第97話『ラブシャワーは戦場を照らす』
崩れた王城の上から、戦場を見下ろす。
ネミアを抱き寄せながら――いや、必死に捕まりながら。
「ちょっ! ネミア……! いやネミア様! 動かないでぇぇぇ!
落ちるおちちゃうからぁぁぁぁ!!」
そんなシュンよりも、ネミアは目の前の光景に目を奪われていた。
「……何なの、これは……」
それは、エルフも獣人も傷つき、叫びを上げる地獄絵図。
黒い化け物と、それを取り込もうとする――かつての父とクラウスナー。
全ての者が絶望と悲しみに沈み、
その光景そのものが“絶望”の具現のようだった。
ネミアの頬に、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。
父に認められたくて、
その一心で必死に生きてきた。
欲しいものも
やりたいことも
すべて押し殺し――
自分を殺して、生きてきた。
その結末が、こんな────。
「おい! だから! まだ諦めんなって!
だいたいの事はヤバくなったら内なる自分が目覚めて何とかなる……はず……!
例えば! そう! 72時間ぶっ通しで働いてんのに無限に増えるバグ報告とデバッグ依頼!
そして迫りくるスケジュール!! あれの絶望たるや! 思い出しただけでうわぁぁぁぁぁ!!」
「………………」
しばしの沈黙が流れる。
そのあまりに情けない姿に、ネミアは思わず吹き出した。
「ぷふっ……情けなくて、すご〜く! 馬鹿みたいにゃ♪」
シュンも思わず笑う。
「ちなみにこのロマンチックなタイミングで言うのもあれだけど……」
「にゃ?」
「その“にゃ”って……素?」
ネミアの肘鉄が腹にめり込む。
「ぐほぁ!? なんで!? 疑問に思っただけなのに!」
ネミアは頬を赤らめながらそっぽを向く。
「どうでもいいことばっかり気にして……でも、その能天気さ……悪くないにゃ……」
「じゃあまぁ! 何とかしますか! 頼むぞ、ネミア! 俺をあそこまで運んでくれ!」
ネミアは目を丸くしたが、すぐに笑い――
お姫様抱っこ。
「えっ……さすがにこれは恥ずかしいんだけど……!」
そんな声も聞かず、ネミアは飛び降りた。
触手を鮮やかにかわしながら、戦場を駆け抜ける。
『まったく……貴様はどこまでも締まらんな……それで? 策はあるのか?』
頭の中に、魔王の声が響く。
シュンは笑いながら叫んだ。
「というわけで、いい魔法探して、魔王様お願いにゃん♡」
『貴様は……はぁ…………』
『だがまぁ任せておけ! 魔王ゴニョゴニョとして、勝利を約束しようぞ!』
「ん? 今……名前、聞き取れなかったんだけど……」
『そこはいい! 触れるな! それよりも集中しろ! 敵も本気だぞ!』
――そして、最終決戦が始まる。
⸻
お姫様抱っこされながら移動する俺の目に、
皆を触手から庇い戦う白蓮とカナの姿が映る。
「悪いネミア! あそこの二人の所へ!」
二人の元に降り立つなり、カナが握っていたメイスを落とした。
「あ……主様が……また……新たな女性を…………」
カタカタと震えている。
横の白蓮は迫り来る触手を氷壁で防ぎながら叫んだ。
「ちょっとカナはん! 気をしっかり持ちぃ! 主様がモテるんは仕方ないやろ!?
それにカナはんが正妻なんは変わらへん!」
カナの魂は抜けたままだった。
そこへ――。
「主様なのだーーーっ♪」
どんっと音を立てて、クーが俺に抱きついてきた。
「うお!? クー!? お前、結構遠くで戦ってなかったか!?」
「分身が頑張ってるのだ! こんなウネウネ、楽しょーなのだぁ〜♪」
「楽勝って……!」
するとクーは横のネミアを見て首をかしげる。
「誰なのだぁ?」
呆気に取られるネミアの代わりに答える。
「あぁ……彼女はネミア。色々あって、偽装の夫婦を演じてたんだよ」
カナの魂が戻った。
「……まぁ、深くは追及致しませんが……なら、もう偽装の必要もないんですよね?」
(なんでちょっとキレ気味なんだ……?)
「あぁ、ネミアは半ば強制で俺と偽装結婚しようとしてただけだから。なぁ?」
ネミアは少し間を置いてから、カナと白蓮を見て――。
「偽装は終わったにゃん……だから……」
俺の腕にギュッと抱きつき、にっこり笑う。
「遠慮はしないにゃん♡」
明らかに、カナと白蓮の何かがブチッと音を立てた気がした。
慌てる俺の脳内に、魔王の声が響く。
『小僧……そこの者達、そしてこの戦場には数名、飛び抜けた存在感を放つ者がいるな……。作戦を伝える! 言葉に出して復唱しろ』
「聞いてくれ、作戦があるんだ!」
カナと白蓮、クー、ネミアが一斉に耳を傾ける。
『今から作戦を伝える。敵はあの黒い化け物を取り込もうとしている。』
「今から作戦を伝える、敵はあの黒い化け物を取り込もうとしている!」
『あれが完全に融合すれば、私にもどうなるのか検討もつかん。』
「あれが完全に融合すれば、私にもどうなるのか検討もつかん!」
『だから融合が終わる前に、奴の本体を叩く。』
「だから融合が終わる前に、奴の本体を叩く!」
『皆には周辺の者達の避難をしてもらいたい。
奴が弱まれば、必ず見境なく取り込もうとする。』
「皆には周辺の者達の避難をしてもらいたい!
