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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
第三章 やらずに後悔するよりも、やってけじめをつけると、次に進めるかもしれない。
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第六話 後悔しないように勇気をふりしぼる   由紀乃

 光司の働いている店に入っていった。レジのところでは前回、顔見知ったお姉さんがいた。笑顔を向けてくれる。

 今日は孝江とデートの約束をしていた。

「あのう、光司さんのお母さんと待ち合わせているんですけど・・・・」

 お姉さんが孝江を知らなかったら、光司を呼んでもらおうと思っていた。

「あ、孝江さんですね。お待ちですよ、どうぞ」

と言って案内してくれた。


 厨房近くの奥の席に、孝江は座っていた。由紀乃を見ると立ち上がって手を振る。

 今日の孝江はきれいだった。長い髪を後ろで束ね、くっきりとした顔立ちのそのくちびるには、ほんのりと朱色の紅が塗られていた。肌触りのいい絹のブラウスとスカートをはいていた。とても四十代半ばとは思えないほど若々しかった。

 孝江は、光司の母と言っても、いつも誰でも対等の口をきく。同じ目線で話している。だから気分も同じように若々しくなれるのかもしれなかった。


「由紀乃ちゃん、お久しぶり。今日は無理やりこんなおばさんとデートになっちゃって悪いね。彼氏からなんか言われなかった?」

 その孝江の言葉に、一瞬豊和の顔がよぎった。

 ああ、こんなにこじれている関係なのに、彼氏と言われてすぐに豊和の顔を思い出した。私たちももうあれから、デートらしいデートをしていなかった。すっぽかされて、竜介と出会ったあの日以来。

 豊和は、私がなにか用事があるときや誰かとご飯を食べる時を狙って、何か言ってくる。今日もそうだった。ずっと部活の練習をしていた。杏理との会話で、今日は人と会う約束をしていると言った。

 早めに練習から帰って支度をしようと思っていると、豊和が映画を見に行こうと誘ってきた。今日は約束があると断ると、不快そうな顔をもろにぶつけてきた。

「俺がせっかく誘ってやってんのに、なんだよっ。まさか、あの剣道野郎と会うんじゃないんだろうな」


 剣道部の練習試合のとき、私が竜介の名を呼んだことで、豊和が怒っているのだ。それまでは自分の素行の悪さ、特にデートのドタキャンなどのうしろめたさがあったから、私と話す時も下手したてに出ていたが、あれ以来、どういう関係だとかしつこく言われていた。

 知明の弟だ、それだけの友達だと言っても信用してくれなかった。 

 彼は彼なりに、竜介と私の間の微妙な意識を読み取っているのかもしれなかった。

 今までの私は、豊和とのデートで断ったことはない。たとえ先約があったとしても、そっちを断わり、豊和と会っていた。豊和に待ちぼうけを食わされてもドタキャンされてもだ。だから、最近の私の変化に彼が戸惑い、今日のような強引な態度にさせているのだろう。

「あいつと会うのか」

 そう言われた。かっとくる。

「違います」

ときっぱり言った。キッとにらみつけていたかもしれない。今まで私が豊和に対してこういうきつい態度を示したことはなかった。向こうも息を飲んでいた。


 一度心が離れていくと、もうどうしようもなくなる。岸から流されていく小舟のようにどんどん遠ざかっていく。近づこうとしても、一度の波ごとに離されていくようで、自分でもコントロールできない。

 豊和だって、と思う。私の事なんてどうでもいいくせに、ぞっこんだった私が離れ始めた途端、こっちを向いた。勝手に離れていくことを許さないというように。そんな二人が映画を見て食事をする、そんなの全然、楽しくないと思う。苦痛だし、時間の無駄だ。


 そして、孝江との待ち合わせの時間に余裕を持って寮を出た私を待っていたのは、沙織だった。

「私も豊和くんのこと、好きだったの」と沙織は言った。でも、彼女は私に遠慮して、そんなことをおくびにもださなかった。しかし、沙織がじっと豊和の練習の様子を見ていた時、ふっとしたときに豊和と目が合った。

 沙織に言わせると、彼がまともに見てくれたのはそれが初めてだと。それでドキマギしてしまい、赤面した。完全に意識していることがばれてしまったのだ。

 その日の帰り、豊和に声をかけられて、途中まで一緒に帰ったそうだ。そして、私とのデートをすっぽかしたあの日の夕方は、豊和と男子の部室にいたらしい。中から鍵をかけられて、私には絶対に内緒だよと、キスをしたそうだ。

