生物兵器の使い方
生物兵器の使い方
薙月 桜華
エリックは崖の上に座っていた。そこから見えるのは大きな町とその町を囲むように存在する山。明日、彼のお得意様がこの町に攻撃を仕掛ける。お得意様の目的地は背後の山。この山の麓に貴重な資源が眠っているらしい。
先日お得意様がこの町の人間と資源の採掘について交渉したそうだ。しかし、町の人間はお得意様がいくら良い条件を出しても応じなかったらしい。話では札束が幾つも積まれたそうだ。そこまでして守るべきものなのだろうか。
今回の目的は採掘を拒む町の制圧。資源一つで争っていては資源が勿体無いと思う。
この戦いはエリックにとってひさしぶりの現場視察だ。いくつか新しい商品を投下してから現場には足を運んでいない。苦情が無いのだから大丈夫なのだろうと考えていた。しかし、さすがに今後の商品作りには現状の把握は大切だと考えて今回参加している。
少し離れたところには、明日の主役が大人しく檻の中に入っている。食事時も素直に餌を食べていた。彼らはボタンひとつで凶悪な生物へと変化する。生物というよりも兵器と言った方が良いかもしれない。
「エリック君。ここに居たんだね。」
エリックの背後から声が聞こえてくる。振り返れば、今回の作戦の指揮官が居る。エリックはすぐに立った。
「ネルソンさん。いえ、明日消える町をいまのうちに見ておこうと思いまして。」
エリックは再度町を見る。太陽は地平線に消えそうで、照らされた場所がオレンジ色に光っている。
「君の商品は本当に役に立っているよ。」
ネルソンはエリックの隣に座り、町を見るエリックも再度座った。
「あと数十年早ければ。君の商品を必要としなかったんだけどね。」
ネルソンはエリックを一度見てすぐに前を見た。
「いや、君の商品が悪いわけじゃないんだ。ただ、戦争に必要な物資が十分あればそれだけでこれまでと同様の戦争が出来たというだけの事だよ。」
ネルソンは一度深呼吸をすると続けた。
「ここ四十年近くで資源の減少が始まって。それに伴って戦争における別の攻撃方法を考えなければならなくなった。資源が少なくなればなるほど、戦争は資源の無駄だとか生態系に影響を及ぼすとかいろいろ言われたよ。だから、君たちの商品を使うことにしたんだ。周りを傷つけず目標だけを殺す生物をね。」
そこでネルソンは一人でに笑いだした。突然笑い出す彼は傍から見れば異様だろう。
「そこまでして私達人間は戦争を続けるんだな。だけど、しなければいけない戦いもある。何時か終わりが来るのだろうか。君はどう思う。」
ネルソンはエリックへと尋ねる。エリックは空を見上げ、ネルソンを見た。
「人は戦争が出来る限り争い続けるでしょうね。戦争が終わったときは必要な物が無くなった時かもしれません。」
ネルソンは頷き。立ち上がると町を見た。
「そうだな。その時は、私達すら居なくなっているかもしれないがね。」
ネルソンはエリックに微笑むと来た道を戻ってどこかへ行ってしまった。
太陽は既に沈んでいたがいまだその光は町を照らしている。
夜の町、人気は無くただ月の光が建物や地面を照らしている。その中で一箇所だけ灯りが付いている家がある。家というよりも集会所のようなもう少し大きな場所ののように見える。中からは数人の声が聞こえ、何か相談をしている。人々の声や金属と金属がぶつかりあう音。家の中には少なくとも十数人の人間が居て、全員の中心には町の地図がある。
「テリー。お前らは、ここだ。」
少し白髪のまじった男が身体の大きな男に指示している。彼らの中には若者と言える人間は居ない。みんな誰かをまとめる人間たちだ。一人の例外を除いて。
「ソニア。お前は最終防衛ライン……。」
「ジェフ。私は前に出たいの。後ろで何しろっていうのよ。」
