第86話『誰も知らぬ戦火の幕開け』
シルヴァニア王国――
執務室の一角。
そこにはクー、カナ、白蓮、そしてブー垂れるリリィの姿があった。
カナが口火を切る。
「で? リリィさん。上手くいったんですか?」
リリィはプイッとそっぽを向いたまま、机をドンッ!
「悪っ!! 悪よあれはッ!! ゴスロリを“葉っぱ”って言われたのよ!? 葉っぱってぇぇぇ! ムキーーー!!」
白蓮は笑いを堪えながら、扇子で口元を隠す。
「まぁ……あながち間違っとらんやろ? 葉っぱっぽいフリルやったし。お猿さんの葉っぱスカート♡」
リリィのこめかみがピクッと跳ねた。
「言ったわね……!? うちの服が……猿スカートだとぉ!?!?」
ナイフが空気を震わせる寸前――
「やめるのだぁー!」
バシィッ!!
背後からクーのチョップが炸裂。
「痛っ!? 何すんのよ、このモフ頭っ!」
クーは腕を組んでドヤ顔。
「だーめなのだぁ〜! 対話だいじなのだぁ〜! 白蓮も馬鹿にしちゃだめなのだぁ〜!」
(※今日のクーが一番まともに見える日である)
カナは目を閉じ、静かに考え込んでいたが――
「やはり……あの二人、主様とは無関係のように思えますね……。
正直、あんな雑魚に構っている暇など……!」
彼女の目が光る。
「今頃……主様が何処かで! 生き倒れていたり! お腹を空かせていたり!
あぁぁぁ主様!! どうかご無事で──カナが今すぐ!! 今すぐ主様の───!」
(※暴走開始。以降、環境音扱い)
三人は完全にスルーしたまま、話を続ける。
白蓮が軽くため息をつき、リリィに視線を向ける。
「ほんで? あんた、なんか有益な情報は得られたん?」
むぅっと頬を膨らませるリリィ。
その後ろでクーがまたチョップの構えを取ったため、しぶしぶ口を開く。
「……あったわよ!」
「エルフの姉がリゼ、妹がフィナ。
見た感じ、森を出てきたばっかりっぽいわね。」
白蓮は扇子を開き、ゆるく首を傾げる。
「ほぉーん。ほんで? 何が目的やと思う?」
リリィは椅子の背にもたれ、脚を組んだ。
「この辺りの国はギルドマスターとして大体把握してるけど……
エルフが出歩くなんて、まずありえないわ。
あいつら、森の結界の中から一歩も出ないのが常識よ?」
白蓮は顎に手を当てて考える。
「うちらみたいに……魔族領に閉じ込められとったんとちゃう?」
「違うわよ。エルフは“自分から”閉じこもってるの。
森の結界で他種族を遮断して、完全中立を守ってきた国家よ。
そのエルフが自らシルヴァニアに来た……
よっぽどの非常事態ね。」
白蓮はニッと笑い、扇子をパチンと畳む。
「ほんなら決まりや。うちとクーちゃんで行くわ。
見とき? これが大人の外交っちゅーやつや♡」
「たいわなのだぁ!」
勢いよく立ち上がった二人は、揃ってエルフ姉妹の部屋へ向かっていく。
背後では――
「──あーーーー主様ぁぁ!! 一番の忠臣であり未来の花嫁であるカナが、いま行きま───っ!!」
と、カナの妄想が絶賛炸裂中。
リリィはそれを華麗にスルーしながら、二人の背を見送った。
「ま、放っておいても何か起こすでしょうしね……」
そう呟くと、彼女も椅子から立ち上がる。
「私もギルドマスターとして動かないと。情報はあるに越した事はないもの」
腰のナイフを確認し、スカートを翻す。
向かう先は、ギルド本部。
部屋には――まだカナの叫び声だけが残っていた。
「主様〜〜! 夢の新婚生活が〜〜!! あっ! お弁当は愛妻仕様で──!!」
……リリィのいない静寂の部屋に、妄想だけがこだまするのだった。
◆ ◆ ◆
リゼは、エルフ族に伝わる“大賢者のマナーガイド”が
この国ではまったく意味を成さなかったことに、絶望していた。
「ど、どうすればいいのよ……! “まずは相手を褒めるべし”も、“格上と決めつけるな”も通じないなんて……!」
フィナが必死に励ます。
「お姉ちゃん! 元気出すの! 頑張るの!」
「フィナ……そうね! 落ち込んでなんていられないわ!
