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第83話『焼きたてのパンと焼け落ちる国』

翌日──


ギルはようやく“カロニア灰域”の外縁までたどり着いていた。


夜明け前までに、何度も小競り合いがあった。

だが、それでも――ミュゼリアを無傷で守り抜いたのだ。


 


「……流石に、少しだけ休憩を……」


ギルは息を整え、ようやくミュゼリアを地面に降ろす。

冷えた風が、夜明けの気配を運んできた。


 


「大丈夫ですか?」

ミュゼリアはそっと、自らのドレスの裾を破り、ギルの腕の血を拭う。


 


ギルはその手を慌てて制した。

「私は大丈夫です。傷も浅い。お気になさらず。」


 


だがミュゼリアは首を振る。

「私の気が……おさまらないのです。

 私を庇いながらの移動と戦闘……ずっと夜通しでした。

 本当に、巻き込んでしまってごめんなさい。せめて……これぐらいは……」


 


申し訳なさそうな表情に、ギルは短く息をついた。

彼女の心が少しでも軽くなるなら――と、抵抗をやめる。


 


沈黙が少し続いたのち、ギルは口を開いた。

「ところで……聞いていませんでしたが、灰域を抜けた後、どこまでお送りすればよろしいですか?」


 


ミュゼリアは真っ直ぐに顔を上げた。

「……エルフの森、“リュミエール樹海王国”へ。

 一刻も早く戻らなければなりません。仲間たちに……伝えねばならぬことがあるのです。」


 


ギルは立ち上がり、剣の柄に手を添えた。

「事情はお聞きしません。けれど――急を要するのですね。」


 


「はい……!」


 


「ならば、休息はここまでです。灰域を抜けるには、どのみち強行突破が最善でしょう。」


 


灰域へと続く小道。

人跡は少ないが、哨戒の見張りは配置されている。

無傷で抜けられる保証など、どこにもない。


 


ミュゼリアはそんなギルを見上げ、唇をかすかに震わせた。

「必ず……このご恩はお返しします。」


 


「お気になさらず。」

ギルは穏やかに微笑む。

「我が忠誠を誓うお方にかけて――必ずあなたを送り届けます。」


(主様の名誉のために)


 


ミュゼリアの胸が一気に熱を帯びる。

(あぁ……なんて凛々しいの……♡)


 


森を抜け、やがて検問所の影が見え始めた――が。


 


「……妙だな。」


見張り台に立つ兵の動きが、あまりに慌ただしい。

誰もこちらを警戒していない。

むしろ、全員が装備を掴み、どこかへ駆け出していく。


 


「敵襲だ! 装備を集めて正門へ向かえ!!」


「なっ……なんで正門!? 敵の規模は!?」


「わからねぇ! だが被害は相当らしい!!」


「くそっ、奴らを探さなきゃなんねぇのに!!」


「早くしろ! 見張りはいい、全員前線へ!!」


 


兵たちは怒号を上げながら、雪崩のように駆けていった。

残されたのは、もぬけの殻の監視小屋と、風に揺れる旗だけ。


 


ギルは低く呟く。

「……どうやら、運が向いてきたようですね。」


 


ミュゼリアは小さく頷いた。

「ええ……まるで、何かが導いてくれているみたい。」


 


二人は視線を交わし、灰域の奥へと足を踏み出した。




────────────



「あぁぁぁぁーーーーっ!! めっっっちゃ寝たぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 


魂が洗われるほどの絶叫。

天井が抜ける勢いで伸びをしながら、シュンは幸福のオーラを全身から放っていた。


 


「うおぉぉぉぉ……ベッド……ふかふか……!

 文明ってこんなにも優しかったのか……!?」


 


涙目でベッドを抱きしめる。

異世界に来てからずっと硬いベッドで寝ていた男が、ついに文明と再会。

その感動は、もはや宗教の域に達していた。


 


「ベッド最高! マットレス万歳! 柔軟剤神ッ!!」


 


テンションの限界突破と同時に、ラジオ体操第一が始まる。

なぜかBGMが脳内で流れ、本人は満面の笑みで「腕を前から上にあげて〜」を全力実演。

完全に世界を救った英雄の朝である。


 


「マジで最高! あの大賢者、今回は天才だろ!