 その時の沙織は、ずっと思いをよせていた豊和にキスされて、嬉しかったという。だけど、私の顔を見るたび、その時の状況と罪の意識が混じり合い、心が苦しかったらしい。だから、沙織は何となくよそよそしかった。

 豊和は、私が冷たい態度をとるようになってから、沙織にはもうアプローチ、しなくなったそうだ。

「所詮、わたしなんて暇つぶしのおもちゃだったんだよね」と、ポツリと言った。


 豊和も、恋のゲームや秘密の心の駆け引きがほしかったのだと思う。私では手ごたえや反応がわかりやす過ぎて詰まらなかったのだろう。気を使いすぎていた。彼の意見に対立することをしなかった私は、意志のない人形のようだった。私が豊和をあんなふうにしてしまったのかもしれなかった。

 沙織は最近、私たちがこじれているのを見て、自分が原因なのかと思っていたらしい。全然違うのに。そして、いつ私が二人のことに気づくか、びくびくしていたそうだ。

 でも、私が竜介と親しいことを悟った沙織は、そのことを告白する余裕が生まれた。もう沙織は豊和のことを何とも思っていない。平気で彼女を裏切る人とつきあっても今度は自分がそうされることになるかもしれないから。

 よかったと思う。沙織とはこれでまた、元通りの友人関係に戻れる、そう思った。

「それで、由紀乃は?」

と聞かれて、私も決心をした。

「前へ進む。自分の心に正直になる、私も後悔したくないし」


「彼氏とデートだったら、こんなおばさんとの夕食なんて断ってくれてもよかったの」

 孝江だって忙しい身だ。今夜この時間に決めるのも苦労したのだ。本来ならもっと早く会いたかった。

「孝江さんとの約束の方が大事ですから」

と、少し誤魔化してメニューを見る。

「この間はAセットにしたから、今日はBにしようかな」

 私はメニューのBセットに何がつくのかじっくりと見ていた。

 豊和のことはもう考えまいと思う。今日は孝江との時間を楽しもう。


「それもいいけど、レディスBセットはどう?」

 孝江はメニューを全部把握している感じで、メニュー自体を開いてもいない。

「レディス?」

 普通のセットメニューには、前菜、スープかサラダ、メインの料理がある。レディスは全部の量のボリュームが押さえてあり、食後の飲み物とデザートのスイーツが選べるのだった。大体の女性は、セットメニューを注文してもかなりの量があるため、デザートまで食べられない。どうしてもパンかご飯を残すことになる。レディスなら女性の胃にもすべておさまるくらいの量になっているからダイエット中の女性にも大人気なのだそうだ。


 それを聞いて私は感心してしまった。

「ここって女性の心、わかってますね。これも光司さんの考えですか」

「たぶんね。じゃ、由紀乃ちゃんもレディスBね」

 孝江はそういうが早いか、すっくと立ち上がり、すぐ近くの厨房の入口に向かって叫んだ。

「お~い、光司」

 他の客が驚いている。慌てて光司が出てきた。

「なんだよ。大声出して。他のお客さんの迷惑だろっ」

「こっちも客だろ。注文だ。由紀乃ちゃんと二人、レディスBね」

「はいはい、かしこまりました」

 光司はいつもこんな、困らせられる役らしい。


 孝江と先日の竜介の練習試合の話をしていた。その最中、時々孝江が私を、いや、私の周り全体を見るしぐさをするのに気付いた。そこに何かがまとわりついているかのように。

 そこへ光司が料理を運んでくれた。孝江は、奥の椅子に移動する。

「光司、ちょっとここへ座って」

「え?ボク、まだ仕事中」

「いいから座れって」

 ちょっと強引に孝江が言う。

「怒られちゃうよ」

と光司が周りを見回す。孝江がにやりと笑って言った。

「私は知っているぞ、この店、お前が影で仕切っていることを。この間、店のマネジャーがそう言っていた。お前には口答えができないって」

 光司はギクリとするように孝江を見た。

「しょうがないな、ちょっと待ってて。奥へそう言ってくるから」

 光司は一度、厨房へ入り、すぐに出てきた。孝江の隣に座る。

「十五分の休憩をもらってきた」

 孝江が私を見て、ほうらね、と言った。


 光司が座ると孝江が三人の空間を見つめていた。

「ほうら、いい感じ。私たちって一緒にいるべきなんだよ。ねえ、由紀乃ちゃん、食事の後、うちに来て。竜介との間隔もみたいしさ。何なら泊まっていってもいいんだよ。竜介がまた、リビングに寝ればいいし」

