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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
第三章 やらずに後悔するよりも、やってけじめをつけると、次に進めるかもしれない。
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第四話

透析のことについて、血や血管などの描写があります。

 翌日、オレは部活の練習をちょっと早く切り上げて、知明の病院へ向かった。途中、本屋で頼まれた雑誌を買う。病院の売店じゃ、女性週刊誌ばかりらしい。

 泌尿器科は四階で、オレは降りてくるエレベーターを待っていた。他にも見舞客らしい人たちが、花や差し入れのような袋を下げている。

 エレベーターのドアが開く。

 そこから降りてきたのは母だった。結構、深刻な顔をしていた。オレに気づかずにそのまま行こうとしていたから、「母さん」と声をかける。向こうは顔を上げ、オレを認めた。


「竜介、来てくれたの」

「うん、頼まれた雑誌を買ってきたし、面会時間ぎりぎりまでいようと思って」

 母の顔が少しほころんだ。

 この人が、オレにこんな表情を見せたのは、いつのことだっただろう。小学校以来かもしれない。思春期になると、オレはいつもとんがっていたから、母もいつも険しい顔をオレに向けてきた。


 他の見舞客がエレベーターに乗り込む。オレは少しその場にとどまって、母と話をすることにした。

 エレベーターのドアが閉まった。

 その場に二人きりになる。

「もう帰るの?」

と、聞くと母は痛いところを突かれたように少し顔をゆがめる。

「母さん、今日はもう疲れちゃって。今、お父さんが来てくれたから」

「ああ」

「竜介もいてくれるなら、お母さん、安心して帰れる」

「ん、そう」

 なんだか照れくさい。まともに向き合って顔が見られず、同じ方向を向いて立つ。

「あなたは相変わらず元気そうね。変わりない?」

「うん」

「そう、よかった。今日、手術のとき、孝江が来てくれたの。光司くんと一緒にね。」

 それがよかったのか悪かったのかは言わない。来てくれて嬉しかったと思うけど、あまり仲の良くない二人だから微妙な感じだったろうな。

「あ、母さん、もう行かなきゃ。バスの時間だから」

「気を付けて」


 たった、それだけの会話だったが、落ち着かない、長いひと時を感じていた。今までこんな会話を二人きりでしたことがなかったからだ。いつもはこの空間に知明がいた。

 でも、今は母もオレも知明のことを心配している。そういう団結のような気持ちが、今までのわだかまりをなくしてくれていたのかもしれない。

 母のうつむき加減の後ろ姿を見つめていた。あんなに小さかったかなと思う。母の方が病人に見えた。


 オレは、エレベーターを使わず、階段を上がった。たかが四階だった。

 一気に駆け上がった。なんとなく、母から伝わった弱くなった氣のようなものをふるい落とすかのようにして、わざと荒々しく足を踏み鳴らし、階段を上がって行った。


 ナースステーションで知明の病室を聞く。ナースたちは、みんな目を丸くしてオレを見ていた。

 そっくりだからな。知明も気が利かない。事前に双子だって言っといてくれよ、と思う。やりにくくてしょうがない。


 知明の病室は、ナースステーションの隣の個室だった。中へ入ると、父さんと知明が談笑していた。二人は、オレを見ると破顔した。オレも笑みを見せる。

「よう、久しぶり。買ってきたぞ」

と、雑誌の入った袋を渡した。

「ありがと。今日、早速来てくれたんだ」

「まあな」

 二週間ぶりに会う知明は、顔色が悪く、顔もむくんでいるように思えた。この短期間に、一気に悪化したらしいから。それに気づいて、思わずこぶしに力が入った。ぎゅっと強く握りしめる。

「今、母さんが帰ったとこだ」

と、父が言う。椅子を出してくれて、それに腰掛けた。

「うん、エレベーターのとこで会った。疲れたみたいだな」

 知明が苦笑する。

「ほんと、母さんの方が具合悪そうだったろう」

「うん」

 二人でウシシと笑うと父がたしなめた。

「こらっ二人とも。母さんは心配で仕方がなかったんだ。それを笑っちゃだめだろう」

「は~い」

と、知明が言う。オレは知らん顔していた。


 そこへノックの音。戸が開き、白衣を着た男性が入ってきた。

「あ、先生」

と、知明が目を輝かせる。

 どうやら、担当医らしい。三十代後半と言ったところだろうか。医者は、知明とオレを見比べて、にこにこしている。

「へ~え、ナースたちが噂してた。そっくりさんが来てるって。ホントだね。よく似た双子」

「ボクは今、少しむくんでいるから、弟の竜介がホントの顔です。オリジナル」

「へえ、なるほど。君たち、もてるだろう。こんな顔が二つ並ぶなんて」

 クックッと笑いながらまた、見比べて言ってくる。

「いえ、全然」

と、知明が答えていた。


 オレは医者にあまりかかったことがない。だから、医者なんてみんな父親くらいの年で、しかめっ面をしている人ばかりだと思っていた。この先生なら話しやすくて親しみが持てる。

