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 〈レジスト・ジャック〉かを解体した翌日、俺は普通に登校した。そして、いつもと同じように屋上へと向かう。階段を上りきり、ドアの前で深呼吸した。

(……屋上、俺の過去の記憶と深く関わりのある場所だ。何かを思い出すかもしれない。…行くのをやめるか? ………いや、行こう)

 俺は決心して屋上に繋がるドアを開けた。頭の中に映像が流れこんでくる。

「…明日からは、ここに来ることも無いんだよな。……北ウェスリーのやつら、戦争なんか起こしやがって」

 俺は前と同じように柵にもたれていたが、後ろから俺の声が聞こえてきた。振り向いてみると、もう一人の俺が寝転がっている。どうやら、空を見上げているみたいだ。俺も空を見上げてみた。もう夜になって空に星が光っている。

「……くそっ」

 もう一人の俺は悔しそうな声を出した。なぜ悔しがっているのか、俺には分からない。やっぱり俺とコイツは別人なのかもしれない。

「やっぱり、ここにいたんだ」

 と声がしたので、俺は視線を空から移動させた。すると、そこには天堂真衣に似た女子――真奈がいた。何かが頭の中で引っかかる。

「……お前か」

「…搭屋、やっぱり戦争に行きたくないんでしょ?」

 俺の中に何かが流れ込んでくる。そして、分かった。これは徴兵される前日の夜の記憶だ。仕方が無く行くと割り切っていた俺は、チビやコイツの前で弱音を吐けなかった。だから好きな屋上に来て弱音を吐いていたんだ。

「何をしに来たんだ? とっくに消灯時間は過ぎてるはずだ。戻れ」

 と俺は言って起き上がったんだ。だけど、真奈は戻ろうとしなかった。それから沈黙があり、真奈が沈黙を破る。

「搭屋もでしょ。私は搭屋がいないのに気がついて探しに来たの」

 俺は溜め息をついて折れた。真奈には頭が上がらない。

「……こっちに来い。話し相手になってくれ」

 と俺は言って、再び星空を見上げた。そして気がつく。俺はさっきまで柵にもたれていたはずなのに、今は座りこんでいる。

「うん、いいよ」

 真奈は返事をし、俺の隣に来て座った。そして、もたれてくる。俺が真奈について思い出したのは、名前だけだった。だから、俺とコイツがどういう関係なのかは分からない。

「搭屋は、どうして行きたくないのに戦争に行くの?」

 と真奈は聞いてきた。俺はしばらく考えてから答える。

「……たぶん、自分のためだな」

「自分のため?」

 真奈に聞かれたので、俺は理由を説明する。

「そうだ。だから、自分がいいと思った方に進む。もし、自分が嫌だと思っても」

 真奈の隣にいるとスラスラと言葉が出て来る。コイツは、俺にとって大切な人間だったのかもしれない。

「……搭屋、……私、搭屋が帰ってくるのを皆と一緒に待ってるから」

 と真奈は言いながら、俺の頬を両手で挟んで自分の方へ向かせた。真奈の瞳は涙が滲みだしている。

「……本当は、行ってほしくない。でも、我慢する。だから、これだけは約束して。皆との約束、ちゃんと守って」

 俺は何も言えず、真奈の顔を見ていた。見れば見るほど天堂真衣に似ている。

「…分かった。約束する」

 と俺が言うと、真奈は俺の顔に自分の顔を近づけてきた。そして、唇が重なる。心が大きく揺れ動き、俺は固まってしまった。しばらくして女子は離れる。そして、赤くなった顔に笑顔を浮かべながら言う。

「搭屋、約束したからね?」

 そこで映像は途切れ、俺は我に返った。頭がボーッとしている。

(……天堂真衣に似た真奈というヤツ、俺にとってどういう存在だったんだ?)

