第7話『穏便に済ませたくて魔界を開いた話』
俺たちは、村での聞き込みを開始した。
得たい情報は、なんでもよかった。
戦争の状況、地形、隣接勢力、税制、治安、クソバグ国家の有無──
とにかく、「俺の平穏な生活を脅かす要素」なら全部洗い出して潰しておきたい。
なにせこの世界、大賢者ですら“魔法効かない敵”に泣かされたって記録があるんだから。
周辺把握はもはや義務である。
「なあカナ。改めて村人見てみるとさ、ドワーフも人間も混ざって暮らしてない?」
「はい。確認できます。あそこの木陰に座っている老人はドワーフ種。洗濯をしている女性は人間種です」
「え、でも戦争してるんじゃなかったっけ?ドワーフと人間って」
「戦争は起きています。ですが、この村には“戦に破れた者”が流れ着いたようです」
「……流れ着いた?」
「はい。たとえば──」
カナが視線で指した先。
片腕を失ったドワーフの男が、無言で焚き火の煙を仰いでいる。
別の家の前では、片目に包帯を巻いた人間の男が、誰とも目を合わせず作業していた。
「みんな、傷だらけじゃん……」
「戦地で生き残った者たちが、棄民のように集まっていると考えられます」
「つまりここ、**“戦場難民の吹き溜まり”**ってことか……」
「そのように考えるのが妥当です。主様」
嫌な汗が首筋を伝う。
やべぇ村に来た感がじわじわ上がってきた。
「……まあ、それでも聞き込みしないと話は進まねぇしな」
「はい。接触の際はわたくしが──」
「いや剣に手かけるな!?会話な!?平和的接触だからな!?」
「はい。“断罪の有無を確認してから”接触いたします」
「その条件付けやめてええええええ!!」
俺とカナは、恐る恐る村人に声をかけていった。
「すみませーん、ここらへんの村のこととか、ちょっと聞きたいんだけど……」
返ってきたのは、老人の鋭い一瞥だけだった。
「……よそ者かい。なら、さっさとどこかに行きな。ここには、何もねぇよ」
それだけ言って、背を向ける。
完全にシャッター降ろされた。
「……主様に不敬な……断罪します」
「やめろやめろやめろ!?メイス出すな!!」
カナの手元から、ゴスッと金属音が鳴る前に必死に制止。
「塩対応されたら即断罪とか、バグった正義の騎士かよ!?お前戦争しに来たの!?ちがうよね!?ね!!?」
「申し訳ありません……主様の偉大さが理解できぬゴミ共は、粛清対象かと思いまして」
お前の忠義、物騒すぎるんだけどぉぉぉ!!!
その後も数人に声をかけたが、結果は同じ。
目を逸らされるか、無視されるか、早足で立ち去られるか──
情報、ゼロ。
……精神的MPがゴリゴリ削れていく。
「だー……無理。今日はもう撤収しよう。あれだ、収穫ゼロデーってやつ」
「では、主様」
カナがすっと背を向け──
なぜか、そのまま“おんぶ体勢”に入った。
「ほら、どうぞ」
「乗らない!!恥ずかしいから!!人の村でおんぶされて帰るとか公開羞恥プレイかよ!!」
「ですが、主様のお疲れの様子ではこの村から無事に帰還できない可能性が──」
「言い方!!!死地からの帰還みたいに言うのやめろ!!!」
ドタバタしたまま村の外れへ向かっていた、そのときだった。
──ザッ、ザッ、ジャリ……。
重い足音。
規則正しい装備の揺れる音。
視界の先、陽炎のように揺れる地面の向こうに──
騎士らしき一団が、こちらに向かって歩いてきていた。
総勢10人ほど。
銀鎧の兵士に囲まれて、中央を歩くのは──
「……うわ、美人だけど性格悪そうなやつ来た……!!」
第一印象でほぼ確信。
こっちを見下ろすような目。ピシッとした歩き方。
それでいて、顔は整ってて、髪は光沢ある銀金髪のポニテ。
しかも、こっちに気づいた瞬間──笑った。
完璧な営業スマイル。だけど、目が全然笑ってない。
「……あら。こんなところに旅人? それとも──野良乞食?」
第一声からこれかよぉぉぉぉぉ!!!?
カナの目が、瞬時に鋭くなるのが横目に見えた。
口元にうっすらと笑みを浮かべ、言った。
「主様の許可なく発言した上に……見下ろすとは、何事ですか?」
──パァンッ!!