 どうやら、父が来ていたから、知明の様子を説明してくれるらしかった。

「弟くんも来るかい?」

と言われたが、

「先生、オレはここにいます。久しぶりにともと話しにきたんだから」

 先生は少し意外な顔を向ける。久しぶりというところに、疑問を持ったことがわかった。

 知明がすぐにそれを読み、説明した。

「竜介とボクは、一緒に住んでいないんです。竜は叔母のところにいるから、顔を合わせるのが久しぶりで」

「あ、なるほど」

 合点がいったようだった。

 本当に面倒くさい。初めて会った人にもこういう家庭内の事情を説明しなきゃいけないなんて。


 先生の後をついて、父が出て行った。

 オレはほっと一息ついて、踏ん反り返って椅子に座りなおす。

 知明の左腕の包帯を見つめた。なんだか痛々しかった。

「これか手術って。まだ痛い?」

「大丈夫。でもちょっと、音を聞いてみて」

 枕もとにある聴診器を取った。

 音?

 知明が渡してくれた聴診器を耳に付ける。そして、その包帯の下の音を聞いた。そこからは、ざっざっという規則正しい音が聞こえてきた。

「波の音に聞こえない?」

「波?」

 そう言われれば波に聞こえないことはない。

「内シャントっていうんだ。ここに動脈と静脈を合わせる手術をした。だから、この音は動脈からの血が流れる音。この音にいつも注意を向けている必要があるんだって」

「へ~え」


「普通はさ、動脈って傷つきにくいところ、体の内側の奥にあるだろ。けど、ボクの場合、人工的に動脈とくっつけて、静脈が太くなるから気をつけなきゃいけないらしい。そこをケガすると血が噴き出るかもしれない」

 オレはそれを聞いて、ろくでもない想像をしていた。知明の腕から血が噴き出て、オレ達は真っ赤に染まる、そんな想像。ホラー映画のようだ。

「これはボクの命の入り口でもあるんだ。ここに針を刺して、血液をチューブに送り込み、おしっこが出ないから体にたまった水分を濾過ろかして、また体に返すらしい。それが透析ってこと。週三日、一日四時間かけてやるらしいよ」

 それだけ聞いただけでも、オレは自分の腕が痛くなった気がした。

「でも、これを使うのは静脈が太くなってから。あと二、三週間かかるんだって。ボクはすぐに透析が必要になっちゃったから、明日か明後日、別の方法で透析をするんだって。ここんとこの動脈に針を刺すらしいよ」

と、知明は自分の内股のあたりを指さした。

 たぶん、オレの顔色が変わったと思う。

「怖くないのか」

 そんなこと、聞いちゃいけないと思うのに、そう口走っていた。

「う~ん、全然って言ったら嘘になる。けど、病気の時の方がつらかった。よくなったり悪くなったり。今のボクの状況は腎不全に近いから、もう病気じゃなくて、身体障害者になるらしい。ほら、足がない人は義足をつけるように、ボクは腎臓が働かないから、人工腎臓を定期的に着ける。それで普通の生活ができるんだって」


