失敗じゃないんだと思う。

 オレの母ならあれこれ言ってくるだろう。大学の休学だなんてとうるさく問い詰め、絶対に反対してくる。

 失敗する前にそのことを心配し、それを回避するように言ってくるし、転びそうな石があったら、先に行ってその石を取り除く、そんな感じ。

 親はいつまでたっても親だけど、ずっと子供をそうやって守っていられるわけじゃない。それなら叔母のように、一人で歩き、つまづいても転んでも一人で起き上がれる人間に育てる方がいい気がする。親も絶対に平気じゃないけど、転んでも見守っていてくれさえすればこっちも頑張れる。


 オレがそんなことを考えられるのは、自分が今、その渦中にいないからだ。外から見ると全体がよく見える。その渦中にいるともがくばかりで何もみえてこない。幸いにもオレは叔母のところで暮らしているし、母の最大の関心は知明だし。知明もそういうこと、よくわかっている奴だから大丈夫。


 由紀乃はこれから住むことになる部屋を満足そうに眺めていた。

「もし、ベッドの方がよかったらベッドを入れる。後は自由に使っていいからね」

 由紀乃は押入れを開けた。上は干したばかりのフカフカの布団が一式入っていて、下は空っぽだった。

「大丈夫です。布団だと部屋が広く使えるし。ありがとうございます。素敵な部屋」

 気に入っているみたいだった。ほっとする。

「一応、中から鍵がかかるようになっているから」

「はい」

 叔母が由紀乃に、錠と鍵を渡した。実に簡単な鍵だけど、ないよりはましだろう。

「じゃ、荷物片づけてて。今夜は早めの夕食にするから。光司がすき焼きにしてくれるって」

「はい」


 叔母は夜中からの深夜勤務だ。夕食までの二時間くらい横になると言った。光司は近所のスーパーへ今夜の食材を買出しに出かけた。光司も夕食後はまた、バイトに行くらしい。


 オレは休みの日にこうして家にいることがなかったから、何をしていいかわからず、リビングでゲームを始めた。

 由紀乃は襖を開けっ放しでいる。スーツケースを開けて、洋服やら本などを取り出していた。

 オレがちょっと首を傾げると、中の様子が丸見えだった。見る気がなくても見えてしまう。それで由紀乃と目があった。


「相変わらず、ゲーマーですね。レベルアップ、しましたか?」

と言われた。

「オレは常にトップだから、腕を落とさないようにしているだけ」

と画面から目を離さずに答えた。

 由紀乃が部屋から出てきて、オレの隣に座った。

「もう終わったのか?」

「うん、大した荷物じゃないって言ったでしょ。寮は狭いってわかってたから、最小限にしてたの。こんなに広い部屋がもらえるんなら、次の週末におじいちゃんたちのところへ行って、もっと洋服を持ってこようかな」

「あ、うん。洋服は女の子にとって重要だからな」

とオレもわけのわからないことを言ってしまって、すぐに後悔した。

 くすっと笑う由紀乃。


「ねっ、おばあちゃんがね、竜介くんと一緒に遊びに来いって言ってたの。もし、次の土日、予定がなかったら一緒に行かない?一日は富士ランドで遊ぼう。泊まれるから」

「えっ泊り?」

 それを口走ってしまう愚かなオレ。

「あ、うん。もち、別の部屋ね」

 当たり前だ。変な意識をしてしまった。

 来週の土曜日は、剣道の練習があるけど、一日くらい休んでもいいかと思っていた。由紀乃一人じゃ、またスーツケースを持って電車に乗らなきゃいけないから大変だ。富士ランドも行ってみたいし。

