第96話『邪神を喰うもの』
「あちょー! ぺい! ぺい! ぺい!!」
『……そのダサい掛け声、どうにかならんのか?』
頭の中に響く魔王の呆れ声を無視し、シュンは拳を突き出した。
その拳からは、光・炎・氷・風――もはや理屈を無視した魔法が連射される。
本人ですら、何が出るのか把握していない。
それでも今、確かに感じていた。
転生して初めて、“魔法で戦っている”という実感を。
「ちょぇぇぇぇぇ!! なんとかパトローナーム!!」
(※特に意味は無い)
放たれる魔法は、全てが高威力・高精度。
一撃ごとに空気が爆ぜ、床が抉れ、壁が歪む。
だが――それを正面から受け止め、いなし、切り返す影があった。
クラウスナー。
彼は薄く笑い、メスを指先で回転させる。
レオノールはその光景に息を呑む。
「なんなんだ……これは……人が成せる業なのか……?」
異常だった。
詠唱なし、構築なし。
複数の付与魔法を瞬時に組み合わせ、
攻撃・防御・誘爆・分裂――全てを同時に成立させる。
しかも、無造作に撃っているように見えるそれが、
まるで“未来を読んだような”精密さでクラウスナーを追い詰めていく。
だが、レオノールが戦慄したのはシュンではなかった。
クラウスナーの方だ。
その全ての魔法を「見て」「受け」「回避し」「反撃しようとしている」。
理不尽な暴風の中で、なお笑っている――。
「ハハハハハ!! 面白い!! 実に面白い!!」
クラウスナーの声が、地下に響き渡る。
「惜しい……惜しすぎる! 器だけではない、中身まで完璧とは!
もし器が不要であれば――貴様は我が同胞の頂点に立てたというのに!
素晴らしい! 素晴らしいぞぉぉぉ!!」
彼はわざと軽い魔法を受け、即座にメスで傷を治癒する。
一方、受ければ命を落とす魔法だけは、紙一重でかわしていく。
まさに狂気と理性の同居。
“戦闘”ではなく、“実験”だった。
レオノールは本能で後ずさった。
――ここにいたら、殺される。
それを理屈抜きで理解した。
「ちょぉぉぉい! ちゅうれんぽーとー!!」
若干テンションが下がりつつも、シュンは魔法を連打する。
中二病と戦闘狂の壮絶な死闘が展開されていた。
ネミアは、ただその姿を見ていた。
「どうして……? どうしてまだ立ち向かえるの……?」
(報われるかもわからないのに……また死ぬかもしれないのに……)
シュンは拳を突き出し、叫ぶ。
「勝てるかなんて知らねぇ! でも、やられてたまるか!!
俺には――まだ、やりたいことがあるんだよぉぉぉ!!」
『ほう? やりたいこと、だと? 聞かせてみろ。』
「………………」
『黙るなよ。まさか……お前……』
「うっせぇ!! 俺は静かに暮らしたいだけなんだよぉぉぉぉ!!!」
『な、なんだその低俗な願いは……!?
いや、大賢者よりはマシか……いや、待て、あいつの方がまだマシなのか!?』
「知るか!! 比べんな!!」
その瞬間――クラウスナーの動きが変わった。
愉悦の笑みが消え、目が冷たく光る。
「……魔力切れを待ったが、底が見えん。
危険だな。本来はこの方法を使いたくなかったが……仕方あるまい。」
「ッ!? やばい予感しかしねぇ!」
シュンが身構えたその刹那、クラウスナーは背を向け――走った。
狙いはシュンではなく、レオノール。
「クラウスナー様!? な、何を――!?」
返事はなかった。
代わりに響いたのは、肉を裂く音。
レオノールの腹が切り裂かれ、身体が泡立ち、溶け始める。
「危ない!!」
シュンはネミアを抱き寄せ、床を転がった。
クラウスナーは笑う。
「中身はゴミだが器としてはまぁまぁだ……」
そして、自分の胸にもメスを突き立てた。
レオノールの崩壊する肉塊へ手を伸ばし――
二つの体が、混ざり合った。
肉が溶け、骨が絡み、臓腑が再構成される。
水音のような粘ついた音が響き、皮膚の内側から光が漏れる。
泡立ち、膨張し、弾ける。
天井が震え、壁が砕けた。
ネミアが悲鳴を上げる。
「なに……これ……!」
シュンは歯を食いしばり、呟く。
「くそっ……やばい方向に進化すんなよ……!?」
次の瞬間、触手が地面を突き破り、全てを押し潰した。
爆ぜる血飛沫、砕ける岩、響く断末魔。
──地下室を蠢く肉が飲み込んだ。
◆ ◆ ◆
時は、カナがウルザールにシュンの居場所を尋ねる――少し前のこと。
エルフの本陣。
戦場の喧噪はまだ遠くで続いていたが、その中心でエルダンは呆然と立ち尽くしていた。
異形を蹴散らし、戦場を覆す“少女たち”――。
その力はもはや人の域を越えていた。
氷が大地を包み、雷が空を裂き、鎖が光を放ち、無数の刃が舞う。
絶望しかなかった戦場が、今や希望に満ちている。
(何者だ……彼女たちは……)
胸に渦巻くのは、畏怖でも恐怖でもなかった。
――安堵。
己の過ちがもたらした惨劇が、ようやく止まったという安堵だった。
「……これで……救われるのか……」
絞り出すように呟き、涙を堪えて部下に指示を出そうとしたその時。
耳に届いたのは――懐かしい声。
「おじいちゃんなのー!」
「戦争なんて、何やってんの!? このバカー!」
二人の少女が駆け寄り、エルダンの胸に飛び込んできた。
リゼとフィナ――彼の愛する孫たちだった。
「お、お前たち……! なぜここに!?
