第85話『灰域の地獄と、ご近所お裾分けビーム』
ギルとミュゼリアは、街道を外れて灰域の外縁へと辿り着いていた。
だが、そこで二人の意見は真っ二つに割れた。
「灰域を突き抜ける方が早いわ。ここで回り道してたら一日以上のロスよ!」
ミュゼリアの声は強い。焦りが滲んでいる。
ギルは、険しい表情のまま首を横に振った。
「……駄目です。灰域の中は荒れています。治安どころか、生存そのものが賭けです。
たとえ距離が長くても、森底を通って大回りする方が安全で、結果的に早い」
「だから言っているでしょ!」
ミュゼリアは一歩詰め寄る。
「別に悪いことをしているわけではないのだから、正面から通ればいいじゃない!
さっきから何にそんな怯えているのですか!?」
ギルは、口をつぐんだ。
やがて、重く息を吐き――静かに告げる。
「此処は……俺の……その、故郷なんですよ」
ミュゼリアの瞳が驚きに揺れる。
ギルは視線を落としながら続けた。
「物心ついた時には、すでにこの有様でした。
だからこそ分かるんです。……突破は不可能です。
余所者に対して、ここの連中が黙って通すわけがない」
それは、主様にすら明かしたことのない秘密だった。
かつて、ギルはこの灰域のスラムに生まれた。
泥と血にまみれた日々。誰もが飢え、誰もが誰かを奪う。
その地獄を抜け出し、遠い地で築いたのが“セザール国”だった。
争いで居場所を失った者たちを受け入れる国。
灰域で生まれたからこそ、“居場所”を作りたかった。
そして今――その国は主様の手によって、シルヴァニア王国として生まれ変わった。
だが、ギルの根は今も変わらない。
「この手で守る」――それだけが、彼の誇りだった。
ミュゼリアは、黙ってギルを見つめる。
やがて少し俯き、静かに言葉を紡ぐ。
「……そう。灰域の生まれ、だったのね。
話しづらいことを話させてしまったわ。……ごめんなさい」
ギルが「気にしないでください」と言いかけた時――
ミュゼリアはふっと表情を変えた。
「……私も、貴方に隠していたことがあるの」
ギルはわずかに眉をひそめる。
「……隠していたこと?」
ミュゼリアはまっすぐ前を向いた。
その瞳に、迷いはなかった。
「私は――リュミエール樹海王国の女王なの」
ギルは息を呑む。
風が止まったように感じた。
ミュゼリアは、静かに続ける。
「一月ほど前……森の巡回中に獣人族に拉致されたの。
森には結界が張られていた。油断していたわ。
でも……今はそれよりも、もっと恐ろしいことがあるの」
ギルは問いかける。
「女王なら……救出部隊が動いているはずでは?」
ミュゼリアは首を横に振った。
「それが……最悪の事態なのよ」
彼女の声が、僅かに震えた。
「エルフ族は、森に危害を加える者としか戦わない。
だから他の種族とは、何世代にもわたって“干渉しない”ことで均衡を保ってきた。
でも、もし――私を救出するために軍を動かせば……
その時点で、全ての均衡が崩れるわ」
ミュゼリアは両手を握り締めた。
その姿には、女王としての責任と恐れが入り混じっていた。
「だから……誰よりも早く帰らなければならないの。
民が、私のせいで戦火を呼ぶ前に」
ギルは、しばらく黙って彼女を見つめていた。
外周を通れば三日。
灰域を突き抜ければ、一日。
時間の差は明白。
だが、リスクは比べものにならない。
そして――ギルは静かに息を吸い、決意した。
(主様にお仕えする以上、弱気な選択肢などあり得ない。
俺は剣。主様のために在る剣だ。なら――)
ギルは一歩、ミュゼリアの前に出た。
その瞳に、迷いはなかった。
「……わかりました」
「貴方を必ず、守り抜きます。
どんな道を選ぼうと――私の剣は折れません」
ミュゼリアは驚いたように彼を見つめ、
やがて微笑んだ。
「……ありがとう、ギル。
貴方がいるなら……この灰域も怖くない気がするわ」
「いえ。怖がるべきですよ」
ギルは腰の剣に手を置く。
「俺が育った場所です。
……“地獄”という言葉が、まだ優しい方ですから」
――灰域。
二人の覚悟を試すには、これ以上ない場所だった。
◆ ◆ ◆
少し進むと、空気が変わった。
焦げたような匂い。湿った土。
どこかで、金属が擦れる耳障りな音。
ミュゼリアは思わず息を呑む。
森の外の世界のことは、女王として知識としては知っていた。