 俺は考えながらフェンスへ歩いて行った。過去の記憶を思い出すたびに、俺の感情はレベルが元に戻って行く。正直、今回で元に戻ってしまったみたいだ。そのせいか、過去の記憶を知りたいと思うようになった。

「…もしかしたら、天堂真衣の護衛を続ければ、過去の記憶を知ることができるかもしれないな……」

 俺が呟いてフェンスの網目に手をかけるのと同時に、後ろでドアが開く音がした。

「やっぱり、ここにいたんだ。風間君」

 俺は後を振り向いた。すると、そこにいたのは天堂真衣だ。過去の記憶と似ていたので同じシチュエーションだったので、俺は驚いてしまう。

「……天堂か。俺に何か用か?」

 天堂真衣はドアを閉め、こっちに歩いてきた。フェンスから手を放し、天堂真衣の方を見る。俺から少し離れた場所で天堂真衣は立ち止まった。鞄を持っているところを見ると、教室には寄らないで来たらしい。

(……コイツと過去の記憶の女子、どういう関係なんだ?)

 俺は天堂真衣を見ながら、天堂真衣を観察した。顎や鼻のラインが微妙に違う気がする。だからと言って、天堂真衣自身に聞こうとは思わない。とにかく、そのことを頭から追い出すことにした。

「……昨日、よく覚えてないんだけど、伊藤先輩と神谷先輩から助けてくれたのは、風間君?」

「……ああ」

「…そっか、また助けてくれたんだ。ありがとう」

 どうやら礼を言いに来たらしい。

「あの二人は俺を狙っていたんだ。天堂は巻き込まれた被害者だし、礼を言うのは筋違いだと思うぞ」

 と俺は言って笑ってやった。するち、天堂真衣は俯いて黙り込んでしまう。

「…悪かったな。巻き込んで」

 と俺は謝った。そもそも、生徒会に神谷裕一の仲間がいるなんて考えもしなかったし、アイツらが狙ってきたのは俺だ。だから、天堂真衣には形だけ謝っておく。

 軍に捕まった神谷裕一の供述によると、「ヴェルタリア高校の中にある機密文章を狙っていた」ということらしい。天堂真衣は知らずに鍵を持っているわけだし、原因の一端として責めるのは間違っているだろう。

 ――これは余談だが、俺が天堂真衣を救出するのと並行して、〈レジスト・ジャック〉の本拠地を強襲したらしいが、失敗に終わってしまったらしい。

「別に気にしてないよ。だって、風間君のせいじゃないでしょ?」

「…そうかもな」

 と俺は天堂真衣に返した。

「それに、風間君は私のこと助けてくれた。だから怒ってないし、怒る理由なんて無いよ」

 そう言ってくれるのはありがたい。昨日、任務が終わった後で大佐に連絡を取ったら責められた。護衛の対象を危険に晒したから当然だ。

(今後は、もう少し用心した方がいいな……)

 と俺は思った。大佐から責められるのはごめんだ。三時間の説教を何度も聞くような趣味、俺には無い。それに、俺個人として天堂真衣の護衛をしたい。過去の記憶に出て来た女子と、よく似ているからだ。

「サンキュ」

 と俺は言って、なんとなく笑った。すると、天堂真衣が一瞬だけ驚いて笑顔になる。

「どういたしまして」

 ――キーンコーン、カーンコーン

 予鈴が鳴った。過去の記憶を見ているうちに、かなり時間が経っていたみたいだ。

「今の予鈴だな。教室に行くか」

 と俺は言って、ドアの方へと歩き出した。すると、先日と同じように後から引っ張られる感じがする。振り向いてみると、天堂真衣が俺のブレザーの裾を引っ張っていた。

「どうした?」

 天堂真衣は上目遣いで、顔を真っ赤にして黙り込んでいる。俺は溜め息をつく。このままだと授業に遅刻するが、天堂真衣は何か言いたいみたいだ。

「天堂、教室に行かないと遅刻するぞ」

 と俺が言っても返事が無い。ブレザーの裾を掴んだままだ。

(……仕方が無い)

