第十三部 鈍感殿と想いの行方
――久世領、関ヶ原から3年後。
戦火が遠く過去の記憶となり、久世領には落ち着いた日常が戻っていた。
久世は43歳。義足と左腕の痛みは残るものの、戦場での鬼の鋭さを経て、今は領地と仲間たちを見守る穏やかな目を持っていた。
かやは30歳。戦後に夫婦として、あるいは仲間として築いた絆が日々の支えになっている。
他の仲間たちもそれぞれ家庭を持ち、子どもたちの笑い声が城下町に響いていた。
久世は城の書院で書類に目を通しつつ、遠くの田畑や子どもたちの声を耳にする。
「……もう、あの戦火の日々は遠いな」
小さく呟き、苦笑を浮かべる。
かやがそっと書院に入り、久世の横に座る。
「殿、今日も子どもたちは元気に走り回ってるよ」
久世は視線を窓の外に向け、柔らかく頷く。
「うむ、皆の成長を見るのが、戦場の次に俺の務めだな」
城下町の空気は、戦士たちの激しい日々を忘れさせるほど平和で、
しかしどこか、戦場を越えた者たちの誇りと強さを秘めていた。
戦士としての過去と、領主としての現在――久世の新たな日常が、ゆっくりと幕を開ける。
――書院の窓辺、城下町を見渡す久世と、そばにいるかや。
久世は窓の外を眺めながら、ふと横のかやに声をかける。
「かや……そろそろ結婚したらどうだ? 仲間は皆婚約して、子どもも生まれておるというのに」
かやは顔を赤らめ、手元の書類を慌てて握り直す。
「な、何を急に……!」
久世はにやりと笑い、義足を少し揺らしながら豪快に言う。
「遠慮することはない。お前も幸せになるべきだろう? 戦場も子どもたちも見てきた俺が言うんだ、間違いはない」
かやは眉をひそめつつも、心の奥で少しだけ笑いをこぼす。
「……久世殿、相変わらずデリカシーないんだから……」
久世は豪快に笑い、杯を一口あおる。
「ははは! 人生は短い。後で後悔せぬように、今こそ行動だ!」
窓の外で遊ぶ子どもたちの声が、二人の間の空気を柔らかく包む。
久世の無遠慮な言葉も、戦場を越えてきた者たちには、どこか温かい励ましのように響くのだった。
――城下町の小さな庭、夕暮れ。
かやは背中を丸め、手元の布を弄りながら、小声で朔姫たちに打ち明ける。
「……実は、昔、私を拾ってくれたあの時から、久世殿のことが……好きだったんです」
朔姫は目を丸くし、凛は少し笑みを浮かべながらも真剣に聞く。
「かや……ずっと黙ってたのか」
凛は肩に手を置き、優しく言った。
「でも、言えないのも無理ないよね……殿は豪快すぎるし、戦場を超えてきた人だもの」
かやは視線を落とし、言葉を続ける。
「はい……でも、そろそろ結婚の話も出て、皆が幸せになっていく中で、私だけが……」
目にわずかに涙が光る。
朔姫は笑みを絶やさず、かやの手を握る。
「大丈夫、かや。あなたの気持ちはちゃんと殿に届くはずよ」
凛も微笑み、静かに頷く。
「そう、無理に急ぐことはない。でも、気持ちは隠さず大事にして」
夕日が二人の背中を赤く染める中、かやは少しだけ心が軽くなった。
――秘めた想いを信頼できる仲間に打ち明けることで、未来への一歩を踏み出す勇気を得た瞬間だった。