ソニアはジェフの言葉を遮りながら応えた。ジェフはじっと地図を見ている。ジェフを除いた全員がソニアを見た。その中でテリーが地図のある位置を指し示す。
「ソニア。今回はジェフの言う通りこの防衛ライン近くに居るんだ。」
テリーは顔を上げてソニアを見た。
「だから、何でなの。」
ソニアは彼らの言い分を理解出来ていない。
「君はここに居るんだ。ラインを突破した人間が出ないようにね。重要な役目なんだ。頼むよ。」
テリーの目は真っ直ぐソニアを捉えていた。彼の言葉ののち、部屋は静寂で満たされる。
「わかったわ。ちょっと、見張りを見てくる。」
ソニアは静寂を破ると足早に仲間の元を離れた。
ジェフはソニアが離れたことを確認すると、地図の一点を指し示した。
「この崖の上にやつらが居る。攻めてくるのは何時か。明日か、明後日か。どちらにせよ必ずやつらはここを攻撃してくる。」
ジェフが他の男たちを見て言う。
「しかし、あいつらを止められるのか。話だけしか聞いたことのない俺たちに。」
他の男が発言する。男たちはそれぞれ腕を組み考える。
「それを言い出したらきりがないんだ。守るしかないんだよ。この町を、あの娘と共に。」
「その言葉。ソニアが聞いたらどう思うかな。馬鹿呼ばわりされそうだ。」
また他の男が発言する。ソニアがいなくなったことで男だけの集まりになってしまった。
「ソニアは見張り台だよ。聞こえやしない。」
ジェフは窓から月に照らされた空を見上げた。そしてみんなを見て続けた。
「さて、ソニア抜きで再度作戦を練ろうか。」
「彼女は加えなくていいのか。」
ジェフの言葉に誰かが反応する。
「彼女は良いんだ。さっきの彼女を見ただろう。作戦を言ってもたぶん聞かない。それに最悪の場合を考えれば彼女抜きで考えた方が良い。」
ジェフは地図を見てさらに続けた。
「彼女は生きるんだ。多くを間近で見てきたのだから。」
冷たい風が吹く時計塔の屋上にソニアは居た。時計塔は町の中心にあり、そこからは町全体も敵の野営も見える。先程の地図に記されていた最終防衛ラインはこの真下。つまりラインを突破されない限り、ここから相手野営までの範囲が戦場になる。戦場に一般人を置くほど危険な事はない。市民は彼女の背後に広がる残り半分の町に避難している。
「なかなか動かない。こちらが降参するのを待っているのかな。」
望遠鏡を覗き込む少年。この町に住むレオという男の子だ。歳はわからないがソニアより小さいことはわかった。ソニアはレオから望遠鏡を取り上げて敵地を視察した。
「手荒な真似はしたくないんじゃないの。」
敵地を見回したソニアは唇を噛んだ。
「本当、いっぱいしてきた癖にね。」
ソニアは思い出す。自分の村のことを。モンスターたちに殺された家族を。幾つかのシーンののち、母親の顔を思い出してしまった。
「いや、やめて。」
ソニアは頭を抱えうずくまる。大丈夫かと隣のレオが問うが、彼女は大丈夫だと言って再度敵を見た。
「明日来るかどうかね。私、戻るわ。何かあったら必ず合図してね。」
ソニアは望遠鏡をレオに返すと、時計塔を離れた。
ソニアがジェフの所に戻ってみると、すでに解散したあとだった。ソニアは黙って中に入っていく。
「この武器を持っていろ。丸腰で戦闘開始はまずい。」
ジェフが出した武器は狙撃銃と自動小銃の二挺。ソニアは武器に触れる。
「私は狙撃銃なんて……。」
ソニアは狙撃銃を手にとって見つめる。
「勘違いするな。お前は自動小銃。狙撃銃は時計塔に居たレオの分だ。あそこからなら安全に狙える。」
「ちょっと待って。あの子にこんな武器が扱えるの。あんなに小さいのよ。」
「訓練はさせておいた。」
ソニアは何も言えなくなる。いつの間にかレオも戦争の一部だったのだ。いや、すでに見張りをしている時点でこの戦いに関わっているのかもしれない。
「わかったわ。私はもう寝る。」
ソニアは自動小銃と弾倉を取ると、ジェフの元を去った。