 知明は、強張った表情で固まっているオレにそう言った。

 そんなこと、平気な顔で言うな。病気でも身体障害者でも、それを受け入れることはつらいはずだ。

 オレは知明の左手を握った。知明も何かを感じたらしく、はっとしてオレを見る。オレの真剣な眼差しを見て、知明もぎゅっと握り返してきた。


 わかる、わかるんだ。みんなが心配すればするほど、知明は平気な顔をする。みんなが気を使えば使うほど、笑う。オレなんて絶対に真似できない。

「知、今は誰もいない。オレにはそんな顔をするな。つらいならつらいって言え」

「竜・・・・・・」

「知はさ、俺と違って人間ができているからな。でも、それだって限界があるはずだ。オレの前では我慢するな」

 そこまで言うと、不覚にもオレの目から涙があふれていた。

 わかるから、オレにはよくわかる。知明の心の奥底が。

 ショックだと思う。不安だと思う。つらい、怖いと思う。そういうことを理屈付けて、心の中に閉じ込めてしまうのが知明なんだ。

 知明はオレの涙を見ると、ふっと笑った。

「なんで竜が泣くんだよ」

 そう言う笑顔の知明の目からも涙がこぼれていた。

「笑いながら泣くなっ」

 オレも泣きながら笑ってしまった。

「竜が泣くから、一緒に出てきたんだよ。ボク達、双子だから」

 オレは子供の頃、風船の取り合いをしてそれが割れてしまい、二人で泣いたあの時のことを思い出していた。たぶん、あれ以来だ。二人で顔を見合わせて泣くのは。


「知、つらいって言え、こんなことしたくないって言え。なんでオレばっかりこんな目に合うんだって、俺が何をしたって言うんだ。心の内をぶちまけろっ」

「竜・・・・」

「いいんだ。知には今、それを言う権利がある。それだけつらいものに立ちはだかってるんだ。言っちまえば楽になる」

 オレがそういうと、知明は思いつめたような顔をしていた。そして、ポツリとつぶやいた。

「・・・・つらい」

「そうだっ。こんなこと、したくない」

 吐き出させるために先導する。オレの後について言ってくる知明。

「こんなこと、したくない」

 ボロボロと涙がこぼれる。

「なんでオレばっかり、こんな目に合うんだ」

「なんで、ボクばかり、こんな目に合うんだっ」


「オレが何をしたっていうんだ」

「ボクが何をしたっていうんだ」

 よしっ、力強く言い切った。

 オレはそんな知明を強く抱きしめた。泣きながら強く。知明もされるがままになって泣いていた。

 涙していたのは長かったように思うが、きっとホンの五分ほどだったと思う。

 知明はさっと涙をぬぐうと、満面の笑みを向けてきた。

「よかった。竜とこうして二人きりでいられるってことなかったから。自分でも気が付かなかったよ。こんなにつらかったなんて」

 オレも涙をふく。

「お前のは我慢しすぎだ。今日はオレの元気を分けてあげるために来たんだから、どんどん吸い込め」

「うん、ありがとう。もう十分もらった。涙するのって結構すっきりするんだね。今まで涙することが怖かった。それがなくなって、なんかいい感じ。これで明日からの入院生活、頑張れるよ」

 そうか、とオレは目を細めて知明を見た。


 二人、愛おしい恋人を見つめるかのように、あるいは、鏡に写った自分の姿を眺めるようにして、見つめあっていた。


 そこへ父が戻ってきた。

「よっボウズ達、おとなしいな。眠くなったのか」

「小さい子供じゃあるまいし」

と、オレはつぶやいて笑った。

 父がオレ達にボウズ達っていうのも久しぶりだった。オレがまだあの家にいたころだから、幼稚園に行っている頃だろう。

 父はオレ達を見て、にこにこしていた。オレ達の涙の後に気づいていたようだ。でも、何も言わないでくれる。

 先生からの説明を聞いて、父もつらいのだと感じた。


 皆、つらさを見せまいと笑顔を作る? いや、そうじゃない。つらいから笑顔を作るのかと思った。少なくとも周りの人には作り笑いでも不快にさせない。でもさ、つらい時はつらいって言っていいと思う。さっきのオレ達みたいに。


「あの先生、アメリカ帰りなんだって。去年の暮れから日本へ戻ってきたらしい。そしてこの春からこの病院勤務なんだってな。人当たりが良くて話しやすい人だな」

 父もオレの横にドカッと座る。

 知明はかなりあの先生を気に入っている様子だった。

「うん、あの先生は誰に対しても同じように、わかるまで説明してくれる。小さな子供に点滴をするとき、この薬は君の体に必要なものが入ってる。針を刺してちょっと痛いけど我慢してくれるかなっていうんだって。一人一人ちゃんと公平に向き合っているって看護師さんが言ってた」

「へ~え」

「英語の勉強も見てくれるって約束したんだ。学校の授業よりも進めるかもしれない」

 知明には知明なりの楽しみ方があるようだ。少しほっとした。

 知明のベッドに担当医の名前が書いてあった。

 桐野正樹というらしい。これからも顔を合わせることになるだろう。そう思って名前を記憶にとどめた。


人工腎臓、または血液透析は、腎不全の人にとっては必要不可欠なものです。

血液をチューブに送り、ダイアライザーという、ろ過器に通して水分や過剰な電解質などを取り除きます。

大体の人が一週間に三日、その際は四時間くらいかけて行われます。


私は昔、血液透析専門のクリニックに勤めていました。当時は一日6時間かかっていました。今は性能もよくなっているらしいです。

あまり堅苦しくないように、書くつもりです。それでいてそんな世界もあるんだということを感じていただけたら、と思います。



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