「……天堂、変な声出すなよ」

「えっ?」

 俺は勢いよく振り向き、天堂真衣の手を振り払った。当然、天堂真衣は芝生の生えた地面に倒れこむ。

「きゃっ!」

 天堂真衣が悲鳴を上げた。俺は天堂真衣が地面にぶつかる寸前で抱き上げる。そして、そのまドアの方へと走り出した。ドアを開けて校舎に入り、一気に階段を駆け下りる。

「とりあえず、遅刻せずに済みそうだな」

 と俺は言いながら立ち止まり、天堂真衣を降ろした。ここは俺たちの教室がある階だ。

「天堂、ブレザーの襟から手を放してくれないか?」

 たぶん、振り落とされないよう無意識に掴んだんだろう。天堂真衣が慌てて手を放した。

(……今日の天堂真衣は、何かが変だな)

 と俺は思いながら歩き出すと、天堂真衣も俺の隣を歩き出した。ドアを開けて教室の中に入ると本鈴が鳴り始める。ギリギリセーフだ。

「あっ、トーヤ君! マーちゃん!」

 と教師がいるのにも関わらず、俺たちに手を振りながら名前を呼んだのは鈴原葉菜だ。俺は溜め息をつきたい気分になった。

「お前ら、登校デートでもしていたのか?」

 と教師が言いながら、俺たちの前に立った。声は厳しいが、顔は笑っているところを見ると、からかっているだけらしい。俺は盛大に溜め息をつきたい気分になった。

「違います。偶然、校門の前で会ったんです。デートじゃありません」

 と俺が答えると、教師は天堂真衣を見た。天堂真衣は顔を赤くして黙り込んでいる。この様子だと教師に誤解されそうだ。

「……なるほどな。……授業を始めるから席につけ」

 と教師は何か納得したように頷き、教卓へ移動した。俺と天堂真衣は教師に言われた通りに自分の席につく。今度こそ、本当に溜め息をついた。

「授業を始める。教科書とノートを開けろ」


 授業が始まっても、まだ心臓がドキドキしています。お姫様抱っこされた瞬間に脳回路がショートしてしまい、屋上で言おうと思っていたことを忘れてしまいました。

(お姫様抱っこなんて初めてだし、先生が登校デートなんて言うから……)

 さっきから授業に集中できず、横目でチラチラと風間君を見てしまいます。

(うぅ、余計に意識しちゃうよ……)

 風間君は普通に授業を聞き、ノートに板書を写しています。

(……期待してなかったけど、風間君は意識してくれてないし……)

 と私は思いながら溜め息をつきました。だけど落ち込みません。私は季節でいうなら秋ぐらいの温度になり、屋上で言おうと思っていたことを思い出しました。

(……ちゃんと言うんだから)

 私は深呼吸をし、気持ちを切り替えました。

「……天堂、よそ見せずに集中して授業を受けろ」

「えっ?」

 突然、風間君に話しかけられて驚いてしまいました。

「そこのよそ見している女子。天堂、この問題を解いてみろ」

 と先生に言われ、私は慌てて黒板を見ました。

「えっ、えっと、……すみません。聞いてませんでした」

 先生を見てみると、ニヤニヤと笑っています。

「もー、マーちゃん。トーヤ君のこと見つめすぎだよー」

 と鈴原さんが言ったので、静かだった教室の雰囲気が急に明るくなりました。

「ちょっ、なっ」

 私の頭は熱湯をかけられたように熱くなりました。

「トーヤ君、マーちゃんがピンチだよー。助けてあげないと」

 私は風間君の方を助けを求めるように見ました。

「………」

 風間君は眉間にしわを寄せながら教科書を読んでいます。しばらくして、私の方を横目で見ました。

(風間君、助けてー)

