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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
第三章 やらずに後悔するよりも、やってけじめをつけると、次に進めるかもしれない。
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第八話 みんな前へ進む   竜介

 由紀乃が寮を出て、オレ達の家に来ることになっていた。

 物置化していた和室は、きれいに掃除機をかけて、アルコールでオレが拭いた。ベッドじゃなく、布団をじかに敷くことになる。マメに掃除がされていなかった畳に女の子が寝るにはこのくらいの配慮が必要だろうと叔母に申し出たのだ。

 叔母はニヤニヤ笑って、「いつもこのくらい自分の部屋の掃除をするといいんだけど」と皮肉った。

 それは言われなくてもわかっている。自分はどうでもいいけど、由紀乃にはそうしてやりたくなるんだから仕方がない。

 和室は、余計な箱やスーツケース、棚などを取り除くと結構広い六畳間となった。



 オレは由紀乃の寮へ来ていた。約束の時間、一時になっていた。

 他校の学生寮、なんだか中へ入りにくいから、外で由紀乃が現れるのを待つ。

 すると、中からそれらしい人が海外旅行用の大きなスーツケースをゴロゴロと引いて出てきた。

「お待たせ、竜介くん」

「えっ」

 そこへ現れたのは、昨夜の病院で顔を見た由紀乃と違っていた。

 肩までのシャギーカットを、耳が半分見えるくらいまで短く切り、けっこう茶髪だったのも黒髪に染め直していた。青い石のピアスがよく映えた。

 どきりとする。

 オレが最初に会ったとき、こうすると似合うと思った通りのイメージだったから。いや、それよりもよく似合っていた。

 由紀乃があっけにとられているオレの顔を見て、にっこり笑う。オレはまともに顔が見られなくてつい、目をそらし、そっぽを向いた。

 由紀乃はそれに対してむっとしたようで、オレの顔を覗き込む。オレはまた顔をそらす。それを追いかけてくる由紀乃。

 オレは吹きだした。由紀乃も笑う。

 何やってんだ、オレ達って。これじゃまるでじゃれあってる子犬みたいだ。周りの学生もじろじろ見ていた。


 由紀乃の持っているスーツケースを見て言った。

「これで全部か?」

 オレが持つ。

「うん、最初からあまり持ってこなかったの。部屋は狭いし、収納もあまりないって聞いてたから。どうせ普段は学校の制服なんだし、着替え、ほとんどおばあちゃんのとこ」

 二人で駅に向かって歩き出した。


「いつ切った?」

 オレの質問に、由紀乃は「え?」とオレを見る。

「ああ、今朝。美容室が開くのを待って切ってもらった。今までこんなに短くしたことってなかったの。美容師さんがマッシュルームっぽいショートが似合うって言ってくれたから、じゃあお願いしますって」

「それで切ったのか」

「そう。色は?って聞かれたから、黒でって」

「フーン」

 本当はよく似合うっていいたかったけど、言えなかった。これが硬派の損なところだ。

 でも知明だったら、「似合う、すごくかわいい」とまで言ってしまうんだろうな。うわあ、オレにはそんなこと、口が裂けても言えねえ。

 じゃあ、同じような意味の言葉で褒めればいいと気づいた。


「あ、あのさ、その髪型のほうがお前らしい。それに・・・・お前の目って黒曜石みたいだろっ。だから、黒髪があってる」

 この程度なら言える。

「また、お前って言うし」

 ああ、別のところで由紀乃が反応していた。せっかくオレが考えて褒めたっていうのに。

「でもさ、竜介くんが黒曜石なんて言葉、知ってるなんて意外」

「理科で習うだろう、そういうの」

 チラリと由紀乃を見た。

 オレが褒めたこと、それほど気にしていないようだ。だけど、何となく嬉しそうに見えた。


 オレ達は電車に乗り込んだ。オレはスーツケースを持って、ドアの横へ立つ。車内は空いていたけど、立つ方がらくだから。由紀乃も反対側のドアの横に立った。

「これから学校がちょっと遠くなるな」

と言うと、平気、とだけ答えてきた。


 ふと思った。

 孝江叔母さんはなぜ、こんな年頃の女の子を、しかもオレがこんなに意識しているのに、同じ家に住まわせることにしたんだろうと。由紀乃の事情もわかるけど、ちょっと軽率じゃないかと思う。もし、なんかあったらどうするんだ。っていうか、オレか。オレがそういう気を起こさなければいいんだと思いなおした。それだけ信用してくれているんだろう。


