第68話『六王、動く──“平和”の名のもとに』
「……おい、マリー。
その後、“洗脳”の進捗はどうだ?」
低く響く声。
ガルザは机上に置かれた魔法通信機へ視線を落とす。
彼の指先には、無数の魔石が埋め込まれ、淡い紅光が脈動していた。
少しの間を置いて、通信機の向こうから女の声が返る。
「申し訳ございません、ガルザ様……。
あの《シュン》という化け物、想定以上に知性が高く……
現在、高位洗脳術式の再構築を行っております。少々、お時間を……」
「やはりか。」
ガルザは小さく息を吐く。
それは諦観ではなく、計算された静けさ。
「私はこれより“魔石の取り込み”に入る。
その間、行動は制限される……。しくじるなよ、マリー」
「はっ! 必ずやこのマリー、あなた様のご期待に応えてみせます!
……それと──」
「なんだ?」
「“残りの二王”、それぞれが戦闘を開始した模様です。
狂腕王ガロスと、夜侯王ザギエル。
両陣とも、すでに全軍を展開しており──」
ガルザは無言のまま、背後に浮かぶ水晶球へと手を伸ばす。
球面には、砂煙舞う平原と、凍てつく夜の光景が映し出されていた。
「……使えん王どもめ。
愚かにも、“舞台”が整う前に勝手に動きおって」
その目は冷たくも美しく、どこか陶酔すら宿していた。
「マリー。強化術式を奴らにかけてやれ。
あれでも一応、六王の器。時間稼ぎぐらいはできるだろう」
「はっ! 直ちに!」
通信が切れると同時に、部屋の空気が静寂へと沈む。
魔石が不気味な音を立て、ガルザの身体を包み込んでいく。
「──さあ、仕上げといこうか」
その瞳に浮かぶのは、狂気でも破滅でもなく、純粋な信念だった。
「全ては……“平和”のためにな」
闇が静かに、男を飲み込んでいった。
────────────
その頃──
クーとガリウスは、群れをなして迫るオーガ族と相対していた。
大地は砕け、血が焼け焦げ、鉄の匂いが風に混ざる。
棍棒が岩を叩き割るたび、衝撃が地面を震わせ、火花が夜を照らした。
「クー殿! このままでは数で押し潰される! 何か策はないか!」
ガリウスは咆哮しながら大斧を振るい、巨体の腕をへし折った。
しかしその顔には焦りの色が滲んでいた。
彼の肩には裂傷、呼吸は荒く、握る手の震えを止められない。
英雄と呼ばれた男ですら、手負いの身では防戦が精一杯だった。
「ん〜〜そんなこと言われても〜〜」
雷を纏ったクーが、頬をぷくっと膨らませる。
軽い声とは裏腹に、周囲の空気は震え、光が走った。
彼女の足元から、稲妻が地を這う。
「ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
オーガの咆哮が響いた瞬間、クーの体が反射的にくるりと回転した。
雷光と風が交錯し、次の瞬間、オーガの首が宙を舞う。
「めんどくさいのだぁ! なんか“うぉー!”って言われると体が勝手にくるん! ってなっちゃうのだぁ〜!」
不機嫌そうに文句を言いながら、クーは髪を揺らした。
雷を纏い、頬を膨らませ、稲妻を散らす。
ガリウスは横目でその光景を見ながら、思考を巡らせる。
(恐らく──標的を強制的に定める類の戦技、あるいは魔法……。
それぞれが個別に狙いを定め、混乱を生み出しているのか)
幸い、連携と呼べるほどの緻密さはない。
だが、数が違う。このままでは押し潰される。
そして──まだ、王が動いてすらいない。
(敵の注意を引ける何かがあれば……クー殿なら、奴を釣り出せるはず……!)
ガリウスは賭けに出た。
「クー殿!! そこに爆弾を埋めたぁぁ!!!」
咄嗟のはったり。だが、その一言でオーガたちが一斉に顔を向けた。
空気がわずかに凍りつく。
(今だ──動け、クー殿!)
祈るように視線を送ったその先で、
「危ないのだ! もっと早く言うのだぁ〜! どこなのだぁ!?」
クーも、しっかり同じ方向を見ていた。
「ダメだあの犬ぇぇぇ!!!」
ガリウスの絶叫が、土煙に飲まれた。
流石の英雄も、彼女にだけは期待しすぎたらしい。
────────────
クーは考えていた。必死に彼女なりの全力で──しかし見事に空回りしていた。
(敵がいっぱいなのだ)
(敵のボスは攻撃しようとすると、くるってなるのだ)
(クーが敵を倒すと次の敵が出てくるのだ)
(あのもじゃもじゃも限界なのだ)
(クー敵を倒さないといけないのだ)
(でも敵はいっぱいいるのだ)
(敵のボスを攻撃しようとするとくるっ──────)
思考は回転していた。
だがそれはまるで、犬が自分の尻尾を追いかけているかのような堂々巡りだった。
────────────
その時、狂腕王が咆哮を放つ。
「貴様らァァ!! いつまで手間取っている!! まずはあの弱った騎士から潰せ!!」
怒号と共に、無数の足音が地を震わせる。
棍棒が振り下ろされ、大地が裂けた。
「ぐっ、このままでは────!」
ガリウスは血に濡れた大斧を引きずり、構え直す。
その時──
クーの瞳が、ふと輝いた。
雷光がほとばしり、唇が笑みに歪む。
「……わかったのだ!」
閃いた。