 私が心の中で頼んだのが聞こえたのか、風間君は教科書を閉じて言います。

「……鈴原、昼飯を奢ってやるから余計なことは言うな。先生、授業を続けてください」

 すると、鈴原さんはバンザイして喜び、先生は授業を再開しました。

「さてと、授業を再開する。この問題を解けるヤツはいるか?」

 さっきの雰囲気がまだ残っていますが、全員が少しずつ授業に戻って行きます。

「……天堂、授業中は集中した方がいいぞ。さっきみたいな状況になるのは、お互いに嫌だろ?」

 と小声で風間君は聞いてきました。

「うん、迷惑かけちゃってごめんなさい」

 と私が答えると風間君は笑ってくれました。その顔を見ると、屋上での笑顔を思い出し、頬が熱くなります。

「気にするな。それと、謝りすぎだ」

 風間君に言われ、私も笑いました。その後の授業は集中して聞きました(時々、風間君のことが気になったけど)。

 昼休みになり、鈴原さんが私の机までやってきて言いました。

「マーちゃん、トーヤ君が奢ってくれるんだってー! 一緒に食堂に行こー」

「おい、鈴原。俺が言ったのは―――」

「はいはーい。男の子なら何も言わず、女の子に奢ろ?」

 風間君は鈴原さんに強引に言葉を遮られ、黙り込んでしまいました。鈴原さんは正面から風間君を見つめます。

「……奢ろ?」

「………」

 もう一度言われても、風間君は黙り込んでいます。

「す、鈴原さん、風間君が困ってるみたいだからやめて」

 私が割って入ると、鈴原さんは悪戯に成功した子供のように笑いました。

「マーちゃん、トーヤ君と一緒に食べたくないの?」

 と聞かれて私の頬が熱くなり、慌ててしまいます。

「す、鈴原さん!」

「……わかった。奢るよ」

 私が大声を出してすぐに、風間君が折れました。

「やったー! それじゃ、席を取っておくねー」

 と言って、鈴原さんは教室を出て行ってしまいました。風間君に視線を移してみると、溜め息をついて肩を落としています。

「風間君。私のぶんは自分で払うから」

 と私が言うと、風間君は首を横に振って言います。

「いや、いい。鈴原に後で何か言われると面倒だ」

 確かに鈴原さんなら何か言いそうです。つい、その場面を想像してしまいました。

「……そうだね」

 風間君は二度目の溜め息をつき、立ち上がりました。

「それじゃ、行くか。あまり鈴原を待たせると、何を言われるか分からないしな」

「うん」

 私と風間君は一緒に教室を出て、食堂に向かいました。

「……それにしても」

 と風間君は廊下を歩きながら呟いたので、私は気になって聞いてみます。

「それにしても?」

「ん? あっ、いや、大したことじゃないんだけどな……」

 私は風間君が続きを言うのを待ちます。

「最初の噂が広がった時より、俺たちを見ているヤツらが少ないからな」

 風間君は言ってから苦笑しました。私も思い出して苦笑します。

「そうだね。あの時は恥ずかしかったな」

「……だな」

 少し遅れて風間君から返事があったのが気になりましたが、風間君の初めて見る表情を見ていると、どうでもよくなってしまいました。さっきまでの疲労感は無くなり、私たちは世間話をしながら食堂に向かいます。