――久世領、午後の庭。
久世は庭の芝生に座り、3歳になった孫・久輝と一緒に遊んでいた。
小さな手で持った木の枝を振り回す久輝に、久世は笑いながら応じる。
「おお、よしよし! その調子だ、久輝!」
久輝は笑顔で走り回り、久世の周りをぐるぐる駆け回る。
転びそうになっても、久世は手を差し伸べ、そっと支える。
義足と左腕の痛みを感じさせない、その動きはどこか優雅で、戦場の鬼の鋭さは影を潜めていた。
庭の端で、朔姫と凛とかやがその様子を静かに眺める。
朔姫は微笑み、凛の肩に軽く手を置く。
「久世殿も、こんな風に孫と遊ぶ日が来るなんて……」
凛は穏やかに頷く。
「戦場では見せない表情ね。あんな笑顔、久世殿には珍しい」
かやは少し頬を赤くしながら、目を細める。
「……殿も、人としての時間を楽しめるようになったんですね……」
久輝が「じいじ!」と駆け寄ると、久世は両腕を広げて迎える。
孫を抱き上げるその姿に、庭の空気は一気に温かさで満ちた。
戦場を超えた者たちの絆と、家族の愛情が、久世領にゆっくりと広がっていく午後だった。
――久世領、庭の午後。
久世は孫の久輝と遊びながら、ふと空を見上げて独り言のように呟く。
「……よし、これで城下も安心だな」
目の前で木の枝を振り回す久輝の笑顔に、少し無邪気な顔を見せる。
一方、かやはその様子を遠くから見つめながら、心の中で小さくため息をつく。
(……殿、私がそばにいるのに、全然気づかない……)
かやは意を決して声をかけようとするが、久世は孫の相手に夢中で気づかない。
「ほら、久輝! もっと高く飛べ!」
久輝が嬉しそうに跳ねると、久世は手を伸ばしながら笑う。
かやは少し顔を赤らめて、思わず小声で呟く。
「……言いたいことが、いっぱいあるのに……」
その横で、朔姫と凛はニヤリと視線を合わせる。
「かや……あの殿は鈍感すぎるわね」
「うん、でもそこが可愛いんだから、悩ましいんだよね」
かやは眉をひそめ、二人に小声で言い返す。
「……殿にはそんなこと言えません!」
しかし心の奥では、久世にそっと触れたい気持ちが募るばかり。
庭の陽射しは暖かく、笑い声と小さな風が吹き抜ける。
戦場を超えた英雄も、孫と遊ぶ姿ではただの人。
しかし、鈍感な久世と、秘めた想いを抱えるかや――年の差ラブコメは、こうして静かに幕を開けるのだった。
――久世領、ある日の庭。
久世は孫・久輝と木登りの真似をして遊んでいた。
「ほら、久輝、じいじみたいに高く飛べ!」
久輝はキャッキャと笑いながら手を伸ばす。
かやは木陰からそっと見守る。
(……殿ったら、今日も全然私のこと見てない……)
彼女は手を胸に当て、小さくため息をつく。
久世は孫に夢中で、かやの存在にまるで気づかない。
「よし、次はお前がじいじを真似するんだ!」
かやは思わず口を開きかけるが、久世は振り返ることもなく言葉を続ける。
「うむ、そうだ、その調子だ、久輝!」
かやは顔を赤くしながら、心の中で叫ぶ。
(……もどかしい! どうして殿はこうも鈍感なの……!)
