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第9話『禁忌の森と二つの野望』

拠点に戻った俺を、耳と尻尾を全力で立てたクーが飛びつく勢いで迎えた。

目はキラッキラ。

……あ、これ絶対“戦果報告モード”だ。


 


「ごしゅじんっ! たいわ、ばっちりだったのだ!」


 


「……たいわ?」


 


「そう! えっとね、ガッてして、ドーンってして、バタバタって……そしたら、あっちが“うわー!”って!」


 


「……何言ってんのか全然分からん」


 


横で腕を組んでいたカナが、冷ややかな目を向ける。


 


「やはりアホ犬です」


 


「アホじゃないもん!」


 


クーが耳をピンと立て、尻尾をブンッと振る。

……顔は本気だ。多分、本人は自分の説明が完璧だと思っている。


 


「じゃあ具体的にどうなった?」


 


「えっとね……先に“こんにちは”って言ったのだ。

そしたら、おじいちゃん(※隊長)が“おお”ってして、クーがガッて行ったら――」


 


「待て。その時点で“たいわ”終わってるよな?」


 


「ちがうもん! 最後に“たいわできた!”って言ったから、成功なのだ!」


 


カナが鼻で笑う。


 


「やはりアホ犬」


 


「アホじゃないもん!!」


 


俺は頭を抱えた。

……いや、ちょっと待て。


 


「クーと殴り合える人物って何もんだよ……?

絶対、手を出しちゃダメなタイプだろ……?」


 


冷静に整理しよう。

村を襲った十人の兵士、俺が魔法で半壊させたあの集団だ。

あれ、多分カナがやり合ってもカナが圧勝するレベル。


 


つまり――クーと“たいわ”、もとい殴り合える時点で……。


 


「……結構、まずいのでは……?

ちくしょおおおお! カナを置いていくべきだったぁぁぁぁ!」


 


俺が頭を抱えて叫ぶと、カナがクーに向かって噛みつく。


 


「このアホ犬! 主様が嘆いておられる! 何故その者を生かして返したのです!?

一人残らず皆殺しにするべきです!!」


 


「いや!? コイツも大概ダメだったぁぁぁぁぁぁぁ!」


 


俺の悩みの種が、また一つ増えた。

どうやら、この二人……頭のネジが数本足りないらしい。




────────────


──────


俺が頭を抱えている一方で──

その“たいわ”を受けた本人は、はるか遠くの山国で報告を行っていた。


 


「……以上が報告となります」


 


深い皺を刻んだ顔を上げるガリウス隊長の目は険しい。

鎧越しでも、まだ肋骨の鈍い痛みが残っているのが分かる。


 


会議室に並んだ各大臣も、互いに顔を見合わせながら眉をひそめた。


 


炭鉱大臣(鉱山・資源管理担当)が机を叩く。

「何故こうも問題事が増える……?

魔王が討伐され、各国の均衡がようやく整い始めたというのに……。

いや、均衡が拮抗しているからこそ、新国家が乱立を始めていると言った方が正しいか」


 


交易大臣(流通・経済担当)が口を挟む。

「今回の国境付近で観測された強大な魔力反応……。

そして最近、我が国の近くに出来た新国家《セザール国》。

……両者の関係は?」


 


軍務大臣(防衛・軍事担当)が渋い声で応じる。

「“ない”とは言い切れぬ。

それに……エルフ王国で政権から外されていた“問題児”が復帰したとも聞く。

世界の動きが急すぎる……一体、何が起こっているのだ……」


 


さらに別の大臣が議題を重ねる。

「そして……今まで決して破られなかった“禁忌の森”の不侵条約も破られた。

しかも相手は、我が国の英雄たるガリウス隊長と互角以上に渡り合った化け物……。

好戦的で、正体不明……最悪の部類だ」


 


会議の空気が重く沈みかけたところで、国王が手を上げた。

白髭を撫でながら、穏やかな口調で諭す。


 


「……まあ、皆の者、落ち着け。

我が国の最大の強みは、この堅牢な守り。

外敵がいくら暴れようとも、お互いに疲弊するのをじっと待てば、やがて好機も訪れよう」


 


しかし、ガリウスは一歩前に出て頭を垂れた。


 


「恐れながら……ご進言がございます」


 


国王が興味深げに目を細める。

「ほう……名案でもあるのか、英雄ガリウス。

そなたに異を唱える者は、この場にはおらぬ。申してみよ」


 


「はっ。

恐れながら……現在、各国のパワーバランスは良くも悪くも拮抗しております。

だからこそ――どこかの国と和平と同盟を結ぶべきかと」


 