ソニアは自分の住処に入り、倒れこむ。そして、そのまま眠りについてしまった。
太陽も見えない朝。ソニアは寒さに起こされた。また眠るのも良くないと思って自分の武器を調べた。この武器も有限。乱暴に扱うとすぐ壊れてしまう。手入れをすると元の形に戻した。金属で出来ているためか金属と金属がぶつかり合う音が響く。
「これで大丈夫ね。」
ソニアは元通りに直すとそばに置いた。変な事はされていないようだ。弾もしっかり入っている。
ソニアは集中して疲れたためか、自分のベッドに横になる。布にくるまるとそのまま眠りについてしまった。
一際大きな鐘の音が聞こえてくる。ソニアがなんだろうと薄目で視界を見たとき、鐘の出所がはっきりとわかった。時計塔である。
ソニアは飛び起きると武器と弾倉を抱えて外に出た。すでに太陽が顔を出し、頂点へ向かって登り始めていた。すぐさま時計塔を登る。
「どうなってるの。」
昨日と同じようにレオはそこに居た。狙撃銃を持って。ソニアは持ちきれない弾倉をそばに放り投げた。
「敵が動き出しましたよ。」
レオは照準眼鏡を覗き込みながら告げる。ソニアも町の端を見た。肉眼でも敵が近づいていることはわかった。真下の町を見れば仲間たちがそれぞれ移動を開始している。
ここからは戦場となりうる町全体が見える。この町はコンクリートの建物ばかり。つまり通りと建物の敷地はしっかり分けられている。故に通りに人が居ることはここからすぐに分かる。ソニアは狙撃については詳しくないが、ここは十分良い場所だと思う。
その時、乾いた破裂音が町に鳴り響く。戦争が始まったのだ。
徐々に遠くからでも戦闘が激しいことがわかった。その中、町の端に何かが見えた。ソニアは目を凝らす。近づいてきたのは、人間では無いもの。彼女の家族と村を潰した生物たちだった。それらは二つの檻から順々に出て来ている。
真横からの破裂音。レオが誰かを狙撃したのだ。ソニアが何も考えずに突ったって居るのは危ない。その場にしゃがみ込む。
ソニアは時計塔から動かない。この真下のラインを守ることを言われている。ラインを越えようとする者が居ればすぐに攻撃を始めるだろう。しかし、それでいいのだろうか。目の前で昨日集まった仲間たちが戦っているのだ。ジェフだってその中に居る。このままここに居るべきなのか。
そこでソニアは首を横に振る。このラインを突破されたら終わりだ。いわばここはお城の門前。門前に誰も居なければそのまま攻め込まれる。しかし、それで良いのだろうか。
「このまま見ていろって言うの。」
ソニアは再度ライン周辺を見る。武装した者は二、三人しか居ない。これで大丈夫なのだろうか。
「よし、また一人。」
隣ではレオがすこしずつ戦績を上げている。ここにレオが居る事は良いとして、ソニアはここに居るべきでは無い。居て何になる。
そこで、ソニアはふと気がつく。先程からあまり前線が下がっていない。町対荒野のような状況であるためか。これならラインを守らずとも前に出た方が良いかもしれない。建物の屋根を伝って移動すれば相手の状況も掴みやすいだろう。そうと決まればすぐに動き出す。
「私、前に出る。」
ソニアはレオにそれだけ言うと足早に時計塔を降りた。時計塔の真下で同じくラインを守る男たちに止められそうになるが振り切った。
「男なら、男だけでなんとかしなさいよ。」
ソニアが居なければ困る状態なんてそれは男の弱さが知れる。彼女は道路を挟んだ建物の屋上に移動する。そこからまた屋根を伝って移動した。徐々に近づく前線。そうだ、彼女は背後で小さくなっているような人間では無い。あの日決めたのだ。この手で家族を殺した者たちを葬ると。