「ええっ」

 そんな大胆なことを言われる。寮の門限もあるし、ましてや明日は学校があるのに外泊なんて、と断ると、孝江は難色を示した。

「寮なんて、面倒くさいところへ入っちゃったね」

と、孝江が言った。


「母さんは、不思議なものが見える。オーラとか前世とか」

 ああ、そう言えば泊まったあの日、あの時も何か言われたんだっけ。

 私が無言でそれを思い出していると、光司が心配そうに見る。

「そういうのって、気味が悪い?」

と光司。

 孝江がぴしゃりという。

「それは私が言うセリフ」

 二人のやり取りに笑ってしまう。

「あの日、竜介くんが少し教えてくれました。オーラとか興味あるけど見てもらったことはありません」


「う~ん、なんだろう。私たちってすごく共鳴しているっていう感じなんだ。パズルがすんなりとハマる、会うべくして会う、そんな感じかな。竜介には内緒だけど・・・・」

 そこで孝江が、言うべきか迷ったことがわかった。

 竜介には内緒って、それを私に打ち明けようとしている。何を言われるのだろうか。ごくりと唾を飲み込んだ。

「由紀乃ちゃんと竜介は、今までに何度も深くかかわっている関係なんだよ。ごめんね、前世とか本当は本人の承諾がないと見ないんだけど、今日はすごく鮮明で、見えちゃう。そのことををわかってほしいっていうように、主張している」

「何度もかかわってる関係って、どういうことですか?」

 私たちはまだ数えられる程度にしか会っていない。すごく意味深な言葉だ。

「前世で、何度も夫婦をやってる。特に今の私たちに関係している時代は、侍の時代。その時も竜介が大名かなんかで、由紀乃ちゃんがその正室になってるのが見える」

 絶句、なにも言えなかった。確かに私たちは何かに繋がっているかのように惹かれあっていた。それは認めるが、前世で結ばれていた、それも何度もと言われて嬉しいと思うよりも、戸惑っていた。


「あ、ごめん。早すぎたかな、そういうの。でも、由紀乃ちゃんはしっかりしているから、言っても大丈夫だって」

 え?誰が大丈夫だって言ってるんですか?、と聞きたかったが、なんとなく、返事はわかるような気がした。私たちには見えない、今日こんにち私たちを導いてくれている誰かなのだろう。


「ねえ、由紀乃ちゃんさ、うちへ下宿する気ない? 寮なんて、規則だらけなんでしょ。竜介がやっと由紀乃ちゃんからメールが来たと喜んで、すぐに返事をしたのに、なかなかその返事が来ないって言ってた。夜の自分の部屋からは携帯の使用禁止なんだってね」

 そうだ、自分の部屋には他の寮生がいるから、携帯の電源は切っている。たとえメールであっても、夜中など明かりが漏れる。そんな些細なことが、以前、他の寮生の眠りを妨げたことということで、禁止されたそうだ。


「下宿・・・・ですか。孝江さんのところへ?」

「むさくるしいのが二人もいるから、いや?」

と孝江が言うと、光司が咳払いをする。

「ボクらはむさくるしいってこと、知らなかったよ」

「そうか、自覚症状なしか」

と、無表情で言う孝江。

「うちのリビングの奥に和室がある。物置に使ってるだけだし、そこへ由紀乃ちゃん、どうかって思って」

「ああ、ボク達、あそこに部屋があることを忘れてた」

 光司もうなづいている。

「そうだよ。今からでも遅くない。寮なんて面倒くさいところ、出ちゃいなよ」

「ええっ、そんな・・・・・・」

「うちはもう、もともとシェアハウスのようなもんだし、みんな好きな時間に起きて、食べたいものを食べて、出かけてる。和室だけど、カギもつけてあげる」


 突然の孝江の申し出に驚いていた。

 今は三年生と同室で寮生活を送り始めていた。それ自体は問題はないが、確かに寮の中での規則がたくさんあった。だから、祖父母と電話で話すのも私が寮のレクルームからしなければならなかった。団体行動をしなければならないから、多少の規則は仕方がないとしても、今まで自由に携帯やメールを使っていただけに不便だと思ってしまう。