だが、目にする現実は――文献とはまるで違っていた。
路地の影で、獣人が膝を抱え。
その隣では、痩せた人間が壁にもたれて虚空を見つめている。
さらに進むと、ドワーフの子供が空の器を抱いて眠っていた。
その中に、同族――エルフの姿すらあった。
だが誰も、互いを見ない。
ただ、世界の音が止まったように静かだった。
ミュゼリアは思わず声をかけそうになった。
だが、その手をギルが制した。
「……見ない方がいい」
低く、乾いた声。
いつもの彼の声とは違っていた。
「でも……! あの人達は……!」
ミュゼリアは抗うように言う。
ギルは黙って、彼女の瞳を真っすぐ見返した。
その瞳の奥には、優しさよりも、諦めの色があった。
「……そうです。彼らが罪を犯したわけではない。
けれど、全ての人を救えるわけでもない」
ギルの声が、淡々と響く。
その言葉の重さに、ミュゼリアの胸が締め付けられる。
「貴方の国で……この灰域の民を受け入れられますか?」
ミュゼリアは一瞬、何も言えなかった。
「それは……でも! 同じエルフも居るのに……!」
ギルは首を横に振る。
「それでも、です。
一人を助ければ、他の誰かが希望を抱く。
“報われない希望”を、抱かせることほど残酷なことはありません」
その言葉に、ミュゼリアは視線を逸らした。
拳を強く握る。
「……少し、冷静さを欠いていました。先へ進みましょう」
「はい」
二人は再び歩き出した。
灰色の街並みを進むほど、空が低くなっていく。
まるでこの地だけ、世界から切り離されているようだった。
ミュゼリアが横目でギルを見る。
彼の背筋は、僅かに硬い。
警戒が強まっているのが分かる。
「ギル……?」
彼が返事をするより早く。
瓦礫の上から、ざらついた声が落ちた。
「あれぇ? もしかしてギルか?」
ギルの目が細まる。
その声には聞き覚えがあった。
瓦礫の上――獣人とエルフの男たち。
薄汚れた服、油断のない目。
ギルは剣に手をかけた。
「人違いでは?」
だがエルフの男は、薄笑いを浮かべた。
「間違いねぇ……ギルだろ? 二十年前にここを飛び出した人間……。
なんだよ? 女連れて戻りやがって。俺らへの“手土産”か?」
ギルは観念したようにため息を吐いた。
「……とっくに忘れてると思ったんだがな。
悪いが、今は急いでる」
そう言ってミュゼリアの手を取り、通り過ぎようとする。
だが、背後から声が飛んだ。
「なんだよ? 偉くなったなぁ? 人間の分際で。
昔みたいに黙って俺らに従えよ。……それとも、“お仕置き”が欲しいか?」
ミュゼリアの眉が跳ねた。
彼女の中の女王としての誇りが、言葉より先に動いた。
「貴方達! さっきから人間人間と……恥を知りなさい!
特にそこのエルフ! その品性、エルフの風上にも置けません!!」
「はぁ?」
瓦礫の上の数人が、怒りと共に飛び掛かってきた。
ギルは深く息を吐く。
(……これだから貴族は)
次の瞬間、ギルの体が霞んだ。
目にも止まらぬ速さで、襲いかかる者たちを次々と叩き伏せていく。
骨が砕け、砂が舞い上がった。
残ったのは、地面に転がる三人と、呆然と立つミュゼリア。
(本当に……本当に……かっこいい……♡)
ギルは剣を戻し、ミュゼリアに振り向く。
「……面倒ごとを大きくしないでください」
(主様のもとに、一秒でも早く帰りたい)
ミュゼリアは気まずそうに目を逸らした。
「わ、わかったわ……ごめんなさい……」
そう言って――ギルの腕に、そっと抱きついた。
ギルは一瞬、硬直する。
注意すべきか迷ったが……
「また何かしでかすよりはマシだ」と判断して、黙って進んだ。
灰色の街を、二人の影が並んで進む。
どこかで風鈴のような金属音が鳴った。
だがその音は、どうしようもなく寂しく響いていた。
────────────
その頃――
あの男は、頭を抱えていた。
「助けてくれぇぇぇぇ!!」
「なんなんだあのゴーレムはぁぁぁ!!」
「腕がぁぁぁぁぁ!!」
――地獄。
何百という獣人兵が阿鼻叫喚の中で逃げ惑う。
炎と煙、そして空を裂く光の奔流。
一面、修羅場。
そしてそのど真ん中で――
シュンが、頭を抱えていた。
「まってまってまって!? なんで!? なんでこうなるの!?!?」
目の前で暴走するのは、
自分の魔法で出した“家”……いや、“城”。
……もはや兵器。
「お前、家だろ!? ただの拠点だろ!?
