第一話 出会い 竜介
サイアクだ。こんなことって、どうしていつもこうなるんだ。
あの母の言葉につい、ひどい事を言ってしまった。いつものことだが、今日は特にひどかった。後味が悪い。オレって言わなくていいことまで言っちゃって、いつも後悔する。我ながら学ばないと思う。
あの瞬間の母の顔を思い出すと胃がきゅっと縮むようだ。まるで塩をかけたナメクジみたいに。
トボトボと夜道を歩く。電車とかバスに乗りたくなくて歩いていた。ボーっとして歩いていた。
そう、青だった。なんとなく信号が青に変わったのは覚えている。だから渡ろうとした。
歩行者が青で渡る。車は止まって待つ。これは世間一般の常識だった。
車が迫っていたらしい。それにはまったく気がつかなかった。
「加藤くんっ危ないっ」
という叫び声に足を止め、声のした方を振り返った。
その瞬間、オレの前をトラックがものすごい勢いで通り過ぎた。すぐ目の前だったから、思わずバランスを崩し、後ろへしりもちをついた。
「キャーッ、加藤くん、大丈夫?」
結構、けたたましい声で叫んでくる。その声の主が駆け寄ってきた。
「ねえ、どっかケガした? ぶつかったの? 大丈夫? 救急車呼ぼうかっ」
誰だ?ちょっとうるせぇ。
思わず眉をひそめる。まるで夢を見ていたのに、その眠りから無理やり起こされたような気分だ。するってことは、こいつの声は目覚まし時計ってことか。
転んだ時、腰をしたたか打っていた。けれども他は何ともない。その駆け寄って来た女の子から、ふんわりと淡いいい香りがした。
「ねっ、ぶつかったの?それとも転んだだけ?」
まだ、ギャーギャー騒いでいる。オレはどっこいしょという感じで痛む腰を上げた。
「大丈夫だ。うるせーよ。ところでお前、誰?」
と言ってその女の子を見る。
見覚えはない。オレと同じくらいの高校生。向こうもきょとんとしてオレを見た。
ふとこいつは、オレが頭でも打ったのか、と思っていると感じた。
「やだ・・・・・・神宮字よ。神宮字由紀乃」
「オレ、お前、知らねぇ」
「え?」
まじまじと見られる。
おい、子供の頃、そんなにじろじろと人を見るもんじゃねえって言われなかったか?
勘違いされていると思った。
オレはあいつじゃない。また、イラッとくる。
「オレは知明じゃない」
由紀乃と名乗った女の子は、ぽかんと口を開けていた。よほど意外だったらしい。
バカか、こいつ。間抜けなツラしやがって。
今度は俺がそう考えていたことが伝わったように、由紀乃はオレを睨みつけた。
「確かにあなた、知明くんじゃない。だって知明くんなら女の子にお前なんて言わないもん」
ムカッとした。
知明じゃないって言ったのは、自分の方からなのに。あらためてそう比較され、はっきり言われるとそれも頭に来た。いつもそうだ。いつも比べられている。
由紀乃はさっきの怒りはもうどこかへ行ってしまったようで、好奇心に目を輝かせていた。
「ねっ、でもさ、なんでそんなにそっくりなの?」
神宮字由紀乃という女の子を見る。
コンビニの店頭の明かりで見た顔はまあまあかな。肩までの茶色の髪があちこちに跳ねていた。少し不釣り合いかなと思う。わざとすれているように見せているようだ。この由紀乃には黒髪が似合う。
「ねえ、加藤くんの何なの?そんなにそっくりってことはもしかして?」
と由紀乃が再度聞いてくる。
嫌なんだ、これを言うのが。
「弟」
ぼそりと言った。
「え?」
聞き返すなよっと今度は大きな声を出す。ヤケだ。
「お・と・う・と。同じ日に後から生まれた方だ」
由紀乃はああやっぱり、という表情をする。
「でも、学校が違うよね、あなたって。加藤くんが双子だったなんて知らなかった」
由紀乃はうれしそうだった。ものすごい発見をした感じだ。さっきからのオレのそっけない言葉とか、全然気にならないようだ。
まあ、付き合いやすいかなと思った。
「オレ、加藤竜介っていう。北高の二年。学校へ行ってなくても成績のいいあいつと違って、二流高」
と吐き捨てるように言う。
「違うよ、北高ってスポーツ、すごいんでしょ。でも成績も上位じゃないと大会に出させてもらえないって聞いた。竜介くん何かやってんの?」
まあ、由紀乃の言う通り、北高はスポーツが盛んな高校だった。野球、剣道、陸上、バスケ、バレー他、かなりの部が優秀な成績をおさめている。そして選手は平均点以上とっていないと、レギュラーから外されることもあった。だから、みんな必死で勉強もする。
「オレ、剣道部。居合もするぞ」
「へ~え、すごい。かっこいい」
おだてられると少し恥ずかしくなった。照れ隠しに少し強面の声を出す。
「おい、お前さ・・・・・・」
と言いかけたら、由紀乃はさっきまでの笑みががらりと変わって睨まれた。
あ、名前で呼べってか。
「由紀乃は知明のこと、知ってんだ。あいつ、よく休んでるだろ」
「よく知ってるよ。クラスメイトだし、隣の席なの。朝、あ、また休みって思う。でも来るとうれしくなる」
そのうれしくなる、が少し気になった。
「あいつのこと、好きか?」
この好きかという質問は、男として意識しているかという意味も含まれていた。
「うん、やさしいし」
と、即答する由紀乃を見ていると、あまり深い意味はないようだった。
「みんな、私のこと、由紀乃って呼び捨てで呼ぶのに、加藤くんだけ神宮字さんっていうの」
由紀乃はくすくす笑って言う。
ああ、あいつならそうだろうなと思う。
いつもこっちよりも二、三歳年上みたいな目で見てやがる。落ち着き過ぎていた。
「紳士だよね、加藤くんは」
という由紀乃に、そういう言い方もあるのかと感心した。
「江戸浪漫・時をこえて」の登場人物の生まれ変わり、しかも状況が少し違っているパラレルワールドです。
名前を変えただけで、人物の性格が変わりました。龍之介と雪江とはまた違ったお二人をお楽しみください。