「それじゃ、風間君は一人暮らしなの?」

「まあな。そっちの方が都合がいいからな」

「今度、遊びに行っていい?」

「あら、塔屋君の家に遊びに行くの? だったら、私も遊びに行っていい?」

「きゃっ!」

「わっ!」

 私と風間君は、いきなり割り込んできた声に驚いてしまいました。

「もー、ラブラブなところを見せられると、ちょっと嫉妬しちゃうかも」

 私と風間君の間から顔を出してきたのは、日野先輩でした。日野先輩は鈴原さんと同じように笑っています。

「…日野」

 後から声がし、日野先輩は肩をすくめて引っ込みます。後を振り向くと朝井先輩が立っていました。

「会長と委員長、そろってどうしたんですか?」

 風間君が聞くと、日野先輩が難しい顔をして話し始めます。

「搭屋君、昨日は何で生徒会室に来なかったの? 葉菜ちゃんが放送で緊急連絡を入れたでしょ?」

 私は何のことか分からず首を傾げました。そんな私に朝井先輩が説明してくれます。

「天堂は知らなくて当然だ。君が攫われた後、鈴原が放送で緊急連絡を入れたんだ。生徒会室に集まるようにな。だが、風間は生徒会室に来なかった」

 それを聞いて私は風間君を見ました。風間君は動揺することなく落ち着いています。

「小型の通信機で呼び出されたんです。神谷先輩と伊藤先輩に」

 私は思い出します。確かに風間君は伊藤先輩に無線で呼び出されていました。

「……なるほどな。だが、それならなぜ一人で行った」

 と朝井先輩が語調を強めて言いました。けれど、風間君は落ち着いて答えます。

「狙われていたのは俺でしたし、軍にいる知り合いに連絡を取って協力してもらったんです。だから1人で行ったわけじゃありません。それに、」

 そこで風間君は口ごもってしまいました。それを不思議に思った日野先輩が聞きます。

「それに?」

 決心したのか風間君は言います。

「二人はテロ組織のメンバーだったみたいです」

 それを聞いた朝井先輩と日野先輩は驚いて固まってしまいました。すぐに朝井先輩の方は真剣な表情に戻り、風間君に言います。

「……そうか。だが、そういうことは先に報告してくれ。でないと、こういう余計なこと

をすることになる。いいな?」

 朝井先輩の質問に風間君は頷きながら答えます。

「わかりました。今度から気をつけます」

「時間を取って悪かったな。行くぞ日野」

 朝井先輩に呼ばれた日野先輩は、ハッとしたように動き出しました。何か考え事をしていたみたいです。そんな日野先輩を放って、朝井先輩はスタスタと歩いて行ってしまいました。

「ちょっと待ってよ朝井君! 搭屋君、朝井君の言うことは、ちゃんと聞くようにしてね! 待ってよー!」

 日野先輩は風間君に注意をし、慌てて朝井先輩を追いかけて行きました。それを私と風間君は見送ります。なんとなくですが、さっきの話を聞いて私は風間君との間に壁を感じました。

 さっきの会話で壁が無くなったのに、また厚い壁ができたような感じです。

(……風間君のこと、もっと知りたい)

 私の中で強い決心ができました。後は行動に移すだけです。

「ねえ、風間君」

 私が話しかけると、風間君はこっちを見て聞いてきます。

「どうした天堂?」

「放課後、屋上に来て。話があるの」

「……どうしてだ?」

「ホームルームが終わったら、すぐに屋上に来て」

 風間君の質問に答えず、私は念を押して言いました。

「……分かった」

 風間君は返事をしてくれました。その後、会話をすることもなく食堂に行き、鈴原さんと合流して昼食を食べます。

「んー? 二人ともー、どうかしたの?」

 と聞かれ、風間君は黙り込んで昼食を食べています。

「……別に、何でも無い」

 と私が答えると、鈴原さんは納得したように頷いて昼食を再開しました。


 ――放課後、俺はホームルームが終わってすぐに屋上へと向かった。当然だが、天堂真衣の姿は見当たらない。どうやら、早く来すぎたらしい。俺はフェンスにもたれて天堂真衣を待つことにする。

(……感情が元に戻ったのは、いいことだったのかもな。感情を削り取られていた時より、ここにいると落ち着く)

 と俺は思いながら笑った。過去の記憶を思い出してしまったからだ。過去の記憶で見た俺は無愛想で、それを思い出すだけで苦笑してしまう。

(過去の記憶を完全に取り戻したら、俺はどうなるんだろうな?)

 前とは心境が変化し、今では過去の記憶を取り戻したいと思う。だが、それに不安がつきまとっていた。もし、過去の記憶を取り戻したとして、それで自分が変わってしまうことを怖がっているんだ。だけど、俺は気になった。あの真奈という名前の女子と俺の関係。

 天堂真衣との関係についても気になる。つまり、ここにきて生きる理由ができてしまったわけだ。全ての疑問を解消しない限り、俺は死ぬことができない。死ねない。

(……悩んでいても仕方が無いな。焦ったままだと思い出せることも思い出せない)