ソニアがさらに近づくと、生物が一体見えた。まるまると太った紫色の鳥。まるでにわとりのように羽をばたつかせながら通りを町の中心に向かって歩いてくる。仲間がその状況をただ何もせずに見ているわけではない。近くに居た二人が紫色の鳥に向かって銃撃する。しかし、眼に見えるほどダメージは与えていない。彼女はさらに近づくとしゃがみこみ、屋上の上から鳥を見た。
その時、紫色の鳥は風船のように膨らんで破裂した。
ソニアは反射的に建物の影に隠れる。すぐに再度鳥を見ると、そこには存在していなかった。ただ、周りに紫色の液体が飛び散っている。
「なんだこりゃ。」
それはすぐに起きた。鳥を殺した二人の様子が変わる。痙攣を起こして、そのまま地面に倒れた。ここから見る限り、肌の色も紫色になっている。この光景、前に見たことがある。
「あそこに一人居るぞ。」
ソニアが周囲を見れば相手方の人間に見つかってしまった。敵は人間も居るのだ。銃撃の中すぐに安全な場所に退避する。いや、すでに安全な場所なんてここには無いのだ。
屋上に続く扉から、現れたのは緑色の猿たち。猿たちはすぐにソニアに向かってくる。こいつが彼女の家族を殺したかは分からない。しかし、同じ所から生まれた生物だ。この世界から退場してもらった方が良い。
彼女は銃を構えると同時にセーフティバーを外して引き金を引いた。自動小銃から吐き出される弾が猿たちに命中していく。あの時とは違うのだ。もう、無防備ではない。
猿たちは体に被弾しながらもこちらに向かってくる。だが、それは所詮無理をして近づいてきたに過ぎない。ソニアに向かってきた猿たちは動かぬナマモノと化した。
ソニアはその光景を確認するとすぐに周囲の敵を探して銃撃を開始した。
戦争というものはこれまで何時も人間対人間が常だった。必ず人間が乗った戦車なり飛行機が相手に襲ってきたのだ。しかし、今この状況はなんだろうか。相手は既に人間では無くなっている。
ソニアの真横を弾が飛んでいく。反撃するも弾倉は空の空しい音。影に隠れると自分の武器に新しい弾倉を装着する。小気味良い音がした。素早く敵に向かって銃を構える。しかし、その時目標の敵はどこかへ消えていた。彼女は唇を噛むと屋根伝いに移動する。今や最終ラインよりも町の端のほうが近くなっていた。ソニアが町の端を見たとき、檻が見えた。彼女は素早く隠れる。人間ではない敵を集めた檻。今も檻の中からなにかが出てきている。あの中に居た生物たちが彼女の村を殺したのだ。
しかし、何故だろう。檻のそばに軍服を来た男が居る。それなのに檻から出てきた生物たちはその男に目もくれず町に入っていく。何故だ。どうやってそれを可能にしている。あの時もそうだ。なぜ檻に入った生物たちが静かだったのか。
「どうし……あれ。」
ソニアは見つけた。軍服を来た男が操作している物を。彼女にはよく分からないが、あれを操作することによって男は生物たちに攻撃をされていないのかもしれない。
だとしたら、男が持つそれを破壊したらどうなるだろう。さて、どうなる。
「破壊してみる価値はありそうね。」
ソニアは考える。果たしてどうする。どうやって破壊するのだ。彼女は首を横に振って今の考えを奥に押し込んだ。今は戦おう。彼女は屋根から降りると地上へ立った。屋根から撃っててもちまちましていて逆に狙われるだけだ。彼女は銃を構えると家々の間にある細い通路を移動していく。ここは彼女の住む町。敵が細い道に隠れていようが関係ない。家々で囲まれた角を曲がったとき、大通り近くに敵が居た。人間だ。こちらには気がついていない。
ソニアは構えると無言で撃った。考える暇もない。撃たれる前に撃つ。弾痕は敵の背中を上り頭に当たる。男はよろめき倒れた。
「危ない。」
その声に反応すると同時に目の前に猿が見えた。先程と同じ猿。しかし、脳が認識した時には血まみれで動かない物になっていた。
「大丈夫か。お前何でここまで来た。」
ジェフだった。彼の口から低い小さな声が聞こえる。