あの――話が通じそうだったリリィって人に、もう一度──!」
立ち上がったリゼに、フィナがパッと声を上げる。
「あっ! リリィって、あの途中で会った人間が言ってたの!」
リゼは思い出しながら眉を寄せる。
「そういえば……ハンカチを貸した人間が……“リリィと白蓮に相談すればいい”って言ってたわね……」
その瞬間、ガチャリ。
扉が開いた。
そこに立っていたのは――
あのとき見た、美しい妖狐。そして……
「たいわだいじなのだぁ!」
「「ヒッ!!??」」
二人は同時に飛び上がった。
音もなく背後に立っていた、あの獣人。
トラウマレベルで怖い。
ガタガタガタガタ……
リゼとフィナはテーブルの端にぴったりくっついて震える。
だが、白蓮はそれを気にも留めず、扇子を開いた。
「ほぉ〜ん。ちょっと聞こえてもうたんやけどな?
“うちとリリィに相談しろ”言うた人、誰なんやろねぇ?」
リゼは震えながらも答えようとする。
「あなたが……白蓮……さん……?」
フィナは勇気を出して前に出る。
「あ、あのっ! 私たちは“大賢者様”を探してて────」
その瞬間――
凍てつく風が吹き抜けた。
白蓮の瞳が、笑っていない。
「……もう一度聞くで?
“誰が”うちとリリィに相談しろ言うたんや?」
「「ヒィィィィ!!!」」
リゼは慌てて叫ぶ。
「な、名前は……わからないですけど……その、冴えない男の人間で……!」
フィナがすぐに補足した。
「えっとねっ、背はこんぐらいで、顔はいつも“あーやる気ないなー”って感じの顔してる人間だったの!!」
その瞬間――白蓮の耳がピクリと動いた。
「……その特徴……まさか……」
扇子が静かに閉じられる。
白蓮の目が、ハッと見開かれた。
「シュン様や!!」
叫んだ瞬間、――ドガァァァァン!!
扉が吹き飛んだ。
風圧で机が軋む。
部屋の温度が、一瞬で十度下がる。
「……あるじさまぁ…………」
そこに立っていたのは――
黒い霧をまとい、狂気じみた魔力を放つ少女。
目には涙。
頬には微笑。
そして、背後には――鎖の幻影。
「主様は……主様は何処にぃ……?」
「ひ……ひぃぃぃぃぃぃぃ!?!?!?!?」
リゼとフィナは一瞬で床にひれ伏した。
白蓮が思わず扇子を閉じながら後退る。
「……これで、シュン様に近づいたなぁ?」
白蓮が妖艶に微笑む。
クーは尻尾をぶんぶん振りながら、「たいわ成功なのだぁ〜♪」とご満悦。
その背後で、鎖をカラカラ鳴らしながらカナが静かに笑う。
リゼとフィナは――完全に包囲されていた。
「「ヒィィィィ!!!」」
冷たい風が、部屋を貫く。
◆ ◆ ◆
一方その頃――
ギルドに戻ったリリィのもとへ、伝令が駆け込む。
「リリィ様! 緊急報告です!
ラグナド獣人国で大規模な戦闘が発生!
詳細は不明ですが……“人間の少年”が捕らえられたとの報告が!!
現在、獣人種の冒険者から情報を収集中です!」
リリィは一瞬、息を呑む。
その表情が、ほんのわずかに強張った。
「……こんな時に……」
しかしすぐに冷静さを取り戻し、
金色の瞳を細めて命じた。
「調査を継続してちょうだい。
――全ての情報を、私のところへ」
伝令が駆け出す。
リリィは椅子に沈み、唇を噛んだ。
(……リゼ、フィナ……そして“人間の少年”……)
二つの情報が結びつくまで――
そう、時間はかからなかった。
────────────
ミュゼリアとギルは、灰域のとある建物内を案内されていた。
壁の亀裂からは灰がこぼれ、空気には微かな鉄の匂いが漂う。
だが、その場に立つ獣人たちは、誰一人として視線を逸らさない。
灰域の民とは明らかに違う。
筋骨たくましく、動きに一切の無駄がない――訓練された“兵”の空気。
「そこは地面が抉れていますので、足元にご注意を。」
案内役の声に、ミュゼリアは小さく息を呑み、反射的にギルの腕を掴む。
ギルはそれに気づき、穏やかに微笑む。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。……私が側におります。」
ミュゼリアは短く頷くと、掴んでいた手を離し、ゆっくりと息を整えた。
次の瞬間、彼女の瞳に宿る光が変わる。
――女王のそれだった。
「さぁ……こちらへ。その部屋に、ラグナド獣人国の現国王――ウルザーク様がお待ちです。」
案内役が頭を下げると同時に、空気が一段と張り詰めた。
ギルは無言で扉に手をかけ、ミュゼリアの前に立つ。
二人は並び立ち――
重い扉の向こうへと、静かに足を踏み入れた。