空気が破裂する音とともに、金色の鎖が女騎士の馬の首をぶち抜いた。
肉と骨を砕く音が響き、馬が崩れ落ちる。
反動で、女騎士はバランスを崩し──地面に叩きつけられた。
「うっ……ぐっ!」
銀髪のポニーテールが泥にまみれ、顔の横に石ころが転がっている。
兵士たちは一瞬、何が起きたのか理解できず硬直していた。
その静寂の中、カナがゆっくりと歩み寄る。
倒れた女を、すっ……と見下ろして──微笑んだ。
「それが、“我が主様”に発言する時の視点です」
「地べたが、よくお似合いで」
口元に手を当てて、愉悦を隠さない笑み。
騎士団の誰よりも、上から目線だった。
「カナぁぁぁぁ!!穏便にって言ったろおおおおお!!!」
俺の叫びに女騎士が反応する。
顔を真っ赤にして、怒鳴りつけた。
「貴様ら……ッ!!抜剣!戦闘用意!!!」
兵士たちが一斉に剣を抜き、構える。
殺意全開。完全に“戦闘”に切り替わっている。
「ちょっと落ち着いて!? こっちは戦う気なんか──」
「この村に逆らう愚か者どもに、報いを! 全て略奪しろ!好きに奪え!!」
うっわ。完全に開き直った。
兵士たちが、一斉に村の方へ走り出す。
「カナ、待て!お前が動くと村が無くなる!俺がやる!」
「主様の仰せのままに」
俺は、深呼吸して【スキルウィンドウ】を展開した。
⸻
【スキルウィンドウ展開】
【特殊魔法:大賢者の記録】
所有魔法:∞(一部のみ表示中)
・黒掌の招き(MP:80)
・雷刃転移(MP:50)
・虚無の鐘(MP:90)
・闇纏いの網(MP:75)
・紅蓮の指(MP:110)
・再生の環(MP:60)
→ 使用魔法を選択:
→ ……黒掌の招き!
──発動中……
⸻
ポチッとな。
──その瞬間だった。
空気が、変わった。
音が消える。
まるで誰かに耳を塞がれたような感覚。
俺の心臓の音だけが、やけにうるさい。
太陽の光が弱まる。
空の色が、薄くくすんでいく。
鳥が飛び立ち、木々がざわめきを止めた。
村の地面に、“裂け目”が走った。
──ベキ……ッ、ミチッ……
まるで、大地そのものに“皺”が刻まれるように。
真っ黒な亀裂。
しかもそれは、ただの穴じゃない。
裂け目の中から、無数の“指”が生えてきた。
人間の指──のようなもの。
だがそれは、関節が逆向きに曲がっていたり、
指が七本あったり、
指の腹に“目玉”がついていたり。
皮膚の感触ではなく、“ぬめり”がありそうな質感。
それらが、蠢く。 這う。 絡みつく。
そして、囁きが聞こえた。
『──おいで──』
『──みんな、来るんだ──』
『──お前も、つれて──いく──』
「ひ、っ、うわっ、なにこれ!?!?!?」
頭の中に直接届く“黒い音”。
正気がグラつく。
目の前の光景に、情報としての整理が追いつかない。
兵士たちも悲鳴を上げた。
「な、なんだ……!? なにが起きて……!?」
「足が……足がッ!!動かねぇッ!!」
「うわああああああああああああ!!!!」
次の瞬間。
兵士の足首に、指が巻き付く。
ゾッとするような“愛撫”のような動きで、膝、腰、胸と這い上がり──
ズボォッ!!!