「戻れ。早く。」
ジェフはソニアの体を押す。しかし、彼女は動けない。
「あ、あ、……。」
「戻れってんだよ。」
ソニアはジェフに体を強く押されその場に倒れる。それと同時に彼は銃の引き金を引いた。敵が、居るのだ。
「お前は俺たちの最終防衛ラインだ。忘れたのか。」
ジェフの言葉がソニアの中に響く。彼女は最後のライン。彼女は立ち上がりジェフに告げる。
「檻の近くに居る男。あいつを……。」
ジェフは銃をソニアに向けた。
「そんな事わかってんだ。お前はとっとと戻れ。死にてぇのか。」
ソニアにはもう限界だった。彼女は弾かれるようにその場を離れ、最終ラインに向かって走った。しかし、ここは既に戦場。簡単に戻れるはずもない。敵側の人間も生物も見つけたら撃ち殺した。彼女はこんな事をあっさり言わなければやっていられない状態なのだ。戦争ほど人の命を軽々しく扱うものは無い。
突如、町に甲高い咆哮が響き渡る。ソニアはとっさに耳を抑えた。遅かったのか耳の奥が痛い。彼女は通りを覗き見る。しかし、それらしい敵は居ない。どこから聞こえてきたのだ。再度咆哮が聞こえる。
どこからか聞こえる咆哮。ソニアはそこから逃れるようにさらに最終ラインに戻る。
時計塔を離れた時に居た仲間はどこかへ消えていた。彼女は周囲に敵が居ないことを確認すると時計塔を登る。
「調子はどう。」
狙撃銃を構えるレオに声を掛けると町を見た。その光景に固まる。
「どういうこと。どういう事なの。」
町中に人と人以外の生物が散乱している。沢山の人が死んでいる。そして、まだ敵は送り込まれているのだ。
その時、ソニアの居る時計塔に向かって近づいてくる緑色の猿。いや、白い猿も居る。
「まずいわ。突破される。」
ソニアはすぐに時計塔を降りていく。三階まで降りると猿めがけて銃を撃った。ここまで来たのだ。これ以上こちらに来られては困る。さらに二階、一階と降りて向かってくる猿を撃った。
「こっちに来るな。」
撃った猿が倒れていくなか。後から来た猿たちが動かず静止していることに気がつく。ソニアは銃を構え直す。
「なんで動かないのよ。」
すると、猿たちはしっぽを見せて町の端に向かって走り出した。
「大丈夫ですか。」
レオも来たようだ。二階から狙いを定めている。しかし、対象は遠ざかるばかり。
何が起きたのだ。終わったと言うのだろうか。終わった。終わっ……。ソニアの中に嫌なものが流れた。
「あんたは時計塔から見てて。」
ソニアは走り出す。町の端に向かって。
エリックは町で行われている殺し合いを崖の上から双眼鏡で見ていた。
「そろそろ帰りましょう。長居しすぎました。」
エリックは立ち上がりヘリに向かって歩き出す。今回はただ現場視察をしただけ。この戦争を最後まで見る必要は無い。この結果よりも商品が使われているかどうかのほうが遥かに重要である。一つ残念なことは彼のお気に入りが登場しなかったことだ。登場する必要が無かったということだろうか。
エリックは速やかにヘリに乗った。
「行きましょう。もう用済みです。」
エリックはヘリが上昇する中、町を見た。今もあの町では殺し合いをしている。私の商品対人間の戦い。間近で見たいとは思わない。操作も彼らが行っているのだ。ただ、使われていれば良い。
窓から見えた町は初めて見た時よりも小さく見えた。
ソニアは町の端に向かって走り続けた。徐々に見えてくる人の姿。みんな仲間だ。しかし、みんな両手を挙げている。両手を挙げて……。
ソニアはすぐに建物の影に隠れる。そこから仲間たちを見た。ぞろぞろと町の端に向かって歩いている。その中にジェフとテリーの姿もあった。彼女は傍に行きたい衝動を抑えるとすぐ傍にある民家の中を通って屋根に上った。屋根の上からは遠くまで見えた。仲間が行く先にあるものも。彼らの先には敵の人間たちが居る。その背後には猿たちが入っている檻。先ほど引き返していった猿も中に居るのだろう。
