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One Love ラプソディー  作者: 五十嵐。
第三章 やらずに後悔するよりも、やってけじめをつけると、次に進めるかもしれない。
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第三話 それぞれ、皆つらい 竜介

 店を出るとき、奥の厨房にいた光司に「ご馳走さん」と声をかけた。

「おう」とだけ、声が返ってきた。かなり忙しそうだったから、それ以上話しかけないで、店を出た。


 剣道部の仲間は、もうすでに銘々の食事代を支払って、外に出ていた。

「なんだよ、竜介。いつの間に彼女、作ったんだ。しかも南高」

「茜女房はいいのかっ、浮気してんだぞっ」

と、はやし立てられた。

 いつもの剣道部の軽口だった。いつも茜はオレのそばにいて、稽古着をきちんとたためとか、汗を拭けだの、靴下は履いたかなど、細々したことをうるさく言ってきた。それをオレにしか言わないから、世話女房と言われる所以ゆえんだった。いつもなら、周りにそう言われると、そうじゃないとか冗談でしょ、やめてよと言ってくるのに、今日の茜は目を伏せて黙っていた。否定してくれない分、重く、シリアスに受け止めていることが、鈍感なオレにもわかった。


「由紀乃は、双子の兄のクラスメイトだ。偶然、知り合って一度、ちょっと話しただけだ」

 まさか、意気投合して、一晩中一緒にいたなんて、口が裂けてもこいつらには言えない。

 何だろうと思う。あの夜の出会いから、何かが変わっていた。今も茜との間に流れる何かが違っていた。


 茜とは、中学も一緒だった。あの頃は茜も剣道部に所属していたから、いつも顔を合わせていた。求められれば指導もしたし、練習にも付き合った。

 みんなで出かけるときも一緒で、あいつから誘われて、二人で映画やお祭りにも出かけたこともある。それでも意識をしたことはない。オレには茜はいい友達で、たまたまそれが女の子だったという意識だった。

 高校も同じになって、あいつは自分が剣道をするよりもオレ達の世話をやくマネジャーになった。選手として頑張ることの限界を目の当たりにしたという。

 北高は、スポーツ活動が盛んな有名校だから、選りすぐりの選手が集まってくる。その気持ちもわかるけど、一年の春でやめてしまったあいつに、どこかで失望していたのかもしれない。もう少し食らいついて、頑張る奴だと思っていた。選手になるだけが目的じゃなくて、エリートの中で技を磨いていく向上心だけでもいいと思うのに、やろうとしないでやめてしまった。


 何事も途中で投げ出したり、止まってしまうとそれで終わりだ。それを世間では失敗と言ったり、挫折という。

 誰かが言ってた。途中でやめるから失敗っていうんだって。やり続ければ、努力しているわけだから、失敗じゃないっていうことだけど、オレは案外この言葉、気に入っている。

 そりゃ選手になれるかなれないかという目標なら、この三年間で結果は出ちまうけど、それに対して努力する自分って、何事にも代えられないものが得られると思う。

 オレだって、いつレギュラーを外されるかわからない。オレくらいの奴、ゴロゴロいるから。でも、オレは努力している。オレの最大の武器は足だ。気合いと足さばきでは誰にも負けないようにしている。

 そういうものを女の子の茜に求めるのって、オレが自分勝手なのか、自分の中で茜にそういう理想を押し付けて、幻滅しているのかもしれない。


 茜の気持ちはわかっていた。特にマネジャーになってからだ。それに加えて周りも余計なお世話で、彼女の気持ちを分かってやれよと言ってくる。

 でも、オレの中には親しい友達以上の感情は持てなかった。だから、敢えて知らん顔をしていた。それに応えられないなら、気づかないふりをするよりほかない。それに一歩、踏み込んでしまったら、もう軽口を叩いたり、一緒に遊びに行くことができなくなる。男と女は面倒くさい。


