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第72話『絶望を越える者たち』

「──皆、俺の後ろへ!」


ガリウスが斧を振り上げ、力を全身に巡らせる。


「第二戦技・双鉄そうてつ!!」


重ね張りされた斧の結界が、闇の刃を真正面から受け止めた。


その背後で──


「うぅ……もじゃもじゃ……これ以上は……本当に危ないのだぁ……」

クーは耳をぺたーっと伏せ、心配そうに尻尾を巻く。


「ちょっと!? あんた自慢の氷であれ全部止めてよ!?」

リリィが苛立ち混じりに叫ぶ。


「そんなん言うんでしたら、あんたさんこそご自慢のナイフで撃ち落とせばええんと違います? それにウチ、魔力……吸われとんねん」


白蓮が扇を開いたまま、細く息を吐く。


「はぁ!? あんなにイキってたくせに、ピンチになったら無能じゃん!? この氷狐!」


「それ、鏡に向かって言ってくれまへん? このまな板ゴスロリお化け」


「はぁあああ!? またそれ言った!? 言ったわね今ッ!!?」


戦場のど真ん中。ガリウスの背後で、リリィと白蓮が喧嘩していた。


その四人の姿を見て、ガルザはゆっくりと嗤う。


「鉄峰の英雄ガリウス……勇者の一柱、リリィ……六王最強と謳われた氷花の白蓮……そして元・厄災の獣……」


闇がうねる。刃が、空を埋める。


「これだけの面子を揃えても……その程度か」


 


無数の黒刃が降り注ぐ。

一撃ごとの威力は致命傷ではない。

だが、数が異常だ。空が、雨のように真っ黒な線で塗り潰される。


 


「ちょっと!? あれいつになったら魔力尽きんのよ!?」

リリィがナイフを乱射しながら叫ぶ。


「……見てみ? ガルザの胸……あの紫の光、あれが魔石や」


白蓮が小声で囁く。


胸元で脈動する紫の魔石。それは心臓の鼓動と完全に同調していた。


「魔族領は魔力が濃い……あの魔石は、それを吸って自動で回復しとる」


「……つまり」

ガリウスは斧を構え直す。


「……このままでは、魔力切れは望めん……か」


ガリウスは重ねがけした防御戦技で耐えるしかない。

刃の一撃一撃が鎧を削り、肉に達するたび、ただ戦技を重ねる。

それでも、守るしかない。


「うぅ……クーが……クーがなんとかするのだぁ!」


クーが四つん這いになり、雷を帯びる。

全身がバチバチと音を立て、毛並みに青白い光が走る。


「クーはん!? 何する気!? 無茶や!」


白蓮が止めようとするが、クーは駆け出した。


音が置き去りにされる。


雷そのものと化したクーが、刃の嵐を突き抜ける。


 


──そのとき。


ガルザの視線が、雷の進行方向を捉えた。


瞬間、刃の密度が跳ね上がる。

雨が嵐に変わる。


 


「くっ……!」


刃が、雷を叩き落とす。

クーの動きが、明らかに鈍る。


──到達する前に、クーは刃の海に飲まれた。


 


「クーはん!!」


白蓮が怒りに声を震わせ、詠唱を飛ばす。


「──大氷結果、《白百合》!」


氷の波が一瞬で雨を凍らせ、空間を包む。


だが──


「無駄だ」


ガルザが指を鳴らすと同時に、魔力の圧が逆流。

氷の結界が粉々に砕け散った。


降り注ぐ刃が、白蓮とガリウスを襲う。


 


そのとき、ガルザが“寒気”を感じた。


背後に。


 


「……!」


振り返る。


そこには、距離を詰めたリリィの姿があった。


 


「あら〜♡ 私以外にお熱なの? ちょっと妬けちゃうかも♡」


笑いながら、足音ひとつ立てずに──短剣が放たれる。


「第八戦技・《狂血尖華きょうけつせんか》」


刃が闇を裂き、ガルザの背を深く抉った。


 


「──ぐっ……!」


背をえぐられ、ガルザは膝をつく。


「……やはり貴様は……“あの時”の……」


呼吸が乱れる。

だが、異変に気づいたのはリリィの方だった。


 


「……あれ?」


違和感。深く入ったはずの短剣の手応え。

肉を裂いたはずなのに、なぜか“抜けた感触”が軽すぎる。


その直後。


 


「避けろ」


ガルザが、淡々と呟いた。


次の瞬間──爆風。


 