 由紀乃の横顔を見た。ずっと外を見ているみたいだった。今まで見たことのないような真剣な表情で。その視線は外に向いているが、その目は実際、何も見ていないのがわかった。何かを真剣に考えていた。

 オレもその横顔をじっと見ていたから、その由紀乃の目から大粒の涙が込み上げてくるのに気付いた。

 はっとする。それは驚くほど唐突な出来事だった。由紀乃の目から重たそうな涙がポロリと落ちた。

 泣いてる?まさか、まさかだろっ。

 オレは思わず、周りを見回した。他の乗客は気づいていない様子だ。


 由紀乃の目から、まるで少女漫画の女の子のように、大粒の丸い涙がぽろぽろと落ちていた。男の涙はこうはならないぞと思う。

 ちょうど電車が駅に到着した。

「由紀乃、いったんここで降りよう」

 オレがスーツケースを持って降りる。由紀乃も慌てて後に続いた。

 本来、降りる駅は次だったが、そんなこと言ってられない。由紀乃の涙が落ち着くまで、この駅で待とうと思った。


 駅のホームにあるベンチに座った。由紀乃もオレの横に座る。そして、我慢していたものが堰切せききって溢れ出してきたらしい。由紀乃は両手で顔を覆う。肩が小刻みに震えていた。

 オレはどうしていいかわからず、とりあえずハンカチを取り出した。

「ちょっと汗臭いかもしんねえ」

と言って、由紀乃に渡すと、一瞬だけ笑顔を見せた。

「ありがと」

 なぜ突然泣き出したのか、理由が聞きたかったけど、本人が言い出すまで待つよりほかない。もしここで由紀乃がそれを言わなくても、もう忘れたころ、涙の原因に心がうずかなくなったら聞こうかと思った。

 寮のストレス、先生になんか言われたとか、オレがかわいいって言わなかったからか?また、お前って言ったからかな。

 涙の原因を探り始めると、あれもこれも思い当った。


 由紀乃の小さな肩を抱きたいと思う衝動を抑えた。抱きしめてやりたいと思うけど、オレは彼氏じゃないし、今から同じ家に住むのに気まずくなったらやばい。

 二十分くらいそうしていただろうか。他の電車が来る頃、由紀乃が顔を上げた。笑顔がそこにあった。涙が止まったらしい。

「ありがとう。急に、ごめんね。もう大丈夫。次の電車に乗ろう」

 もうけろりとしていた。まだ目が赤いけど、いつもの由紀乃の表情に戻っていた。

 女の子の涙って、そんなにあっけらかんとしているものなのか。泣きだしたら止まらないんじゃないかっていう印象があるのに。


 由紀乃が立ち上がった。電車が来たのだ。オレも慌てて立ち上がった。

 今度の電車は少し混んでいた。皆、オレの持つスーツケースを見て場所を開けてくれた。邪魔にならないようにまたドアの横に立つ。

 どうせ、一駅だけだ。


 駅の階段を降りるのは登るときよりも大変だったけど、駅を出ると後はもうすぐ家だ。

 歩きながら由紀乃はポツリと話し始めた。

「私、今日ね。髪を切ってから豊和に、彼氏に会ったの」

 それまでだんまりだったから少し驚いた。

「私が呼び出したんだけど」

「ふ~ん」

 剣道の試合のとき、チラリと見た由紀乃の彼氏の顔を思い出していた。胸が少し締め付けられる思いに駆られる。彼氏と喧嘩でもしたんだろうか。それで泣いていた?今ここでオレにそんな愚痴話をされても力になれねぇぞと思う。


「別れようって言ったの」

「ええっ」

「私から、もうおしまいにしようって言ったの」

 オレは思わず足を止めた。由紀乃はそのまますたすたと歩いていく。オレも慌てて後を追う。

「由紀乃は・・・・好きだったんじゃないのか?彼氏のこと」

 ちょっと先を行く由紀乃の表情は見えない。

「好きだったよ。豊和のこと。かっこよくて、笑顔がステキで、それなりに優しかったしね。でも・・・・」

「でも?」

「あの人、私だけじゃなくて誰にでもそうだったみたい。私もそれを本能的に感じていて、彼には逆らわず、デートをすっぽかされても文句言わなかった。物わかりのいい彼女を演じていたのかもしれない。本当はすごく悲しかったのに、怒りたかったのにね。そんなの私じゃないって気づいたの」