その様子を遠くで見ていた朔姫と凛が、くすくす笑い合う。
「かや……今日も悶々としてるわね」
「うん、でも殿は全然気づかないから……つらいね」
かやは二人に小さく目を向け、眉をひそめる。
「……黙っててください、余計に悶々しますから!」
庭の風が揺れる中、久世は孫と戯れながら全く気づかず、かやの胸の内だけが静かにざわめく。
鈍感な久世と、言えない想いを抱えるかやの、日常ラブコメがこうして始まったのだった。
――久世領の城下町、午後。
かやは久世と二人きりで城下を歩いていた。
久世は孫や仲間たちの世話を終えたばかりで、肩の力を抜き、少し無邪気な笑顔を見せている。
「今日は久世殿と二人で出かけられるとはな……珍しいことだ」
かやが軽く笑いながら、声を弾ませる。
「はい、久しぶりですし、少し気分転換でも……」
久世は両手を背中に組み、きょろきょろと周囲を見渡す。
「ふむ、店も増えたな……おお、あの饅頭屋はまだ健在か!」
かやは心の中でため息。
(……相変わらず、目の前の私には全く気づかない……)
小さな露店の前で久世が立ち止まり、饅頭を指差す。
「かや、これを買ってやろう! 久輝にも喜ぶぞ」
かやは苦笑しながら首を振る。
「殿、今日は私たち二人での外出ですよ? 孫の話は……」
久世は目を細めて考え込み、そしてにっこり笑う。
「……そうか、今日は二人で楽しむのだな。わかった、任せろ!」
かやは心の中で小さくガッツポーズを作る。
(……鈍感だけど、こうして二人で過ごせる時間はやっぱり嬉しい……)
街の風景、子どもたちの声、遠くで響く笑い声。
久世とかやの静かだけど、ほんの少しドキドキする午後の散策が始まった。
――城下町の路地を歩く久世とかや。
久世がふと立ち止まり、指先を一つの建物に向けた。
「ほら、あそこだ」
かやは目を凝らす。
そこは……かつて久世が将棋盤を囲んで見た、あの小さな店にそっくりだった。
木の看板も、格子の窓も、昔のまま。
「……殿、あの店……覚えているのですか?」
久世は少し肩をすくめる。
「覚えてるも何も……昔、ここで棋譜を見ながら暇をつぶしたことがあったんだ」
目の奥に、わずかに遠い記憶が光る。
「なんだ、懐かしいな……お、入ってみるか?」
かやの胸は高鳴る。
(……殿、無意識に私の好きな場所を覚えていて……!)
だが、久世はその鈍感さで、何も意図していない。
二人は店の前に立ち、ゆっくりと扉を開く。
木の香り、昔と変わらぬ空気。
かやは思わず小声でつぶやく。
「……懐かしい……」
久世はにやりと笑い、店内に入る。
「よし、今日はゆっくり楽しもうじゃないか、かや」
かやは心の奥で頬を赤くしつつ、久世の後ろ姿を見つめる。
――鈍感な殿と過ごす、ちょっとドキドキする午後の時間が、こうして始まったのだった。
――小さな将棋店の中、二人は木の盤の前に座っていた。
久世は昔の感覚を思い出しながら駒を指で滑らせる。
「なるほど、こうやって……」
だが、指が少し滑り、駒は思わぬ方向へ転がった。
――ぽとり
駒はかやの膝に落ち、二人の距離は一気に縮まる。
かやは思わず手で膝を押さえ、顔を赤らめた。
「きゃっ……殿っ!」
久世はびっくりして駒を拾い上げるが、顔を上げた瞬間、かやとの距離の近さに気づく。
「お……悪かった、ちょっと滑っただけだ」
しかし、久世はまるで鈍感なまま、にこりと笑い、何事もなかったかのように駒を盤に戻す。
かやは心の中でドキドキが止まらず、小さく息をつく。
(……距離が……近すぎる……! 殿、全然気づいてないのに……)
久世は無邪気に笑い、盤の駒を動かす。
「さあ、次はお前の番だ、かや」
かやは視線を駒に落としつつも、頬が熱くなるのを感じる。
――店の木の香りと静かな空気が、二人の心臓の鼓動を一層響かせる。
鈍感な殿と、言えない想いを抱えるかや
――将棋盤の前、静かな店内。
かやと久世は、互いに駒を手に取り、盤の上を静かに動かしていた。
しかし、久世の動きは昔の戦場で見せた鋭さや、あの将棋盤を囲んだ頃の気迫とは少し違い、どこか落ち着きすぎて無邪気だった。
かやは心の中でつぶやく。
(……殿、昔はもっと……あの時のように、緊張感と熱を帯びた目をしていたのに……)
自分の番が回ってきても、かやは駒を持った手を止め、久世の顔をじっと見つめる。
「……動かせない……」
心の奥で、昔の久世と今の久世が交錯し、複雑な思いが胸を締めつける。
久世は気づかず、無邪気に笑いながら駒を動かす。
「ほう、かや、その駒はこう動かすのか。なるほどな」
かやは息をのみ、駒を置くこともせずただ盤と久世の顔の間で固まったまま。
――店内の静けさが、二人の距離の微妙な緊張感を際立たせる。
かやの心臓は高鳴り、手は動かせず、ただ久世の表情を追い続ける。
鈍感な殿と、想いを伝えられない自分――昔とは違う、切なくも甘い時間がゆっくり流れる。
――将棋盤の前、かやの番。
かやはゆっくりと駒を手に取り、次の一手を考える。
しかし、ふと目の端に視線を感じて顔を上げると、久世の額から汗が一筋垂れ落ちていた。
(……あれ……殿、焦ってるのかな……?)