ソニアは屋根伝いにゆっくりと敵に近づいていった。彼女自身、自分ひとりで何かできるとは思っていない。ただ、この戦いが終わるなら最後まで見なければならない。
「君たちで全員かな。」
隊の長らしき男はソニアの仲間たちの前を行ったり来たりしながら言った。その声にソニアはさらに体勢を低くした。彼の背後には数十人の兵士が居て、ソニアの仲間たちに銃口を向けている。背後の時計塔を見ればレオの姿は見えない。彼も隠れたのだろうか。彼女が再び仲間たちを見たとき、その中の一人の首に何か丸いものが付いている事に気が付いた。手榴弾のように見える。その男の横顔がちらと見えた。ジェフだった。近くにはテリーも。いや、それよりも手榴弾の使い道だ。何処に使うのだろうか。
ソニアがジェフたちからさらに奥に視点を移動させると、彼女は攻撃対象がはっきり分かった。その先にあるのは檻とコンピュータを操る男。そうだ、そのコンピュータを壊せば何か変わるかもしれない。それだけではなく、混乱を引き起こせるだろう。だが、危険だ。彼女は手持ちの銃を調べた。弾は残り少ない。予備の弾倉を腰から外して弾が残り少なくなった弾倉を代わりに腰につける。今装着したら音で見付かるだろう。事が起きた途端に装着するしかない。彼女は弾倉を銃に装着する直前の状態まで持っていった。弾倉を押し上げれば簡単に装着する。
ソニアはその状態で再度ジェフたちを見たとき、彼は首にある手榴弾に手を添えていた。それに伴って周りの仲間が少しずつ後退しているのが分かった。
「さて、そろそろお別れしようか。」
敵方の隊長が手を上げるまさにその時、ジェフは首に付けた手榴弾をコンピュータを持つ男目掛けて投げ込んだ。仲間たちはすぐに出来る限り離れて伏せた。ソニアも一緒にその場に伏せる。銃撃が聞こえたが、それを覆い隠すように爆音が響いた。小さいとはいえ爆弾には違いない。
ソニアが再度投げられた方を見ると、檻の傍に何人か血まみれで倒れている。良く見ればコンピュータを持った男も先程の爆弾で仕留めたようだ。仲間たちはというと、生き残った敵兵士たちとまた戦争を始めたようだ。彼女は弾倉をしっかり銃に装着すると身体を起こした。
その時、発砲音が響き渡る中で檻のから咆哮が聞こえてきた。しかし、すぐに発砲音やうめき声にかき消された。ソニアはじっと檻を見る。すると、檻の柵が破壊され、その中から生物たちが現れた。生物たちは近くに居た敵隊長や兵士たちに次々と襲い掛かっている。敵味方が分からなくなったのだ。男の持つコンピュータが破壊されたのだろう。
檻からは猿や鳥が出てきた。最後に出てきたのはまるでワニのような二本足で立つ生物。ワニ人間とでもしようか。低くうなる口には鋭い牙が何十本もある。
ソニアたちが解き放ったのだ。制御の利かない殺し屋たちを。
ワニ人間は近くに居た敵兵士たちに襲いかかる。それから、近くにあるヘリに逃げ込んだ兵士たちを引きずりだしてかぶりついた。
ソニアはその光景から逃れるように屋根伝いに移動をした。
通りでは敵兵士がソニアの仲間を攻撃し、攻撃した敵兵士は仲間であった猿たちに攻撃されている。その猿たちをソニアは屋根の上から狙い撃ちした。今は敵兵士よりも檻から出た猿やさっきのワニ人間たちをどうにかしなければならない。
「仲間に裏切られたのね。かわいそうに。」
猿たちに追い掛け回される敵兵士たち。誰が味方で誰が敵なのか分からなくなりそうだが、ソニアの仲間以外はみんな敵だ。
ソニアは逃げ惑う敵兵士を追い詰める猿を撃ち殺した。地面に下りて追われていた敵兵士に近づく。
「あ、あっ。やめっ、やめて。」
恐れ退こうとする敵兵士の頭を弾が貫通した。仲間の一人が撃ち殺したらしい。
「お前ここで何してる。お前は防衛ラインを守るんだよ。」
