第70話『息ぴったり?は?死ぬほど悪いですけど?』
「もー!足引っ張らないでよー!後ろから冷風びゅんびゅん飛ばして寒いんですけどー!」
リリィは夜候王の爪の連撃を紙一重で捌き、短剣で火花を散らす。
「はー……そんなん言うても邪魔やもん。いっそあんたごと凍らせたろか?」
白蓮は扇を一閃し、氷刃をばら撒く。夜候王の肌を切り裂くが、傷は瞬時に塞がる。
「私ごと?やれるもんならやってみればぁー?♡どーせ当たらないけ───」
リリィは殺気に反応し、夜候王を突き飛ばして距離を取る。直後、そこ一帯が氷塊に変わって砕け散った。
「ちょっと!危ないんですけど!?」
「貧相な見た目……アンデットかと思うたわぁ〜」
「はぁ?こんなかわいーアンデットいるわけないでしょ?!それで言うならあんただって───」
氷塊が粉砕。白蓮が身を屈めた頭上をナイフが抜け、背後の夜候王の肩に突き刺さる。黒い血柱、獣の仰け反り。
「ちょっとあんた?今ウチごと狙ったやろ?!」
「ごめんなさぁ〜い♡あまりにうごかないんでぇ〜置物かと思っちゃいましたぁ〜♡」
「……あんた?本当嫌なやつやね?」
「それはお互い様ですよぉ〜?」
夜候王が唸り、両腕に黒い霧をまとわせる。霧は刃に変わり、闇の弾雨となって飛ぶ。地が裂け、氷が砕け、風圧が耳を裂く。
リリィは浮遊ナイフを一気に集束させ、指先で一点に縫い留めた。
「──第六戦技《紅蓮針舞》!」
白蓮は扇を高く掲げて魔力を込め、一閃で氷花を咲かせる。
二人の軌跡が夜候王の斬撃とぶつかり、爆風が突き抜ける。
「ウチが大技で決めるからあんたあいつの動き止めといてくれる?」
「はぁ〜脇役とか私〜やらないんですぅ〜⭐︎私が大技で決めるから〜引き立て役おねがいしまーす」
夜候王が隙を逃さず滑り込み、爪で薙ぐ。二人は同時にバックステップ──だが闇の爪が伸び、腹部を抉る。
「もー!あったまきた!さっきから服を切ってきて!お気に入りなのに〜」
「ふふっそんな下品な服がお気に入りなんやね?ウチみたいに着物似合うほどええ体しとらんしな?」
「はぁ〜?このゴスロリの可愛さわからないとかぁ〜ちょと美的センスが古すぎるんじゃないですかぁ?」
夜候王は、ふたりの会話など意に介さず。
血走った瞳の奥に、黒く渦巻く魔力を集中させていた。
両腕に、暗黒の奔流が流れ込む。
「──っ、あ〜……ちょっと……やばいかも〜……」
リリィが思わず顔を引きつらせる。
膨れ上がった魔力の奔流は、夜空をも染める濃さ。
即座に踵を返し、その場を離脱しようとした──が、
「まちぃ?」
氷の扇が音もなく、リリィの進路を塞いでいた。
「まさか……? 伝説と謳われた“戦闘しか取り柄ない”あんたが、逃げるん?」
「むっかーーっ!! せめて“かわいい”も足してくださーいっ!!」
「ふふっ、あんた単純やわ♪」
その時、リリィが正面に視線を戻す。
魔力は、すでに“うねり”を超えて“圧縮”の域へ。
空間そのものが歪み、熱と冷気が同時にぶつかり合いながら狂っていた。
「……もう、間に合わへんな?」
「くっ……! この性悪狐が……!」
白蓮が前へ歩み出る。
扇を静かに閉じ、瞳を伏せると、周囲の空気が静かに震え始めた。
その足元に、咲くように浮かぶ光の花紋。
円環を描くように回転しながら、魔法陣が階層的に展開される。
「──ウチの元に集いし氷輪よ」
「一輪、澄み渡る静寂を」
「二輪、刺すような冷気を」
「三輪、砕けぬ氷壁を」
「四輪、万象を凍てつかせる絶対を――」
扇がひとひら、舞い落ちた。
「咲き誇れ……《氷華連輪陣》!!」
ドン、と空気が“凍る音”を立てた。
瞬間、周囲三百メートル圏が“完全凍結”。
風が止まり、振動が止まり、音が止まり、
──時が止まった。
世界は、白蓮を中心にして“凍りの結界”へと書き換えられる。
氷輪が幾層にも重なり、魔力の流れそのものを封じ込めていく。
夜候王ですら、その空間においては動作が鈍り、牙の煌めきが滲んでゆく。
「……はよ……決めぇ……長くは、持たん……」
白蓮の額に、ひと筋の冷たい汗。
「ふふ〜ん♪ 貸し一つですからぁ〜?」
リリィは悪戯っぽく笑い、
スカートの裾をつまんで、くるりと一回転。
ナイフが、全方向に“ピン”と空中固定された。
その瞳が、夜空を映す鏡のように光る。
「――星たち、集まって。私の“願い”を、貫いて。」
指先が、ひと振り。
刹那、空間が“金属のように軋む音”を立て、
それと同時に──夜空が“塗り替え”られた。
銀の刃が、次々と浮かび上がる。
小型の追尾短剣から、大型の突撃型双刃まで。
全てが一点を見据え、円環状に並び、光を集束していく。
浮遊短剣、総数――一万二千七百四十三。
それは天を纏う、星のドレス。
天穹そのものを“刺突兵器”に変える、破滅の布陣。
「第八戦技――《天穹葬装》」
詠唱と同時に、星の円環が回転を始める。
銀光が一斉に尾を引き、軌道が螺旋状に展開され、
その全てが──一点へと、**“収束”する。
衝突音は、なかった。
爆発音も、悲鳴も、砕ける音も。
ただ、光が走り抜けた。
そして、その後に残ったのは──“無”。
夜候王のいた場所だけが、
空間ごと、ぽっかりと“削り取られて”いた。
地面すら抉れ、気圧の反転によって“風が吸い込まれる”ような余韻。
冷気すら届かない深淵のような“ゼロ点”。
時間が、動き出す。
風が吹き、音が戻り、
残響だけが耳を叩いた。
リリィはくるりと一回転し、ウィンク。
「はいっ♡ 凍結解除で〜す♪」
白蓮は静かに息をついて扇をたたみ、
唇を少しだけ歪ませた。
「──ええ仕事、したやんか。奇跡的に」
「うふふっ♡ そっちこそ〜思ったよりやるじゃ〜ん?」
互いに毒を吐きながらも、背中は預け合ったまま。
────ふたりの共闘は、
いつだって、最低で最高だ。