シルヴィニアに、拘束されたのでは……!」
フィナはぷくっと頬を膨らませる。
「拘束されてないのー! ちょっと怖かったけど……!」
リゼはツンと顔をそむけながら、腕を組む。
「このバカー! この人たちがシルヴィニアの人達よ!?
もし戦争なんかしたら国がなくなるんだから!
頑張って止めに来たのに、まさかラグナドに戦争仕掛けるなんて! ほんっとバカ!!」
ぽかぽかと叩かれ、エルダンはついに堪えきれず涙をこぼした。
戦火を越えて、孫たちが無事にここにいる――それだけで胸がいっぱいになる。
そこへ、ミュゼリアが駆け寄った。
「あなたたちは……ギルの率いる兵士? それとも……」
双子は首を横に振った。
「違います、女王様。あの方たちは……民です。
そして、ご無事で何より。ずっと心配していました」
そう言って、リゼがミュゼリアに抱きつく。
フィナもその腕に加わりながら、嬉しそうに語った。
「あの国の人たちは全員、すっごく強いの!
あの氷を出してるのが白蓮さん、
ナイフを操ってるのがリリィさん、
鎖で指示してるのがカナさん、
そして見えない速さで動いてるのがクーさん!」
フィナの目はキラキラと輝いていた。
「でもね、みんな言ってたの。
“主様がいちばん強い”って!」
ミュゼリアの表情が変わる。
(主様……シルヴィニアの王……)
視線が自然と、遠くのラグナド城へと向かう。
その瞬間、点が繋がった。
ラグナド王ウルザールを倒したとされるレオニール、
そして彼を操る謎の男。
――どちらも、戦場には姿を見せていない。
(まさか……あの城の中で……戦っている……!?)
ミュゼリアの胸に嫌な予感が走る。
それは、やがて“形”を持って現れた。
――地鳴り。
「な、なんだ!?」
ざわめく兵たち。
その中心で、クラウスナー派の重鎮たちが顔を見合わせていた。
「このままでは……我らの罪が露見する……!」
「クラウスナーが討たれれば、全てが明るみに……!」
「どうする!? どうすれば……!」
彼らの視線が、一つのものに吸い寄せられた。
エルフの王座から持ち出された――漆黒の結晶。
大賢者が遺した禁忌の遺物、魔水晶。
「……これしかない……これで、全てを消し去るのだ!」
男が叫び、仲間の制止を振り切って結晶に手を伸ばす。
瞬間――。
黒い水晶が砕け、
爆ぜるように“魔”が吹き出した。
風が唸り、地が軋む。
視界が一瞬、暗転したかのように世界が黒に染まる。
ミュゼリアが顔を上げ、叫ぶ。
「――あれは!? なぜ、そんなものがここにあるのです!」
エルダンは愕然とし、言葉を詰まらせた。
「こ、これ以上負けられぬと思い……王座にあった秘宝を……!」
ミュゼリアは震える声で言い放つ。
「秘宝……? 違います! あれは封印です!
大賢者様が、我らエルフに“預けた”封印の石なのです!
森に結界が張られていた理由も、あれを守るため……!」
「そ、そんな……!」
エルダンが絶句する。
だが、その言葉をかき消すように、
黒い門が――開いた。
地面が裂け、空気が歪む。
門の内側には、蠢く黒。
巨大な“何か”が、這い出ようとしていた。
ミュゼリアは叫ぶ。
「下がりなさい!! あれは封印された……“外のもの”です!!」
黒い存在が、門に引き戻されるようにもがく。
だが、その抵抗の中で放たれた一筋の光――いや、魔法。
それが――遠く離れたラグナド城の一角を吹き飛ばした。
轟音が鳴り、戦場全体が振動する。
誰もが言葉を失い、その光景を見つめた。
だが恐怖は、まだ終わらなかった。
城の方角――。
吹き飛んだ瓦礫の隙間から、黒い“何か”が蠢く。
無数の触手。
それらが、まるで呼応するように黒い化け物の方へと伸びていく。
途中にいる遺体や異形、さらには“強き者”たちすらも飲み込みながら。
「なんなのよ、これぇっ!?」
リリィが悲鳴を上げる。
「次から次へと、マジでやってらんないんだけど!」
クーが尻尾を逆立てる。
「ウネウネいっぱいなのだー! これ食べちゃだめなのだー!?」
ギルは歯を食いしばる。
「……数が多すぎる……! 防ぎきれん!」
一方、カナと白蓮は後衛に回り、
ミュゼリアとウルザールを庇いながら触手を弾き飛ばす。
白蓮が氷の壁を張りながら息を吐く。
「何が起こっとるんや……!? こないな魔力、見たことあらへん!」
カナは淡々と呟く。
「どいつもこいつも……邪魔です」
その瞬間――。
黒い触手が化け物の体に絡みつき、
融合を始めた。