敵兵士は目の前で殺された。しかし、そんな情けをかけている暇も無いということだろうか。
ソニアは敵兵士を撃ち殺した男を横切ると時計塔に向かって走った。言われてみればそうだ。猿たちが制御を失った今。ラインを勝手に越えられる可能性は高い。考えながらも近くに居た猿たちに銃撃する。敵の連れてきた生物たちがいくら居るのか想像も付かない。いや、待った。檻は二つあったはず。だとしたら相当な数が放たれたのかもしれない。
ソニアは猿に撃つ中、弾切れになってしまった。すぐに残った弾倉と取り替えようとする。しかし、猿がその間待っているわけでもなく襲い掛かってくる。
「そんなに私が殺したいっていうの。」
ソニアは銃を力いっぱい猿にたたきつけた。一度倒れると追い討ちをかける。弱った猿を踏みつけながら残りの弾を猿に撃ち込んだ。
「あんたはこの世界に居ないほうがいいわ。」
ソニアはそれだけ言うと時計塔へ向かって全力で走った。かっこいいことをしたように見えるが、実は弾を使い切ってしまっている。敵兵士か生物か。どちらにせよ会えば即殺される。彼女は逃れるように暗く細い道を通り抜けて時計塔の前に出た。左右を見てもここまではまだ敵は来て居ないようだ。そのまま時計塔を上っていく。
「レオ。大丈夫なの。」
レオのところまで行くと傍に放っておいた弾倉を腰に付けて銃の弾倉も交換した。
レオは時計塔の上から敵を撃っていた。ソニアは望遠鏡でレオが狙っている敵を見る。その敵とは。
「見えるかな。あの二本足で立っている緑色の奴。なかなか倒れないんだ。あんなのさっきまで見なかったのに。」
確かにレオはあのワニ人間を撃っていた。何度も撃っているものの成果は見られないのだ。そして、ワニ人間は確実に防衛ラインに近づいている。他の位置を見てみると、敵兵士のほとんどがソニアの仲間たちに捕まっている。残りが居たとしてもこの状況では攻撃してこれないだろう。いや、その前に猿やワニ人間に殺されるかもしれない。
その時、絶叫に近い叫び声が聞こえてくる。すぐにその方向を見ればワニ人間。敵兵士を引きちぎり、ソニアの仲間を掴もうとしていた。そこへレオが弾をお見舞いする。これほど強力な敵が何故今まで見なかったのだろうか。いや、敵はこのワニ人間を出すほどの事も無いと考えたのだろう。それが結果としてこんな状況を作り上げてしまった。
「敵がこっちに気が付いたみたいだよ。」
ソニアが再度ワニ人間を見れば攻撃を止めてこちらを見ている。気が付かれた。彼女は望遠鏡をレオの傍に置くと、自分の武器を見た。
「私が殺すわ。レオは他の敵をお願い。」
ソニアは時計塔を駆け下りた。あのワニ人間さえ殺せばこの戦争も終わり同然だろう。だが、殺せずに最終防衛ラインを突破されたらどうなるか分からない。殺さなきゃ駄目なんだ。
ソニアは時計塔を出るとワニ人間が居た通りを目指して走った。
うめき声が聞こえる中で角を曲がると、そこにはワニ人間が居た。ワニ人間は一際大きな咆哮とともに口から何か垂らしている。血と何か透明な液体だ。ワニ人間の足元には血溜り。血の匂いが鼻を刺激する。ワニ人間の足元に倒れている男が私に助けを求める。兵士では無い、彼女の仲間だ。その男をワニ人間は踏み潰した。血溜りに新たな血が加わる。
「ソニア。大丈夫か。」
ワニ人間の背後を見ればテリーがワニ人間目掛けて銃を撃っていた。他にも何人か仲間が居る。ジェフは見えない。ワニ人間はテリーたちに向かっていく。ソニアは銃を構えなおしてワニ人間を銃撃した。通りの前後から放たれた弾がワニ人間の身体にめり込んでいく。ワニ人間は呻きとともに身体を縮めていく。なんだ、これなら勝てそうだ。そんな考えが彼女の中に生まれたとき。事は起こった。