「オッケー、つきあうよ。今度の土、日だな。一応、叔母ちゃんにも確認取るけど、オレは大丈夫」

 由紀乃は嬉しそうな顔をした。


 由紀乃が彼氏と別れて、フリーになった。このことはすごくうれしい。それに同じ家にいるってことは、家へ帰ればいる、お互いの顔が見られるのだ。

 由紀乃はオレがゲームをしているのをずっと見ていた。でも、由紀乃の心は別のところへ飛んでいるみたいだった。いつかはつきあってくれと言うつもりだけど、彼氏と別れたばかりの由紀乃に今は言えない。じゃあ、いつ言えばいいんだろう。二週間くらい?いや、もっと一か月くらい最低でも待たないといけないかもしれなかった。


 光司が買い物から帰ってきた。もう大体のものは用意されていて、肉と卵だけを買ってきたらしい。

 すき焼きは久しぶりだった。皆が顔を揃えないとなんとなく食べるものじゃない気がしていたから。


 早速、由紀乃が光司の後を追って台所へ入っていった。光司を手伝おうというのだろう。無駄なのに。

 案の定、光司に追い出されていた。

「お願いだから、ボクの楽しみを奪わないでって言われちゃった」

 オレは、含み笑いをする。それ見たことかと。

「でも、時々教えてもらいたいの。私も料理、嫌いじゃないから」

「じゃ、光司くんがバイトでいないときにな」

「うん、それしかないね」

 やがて、光司から声がかかる。

「母さんを起こしてきて。ご飯も炊けてるし、テーブルセットするだけだから」

「あ、じゃあ、私が行く」

 由紀乃がすぐに立って二階へ行った。

 

 少しして、髪の毛がぼさぼさの叔母が降りてきた。光司が頭を指さして、ゴホンとわざとらしい咳払いをした。それに叔母は気づき、慌てて髪を整えていた。

 皆が席に着く。オレ達はいつものところ。そして四角いテーブルの誰も座らなかった席に由紀乃が座った。

 不思議な感覚だった。今までそこには誰もいなかったのに、由紀乃が座るとしっくりくる。ずっとそこは由紀乃の居場所だったのかもしれないと思い始めていた。

「食事を始める前に、一応、家の規則を発表するぞ」

 オレは思わず、「え~」と声を上げてしまい、叔母のひんしゅくをかっていた。すぐに食べられるかと思っていたから。


「ルールいち。自分の服を脱ぎっぱなしにしない。特に皆が集まるリビング、靴下の脱ぎっぱなし、気を付けるように」

 ふむ、と聞いている。オレの事だな。

「ルール二。風呂上りに素っ裸で家の中を歩き回らない」

「えっ」

 由紀乃がオレを見た。すごく驚いた顔をしていた。オレは叔母にストップをかける。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。叔母ちゃん、それじゃまるでオレ達がいつもそうしているみたいだろう」

「そうか?やってないか?」

「やらねえよ。ちゃんと着替えを持って入るし、暑い時はせいぜい、腰タオルだ」

 叔母はおかしそうにオレを見る。

「なんだ、小さい頃はよく裸で風呂から飛び出してきたからな。竜介も成長したらしい」

「あたりまえだろう」

 叔母が由紀乃に言う。

「じゃ、腰タオルはどう?許せる?」

「あ、はい。一応」

 由紀乃の表情からまだ少し、動揺が隠せないでいる。腰タオルもやめといた方がよさそうだ。オレだって、もし由紀乃がタオルを巻いた姿で出てきたら、目のやり場に困る。

 叔母は気を取り直して言う。

「ルール三、男どもは由紀乃ちゃんの部屋へ入らないこと。用事のある時はきちんとノックをすること。話ならリビングでしろ」

 オレと光司はうなづいた。

 それはわかっていた。最低限のマナーだろう。

「その代り、由紀乃ちゃんが竜介んとこへ行くのは許す。だから、竜介、ちゃんと掃除しろよ」

 余計なことまで言われてしまった。

「ルール四、掃除分担、光司は台所、私は水回り、つまり風呂場とトイレ。竜介はリビング、玄関の掃除。由紀乃ちゃんは・・・・」

 そこまで言ったが、叔母は由紀乃の役割を考えていなかったようだ。

「あ、私、ゴミ出しとか竜介くんの持ち場を一緒に手伝っていいですか?」

「それでいい?」

と、叔母が聞きなおす。

「はい」

 由紀乃はそれを行うことによって、家族の一員に認められたような安心した表情となっていた。

「ルール五、今、誰も使っていないけど、ホワイトボードにそれぞれの予定を書くこと。誰がどこへ行くとか、何時ごろ帰るとか。食事のこともあるしね。予定よりも遅れる場合、再度連絡すること。特に由紀乃ちゃんは、こっちが心配するから、ねっ」

