第2話 ファストフードの亡命者たち
校舎を出た瞬間、夕方の風が頬を撫でた。
昼間の熱気がまだ残っているけれど、日が傾き始めたせいか、少しだけ涼しい。
「ほら、行くぞ守本」
村木が、まるで遠足にでも行くみたいなテンションで俺の腕を引っ張る。
「そんなに急がなくても、店は逃げないだろ」
「いや、俺たちが逃げてるんだよ。逃避行なんだからさ」
「……言い方よ」
呆れながらも、どこか笑ってしまう。
さっきまで机に向かっていた自分が嘘みたいだ。
校門を抜けると、通学路には部活帰りの生徒たちがちらほら。
俺たちが制服のまま歩いているのを見て、何人かが不思議そうにこちらを見た。
「なぁ、これ普通にサボってるみたいに見えない?」
「サボってるんだよ」
「いや、そうなんだけどさ……」
「堂々としてればいいんだよ。ほら、胸張れ」
「無理だって」
村木は本当に堂々としている。
俺はというと、周囲の視線が気になって仕方ない。
「守本ってさ、ほんと真面目だよな」
「悪いかよ」
「悪くないよ。むしろ好きだよ、そういうとこ」
「……は?」
「いや、性格的な意味でな? 変な意味じゃないぞ?」
「分かってるよ」
分かってるけど、心臓が一瞬だけ跳ねたのは秘密だ。
ファストフード店に着くと、店内は思ったより混んでいた。
部活帰りの学生、買い物帰りの親子、カップル。
ざわざわとした空気が、学校とは違う世界に来たような気分にさせる。
「ほら、席取っとけ。俺が買ってくる」
「え、いいよ。俺も払うし」
「いいって。クーポンあるし」
村木は得意げにクーポンを掲げてレジへ向かった。
その背中を見ながら、俺は空いている席を探す。
窓際の二人席が空いていたので、そこに座る。
ガラス越しに見える夕焼けが、少しだけ綺麗だった。
(……俺、ほんとに逃げてきちゃったんだな)
罪悪感がないわけじゃない。
でも、それ以上に胸の奥が軽い。
「お待たせー!」
トレイを持った村木が戻ってきた。
ポテトの匂いがふわっと広がる。
「ほら、守本の分」
「ありがとう」
「おう。俺の愛の逃避行プラン、第一弾は“腹ごしらえ”だからな」
「プランあったのかよ」
「もちろん。行き当たりばったりじゃないんだぜ?」
「いや、絶対行き当たりばったりだろ」
「バレた?」
村木は笑いながらポテトをつまんだ。
俺もバーガーの包みを開けながら、ふと周囲を見渡す。
カップルが向かい合って笑い合っている。
友達同士がスマホを見せ合って盛り上がっている。
そんな中で、俺と村木は制服のまま向かい合っている。
(……なんか、デートみたいだな)
そう思った瞬間、自分で自分にツッコミを入れた。
(いやいや、違うだろ。こいつとデートって……)
「なに一人で難しい顔してんだよ」
「してない」
「してた。眉間にシワ寄ってた」
「……癖なんだよ」
「真面目すぎるんだよなぁ、守本は」
村木はストローをくわえながら、少しだけ真剣な目をした。
「守本さ、頼られすぎなんだよ」
「……どういう意味だよ」
「生徒会も、クラスの係も、なんでも引き受けるじゃん。断らないし」
「頼まれたら断れないだけだよ」
「それ、利用されてるだけじゃね?」
「……っ」
図星だった。
胸の奥が少しだけ痛む。
「別に、嫌じゃないし」
「嫌じゃないのと、疲れてないのは別だろ」
村木はポテトをつまみながら、俺の顔をじっと見た。
「守本、最近ずっと疲れてた」
「……見てたのかよ」
「見てたよ。俺、守本のこと結構見てるからな?」
「……」
その言葉に、なぜか息が詰まった。
「だからさ、今日は逃げようぜ。俺が連れ出したんだから」
「……なんでそこまで」
「なんでって……」
村木は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
珍しい。こいつが言葉に詰まるなんて。
「……守本がしんどそうだったから、だよ」
その声は、いつもの軽さがなかった。
俺は返事ができなかった。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
「ほら、食えよ。冷めるぞ」
「……ああ」
バーガーをかじると、さっきまでの重さが少しだけ溶けていく気がした。
村木は、俺が何も言わなくても、何かを察したように笑った。
「な? 逃げるのも悪くないだろ」
「……まぁ、今日はな」
「今日は、じゃなくて、また逃げようぜ」
「また?」
「うん。また。守本が限界になる前に」
その言葉が、妙に胸に残った。
食べ終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
店内の明かりが窓に反射して、外の景色がぼんやりと映る。
「次、どこ行く?」
「次って……まだ行くのかよ」
「当たり前だろ。逃避行はまだ始まったばっかだぞ?」
「……お前、ほんと元気だな」
「守本が元気ない分、俺が元気出すんだよ」
「……勝手に決めるなよ」
「勝手じゃないよ。俺の意思だ」
そう言って笑う村木の顔は、いつもより少しだけ優しかった。
俺はその笑顔を見ながら、思った。
――逃げるって、悪くないのかもしれない。
村木と一緒なら。
「よし、次は公園だ!」
「なんで公園なんだよ」
「夜の公園って、なんか語りたくなるじゃん?」
「語る気満々じゃねぇか」
「語るよ。守本のこと、もっと知りたいし」
「……っ」
また心臓が跳ねた。
村木は気づいていないのか、気づいていてわざとなのか、
どちらにしてもタチが悪い。
「ほら、行くぞ」
「……はいはい」
俺は立ち上がりながら、心の中で小さくため息をついた。
(……なんでこいつといると、こんなに振り回されるんだろう)
でも、そのため息は、どこか少しだけ嬉しいものだった。