ワニ人間が突然立ち上がりテリーたちに襲い掛かっていったのだ。両腕で仲間たちを遠くに飛ばしていく。あるものは通りの真ん中に、ある者は家の壁にぶつかって動かなくなった。全員飛ばし終わるとソニアに向かって来た。彼女は撃ちながら逃げた。目の前でワニ人間の腕が振り下ろされる。彼女は風圧で体勢を崩す。彼女はワニ人間の追い討ちを側転で避けながら近くの家々の間にある細い道へと入った。ワニ人間も向かってくるが体が大きいために道を通ることができない。彼女は無理に通ろうとするワニ人間に今の弾倉にある弾を撃ちつくして次の弾倉に交換した。さらに撃ち続ける。人の声が聞こえたので、ワニ人間の背後にも人が居るようだ。彼らも銃撃しているのだろう。まともに戦っていたら負ける。しかし、銃だけでは勝てないと思えた。銃弾ではワニ人間にほとんどダメージを与えていないからだ。どうにか勝つ方法を考えるのだ。
ソニアが次の弾倉に交換しようと弾倉を取り出したとき、ワニ人間は背を向けて通りを向いた。その瞬間、ワニ人間と通りの間で爆弾が爆発した。
ソニアは腕で顔をかばう。ワニ人間が間にいるために風が吹いただけだった。
鈍い音とともに地面を揺らす。ワニ人間が倒れたのだ。ソニアはすぐに通りに出る。呻くワニ人間の体から煙が立ち上っていた。
「ソニア。離れろ。」
ソニアが気がついたとき、ワニ人間のカギ爪が彼女の目の前を通り過ぎた。背後から引っ張ったのはジェフだった。生きていたのだ。
「ここからは俺たちの仕事だ。お前は後ろに居ろ。」
ソニアはワニ人間から遠ざけられる。それとともに周りに居た仲間たちがワニ人間に攻撃を始めた。起き上がろうとするワニ人間の体を棒で殴りつける。なんどもなんども。
「こいつを殺すんでしょ。だったら早く殺しなさいよ。棒で殴ったって死なないわ。」
ソニアが近づこうにもジェフが抑えて近づけない。その時、仲間の中から大きな缶を持った男が進み出た。棒でワニ人間を殴っていた男たちは持っている棒を使ってワニ人間を抑えつける。男は缶の蓋を開けて中に入っている液体をワニ人間にぶちまけた。最後に液体を線状に伸ばしてそこに火を放った。
火は液体だけの道を通りワニ人間の体へと到達する。火にくるまれたワニ人間の絶叫が響き渡る。暴れるワニ人間を仲間が棒で抑えようとするが弾き飛ばされた。
仲間たちはみな手持ちの銃で攻撃する。ワニ人間は燃え続けている。生き物の焼ける匂いが周囲に広がった。暴れるワニ人間の腕が建物の壁に当たって亀裂が走る。
周囲に響き渡る咆哮。暴走するワニ人間。しかし、それも長くは続かなかった。燃え続けたままた地面に倒れるワニ人間。
仲間たちは燃え続けるワニ人間をじっと見た。これで、戦争は終わったのだ。
ソニアは時計塔から町を眺めていた。戦争が終わってしばらく経った。あれから敵がこの町に来たことは無い。戦場となった町も修復され、人々にも笑顔が戻った。彼女は一度町を見回すと階下へ降りようとした。その時、耳を覆いたくなるほどの大きな音が聞こえた。すぐ後ろで鐘がなったのだ。すっかり忘れていたが、この時計塔には鐘があった。戦争中は一度しか鳴らさなかったから存在を忘れていたのだ。彼女は耳を塞いでじっと耐えた。鼓膜の奥にある器官まで揺さぶられる。
「気をつけないと衝撃で飛び降りちゃうよ。」
いつの間にか鐘は止んでいた。そこへ階下から頭を出すレオ。彼はソニアの隣に座って町を見た。
「町が戻ったね。まるで、あの戦いが無かったみたいに。」
ソニアも町を見渡す。それでも、この町は戦場になったのだ。今もこの町の至る所に薬莢が落ちている。それはここで起きたことを思い出させてくれるだろう。
戦争が終わった後、殺した敵の生物たちはまとめて焼いて町の近くにある墓地に埋めた。そのままにしておくのもかわいそうだからだ。せめて、安らかに眠って欲しい。
作られ、試され、戦争に使われた生物たち。生物たちはそれを望んでいたのだろうか。