 俺は自分に言い聞かせていると、ドアが開く音がする。思考を中断してドアの方を見ると、天堂真衣が出て来た。

「……お待たせ」

 天堂真衣が普段より小さな声で言って、俺の方に近づいてくる。

「いや、待ってない。俺が早く来すぎただけだろ」

 と俺が答えると、天堂真衣は笑って言う。

「そうだね。風間君、教室を出て行くの早すぎ」

 俺が、どう反応していいのか分からずに戸惑っていると、俺の隣のフェンスに天堂真衣がもたれた。

「……ちゃんと言わなきゃ」

 天堂真衣が呟いたのを聞いて俺は質問する。

「何を言うんだ?」

「えっ? あっ、何でも無い! 何でも無いの!!」

 と天堂真衣は慌てて言い、顔を赤くした。まあ、本人がこう言うなら、本当に何でも無いんだろう。

(そういえばコイツ、顔を赤くすることが多いな。赤面癖でもあるのか?)

 と俺は天堂真衣を見ながら思ったが、それを口にするのはやめた。過去に、それを誰かに聞いて文句を言われた気がするからだ。たぶん、真奈という女子に聞いたんだろう。

「……ねえ、風間君」

 天堂真衣が話し始めたので、俺は黙って続きを聞く。

「風間君は、好きな人いるの?」

 この前にも聞かれて答えた質問だ。過去の記憶を見た後なので、すぐに答えることができなかった。あの女子と俺の関係が分かっていない今、適当に答えるのを躊躇ってしまう。

(感情の弊害か……)

 俺は溜め息をついて天堂真衣を見た。天堂真衣と目が合いう。天堂真衣の顔には期待と不安が混ざっていた。

(答えないわけにもいかないか…。それに)

 天堂真衣は記憶の中の女子と似ている。なんとなくだが泣かせたくない。そう思った。

「……たぶん、いたんだろうな」

「えっ?」

 俺の答えに驚き、天堂真衣は聞き返してきた。

「少しだけ記憶喪失気味なんだよ。けど、思い出したんだ」

 天堂真衣の顔が不安に染まった。俺は揺れる感情を落ち着けて続ける。

「と言っても、ずいぶん前のことだ。今は誰とも付き合ってないし、好きなヤツもいない」

「じゃ、じゃあ……」

 ここで俺は天堂真衣が、俺を呼び出した理由に気がついた。

「風間君、……私と付き合って」

 天堂真衣の言葉を聞いた瞬間、心音が少しだけ早くなった。俺を見る天堂の顔は真っ赤に染まり、それを見た俺は思わず綺麗だと思ってしまう。

(……俺は軍人で、…コイツは護衛の対象だ。親しくなってどうするんだ?)

 俺は自問する。その間も天堂真衣は顔を俺から背けなかった。目を見ただけで、どれだけ真剣なのかが伝わってくる。

「私じゃ、その人の代わりにはなれないけど…。それでも、風間君のことが好きなの」

 俺は天堂真衣の目を見て、さっきとは別の問いを自分にする。

(……俺は、どうしたいんだ?)

 感情以外のものを無視した自問だ。答えを知っているのは自分だけで、他の誰も知らない。自分の気持ちが答えになる。目を閉じて自分の心に聞く。さっきよりも乱れているのが分かる。

「搭屋、自分の決心は曲げないでね」

 と真奈の声が聞こえたような気がした。

「…そうか」

 と俺は呟いて目を開けた。目の前には、目を閉じる前と変わらず、天堂真衣の顔が目の前にある。

「……俺の方からも頼む。天堂、俺と付き合ってくれ」

 と俺は感情のまま答えた。天堂真衣は顔を真っ赤にして微笑む。

「う、うん」

 そして、天堂真衣は俺の肩に頭を預けてきた。肩に重さを感じると同時に、俺は居心地の良さを感じる。

(もう少し、ここにいたいな……。ここは落ち着く)

 桜の散った春の屋上で、俺はそう思いながら目を閉じた。

 この物語は、これで終わりです。今月の人気次第で続編を書くかもしれません。よかったら他の作品も読んでくださいね!

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