「はい、大丈夫です。祖父母もそうでしたから」


「そして・・・・・・」

 叔母は、少し厳しい表情をしてオレと由紀乃を見た。オレはごくりと喉を鳴らす。何を言われるんだろう。

「二人の事は何も言わない。これからつきあうならそれでもいい。でも、高校卒業するまでは、私が二人の保護者だから。口うるさく言うかもしれないし」

「はい」

 由紀乃は歯切れのいい返事をした。オレもうなづいた。

 叔母は表情を緩める。

「二人を信じているからね。そうじゃなきゃ一緒に住まわせたりしない」

 由紀乃は少しはにかんで、オレを見た。オレも由紀乃と目を合わせる。

「わかってる、叔母ちゃん。剣士はな、姫を守るためにいるんだから」

 少しおどけたように言うと、みんなの笑顔がこぼれた。


 光司がやっと鍋に点火して、すき焼きの割り下を入れた。叔母がみんなにご飯を盛ってくれる。

 由紀乃の茶碗と箸は新しい。赤い小さな花模様が入っている。叔母が昨日買ってきた。叔母も由紀乃がこの家に来ることを楽しみにしていた。本当にうれしいことがわかる。ずっと女の子がほしかったというのも本当らしい。叔母は光司が生まれてすぐに離婚していたから。

 由紀乃がみんなの取り皿に卵を割り入れていた。オレはそんな中、ほんわかとした気分になっていた。みんなが集まる空間っていいなと改めて思った。

 高校へ入ってから、部活で遅くなる日が多くなった。叔母もオレ達に手がかからなくなると、夜の勤務を入れたし、光司が店でバイトをするようになって、すれ違いが多かった。

 オレも誰もいない家に帰るのは何となく苦手で、つい部活の帰りに何か食べに行ったり、光司の店へ行ったりしていた。光司も簡単な夕食を用意してくれていたけど、それを独りで温めて食べることが寂しくて嫌だった。

 でも、これからは由紀乃がいる。誰かいるのなら、誰かが帰ってくるのなら部活の後はすぐに家に帰るだろう。

 そして、由紀乃が勉強するときはオレも勉強をする。これで少しは成績が上がるかもしれない。


 そこまで考えていた時、オレの目の前にご飯が盛られた茶碗が差し出された。

「何をボーっとしている」

「あ、ありがとう」

 いつの間にか、鍋に肉が入っていた。光司が菜箸で肉を返している。野菜も入れられる。

「竜介っ、肉ばかり食うなよ」

「わかってるよ」

 叔母に睨まれる。だけど、野菜だけで走り回れるかって言うんだ。

「大丈夫、奮発して肉、多めに買ったから」

と光司がとりなすように言った。

「そうそう、そうでなくっちゃ。今から衰えていく人と、体力をつけていく若者と一緒にされても困る・・・・」

 ものすごい形相で、叔母が睨んできた。

「誰が衰えていく人だって?」

「あ、失言」

「まあ、いいんじゃない?みんな肉、好きなんだから、食べれば?」

 光司がさらりと流してくれた。

 由紀乃は黙って聞いているが、嬉しそうだった。


 夕食後、由紀乃とオレが洗い物をすることになった。

 本当に由紀乃が近くにいるだけで、オレは変わっていく。今まで洗い物なんて言われてもやらなかったのに、由紀乃と一緒ならとすぐに立ちあがった。この空間が好きだ。このまま続けばいいと思った。


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