第76話『再び動き出す世界、そして地獄山脈の狂剣』
「そうか……彼は倒したんだね……」
男は月夜を見上げ、穏やかに呟いた。
その横顔に浮かぶのは、懐かしむような笑み。
「早く彼とゆっくり話したいな。」
アステリオンの“三栄”と呼ばれる男。
その視線の先で、月が静かに雲に隠れていった。
──そして同じ頃。
別の地でも、シュンという名の男を“警戒”する者たちがいた。
そこに集ったのは、各地で名を馳せる者ばかり。
本来なら決して交わることのない存在たちが、
今夜に限ってはひとつの目的のため、同じ円卓を囲んでいた。
壁には、禍々しい紋章が刻まれている。
それは、かつて世界を震撼させた“厄災”──
《大賢者》を象徴する紋章だった。
「“シュン”とかいう新しき王は……何者なのだ?」
「確かに。アレを殺せるとなると、かなり厄介だな。」
「まぁまぁ、いいじゃありませんか。
ファルカンの失敗を尻拭いしてくれたんですし?」
「ふん、別に俺が行っても良かったけどな!」
「そんなことしたら目立つでしょ!
私は今、忙しいのよ。面倒ごとはやめてちょうだい!」
「忙しい忙しいって……うるせぇんだよ!
そんなに嫌なら王女なんて辞めちまえ!」
「はぁ? ちょっと強いからって調子乗ってんじゃないわよ?
焼き払われたいのかしら?」
「ふぉっふぉっふぉ……若いのぅ。
じゃがあまり刺激しすぎると、また世界を巻き込む大戦になるぞい?」
その一言に、騒がしかった空気が一瞬で静まる。
数多の視線が、円卓の奥の男へと集まった。
「それで? 次は誰の計画を進める?」
皆の視線を一身に受け、男はゆっくりと立ち上がる。
その眼差しは、闇の中でも爛々と輝いていた。
「皆様の働きにより、計画は順調です。
──ですが、少々困ったことがありましてね。」
口元に笑みを浮かべ、男は指先で円卓を軽く叩いた。
「“エルフの森”にあるお宝を……少し拝借したいのですよ。」
静寂を破る、誰かのくぐもった笑い声。
それはやがて連鎖し、
部屋全体に不気味な笑みが広がっていく。
──世界は、再びうねりを上げようとしていた。
ゆっくりと。
しかし確実に、“厄災”の再現へと動き出していた。
────────────
その頃──各国の裏で世界が蠢き始めている中、
最も注目を集めている“新王シュン”はと言うと……。
「終わんねぇぇぇぇぇよぉぉぉ!! ギル……助けてくれよぉぉ!!」
泣きながら書類の山に埋もれていた。
机の上はもはや書類ではなく雪山。
チョモランマ。いや、ここが“地獄山脈”かもしれん。
ペンを握る手は震え、涙はインクで滲み、
もはや俺は──サインマシーンだった。
ただ、それは男としてのプライドが許さなかった。
「なになに……? 議事堂の建設許可?
降りるわけねぇだろ! 男は肌の付き合いって決まってんだろ!!
健康ランド建設に変更!!」
俺は机をドンと叩き、経験値を消費して
《健康ランドのパンフレット》を召喚する。
表示されたウインドウには──
【経験値を28消費します】
【“おっさん達が湯船で国会する健康ランド”プランを実装しますか?】
「よし、それ書類に添付っと!」
書類にバチンと貼り付ける。
「議事堂却下! 健康なるド建設、早急に決定!!」
誰もいない部屋で高らかに宣言した。
……無茶振り? 知っててやってる。
むしろ理不尽であることに価値がある。
他にも、農作物の提案書・畜産の増産依頼・
謎の“国営けんちん汁フェス”開催計画まで、
全部──署名して、はい丸投げ。
だが、書類の山は減るどころか……
「おっ、増えたなチョモランマ。」
もはや自重崩壊してた。
「……ふぅ。あーもうダメだ。燃やそ。」
書類に火を点けかけたその時──
背後から柔らかな感触。
「シュン様……そろそろ……横になって休まな……?」
白蓮が、背中からそっと抱きしめてくる。
「っ……!? ちょっ、おま……!?」
香りが、甘い。声が、柔らかい。
──誘惑スキルLvMAX。
「白蓮! 主人様を誘惑するのはおやめください!」
部屋の扉がバンッと開く。
カナがメイスを片手に仁王立ちしていた。
「主人様は、いずれ世界を統べられるお方!