 由紀乃も寮にいるよりは、孝江たちのところで和気あいあいとしている方がいい。しかし、竜介と一緒に暮らすこと、嬉しいけどそれでいいのだろうかと思う。心が傾いている竜介とそんなに一気に近づいてしまうことに少し不安も感じていた。

 ぼさぼさの髪、パジャマ姿で歩き回る。毎日顔を見て幻滅されたらどうしようと思う。しかし、この間、もうそんな姿、見られたんじゃない?と思いなおした。

「じゃあ、何が不安?」

 私の心の迷いに孝江が気づいた。

「光司は、あの部屋に由紀乃ちゃんがくること、どう思う?」

「ボクは大歓迎」

と、言ってくれる。

「じゃあ、あとは竜介。あいつが承諾すれば由紀乃ちゃんも前向きに考えてくれる?一応言っておくけど、光司は無害だからね。女性に興味なし」

 え?と思って光司を見ると、全く割りびれずにニコニコしたままだった。女性に興味がないって、つまりゲイってこと?


「私は、皆さんが受け入れてくれるなら、お世話になりたいと思います」

 こんなに誘ってくれる、どこに断る理由があるだろうか。

 孝江と光司に頭を下げた。

「よしっ、竜介に承諾を得よう。あいつは由紀乃ちゃんのこと、意識している割には、その気がないふりをする。まともに言わない方がいい」

 光司はそのことにうんうんとうなづいていた。


 孝江が竜介に電話をしていた。呼び出し音、三回で出た。

「竜?孝江だけど、今さ、由紀乃ちゃんとご飯食べてる。相談があるんだけど今いい?」

 私の寮生活の規則の厳しさを、孝江が竜介に語っていた。

「それでさ、相談があるんだけど、うちのリビングの奥にある和室、由紀乃ちゃんに使ってもらったらどうかなって、竜介はどう思う。どうせ、うちらはあの部屋使ってないんだし、由紀乃ちゃんも堅苦しい寮生活からおさらばできるし」

 電話の向こうで竜介が、驚いて言葉に詰まっている様子だった。たぶん、私と同じようなことを考えているのだろう。すぐにオッケーを出したいが、自分の心が伝わりすぎてしまうし、近すぎて大丈夫だろうかということ。

「消灯が十時。部屋での携帯、メールも禁止なんだって。連絡取れないわけだよね。ねえ、由紀乃ちゃんのためでもあるし、どうかな」

 どうやら、竜介が承諾したらしかった。孝江がにっこり笑ってオッケーサインを出していた。

「よし決まった。後は由紀乃ちゃんのおじいさんとおばあさんに承諾を得れば大丈夫だよね」


 富士吉田にいる祖父母は、寮よりも連絡の取りやすい孝江のところに移ることに大賛成してくれた。寮もいわゆるシェアハウス、由紀乃は一部屋もらえるなら上等なシェアハウスだねと祖母が言う。

 そっちから退寮手続きをおこなってくれるという。引っ越しはその週末と決まった。


 久しぶりに祖母の声を聞くような気がした。話したいときに話せないストレス、急に世界が狭くなった気がしていた。今まで家に帰ってくつろぐ時間が寮の場合、人との関係でもっと気を使っていた。今までの安らぎの大切さを実感していた。


 祖母は最後に、「いつでもいいから週末に、あのボーイフレンドと遊びにおいで。マンションのリビングからすっごい富士山が見えるの」と言った。

 おばあちゃん、竜介くんは私のボーイフレンドじゃないのと思ったが、敢えて訂正もせず、うんと言った。



カナダ生まれの日本人(日系)の男の子。彼は当時、日本からきた学生の女の子とつきあっていました。彼は、どっかの歌舞伎俳優に似たかなりのイケメン。彼がぽつりと言った言葉は、「日本の女の子って、なんで意見を言わないの?」と。食事をするにもどこへ行くにも、「なんでもいいよ」とか具体的に何が食べたいとかどこへ行きたいとかあまり言わないのだそうです。

それは彼女の性格にもよると言ったけど、私にはその彼女の気持ちも分からなくもない、と言いました。一番好きな人には、あまりいろいろ言うとわがままに思われるんじゃないか、面倒な奴と言われたくないって思うから。でも、それって自分を押し殺している、どこかで無理があるんですね。

その後の二人は、どうも別れたみたいです。

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