かやの胸は小さくざわつき、手元の駒に意識を戻すのが少し難しくなる。
久世は普段通り無邪気に笑っているのに、その笑顔の奥で、微妙な緊張が漂っているのがかやには伝わる。
かやは小さく息をつき、駒を静かに盤上へ置いた。
「……これでいいのかな……」
しかし心の奥では、久世の思わぬ表情に胸が熱くなるのを感じる。
久世は駒を見つめながら、またにっこりと笑う。
「ほう、かや、その一手はなかなかの手だな」
かやは思わず、目をそらしそうになり、頬を赤く染める。
――静かな店内に漂うのは、過去の将棋の空気とは違う、少し甘く、少し焦れったい二人だけの時間だった。
――将棋盤の前、かやの番。
かやは駒を静かに動かす。
だが、久世の額からは、どう見ても焦りとは思えないほどの汗が垂れ落ちていた。
(……焦ってるわけじゃなさそう……)
かやは眉をひそめる。だが、久世はまるでそれを意に介さず、にこりと笑顔を絶やさない。
その笑顔に、かやの胸は小さくざわめく。
(……殿……笑顔なのに、こんなに汗をかくなんて……体力が……それとも……?)
かやは自然と視線を逸らせず、盤の上よりも久世の顔や肩に目を奪われる。
微笑みをたたえつつも、汗を拭う仕草すら見せない久世の姿に、心が少し熱くなる。
――静かな店内、盤の駒を動かす音だけが響く。
かやの胸には、甘くも焦れったい思いがくすぶる。
鈍感な久世と、内心で揺れる自分――二人の距離は目に見えぬまま、確実に近づいていた。
――将棋店、盤の前。
久世はにっこりと笑い、立ち上がる。
「ふう……少し汗を拭いてくる」
かやは思わず息をのみ、手元の駒を置いたまま見つめる。
(……拭くだけって……この距離が……もう……!)
久世はそのまま店を出て、外の風に当たりながら額の汗を拭う。
木々の間から差し込む陽光が、久世の背中を照らす。
かやは静かに胸の内で思う。
(……殿は何も気にしてないのに……それでも、こうして見ているだけで胸が高鳴る……)
――店内には、二人だけの静かな余韻が残る。
駒を置いたままの盤は、まるで二人の距離を映すかのように、しんと静まり返っていた。
――店の外で汗を拭き、陽の光を浴びる久世。
額の汗を拭き終えた後、ふと久世は耳を強く押さえる仕草を見せた。
(……ん? どうした……?)
かやは思わず息を止め、視線が久世の耳に釘付けになる。
しかし、次の瞬間、久世は何事もなかったかのように、にこりと笑いかやに向き直った。
「さて、続きをやろうか、かや」
かやは胸の中で小さく叫ぶ。
(……なんなの、あの耳の仕草……ちょっとドキッとしたじゃない……!)
頬が熱くなり、手元の駒に意識を戻すのが精一杯だった。
久世は鈍感なまま、微笑を浮かべて盤に目を落とす。
「さあ、次の一手だ」
――耳を押さえた瞬間の小さな揺れも、かやにとっては心臓をくすぐる、甘く焦れったい時間だった。
――将棋盤の前、静かな店内。
最後の一手を打ち、かやは勝利を確信する。
久世は駒を見つめ、しばらく間を置いてから、にこりと笑った。
「……なるほど、かや、お前の勝ちだな」
かやは胸を高鳴らせながらも、少し照れくさそうに駒を片付ける。
「……やりましたね、殿」
二人は店を出る。外に出た瞬間、かやの目に鮮やかな看板が飛び込んできた。
木製の看板には、力強い文字でこう書かれていた。
「集まれ!戦国の将棋士達よ!」
かやは久世に視線を向ける。
「……殿、これは……」
久世は看板を見上げ、少し目を細める。
「ほう……面白そうじゃないか。棋士が集まる……か」
かやの胸は再びざわつく。
(……殿、ここでまた駒を打つのね……それとも、何か別の冒険が始まるの……?)