彼女は思いついた。
最良の答えを──(彼女基準で)。
「全部倒せばいいのだぁ!!」
満面の笑み。
シッポ、ぶんぶん。
そうとわかれば話は早い。
クーの身体が雷に包まれ、光の尾を引く。
無数の分身が生まれ、戦場を駆け抜けた。
稲妻が弾け、血飛沫が花のように散る。
雷鳴が空を裂き、焼けた土の匂いが満ちる。
狂腕王は、目の前の地獄に息を呑んだ。
「な、なんだ……!? なんなんだあれは!?」
ガリウスもまた、静かに呟く。
「私が目指してきた“高み”とは……なんだったのだ……」
雷の海の中心で、少女が笑っていた。
「クーはたくさん頑張ってるのだ〜! えらいのだ〜♪」
雷鳴が轟き、稲光が夜空を染める。
その笑い声だけが、戦場に響き続けた。
まるで──天災が、喜びながら世界を壊しているように。
────────────
別の戦場
リリィと白蓮と夜候王との戦いでは
「ほら?ごめんなさいも言えへんの?」
白蓮が夜候王の頭を扇子でぽんぽん叩く。
「威勢だけよくってもぉ〜びっくりする程弱すぎてぇ〜同情しちゃ〜う♡」
土下座する夜候王の背に、リリィが腰掛けていた。
確かに夜候王は強かった。
間違いなく歴代のヴァンパイアでも群を抜いていた。
しかし───
相手があまりに悪過ぎた。
かたや六王の中でもドラゴン族に並ぶ王。
そして元勇者パーティーの伝説。
もはや
いじめだった。
「いや……本当……すみません……調子乗りました……」
夜候王はプライドを捨て、頭を下げる。
白蓮は扇子をたたみ、肩の力を抜いた。
「よろしい。ほな、これに懲りて――」
言い終わる前に、空気が微かに歪んだ。
遠くで誰かが、見えない糸をきゅっと引いたような感触。
夜候王の皮膚の下を黒い筋が走り、瞳の赤が細く鋭くなる。牙が伸び、指先の爪が刃に変わった。
「……外から、盛られたね」
リリィが背から軽やかに降り、腰のナイフをひとつ指で弾く。
白蓮は視線だけ動かし、短く息を吐く。
「品のないことを。誰の仕業かは、言わずとも分かるけど」
夜候王の肩が痙攣し、呼吸が荒く千切れた。
胸腔の奥で、理性が薄皮みたいに剥がれていく音がする。
「……っ、来るな……これは……」
彼自身の声が、奥で小さく揺れていた。次の瞬間、濁る。
瘴気がどろりとあふれ、夜の温度が一段階つめたく落ちた。
白蓮は半歩前へ。扇子を斜めに立て、冷気をさらりと流して足元を薄く凍らせる。
「暴れ足、止めとき。人の話が聞けるうちは、な」
砕ける音。強化された筋力が氷の噛みつきを力任せに粉砕する。
速度が跳ね上がり、影が一拍遅れて付いてくる。
「はいは〜い、外部バフで張り切るタイプ〜。でもぉ〜脳みそ側の設定が初期値なんですよねぇ♡」
リリィが笑い、足さばきだけで軌道を外す。
同時に、手首の返しでナイフが扇状に増える。
「第五戦技・切子連環」
短く囁いただけで、銀の線が幾重にも交差した。
刃は跳ね返り、角度を最適に変えて肩口と脇腹に浅い傷を刻む。
蒸気を立てて血がにおい、夜気が甘く汚れる。
白蓮は名を呼ばず、ただ扇の角度をひとつ変える。
冷霧が地を這い、渇きに暴れる脚の可動をさらりと奪う。
「聞こえとる? 止まり。今は、うちの番や」
「足りぬ。足りぬ、足りぬ、足りぬ」
夜候王の声は低く割れ、喉の奥で渇きが鳴る。
もう、こちらの言葉は届いていない。
踏み込む音が遅れて届くほどの速度。
白蓮の扇が“ほんの少し”ずれ、リリィの刃が“ほんの一度”だけ角度を修正する。
それだけで、致命の線から外れる。景色が裂け、背後の岩肌が面で抉れた。
リリィは肩をすくめる。
「やだぁ〜、完全に飛んじゃった♡ ねぇ白蓮、どうするぅ?」
「決まりきっとる。抑えて、寝かす。――それだけや」
夜候王の瞳に、もう理性は微塵も残っていない。
紅が夜を食み、呼吸はただ飢えの形に整えられていく。
「あぁぁぁ……!」
夜が、低く吠えた。
二人は、同時に息を吸う。
今度は――“しつけ”では済まない。
【あとがき小話】
リリィ「ちょろ〜♡ ブクマ33突破ぁ〜♡♡ いや〜、読者様ってば、見る目あるぅ〜♡ ねぇねぇ、リリィちゃんの可愛さにポチッとしちゃった感じぃ〜? ふふっ、チョロ読者さまぁ〜♡」
カナ「皆様のご支援、誠にありがとうございます。深く感謝申し上げます」
リリィ「あれれぇ〜? 『気づいたらブクマ押してました』とかぁ〜? 無意識で好きになっちゃうの、危ない病気ですよぉ〜♡ リリィ中毒、進行してませんかぁ〜?」
カナ「今後とも、何卒ご贔屓のほど、よろしくお願い申し上げます」
リリィ「ちょ、ちょっと!? なにそれ!? 勝手に“礼儀正しくまとめてます感”出すのやめてくれない!? リリィそんな殊勝な子じゃないんですけどぉ〜!?」
カナ「本心です」
リリィ「はぁ!? ちっがうし!? リリィちゃんはもっとこう、尖ってて小悪魔で手に負えない女なんですけどぉ〜!?」
カナ「実際は、読者様に構ってほしくて必死にイキってるだけです」
リリィ「ちょおおおおおお!?!?!? やめてぇぇぇ!! 乙女の黒歴史を開示するのはやめてぇぇぇぇ!!///」