 もう許すわ全部! 女神の性格悪いとこも相殺できるレベル!!」


 


テンションが銀河を越えたまま階段を降りる。

キッチンを開けて、期待と共に冷蔵庫を覗く――空。

だが、目に入ったのは一筋の光。


 


「トースターッ!?!? 文明の残滓きたああああああ!!」


 


両手を合わせて拝む。

その崇拝ぶりは、ほとんど神殿儀式。


 


「でも……パンが無い。トースターがあってもパンが無い。

 つまりこれは、“希望を見せてから叩き落とす”タイプの罠か……!」


 


数秒の沈黙。

次の瞬間、シュンは決意したようにウインドウを展開した。


 


【スキルウィンドウ展開】

【スキル取得】

使用可能経験値:999,786,429


取得候補:

・食パン──33,200EXP

・フランスパン──6,000EXP

・コッペパン──3,700EXP


 


「……は? たっっっけぇぇぇぇぇ!?!?!?」


 


数字を二度見、三度見、そして絶叫。

「33,000EXP」という謎の高級パン設定に、脳がバグを起こす。


 


「ちょっと待て大賢者! パン界に革命でも起きたんか!?

 食パン=魔法級ってどういうことだよ!? これもう“神器”だろ!!」


 


しかし理性より、腹が勝つ。

脳内会議は一瞬で決裂。


 


(いやでも高い……でも食べたい……いや食べたい……いやもう食べる!!)


 


ピッ。

【取得:食パン】


 


目の前に出現したのは――

銀色に輝く袋に入った“8枚切り”。

その光はまさに聖剣クラス。


 


「キターーーーーッ!! 文明、帰還ッッッ!!」


 


袋を開け、トースターにIN。

電源が入る音だけで幸福物質が脳にドバドバ流れる。


 


「チーンの音を聞くために生きてるまである!!

 やっば……焦げ目ついてきたぁ! 尊いッ!!」


 


パンの香りが広がる。

その瞬間、シュンは両手を合わせ――拝んだ。


 


「大賢者ぁぁぁぁ……!! 今だけは、心の底からありがとう!!!」


 


──チンッ。


 


「きたっ!!!!!」


 


黄金色に焼けた食パンを掲げる。

朝日を浴びるそれは、もはや神々しい。

一口――カリッ。ふわっ。じゅわぁ。


 


「うまぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?!?!?!?」


 


背中が反り返り、幸福で昇天。

部屋に響く謎の奇声。

異世界で誰も聞いていないのが救いである。


 


「これ! これぇぇぇ!! 文明の味ぃぃぃ!!

 ありがとう現代! ありがとう食文化! ありがとう人類!!」


 


手を胸に当てて、真顔で感謝の祈り。

完全に世界平和を感じている。


 


「……あっぶね、泣くとこだった。

 てかこの感動共有したい……でも誰もいねぇ!!」


 


焼けたパンを食べ終え、深呼吸。

胸いっぱいに残るのは、ただひとつ――幸福。


 


「……マジで最高の朝だな。

 大賢者、今回だけはお前を尊敬する。

 ……さて、帰るか。みんな心配してるだろうし。」


 


靴を履き、ドアノブを握る。

その顔は、“異世界最上級の朝食を制した男”の余裕に満ちていた。


 


ガチャリ。


 


「……あれ、なんか外、やけにうるさくね?」



──────


目の前に広がるのは――地獄。


 


黒煙。血飛沫。獣の悲鳴。

焦げた肉の匂いが風に乗り、地面は赤く染まっていた。

空には矢が乱れ飛び、大地には炎の奔流。

それはもう、“戦場”というより“終末”だった。


 


「……え?」


 


理解不能。

目を擦っても、もう一度見ても、やっぱり戦争。

しかも、どう見ても数百単位。


 


「ちょっ……おいおいおい!? 俺寝てる間に世界滅んだ!?」


 


獣人たちは何かを取り囲み、全員が必死に叫んでいた。


 


「怯むなぁぁっ!! たとえ効いてなくても当て続けろ! 止まるな!!」


「矢を放て! 何でもいい手を止めるな急げ! 投石機、もう一台回せ!!」


「くっそ、奴は全く動かねぇ……! 何なんだ!!ゴーレムなのか?!城なのか!?」


 


怒号と金属音が入り混じる。

まるで地獄の合唱団。


 


(……あの、“奴”って、どれのこと?)