久世は無邪気に笑い、かやの手を取り歩き出す。
「さあ、かや、行ってみるか」
――偶然目にした看板が、二人の日常にちょっとした波乱と、少しのドキドキを運ぶ。
鈍感な殿と、想いを胸に秘めたかや――二人の距離は、今日も微妙に縮まったままだった。
――城下町の広場。
看板に誘われて、多くの戦国の棋士たちが集まってきた。
竹製の盤を持った老人、若い女流棋士、武将姿で駒を運ぶ者たち――様々な顔ぶれが久世とかやの前に並ぶ。
久世はにこりと笑い、周囲を見渡す。
「ほう……皆、腕に覚えがあるということか。面白そうじゃないか」
かやは少し頬を赤くしつつ、久世の横で駒を並べ直す。
(……殿、やっぱり無邪気に楽しむんだから……)
早速、久世は集まった棋士たちと対局を始める。
その腕前はやはり戦場で鍛えられたもの――鋭く、隙のない一手一手。
かやは横で盤を見守りながら、久世の手元の動きに目を奪われる。
(……殿、相変わらず全然気づかないけど……かっこいい……)
次々と挑む棋士たちは久世に翻弄され、感嘆の声をあげる。
「これは……すごい!」「まさかここまでとは!」
かやも久世と盤を挟む一局に挑むことになった。
「殿、私が負けてもいいですか?」
久世は無邪気に笑う。
「そんなことはない。かや、お前の一手一手、楽しみにしてるぞ」
かやは胸の奥でドキドキしながら駒を持つ。
(……殿、私が打つのをこんなに楽しみにしてくれるなんて……!)
――城下の広場には、久世とかやの盤を中心に、笑い声と真剣な視線が交錯する。
鈍感だけど魅力的な殿と、秘めた想いを抱えるかや――二人の距離は、将棋を通してまた少しずつ縮まっていった。
――城下の広場、盤の周りのざわめきが少し落ち着いた頃。
久世は盤から少し離れ、木の柱の陰に身を隠すように立っていた。
腕組みをし、静かに、しかし目はしっかりとかやや周囲の棋士たちに注がれている。
かやは盤の前で真剣に駒を動かし、時折笑顔を見せる。
その姿を見つめながら、久世の口元ににわかに笑みが浮かぶ。
(……かや、楽しそうだな……)
久世は心の中でそう思い、わざわざ声をかけず、ただその楽しむ様子を眺める。
汗をかき、真剣に駒を動かすかやの姿。微妙に手が震える瞬間もある。
久世は気づかぬふりで、木の柱に寄りかかりながらも、胸の奥でほんの少し温かいものを感じていた。
(……自分が動かなくても、こうしてかやの笑顔が見られるだけで……充分だ)
――将棋を通して、楽しむ姿をそっと見守る久世。
鈍感で無邪気な殿と、それを知らずに喜ぶかや――二人の間に流れる穏やかで甘い午後の時間だった。
――木陰に身を寄せ、盤を離れた久世は、静かに目を細める。
(……昔……かやと出会ったから、俺はここまで来れたんだな)
戦場を駆け抜け、勝ち続け、そしてこうして穏やかな日常を手に入れられたのは――
すべてあの小さな村で、まだ世の中を知らなかったかやを拾ったあの時。
(もしあの時、かやと出会わなければ……俺は、あの村で農民として、一生を終えていたんだろうな)
久世は軽く息をつき、額の汗を拭う。
微笑を浮かべつつも、その胸の奥には静かな感謝と、穏やかな幸福が灯っていた。