咄嗟に身を引いたリリィが吹き飛ぶ。

凄まじい熱と闇圧が空間を引き裂き、先ほどリリィがいた空間が抉り取られる。



「つっ……!?」


「リリィ殿!!」


ガリウスが血を噴きながら踏み込み、斧を振りかぶる。


「──第七戦技、《断空覇斬》!」


空が割れたみたいに、視界が縦に裂けた。斧身が空間ごと悲鳴をあげる。しかし──


「……ほう」


ガルザは片手で受け止めた。掌と刃の間に、黒い稲妻のような魔圧が噛み合う。


「やはり、油断は出来んな」


もう片手がうなる。ガリウスの顔面へ一直線──だが拳の軌道が、一瞬だけ揺らいだ。ほんの、髪の毛一本ぶん。


その“揺らぎ”だけで、ガリウスは咄嗟に斧を盾に差し込み、直撃を殺す。代わりに衝撃が全身を抜け、巨体が地を三度跳ねた。


「……まだ抵抗の余力があるとは」


砂埃の向こうでガルザがつぶやく。


「だが、ここで──」


「ガルザさん!!」


声が、刃より鋭く届いた。


振り返る。そこに、ボロボロの服のまま、まっすぐ立つ少女──キュリがいた。


「もうやめてください!」


声は震えていなかった。泣き虫の面影は、もうどこにもない。


「話せば、分かることだってあるはずです! 何百年も前の復讐を繰り返したって、何も解決しません! 憎しみは、憎しみの形を変えるだけです!」


「キュ……リ……逃げろ……!」


ガリウスが咳き込みながら叫ぶ。その瞬間、ガルザの胸に埋め込まれた紫の魔石が、どくん、と強く脈打った。光が鼓動を追い越し、魔力の波が空気を逆立てる。


「“何百年も前”だと?」


低い、地の底から響く声。


「今もなお、魔族は踏み躙られている! 奪われ、削られ、嗤われている! ゆえに我は、終わらせる! 人間の時代に終焉を──この地を魔族の手に取り戻す!」


キュリは一歩も退かない。瞳は真っ直ぐ



「じゃあ今度は“人間”を閉じ込めるんですか? 誰かを檻に入れて得た沈黙は、平和じゃありません。息を潜めた痛みです。罪のない人も、争いたくない人も、みんな巻き込む。それは──あなたが憎んだ相手と、同じことです!」



「ふん。半魔の分際で、分かったような口を」


魔力がさらに層を重ねる。空が低くうなる。


「平和とは、敵をすべて打ち滅ぼして訪れる“静寂”だ。勝者が名付ける、正しき沈黙だ」


「いいえ」


キュリは首を振った。


「“正しさ”は、倒れた人の上には咲きません。あなたが守りたかったのは、“静寂”じゃないはずです。……ガルザさん、本当に、あなたなんですか?」





「何?」





「ガルザさんは、戦う意思のない人を巻き込まない。弱い者の前で、拳を下ろせる人です。──あなたは、誰ですか?」






一瞬、ガルザの目が細くなる。次いで、嗤い。






「ふん……我は魔王。この地を収める頂点。魔族を導く者」




紫光が、胸の奥で咲いては潰れる。




「“ガルザ”の精神は、とうに闇の奥底だ。遥か昔、奴は契約した。“来るべき時、この肉体を器として明け渡す”とな。今ここに在るは我──真名を語るに及ばぬ、王そのものだ」






キュリの目尻に、熱い雫が滲む。それでも、声は折れなかった。


「……それでも。あなたの背中は、誰かを庇った背中でした。私は、見ました」




沈黙。魔石が、もう一度だけ、強く脈打つ。ほんの刹那、紫の影が揺れ──すぐに塗り潰された。




「あら〜。魔王だったのね?」


砂塵の向こうから、軽やかな声。リリィが血を拭いながら立ち上がる。足取りはふらついても、口角はいつも通り。




「なら──もう一度、討伐しちゃおうかしらぁ?♡」





白蓮が扇を立て、氷の息をする。唇の端に、意地悪な笑み。


「魔王はん。うちの今の主様は“大賢者”や。悪いけど手加減せえへんで?」




クーが耳を伏せて、ほっぺをぷくっと膨らませる。尻尾はぶんぶん、目はきらきら。


「いったーいの、いっぱいした! もー怒った! たいわ、おしまい! ぶっとばすのだぁ!」




ガリウスがふらつく膝を叩き、立ち上がる。斧は折れ、鎧は割れ、それでも。


「英雄として……不足ない相手だな」



ガルザは起き上がった面々を見て嗤う。

「ボロ雑巾共が……まぁ良い……絶望の底に送ってやろう」



リリィが笑う。


「その勝った感じ出してるけど、まだ負けてないですけどぉ〜?♡」


白蓮が涼しげに目を細める。


「自信あるのはええけど……負けたら恥ずかしいで?」



クーがシッポをばしん、と打つ。


「クー、えらいのだぁ! みんな、生きるのだぁ!」


魔王は両腕を広げた。闇が、夜空の形を変える。胸の魔石が鳴るたび、風景が一拍遅れて揺れる。


「来い」


低い、冷たい、底なしの声。


「願いを叶えたくば、我という“絶望”を越えてみせろ。貴様らの光が消えゆくその一瞬を復活の馳走としてやろう!」




ガリウスが一歩出る。砂に深く足跡が残る。


「やってみろ!何度でも立ち上がる俺達は!」


リリィが鼻で笑う。


「絶望?それ今からボコられるあなたの事でしょ?はっずかしぃ〜♡」



白蓮が扇の骨を一枚、指で弾く。


「永遠に凍らせたるわ……」


クーがぐっと拳を握る。


「ぜったいに、みんなで帰るのだぁ!」


紫光が炸裂し、闇が吠える。


風が逆流し、大地が軋み、空が低く鳴る。


──人間と魔族、積み上げられた憎しみと誓い、そのすべてを賭けた最終戦。


今、幕が上がる。











────────────






その頃──

シュンは目を覚ました。




黒く、深い闇を纏いながら。




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