 そりゃそうだ。つきあってて言いたいことも言えないなんて、苦痛だろう。

「あの人、私の友達にも手を出していたの。その時間、私はずっと外で彼が来るのを待っていたのに。泣きたかったけど、もし彼が来た時に涙顔を見せちゃいけないって我慢していた。そんな馬鹿な私だった。それで一気に心が冷めちゃった。そうでなくても冷めかけていたのに」

「でもさ、由紀乃。さっき泣いてたろ?やっぱ、後悔してんじゃないのか」

 オレがそう言うと、由紀乃は足をとめ、振り返った。キツイ目でオレを見る。

 え?オレ、なんかやばいこと言った?


「後悔って、あの人と別れたことを?冗談じゃない。そんな事で泣くわけないでしょっ」

 うわっ、由紀乃、怖い。怒らせたみたいだ。

 由紀乃もオレが怯んだことに気づいて、すぐに表情を和らげてくれた。

「あの人って、ずるいの。以前もたまに私がデートをすっぽかされた時とか誰か他の女の子と歩いていたことを問いただすと、私の口を止めるためにキスしてくるの」

「え?」

「いつもだったら、私もそれで何も言えなくなって、それでおしまいになってたんだけど」

 ひゃー、ずいぶん進んでる関係だなって思う。

 由紀乃が一度口をつぐんだ。

「今日もふいにキスされてしまって、そのキスがものすごく嫌だった。ぞぞってくるくらい嫌悪感が走って・・・・まるで全く知らない人からいきなりキスされた感じで、つい」

「え、つい?」

「突き飛ばしちゃった。彼もまさか私がそんな態度をとるとは思ってみなかったらしくて。また、いつものように許してくれると思ってたらしいの。そのはずみで、転んじゃって・・・・」

「ああ」


「恥、かかされたって思ったんでしょうね。あの人、プライド、高いから。女の子から別れよう宣言も許しがたい事なのに、キスしたら突き飛ばされたなんてかっこわるいこと、プライドがズタズタ」

 確かにあのイケメンは、そうかもしれない。常に女の子に見られているとか噂されているって意識してたら、女の子にフラれるなんてとんでもないことなんだろうな。

「彼ね、すごく怒って。私にブスのくせにとか、つまんない女に無理してつきあってやったのにとか。私の他にもずっとかわいい子とつきあってるとかののしられた。私はそのままシカトして、バイバイ。電車の中でそれを思い出して、なんて奴とつきあってたんだろうって自分が情けなくなった。そしたら涙が出てきちゃって」

 そうか、あまりうまくいってない関係だって聞いていたけど、そんなことがあったんだ。

 でも、あの男も少しかわいそうな気がした。自分にぞっこんだと思っていた由紀乃から別れ話をされて、いつものように口をふさごうとしたら拒絶された。プライド、ボロボロだろう。


 だけど、これから先へ進める。ちょっとドタバタしたけど、お互いの心がもう本当に終わりだって、ピリオドを打つ。すると新しいことが始められる。

「いいんじゃないか。ズルズルと自分の心を誤魔化しているよりは、きっぱりと別れることだって大事だろう。そうすれば前へ進むことができる」

 由紀乃はちょっと驚いた表情を見せた。

「今のセリフ、知明くんかと思っちゃった」

 なんだよ、オレがせっかく言い事、言ったのに。つい、口を尖らせる。

 由紀乃も悪いと思ったのか、飛びっきりの笑顔をみせた。

「でも、ありがとう。本当にそう。竜介くんに全部話したってことで、私の心の整理ができた気がする。聞いてくれてありがとう」

「ん」

 よかった。由紀乃がいつもの調子に戻ってくれて。

 オレはこれから一緒に暮らす家のドアを開けた。

「じゃ、この下宿屋にようこそ。よろしくな」

「わたしこそ、よろしく」

 

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