盤の前では、かやが駒を動かし、時折笑顔を見せる。
久世はその姿を見つめながら、心の中で静かに呟く。
(……ありがとう、かや……)
――鈍感な殿でありながら、心の奥底ではかやに全てを感謝する男。
静かに見守る午後の時間が、二人の絆をそっと、しかし確実に深めていった。
――木陰で盤を離れ、かやを遠目に見つめる久世。
(……出会いか……かやも、いろんな人と交流したら、いい人ができるだろうな)
かやの笑顔を思い浮かべ、将棋を楽しむその姿を見守る。
久世は無意識に腕組みをし、少し微笑む。
(……もちろん、俺と一緒でもいいんだが……まあ、それは焦らなくてもいいか)
心の中でそっと、かやの幸せを願う。
鈍感で無邪気な殿の視線の先には、楽しそうに動くかやの姿だけがあった。
――自分から何かを強要するわけではなく、ただ見守る。
久世にとって、かやの笑顔は戦場の勝利以上に、尊く大事なものだった。
――城下の広場、将棋の盤が片付けられた後。
かやは小さく手を振って、久世を呼んでいた。
「殿、こっちですよ!」
しかし、久世は盤の片隅で遠くを見つめたまま、手を振るかやには気づかない。
(……鈍感すぎる……)
かやは小さくため息をつき、頬を赤く染める。
「……仕方ないわね」
そう言うと、かやは自分の足で久世の元へ歩き出す。
風に揺れる髪をかき上げながら、一歩一歩、鈍感な殿に近づいていく。
久世はそれでもなお気づかず、遠くの景色に目をやるだけ。
しかし、かやが隣に立つと、ようやく視線を向け、にこりと微笑む。
「おう、かや……来てくれたのか」
かやは胸の奥で小さく安堵しつつ、心臓の高鳴りを押さえながら答える。
「はい、殿。呼んでも来なかったから……私から来ました」
――鈍感な久世と、それでも自分の気持ちを隠しきれないかや。
二人の間に、甘く焦れったい空気が静かに流れた。
――城の一角、静かな廊下。
久世とかやは、城に戻って二人きりになった。
長旅の疲れもあったが、胸の奥は少し高鳴る。
かやは久世を見上げ、ゆっくりと口を開く。
「殿……今日は、楽しかったですね」
久世はにこりと笑い、目を細める。
「ああ、かやと一緒だと、どんな時も楽しい」
二人は自然に廊下を歩きながら、過去の話や将棋のこと、ささやかな日常の話題で笑い合う。
その距離は、ほんの少しだけ近い。
しかし、廊下の影からそっと覗く視線があった。
朔姫と凛――二人は遠くから久世とかやのやり取りを見守る。
互いに微笑み合いながら、決して邪魔はしない。
「……二人とも、いい雰囲気ね」
「そっとしておこう」
――静かな城の一角に、甘く穏やかな時間が流れる。
鈍感な久世と、想いを秘めたかや。
そして、優しく見守る仲間たち。
二人の距離は少しずつ、しかし確実に近づいていた。
――城の廊下の影、朔姫と凛は二人を見守る。
かやが笑顔で話しかける。
「殿、この前の将棋、とても楽しかったです。私、少しは強くなったでしょうか?」
久世はゆっくりと顔を上げ、少し間を置いてから、にこりと笑う。
「ああ……そうだな、かやの腕もだいぶ上がったようだ」
しかし、朔姫と凛は顔を見合わせる。
(……久世の反応、遅すぎる……?)