 今日、再び、由紀乃に会った。由紀乃が目の前に現れた時、世の中が輝いたような気がした。体温が上がって、体の奥から湧き上がってくるような幸福感を覚えた。

 かわいそうだけど、これが由紀乃と茜との違いだった。これは自分ではコントロールできない。どうしようもなかった。

 茜は、オレが由紀乃を見る目が違うことに気づいていた。途端にふさぎこんでいたから。いつもよりずっと口数が少なくなって、由紀乃を気にするようにチラチラ見ていた。やっぱ、女の子って鋭いと思う。


 みんなで歩いて、半分がバスで帰る。その半分が別の道を行く。ついには茜と二人きりになって歩いていた。

 本当は、オレの家は別方向にあるけど、いつも夜は茜を送って行く。もう仲間たちもそういうもんだと思っていたし、オレもそう思っていた。

 今まで茜と一緒にいて、こんなに重い雰囲気になったことなんてなかった。今は何をどう話していいかわからず、二人とも黙ってトボトボと歩いていた。


 ふと、小走りになって少し息を弾ませている茜に気づいた。

 はっと思い、歩調を緩める。

「あ、わりイ早かった?」

「ううん、いい」

 少し息が苦しそうだ。ハアハアいってる。

「言えよ、そういう時はさっ。いつだって茜はオレに遠慮しないで来ただろう」

 そう言いながらオレは、茜の重そうなカバンを持ってやる。そう、いつもの茜なら、俺がそんなことを言うと目を吊り上げて、その倍くらいの口調で言い返してきた。でも、今の茜は何も言い返してこなかった。

 他の誰かがオレ達を見ていたら、喧嘩してこじれているカップルのように見えるだろう。


「ね・・・・・・」

 茜が急に立ち止まった。

「ん?なんだよ」

 オレは、二、三歩、先を歩き、振り返った。

 茜のポニーテールが揺れる。こうやって改めて見ると、茜もかわいい顔をしていると思った。今までちゃんと見ていなかったんだと感じていた。

「あの人のこと、好きなんだ」

 そう言われる。オレの脳裏に由紀乃の顔が浮かび、ドキリとした。

 ああ、これが好きという感情なのかと思う。

「いいよ。正直に答えて。好きなんでしょう、あの人のこと」

 茜が何を考え、どんな答えを望んでいるのか。

 ここは、本当の気持ちを伝えることが茜への誠実さだろうと思った。

 オレは、茜を真っ直ぐ見て言った。

「うん、由紀乃のこと、好きだ。でも、今日で二度目なんだ、あいつと会うの。だから、よくわかんないけど好きだ」


 茜はやっぱりというように、大きなため息をついた。

「そう・・・・。あの人もきっと竜介くんのこと、好きだよ。そういう目、してた。正直に言ってくれてありがと。じゃまた、明日ね」

 オレから自分のカバンをひったくるように取って、駆け出す茜。その咄嗟の行動に、どうしていいかわからず、そのまま茜の走る背中を見送っていた。

 いつもなら茜の家の前まで送るのに、今日は中途半端なところで立ち往生していた。

 オレは茜を傷つけてしまったのかな、と思う。でも、その場限りの嘘はつきたくなかった。期待させて、後で撤回することなんてできない。


 オレは一人、来た道を戻る。もう茜とオレは、中学生のままじゃいられないんだとしみじみ思った。

 家へ帰る。

 誰もいない。光司はまだバイトで、帰宅は夜中になるだろうし、叔母も仕事でいなかった。


 知明からメールが来ていた。

 由紀乃が本好きと判明したこと、メールアドレスを教えたっていう事後報告。そして、明日からしばらく入院することが簡潔に書いてあった。


 いつもの知明らしくない、そっけないメールだった。その中に知明の緊張が隠されていると思った。いよいよ、最悪の時がきたようだ。

 あいつの、いや、母の一番恐れていたこと。知明の腎臓が働かなくなり、血液透析を受けなければならなくなること。

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