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愛の逃避行とか言ってみたい  作者: AI子


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第4話 雨宿りの距離

公園を出てしばらく歩いた頃だった。

空気が急に湿り気を帯び、風が冷たくなる。


「……あれ、なんか降りそうじゃね?」


村木が空を見上げる。

俺もつられて見上げると、街灯に照らされた空はどんよりと暗く、雲が低く垂れ込めていた。


「やばいな、これ」


「走るか?」


「いや、走っても間に合わな――」


言い終わる前に、ぽつり、と頬に冷たいものが落ちた。


「……降ってきた」


「うわ、マジかよ! ほら守本、こっち!」


村木が俺の腕を掴んで駆け出す。

その瞬間、雨は一気に強くなり、地面を叩く音が激しく響き始めた。


「ちょ、速いって!」


「文句はあと! あそこ、屋根ある!」


村木が指差したのは、古い商店街のアーケードの端。

二人で駆け込み、ようやく雨を避けられた。


「……はぁ、はぁ……」


「守本、息上がりすぎ」


「お前が速すぎるんだよ……」


村木はケラケラ笑いながら、濡れた前髪をかき上げた。

俺も制服の肩を軽く払うが、すでにしっとりと濡れてしまっている。


「にしても、すげぇ雨だな」


アーケードの外は、まるで滝のように雨が降り注いでいた。

街灯の光が雨粒に反射して、白いカーテンみたいに見える。


「……しばらく止みそうにないな」


「だな。まぁ、雨宿りも逃避行の一部ってことで」


「お前、なんでも逃避行にするな」


「だって逃避行だし」


村木はそう言って、俺の隣に腰を下ろした。

アーケードの柱にもたれかかり、足を投げ出す。


俺も隣に座る。

距離は近い。

肩が触れるか触れないか、そんな微妙な距離。


雨音が強くて、二人の呼吸がやけに近く感じる。


「……なぁ守本」


村木がぽつりと呟いた。


「今日さ、連れ出してよかったわ」


「……なんで急に」


「なんとなく。守本、ずっと疲れてたからさ」


「……」


「俺、守本が無理してるの見るの、嫌なんだよ」


その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「別に、無理してるつもりは――」


「あるよ」


村木は俺の言葉を遮った。


「守本ってさ、しんどくても“しんどい”って言わないだろ。

 頼られたら断らないし、頼るのは苦手だし」


「……」


「今日だって、俺が誘わなかったらずっと教室にいたんだろ?」


「……まぁ、そうかもな」


「そういうとこ、ほんと放っとけないんだよ」


村木は少しだけ視線を落とした。

雨音が強くて、村木の声がかき消されそうになる。


「守本がしんどいと、俺までしんどくなるんだよ」


「……なんだよそれ」


「なんだろな。俺にもよく分かんねぇけど」


村木は照れ隠しのように笑った。


「でもさ、守本が笑ってると、俺も嬉しいんだよ」


「……」


「だから今日、連れ出せてよかった」


その言葉は、雨音よりも強く胸に響いた。


俺は、何か言わなきゃと思った。

でも、言葉が出てこない。


「……村木」


「ん?」


「……ありがとな」


「お、また素直だ」


「調子乗るなよ」


「乗るよ。守本が素直になるなんてレアだし」


「……ほんと、お前って……」


「俺って?」


「……なんでもない」


言えない。

“優しい”なんて、絶対に言えない。


村木は俺の言葉の続きを待っていたけれど、

俺が黙ると、ふっと笑って肩を軽くぶつけてきた。


「なぁ守本」


「なんだよ」


「俺さ、守本にはもっと頼ってほしいんだよ」


「……」


「迷惑とか思わなくていい。俺は守本の味方だから」


「……なんでそんな簡単に言えるんだよ」


「簡単じゃないよ。でも、言いたいから言ってる」


村木は真っ直ぐに俺を見た。


その目が、雨に濡れた街灯の光を反射して少し揺れている。


「守本がしんどいと、俺も嫌なんだよ」


「……」


「だからさ、頼れよ。俺に」


その言葉は、胸の奥に深く刺さった。


俺は、ずっと誰にも言えなかったことを、

こいつには言ってもいいのかもしれないと思った。


「……村木」


「ん?」


「……俺、ほんとはさ」


言いかけた瞬間、雷が遠くで鳴った。

俺は思わず言葉を飲み込む。


村木は驚いたように目を瞬かせたが、すぐに柔らかく笑った。


「続きは、言いたくなった時でいいよ」


「……」


「無理に言わせたくねぇし」


その優しさが、逆に胸に刺さる。


雨は相変わらず強い。

でも、アーケードの下は不思議と暖かかった。


村木が隣にいるからだろうか。


「なぁ守本」


「……なんだよ」


「今日、楽しかった?」


「……まぁ、悪くなかった」


「悪くなかった、ねぇ」


村木はニヤニヤしながら俺の顔を覗き込む。


「本当は楽しかったんじゃね?」


「……うるさい」


「ほら、また黙る。分かりやすいなぁ守本は」


「お前が分かりやすすぎるんだよ」


「俺は守本専用だからな」


「……っ」


また心臓が跳ねた。


村木は気づいていないふりをしているのか、本当に気づいていないのか。

どちらにしても、タチが悪い。


***


雨が少し弱まってきた頃、村木が立ち上がった。


「そろそろ行くか」


「……ああ」


俺たちはアーケードを出て、ゆっくりと歩き出した。

雨はまだ降っていたけれど、さっきよりずっと優しい。


「なぁ守本」


「なんだよ」


「明日、一緒に叱られような」


「……ああ。お前も一緒だぞ」


「もちろん」


村木は笑った。

その笑顔は、雨上がりの空みたいに澄んでいた。


俺はその横顔を見ながら思った。


――こいつとなら、逃げてもいいのかもしれない。


いや、逃げたいんじゃなくて。


こいつと一緒にいたいだけなのかもしれない。


そんなことを思いながら、俺は村木と並んで歩いた。


雨の匂いが、少しだけ甘く感じた。

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