なんでビーム撃ってんの!? 俺、寝てただけなんだけど!?」
炎を背にしながら、泣きながら城の壁にすがる。
「もうやめてぇぇぇ! 命がもったいない!!」
だが――
ウインドウが無慈悲に応答する。
【自動反撃スキル:ご近所お裾分けビーム 発動】
ドゴォォォォォォン!!!
光の奔流が大地を薙ぎ払う。
地平線まで真っ白。
空気が爆ぜ、耳がキーンと鳴る。
「お裾分けの範囲広すぎるだろぉぉぉぉぉぉ!!!」
燃え上がる地面を見て、
シュンは完全に心を折られた。
「どうしたら……どうしたら止まるんだこれ……!」
絶望の中で、ふと閃く。
(……あれ? 俺が出したなら、消せばよくね?)
そうだ。
魔法で出したなら、魔法で消せばいい。
なぜ今まで気づかなかったのか。
「よしっ!! 解除!!」
次の瞬間――城は光に包まれ、すっと消えた。
「よかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
へたり込むシュン。
生まれて初めて“文明の破壊停止”に感謝した瞬間だった。
──静寂。
あれだけ荒れていた空気が、嘘のように静まる。
鳥のさえずりさえ聞こえる。
風が、やけに優しい。
(……終わった……?)
恐る恐る顔を上げる。
そこに広がっていたのは――
焦げ跡と瓦礫の海、そして数千の視線。
完全に固まる軍勢。
そして、そのど真ん中で――
へたり込む俺。
「………………あの〜………………」
乾いた笑みで手を挙げる。
「わへ……和平……とか…………あったりします?♡」
沈黙。
次の瞬間――
「なんだあの人間はぁぁぁ!! 殺せぇぇぇぇ!!」
「八つ裂きにしろぉぉぉ!!」
「ぶち殺せぇぇぇ!!」
「……ですよねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
涙が止まらない。
◆ あとがき小話:祝・2万PV達成!◆
カナ「この度は皆様のおかげで──2万という節目を迎えることができました」
クー「ありがとなのだー!」
白蓮「うちもな、みんなと一緒にお祝いできて嬉しいわぁ」
リリィ「メンタル雑魚雑魚な作者に代わって〜、ありがと♡」
カナ「ささやかですが、感謝の気持ちを込めて──こちらをどうぞ」
スッと差し出される紙。
読者たちは顔を見合わせ、怯えながら紙を開く。
カナ「さぁ……あなたが引いた色は?」
A:赤 B:青 C:白 D:緑
……一人の読者が震えながら首を振る。
「いやだ……開きたくない……」
ガタンッ!!
足元が開いた。
バニー服の作者が待つ、暗い部屋へと消えていく──。
残された読者たちは、顔を青ざめさせながら次々と紙を開いた。
⸻
赤を引いたあなた!
カナ「おめでとうございます。特別粛正レッスンの始まりです」
「さぁ、“主様への愛”があるなら、この岩を持ち上げられるはずです!」
「……なに? 持てない? あら、ゴミが♡」
メイスが振り下ろされ、即修復。
泣きながら主様を称える儀式が延々と続いた。
⸻
青を引いたあなた!
クー「クーを撫でるのだ! 尻尾も丁寧にな! ダメなのだ、力が強いのだ!」
力加減を誤った者は、容赦なくハムハムされる。
涎まみれの同胞たちに怯えながら、次の読者が震える手で紙を開く──。
⸻
白を引いたあなた!
リリィ「ふぅん♡ 白ねぇ? ほうら、リリィちゃんがなでなでしてあげる♡」
──スッ。
差し出された頭を、ためらいながら撫でると……
「きっもぉ♡ こんな小さい女の子に撫でられて喜ぶなんて〜♡
プライドとかないんですかぁ〜? それとも羞恥心、前世に忘れてきちゃいましたぁ〜?」
罵倒されながら、なでられる地獄。
誰も逃げられない。
⸻
緑を引いたあなた!
白蓮「残った子らは……緑やね。うちからのプレゼントや」
「ほな、膝枕したるから──ゆっくりおやすみぃ」
その瞬間、全ての疲れが溶けて消える。
……そして、読者の連休も消えた。
⸻
静まり返った部屋。
立ち尽くす、あなた。
手に握る紙は──何色だった?
⸻
「改めまして、ここまで読んでくださった皆様へ」
カナ「皆様の存在が、主様……そしてこの物語を支える柱です」
クー「読んでくれて、ほんとにありがとなのだー♪」
リリィ「もっと読んで〜?♡ 次の地獄も、用意してるから♡」
白蓮「ふふ、これからも……ゆるぅく見守っててな?」
カナ「今後とも、よろしくお願い申し上げます」
(※作者は今、メイスの下で感謝中です)