 


視線の先を追って――

シュンの血の気が引いた。


 


「……いや待て。あれ……俺の家じゃね?」


 


そう、さっきまで寝ていた、あの快適なベッドの家。

今やそれは“戦略兵器級の城塞”になっていた。


 


塔からは魔力光が漏れ、外壁には自動防壁。

よく見れば門の上に“砲口っぽい何か”まで付いている。

まるで、“文明”じゃなくて“ラスボス拠点”。


 


「えっ、なにあれ!? 俺寝てたの城だったの!?」


 


その瞬間――

家の上に、魔法陣が浮かび上がる。


 


紫と白の光が混ざり、空間を歪ませながら回転する。

それはもう、見ただけで嫌な予感しかしない“あの系統”。


 


「……おい、やめろ……やめろやめろやめろ!!」


 


ドォォォォォォォン!!!


 


光の奔流が縦に薙ぎ払う。

地面が裂け、爆風が走り、獣人たちの体が吹き飛ぶ。


 


「ぎゃああああっ!!」


「う、腕がぁぁぁぁ!!」


「逃げろぉぉぉぉ!! あの家、魔法撃ってくるぞぉぉぉ!!」


 


爆炎が空を染め、風が唸り、煙の中で叫びが木霊する。

まるで“災厄そのもの”が街に降り立ったかのようだった。


 


「な、なんだあの魔法は!?」


「城が……城が魔法を撃ってきやがる!!」


「ゴーレムだ! 間違いねぇ! 大地ごと動いてやがる!!」


 


(ゴーレム!? 違う! 俺の休憩所!! ただの寝床だよ!!)


 


もう笑うしかない。

家が暴走し、国が崩壊し、寝起きの男が絶望している。

異世界なのに展開がニュース速報。


 


ふと視界に、家の正面――壁一面に光る文字。


 


【ここは俺様の拠点!文句あるならかかってこい!

 まぁ……無理だろうけどププッ! by至高のイケメンより】


 


「フザけんな大賢者あああああああああああああああああああ!!!」


 


喉が裂けるほど叫んだ。

だが返ってくるのは爆音と悲鳴。


 


(そうだよ!? なんで信じたんだ俺!?

 “快適魔法”とか言ってた時点で気づけよ!?

 あの馬鹿野郎の作るもんが“普通”だった試しねぇだろ!!)


 


再び家の上に魔法陣が浮かぶ。

今度は三重構造。

しかも詠唱が始まった。しかも音声付き。


 


【至高の防衛魔法《ご近所トドメの一撃》起動します♪】


 


「名前ふざけてるのに威力エグいのやめろおぉぉぉぉぉ!!」


 


ドガァァァァァァァンッ!!!


 


第二波。

地平線まで火柱が伸び、衝撃で建物が吹き飛ぶ。

地鳴りと共に、遠くの森まで光が走る。


 


「ひぃぃっ!? これもう拠点っていうか災害だろ!!」


 


シュンは必死にしゃがみ込み、頭を抱えた。

耳がキーンと鳴り、目の前の世界が赤く染まる。

パンの香ばしい匂いの残滓すら吹き飛んだ。


 


「……朝の幸せ、三秒で全焼……」


 


虚ろな目で、煙の中のマイホーム(元)を見上げる。

白い煙と黒焦げの大地、そして光る大賢者の落書き。

地獄が具現化したコントだった。


 


「……もう……二度と……文明を信じねぇ……」


 


異世界最悪の寝起き。

幸福から地獄への最短落下記録――更新。


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