奴が弱まれば、必ず見境なく取り込もうとする!」
カナが眉をひそめる。
「ですが……それでは融合を防ぐ間に本体を叩く事など……」
戦場は地そのものが蠢くような触手の海。
それを全て焼き払うなど不可能に近い。
『奴の触手は必ず本体に繋がっている。言わば“根”だ。』
「奴の触手は必ず本体に繋がっている、言わば根だ!」
『そこでだ。』
「そこでだ。」
『敢えて――奴にシュンが吸収される。』
「敢えて――奴にシュンが吸収される………………えっ!?」
(ちょいちょいちょい!? 今サラッととんでもねぇ事言ったぞ!?)
カナが覚悟を決めた表情をする。
「わかりました……主様がそうおっしゃるのであれば、それが最善なのでしょう。
急ぎ避難を始めます、クー! 白蓮!」
クーが元気に手をあげる。
「わかったのだ〜! 逃げるの手伝ってってみんなに伝えるのだ!」
「うちが道を作ります。ネミアさん、手ェかしてや!」
「わかったにゃ!」
皆がそれぞれ動き出した。
「えっ!? ちょっ!? 吸収されるとか聞いてねぇよ!?」
『覚悟を決めろ小僧! あれほどの啖呵を切っておいて、よもや皆を見捨てるとは言うまいな?』
「あーーーーーー! もう! やってやるわ! 仕方ねぇ! 何でもこいやバカやろぉぉぉ!」
直後、体がふわっと浮き上がる。
『いいか? これより融合の遅延と退避の援護を同時に行う!
魔力の消費がとてつもないだろう……気合いを入れよ!』
「上等だ! 行くぞぉぉぉ!!」
俺は飛び上がり、両手を広げる。
そして魔王に伝えられた“大賢者の魔法名”を叫んだ。
「ラブシャワーーー! サウザウントアロー!!」
直後――
戦場の空から、光の矢の雨が降り注いだ。
────────────
クーは分身を次々と生み出し、戦場の各所へと駆けていく。
「よーし! 強そうなやつ見つけるのだー!」
まず目に入ったのは、棒をぶんぶん振り回している豚の獣人。
「そこのブタさん! 逃げるのだ! ぐわーってなる前に!」
次に、狼の触手をズバズバ斬りながら奮戦する戦士のもとへ。
「ドーンでばーたがら逃げるのだ!」
そして、ボロボロのドレスをまとった美しいエルフの前で立ち止まる。
「パーっとあっちなのだー! こっちは危ないのだー!」
混沌の戦場を軽やかに駆け抜け、最後にクーが辿り着いたのは――
エルダンとリゼ、フィナの三人の前だった。
「逃げるのだ! 邪魔になるのだ!」
言い放つと、そのまま音もなく消える。
残された三人はぽかんと立ち尽くした。
「な……なんだったの……今の……?」
リゼが呆然と呟く。
だがエルダンはすぐに我に返り、声を張り上げる。
「全軍、退避せよ!! まだ生きている者は周囲を援護しろ! 急げ!」
その頃、戦場の至る所で――。
鎖を振るうカナが、迫り来る触手を叩き砕き、
白蓮が氷壁を連続展開して避難路を作り、
リリィが舞うようにナイフを放って逃げ遅れた者を庇っていた。
それぞれが“退避路”を切り開く。
地獄と化した大地の上に、わずかな“生”の通路が現れていく。
エルダンは孫娘たちの手を強く握りしめた。
「行くぞ……!」
その背後で、眩い光の矢が触手を貫いていく。
思わず立ち止まり、振り返る。
そこには――天にぎこちなく浮かび、
必死に手をぶんぶん振りながら、
まるで精霊光の群れと戯れているかのような少年の姿があった。
少年が手をぶんと振るたび、
数え切れぬほどの光が触手を貫いていく。
エルダンの脳裏に、遠い記憶が蘇る。
──────
「なぁ……大賢者。お前、本当にハーレムなんて作れると思ってんのか?
この間だってミラに声かけて引っ叩かれてたろ? 森中で噂になってるぞ?」
「ん〜、あれは中々いいビンタだった……。
エルフからのビンタならあと四回は貰わないと!」
「はぁ〜……外の世界で“厄災”と恐れられるお前が、まさかこんな馬鹿な奴だったとはな」
「馬鹿って何だよ!? 夢に対して真剣って言って欲しいな!
それに──」
「それに?」
「エルフはファンタジーの花形だろ?」
「はぁ? 何だよファンタジーって……」
「ん? あぁ……わからないか……ファンタジーってのは、こういうやつだよ」
大賢者は手を広げ、無数の光の玉が周囲に集まっていく。
その光の美しさに、エルダンは息を呑んだ。
「精霊には好かれるんだけどなぁ〜」
「お前それ……それをやりながら口説けばいけるんじゃ……」
大賢者は驚愕の表情のあと、立ち上がる。
「それだ! 直ぐにリトライだ! 今日こそはエルフを五人は口説いて──!」
「懲りてねぇな……」
──────
エルダンは空を見上げ、静かに呟いた。
「大賢者……お前って奴は……本当に……」
戦場を、少年の放つ光が照らしていた。
まるで、かつての“あの愚か者”が再び世界を笑わせているかのように。