(会話のテンポが、ちょっと……)
かやは楽しそうに話しているのに、久世は鈍感に笑うだけで、言葉を返すタイミングがややずれている。
その微妙な間に、朔姫と凛は胸の奥で微笑みつつも、少し心配になる。
「……殿、ほんとにかやのこと、わかってるのかしら」
「まあ、無自覚だから仕方ないよね」
――二人の微笑みと小さな首かしげが、静かな廊下に甘く、少し焦れったい空気を漂わせる。
鈍感な久世と、それを少し呆れつつも優しく見守る視線。
二人きりの時間は、相変わらずゆっくりと、しかし確実に進んでいった。
――城の廊下、二人の会話を見守る朔姫。
かやが微笑みながら話しかける。
「殿、この前の将棋、楽しかったですね。私、少しは強くなったでしょうか?」
久世はゆっくりと顔を上げ、返答するまでに一瞬間が空く。
「ああ……そうだな……かやの腕も……だいぶ上がったようだ」
しかし、朔姫はその返答の遅さに眉をひそめる。
(……反応がだんだん遅くなっている……)
額や首筋には、少し汗が滲んでいる。
(……汗も出すぎてる……殿、大丈夫かしら……)
かやは無邪気に笑いながら話すが、久世はそれを見て微笑むだけで、言葉のテンポが追いつかない。
朔姫は心配そうに息を呑みつつも、静かに二人のやり取りを見守る。
――戦場の鬼であった久世も、今は愛する者との日常に触れ、少しだけ人間らしい緊張と汗を流していた。
鈍感な殿と、秘めた想いを抱えるかや。
二人の距離はゆっくりと、しかし確実に近づいていることを、朔姫は静かに感じていた。
――城の廊下の一角、二人きりの静かな時間。
かやは少し勇気を出して、久世に向き直る。
「殿……これからのこと、少し話したいんです」
久世は額の汗を拭きつつ、にこりと笑う。
「おう……これからのこと、か? 何の話だ?」
かやは少し言葉を詰まらせ、目を伏せる。
(……やっぱり鈍感……でも、話さなくちゃ……)
「えっと……その、私たちのことです……殿、私……」
久世は真剣な顔でかやを見つめるが、言葉の意味を理解しきれず、首をかしげる。
「お、おう……かや、何か言ったか?」
かやは小さく息を吐き、もどかしさで胸がいっぱいになる。
(……殿、全然わかってない……!)
その様子を遠くから見ていた朔姫は、微笑みながらも小さく首を振る。
(……まあ、仕方ないわね。あの殿だから……)
――鈍感な久世と、想いを抱えたまま話すかや。
二人の間には甘く焦れったい空気が漂い、時間はゆっくりと、しかし確実に二人を結びつけていく。
――城の廊下の奥、二人を囲むように、朔姫と凛、そして家臣たちが後ろからそっと見守る。
かやは深呼吸をして、久世の目を真っ直ぐに見つめた。
「殿……私……ずっと、殿のことが……好きでした……!」
一瞬、廊下に時間が止まったような空気が漂う。
久世は目を丸くし、額の汗を拭う手が止まる。
「……は? な、何だって?」
かやの頬は真っ赤に染まり、手は少し震えている。
「だから……殿、私と……その……」
言葉は途切れそうになったが、かやは勇気を振り絞る。
「ずっと殿と一緒にいたいんです……!」
久世はまだ状況を完全には理解できず、目をパチパチと瞬きする。
(……え、かやが……? 俺と一緒に……?………なんて?)
胸の奥が少し熱くなり、手元の駒を握る力が強くなる。
朔姫は微笑み、凛は軽く頷く。
家臣たちも、遠目から口元に笑みを浮かべ、そっと二人を見守る。
――鈍感な久世と、全力で想いを伝えるかや。
廊下に漂う甘くて焦れったい空気が、二人の距離を一気に縮めようとしていた。
――かやの告白が終わり、廊下は静寂に包まれる。
久世は言葉が出ず、ただ目をパチパチと瞬きするだけだった。
額の汗を拭う手も止まり、しばし固まる。
やがて、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じる。
顔が火照り、赤く染まっていく。
(……か、かや……!? 俺に……?……なにが?)
かやはその表情を見つめ、心臓が早鐘のように鳴る。
「……殿……?」
声が小さく震える。
久世はまだ言葉を出せず、無言のまま。
しかし、口元に浮かぶ微かな笑みと、赤く染まった頬が、かやの胸を高鳴らせる。
――鈍感な殿も、やっと気づき始めた。
そして、かやの想いが真っ直ぐに胸に届いた瞬間だった。
久世が言う。
「聞こえない…」と、