軍務大臣が即座に反論する。

「だが……どこの国も同盟を結べるとは思えん。

歴史の亀裂は、それほど容易に解けぬ」


 


ガリウスは首を横に振った。

「はっ。ですので……新国家のいずれかと組むべきかと考えます。

彼らは我々の力と資源を必要とし、我々は彼らの兵力を得られる。

複数の脅威が迫る今――現状、最も有力な案かと」



国王はしばし黙し、やがて短く頷いた。

「……検討に値する。続きは追って議する」


 


重い扉が閉じる音が響く。

その外では、すでに別の国の使者が到着していた。

世界は動き続けている──ゆっくりと、しかし確実に。



──────



──────

新国家

セザール国


政務室の扉が重く閉ざされる。

外の喧噪は消え、部屋を満たすのは紙と蝋の匂い。

長卓の中央には、鉄峰連邦と周辺国を描いた大地図。

黒い駒が山岳地帯に、赤い駒がその外周を囲むように置かれていた。


「――人間国家と連邦の緊張は高まり、開戦は時間の問題です」

報告する参謀の声は、低く硬い。


「ミノタウロスの長も連邦の打倒を口にしました。条件が揃えば、共に動けます」


卓の端に座る党首が、駒に触れた。

骨ばった指が黒い駒の表面をゆっくりと撫でる。

その眼差しは、議場で鍔迫り合いをしていた政治家のそれではなく、

幾度も死地を渡った兵のそれだった。


「……政治は、時間をかけて相手を殺す」

かすかな笑みが浮かぶ。

「戦場は簡単だ。勝てば、すべて黙る」


参謀は言葉を飲み込む。

野党議員から傭兵へ、そして建国――党首の過去が、その短い一言に凝縮されていた。


「問題は、奴らの壁をどう砕くかだ」


党首は赤い駒を一つ摘み上げ、地図上の緑に囲まれた領域へ置いた。

「禁忌の森。人間もドワーフも避ける土地……つまり、誰の物でもない」


「古い迷信があると聞きますが――」


「迷信だ」

一拍置き、視線だけで言葉を切り捨てる。

「辺境の中心だ。ここを押さえれば、戦況も物資も我らの手中に入る。

ミノタウロスに与えれば、奴らは長く戦える」


黒い駒――鉄峰連邦の象徴――を指で倒す。

駒が木の卓を打つ音が、室内に乾いた響きを残す。


「ガリウスの首を晒せば、岩穴ヒゲ共は武器を置く」


誰も反論しなかった。

窓から差し込む光が傾き、駒の影が地図を覆う。

背後の扉が再び開き、宴の準備を告げる足音だけが響いた。



─────




夜。

松明の炎が、帳の下りた中立地の館を赤く染める。

壁には戦利品の武具や、獣の頭蓋が飾られていた。

酒と焼き肉の匂いが混ざり合い、厚い空気が肺に絡みつく。


長卓の上座に座るのは、巨体のミノタウロス。

黒鉄の首輪のような装飾を付け、二本の角には戦の傷跡が残っている。

その両目は闇の中でも光を宿し、正面の党首を値踏みしていた。


「岩穴ヒゲ共を潰すつもりは、本気か?」

低く唸るような声が、卓を震わせる。


党首は杯を手に、平然と答える。

「俺は戦場を渡り歩いて国を作った。

生き残るためなら、手段は選ばない」


ミノタウロスの口元が歪む。

笑いとも嗤いともつかない音を漏らし、杯を一息で空けた。


「良い。だが資源はどうする?」


党首は手元の地図を指でなぞり、森の位置を叩く。

「禁忌の森だ。人間もドワーフも取らなかった土地――だが、それは臆病の証だ」


「臆病、か」

長の尾がゆらりと動く。

「森を取れば、戦況も資源もこちらに傾く……そう言うのだな」


「その通りだ」党首は杯を置く。

「人間国家と連邦がぶつかった瞬間、奴らの背を突く。

お前たちの角で城壁を砕き、俺が英雄ガリウスの首を取る」


長はしばし沈黙し、やがて立ち上がった。

巨大な影が壁を覆い、角の影が炎の揺れで獣のように歪む。


「面白い」

その一言と共に、厚い掌が党首の手を掴む。

握手というより、戦場で獲物を確かめるような力だ。


「戦が始まれば、血の匂いが満ちるだろう」

長の声は低く、そして愉しげだった。


二人の間に交わされたのは杯と契約――

それは同盟という名の、互いの首を狙う者同士の一時的な握手だった。



第9話・完。

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