第5話 明日、一緒に叱られよう
雨が弱まったとはいえ、まだぽつぽつと降り続いていた。
街灯に照らされた雨粒が、まるで夜空から落ちてくる小さな光の粒みたいに見える。
「……帰るか」
村木がぽつりと言った。
「そうだな。あんまり遅くなると怒られるし」
「怒られるのは明日まとめてでいいだろ」
「いや、今日の帰宅時間は関係ないだろ」
「細けぇなぁ守本は」
「お前が雑すぎるんだよ」
そんなやり取りをしながら、俺たちはゆっくりと歩き出した。
アーケードを抜けると、雨はさらに弱まり、傘がなくても歩ける程度になっていた。
夜の街は静かだ。
昼間の喧騒が嘘みたいに、車の音も人の声もほとんど聞こえない。
「なぁ守本」
「なんだよ」
「今日さ、楽しかった?」
「……まぁ、悪くなかった」
「またそれ。ほんとは楽しかったんだろ?」
「……うるさい」
「はいはい、照れんなって」
村木は笑いながら俺の肩を軽く小突いた。
その軽さが、妙に心地よかった。
しばらく歩くと、学校の近くの住宅街に差し掛かった。
街灯がぽつぽつと並び、雨に濡れたアスファルトが光を反射している。
「なぁ守本」
村木が急に真面目な声を出した。
「今日さ、守本が“逃げてくれて”嬉しかった」
「……逃げてくれてってなんだよ」
「だって守本、絶対断ると思ってたし」
「断ろうとしたよ」
「でも来てくれた」
村木は少しだけ歩く速度を落とした。
俺もそれに合わせて歩く。
「守本ってさ、いつも誰かのために動いてるだろ」
「……まぁ、頼まれたら断れないし」
「それがさ、俺はちょっと嫌だったんだよ」
「嫌?」
「うん。守本が誰かのために頑張ってるのはすげぇと思うけど……
そのせいで守本がしんどくなってるの見るの、俺は嫌なんだよ」
「……」
「だから今日、俺のために逃げてくれたのが嬉しかった」
「お前のためってわけじゃ――」
「いや、俺のためだろ?」
村木は笑って言った。
その笑顔は、いつものふざけたものじゃなくて、どこか優しい。
「守本が俺の誘いに乗ってくれたってだけで、俺は十分嬉しいんだよ」
「……お前ってさ」
「ん?」
「……ほんと、よく分かんねぇよ」
「分かんなくていいよ。俺も自分のことよく分かってねぇし」
村木は肩をすくめた。
「でもさ、ひとつだけ分かってることがある」
「……なんだよ」
「俺、守本のこと好きだよ」
「っ……!」
足が止まった。
心臓が跳ねる音が、雨音よりも大きく聞こえた気がした。
村木は振り返り、俺の顔を見て笑った。
「別に恋愛とかじゃなくてな? いや、そういう意味もゼロじゃないけど……
なんていうか、守本のこと大事にしたいって意味での“好き”」
「……」
「守本がしんどいと俺もしんどいし、守本が笑ってると俺も嬉しいし。
そういうの、全部ひっくるめて“好き”」
「……お前、急にそういうこと言うなよ」
「急じゃねぇよ。ずっと思ってた」
村木は照れたように頭をかいた。
「でもさ、守本に言ったら逃げられるかなって思って言えなかった」
「逃げねぇよ」
「ほんとか?」
「……逃げねぇよ」
「そっか」
村木はほっとしたように笑った。
「じゃあさ、これからも逃げたい時は言えよ」
「……」
「俺が一緒に逃げてやるから」
その言葉は、雨上がりの空気よりもずっと優しく胸に染みた。
家の近くまで来た頃には、雨はほとんど止んでいた。
雲の切れ間から月が少しだけ顔を出している。
「じゃあ、俺こっちだから」
村木が分かれ道で立ち止まった。
「……ああ」
「明日、一緒に叱られような」
「お前も絶対来いよ」
「もちろん。守本一人に怒らせねぇよ」
村木は笑って、軽く手を振った。
「じゃあな、守本」
「……ああ。また明日」
村木が歩き出す。
その背中が街灯に照らされて、少しだけ眩しく見えた。
俺はしばらくその背中を見つめていた。
(……なんなんだよ、ほんと)
胸の奥がじんわりと熱い。
雨に濡れたせいじゃない。
きっと、村木の言葉のせいだ。
「……明日、か」
明日、俺たちはきっと怒られる。
先生にも、生徒会にも、クラスにも。
でも――
(村木と一緒なら、なんとかなるか)
そう思えた自分に驚いた。
家の玄関に向かいながら、俺は小さく笑った。
今日、逃げてよかった。
いや、逃げたんじゃない。
村木と一緒に歩いた時間が、ただただ心地よかった。
そんな一日だった。