地面の中へ、引きずり込まれた。
そのまま、声も血も音もなく、消える。
「ぎ、ギャアアアアアアアアア!!!!」
「たすけ──ッ……いやだッ!!ひいィィ!!」
黒い指は、兵士たちを“この世界から削除するように”、ひとりまたひとりと消していく。
悲鳴すら、途中で途切れる。
あたりに残ったのは、異様な静けさと、地面の裂け目。
その裂け目の中で、“指”が名残惜しそうにうごめいて──
……やがて、すっと沈んでいった。
静寂。
そして、残った3人の兵士が──
腰を抜かし、泡を吹きながら逃げ出した。
「ひィ……ひぃぃいいぃぃいいいいい!!!」
「お化け!!あれはお化けだァァアアアアアア!!!!!」
俺はその様子を見ながら、震える声で呟いた。
「……あのさ」
「これ、絶対……“一般人がテキトーに撃っていい魔法”じゃなかったよね?」
──────
───騎士たちが地面に消えてから
村全体が、完全に沈黙した。
鳥の声も、虫の羽音も、風のざわめきもない。
まるで世界ごと「一時停止」でもされたかのように、動きが消えていた。
「……あれ?」
俺の声が、異様に大きく響いた。
「やっ……やっば……? やっちゃった……?」
指先が震える。
いや、違う。恐怖じゃない。自分で“何を撃ったか分からなかった”感覚が怖い。
魔法=便利な道具、って思ってた。
でも今のは──
「完全に“災害”だったよね……?」
「お見事でした、主様」
横で、カナがうっとりとした目で見上げてくる。
「さすがは我が主……あの程度の害虫、まさに一掃」
「いやいやいやいや!!“一掃”の規模が違うんだよ!!あれ何!?魔界の呪詛とか召喚系じゃない!?!?」
「恐らく、“位階十以上の異界干渉型”ですね」
「なんでサラッとそんなもん撃たせたし!!」
──そして。
村の広場にいた人々が、ゆっくりと動き始めた。
誰も、声を出さない。
誰も、目を合わせない。
ただ──距離を取って、避けるように。
まるで、“核を落とした本人”を見る目。
「……え、あの、すみません?」
軽く手を挙げてみるが、返事はない。
目を逸らし、道を空けられた。
「すごいです、主様。“支配者の威圧”が民に浸透してきております」
「違うの!!威圧したくてやったんじゃないの!!もっとこう、穏やかに挨拶とかしたかったの!!」
「ならば今から“我が領土”として統治を──」
「しようとすんなあああああああああ!!!!」
バシィィンと全力ツッコミ。
だけどカナは動じない。
むしろ“当然のことを提案している”という顔だ。
「この村は今、主様によって害を排除されました。ならば次に必要なのは──“旗”です」
「いらないよ!?村に国旗立てないで!?国歌とか作らないで!?俺は!ただ平穏に暮らしたかっただけなんだぁぁぁ!!!」
叫び声が、虚しく空に消えていく。
──また、遠ざかっていく。
俺の“静かな生活”が。
「……はあ……」
村のベンチにへたり込んで、項垂れる。
その横で、カナがすっ……と肩を貸す姿勢を取ってくれるが──
「だから乗らないって言ってんだろぉぉぉぉ!!」
──────────────────
「だから乗らないって言ってんだろぉぉぉぉ!!」
俺の絶叫が、昼下がりの空に虚しく響く。
そしてその裏で──
────────
一方その頃、俺の村では。
「クー様ぁぁぁああああ!!!」
白昼堂々、村の真ん中を走る村人。
その声に反応して、草の上で寝転んでいた銀狼が、顔をしかめて起き上がった。
「……んぁぁぁ……クー、ねてたのに……」
ふにゃふにゃした口調。
寝起き特有のぼけーっとした目で、クーが村人を見上げる。
「どした?」
駆けつけた男が、息を切らしながら報告した。
「大変です!クー様! 武装した一団が、村に向かってきています!」
「ふえ?」
「十五人ほどです! 方向は森の西! まだ距離はありますが、確実にこちらに向かって……」
そこまで言うと、クーの瞳が一気に光った。
ガバァッと立ち上がり──
犬耳がぴょこんと立った。
「かりだぁ!!かりだぁーーー!!」
大興奮。
しっぽがブンブン振られ、完全に「狩猟モード」に突入した。
「よっしゃー!クーの出番っ!!」
そのまま地面を蹴ってダッシュ。
だが──数歩走ったところで、ぴたっと止まる。
「……あっ」
クーの脳裏に、ひとつの記憶が蘇る。
──“まずは対話だよ?わかった?”──
主様の声。
まじめな顔で、手を肩に置いて言ってくれた。
大事な言葉。
「……たいわ、たいわ……」
クーは頷く。
「よーし。まずは──」
「たいわしてぶっ飛ばす!!!」
しっぽをぶんぶんさせながら、再び全力ダッシュ。
森の彼方に消えながら、大声で叫ぶ。
「クー、たいわ、がんばるぅぅううう!!!」
────────
一方その頃。
森の西、道を進む武装した一団の前に──
銀色の弾丸が、猛スピードで接近していたことを、まだ誰も知らなかった。
第7話・完。