この資料の片付けも、その道の一つなのです!!」
(いやだから世界統べないって!!)
白蓮は小さくため息をつき、
俺から離れると──スッと横に正座した。
「……ほな、せめて。
この膝で、おやすみなさいませんか?♡」
「うっ……お前ら……お前ら出てけぇぇぇ!!」
俺は叫びながら二人を追い出した。
静まり返った部屋。
机にはまだ山のような書類。
ペンを握る手が、かすかに震えている。
「……でも、実際ギルと会ってないけど……大丈夫かなぁ……」
ぽつりと呟く声は、誰にも届かない。
その背後で、窓の外の月が雲に隠れた。
────────────
──その頃。
ギルは、とある山脈にいた。
修行という名の地獄。
だが、それもようやく一つの区切りを迎えようとしていた。
「ふん……ブリザードドラゴン、ですか。
製氷機能付きトカゲ風情が……」
ギルの背後に立ちはだかるのは、
かつてギルドですら甚大な被害を出し、
辛うじて“撃退”の記録が残る──神話級の存在。
鋭い氷爪が大地を抉り、
口腔に冷気が集まる。
ブレスを放つ、その瞬間──
ガギィィィィィィン!!
ギルの剣が、竜の口を地面へと突き刺していた。
ブレスは漏れることすら許されない。
「自分の技量も測れない愚か者め。
……どうやら君にも“しつけ”が必要なようですね。」
竜の瞳が恐怖に見開かれる。
逃げようともがくが、地面に縫い止められた剣は微動だにしない。
ギルの瞳孔がわずかに震え、口角が吊り上がる。
「さぁ──特訓を、始めましょうか?」
空気が、凍る。
その瞬間、狂気が笑った。
「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!」
竜の悲鳴が夜空に響き、
氷嵐が山脈を呑み込んだ。
ギルの剣が閃くたび、
凍結と粉砕が交互に走り──
山が、軋んだ。
月は血のように赤く染まり、
氷の粒が雨のように降り注ぐ。
ギルは、壊れていた。
そして同時に、完成していた。
◆ あとがき小話:森のささやきに、ありがとうを ◆
妹「ねぇねぇ、お姉ちゃん。森でね、“このお話が好き”って声を聞いたの!」
姉「……ほんとうに? 誰がそんなことを?」
妹「リスさんも、小鳥さんも、焚き火のまわりの旅人さんも!
みんな“あったかくて、つい笑っちゃう”って言ってたの!」
姉「……ふふ。そう。
それなら、きっと作者も――いえ、この物語そのものも、きっと喜んでいるわね」
妹「“いいね”とか、“ブクマ”っていうのもあるんでしょ?
あれを押してくれた人たちが、森の風みたいに、そっと背中を押してくれるの!」
姉「ええ。小さなひと押しが、物語を少しずつ前へ運んでくれる。
……まるで夜明けの光みたいに」
妹「えへへ〜♡ 読んでくれたみんな、ありがとなのっ!」
姉「私からも、心を込めて。
あなたの応援が、この世界の灯りとなっています。
どうか、これからも見守ってくださいね」
妹「ねぇ、お姉ちゃん。そろそろ“人の国のマナー”ってやつ、勉強した方がいいんじゃない?」
姉「……ふふ、それもそうね。ちゃんと“仲良くなる挨拶”を間違えないようにしなきゃ」
(※彼女たちは今後登場予定のエルフ姉妹です。
本編より少し先の森で、今日もこっそりお礼を練習しているとか──)




