第67話『狂腕と氷刃、そして夜を裂く美の饗宴』
「クー殿! す……少し、ペースを落としてくれ……!」
ガリウスは折れた肋を押さえ、息を荒くしながら走っていた。
「ん〜〜でも、主様がしんぱいなのだぁ〜!」
クーはぴょんぴょんと軽やかに跳ねるように先を行く。
その背中に焦りはない──だが、確かに言葉の通り、“心配”はしているのだろう。
──シュン殿が捕まったにしろ、単身で突っ込んだにしろ、あの男でさえ危険なのは間違いない。
だが、ガルザの元へ辿り着くには、まだ“二種族の王”を越えねばならない。
前回相まみえた死霊王でさえ、リリィ殿と肩を並べて、ようやく相打ち寸前だったというのに──
「……!」
先を走っていたクーが、ぴたりと足を止めた。
「何か、来るのだ!」
鋭く言い放ち、ガリウスも即座に巨斧を構える。
その重みに軋む身体を無理やり立て直す。
だが、その一瞬──
クーが立っていた場所が、轟音とともに爆ぜた。
「クー殿!!」
砂煙が舞い上がる。
だが──中にいたのは、クーではなかった。
代わりに、人の背丈を優に超える巨大な岩塊が、地面にめり込んでいた。
「……投石、か!」
理解が追いついた時には、もう次の岩が頭上にあった。
「避けられん……ッ!」
ガリウスは瞬時に身構えるが、身体が間に合わない──
が、間一髪。
クーがガリウスを抱え、横へと跳ね飛んだ。
「危ないのだー! ちゃんと避けるのだぁ〜!」
「す、すまぬ……助かった……!」
地面に転がりながら、ガリウスは息を整え、状況を見た。
──そして、現れる。
奥の闇から、鈍い足音とともに現れたのは、大量のオーガたち。
その中心に立つのは──ただの個体ではない。
禍々しい筋肉の膨らみと、溢れる魔力の奔流。
まるで、“暴力”そのものが歩いているかのような存在。
「……狂腕王か」
ガリウスは呟いた。
「我が名は──狂腕王ガロス!」
オーガの王が、両腕を突き上げ、空を震わせる。
「良くぞここまで来た! 貴様ら弱き者どもは……ここで我らの“肉”となるがよい! ふはははははは!!」
「くっ……この数……!」
ガリウスは再び姿勢を整え、構え直す。
すでに戦意は高まっていた。
だが──
「んー、“きょうわんおう”……なんか、ダサいのだ〜」
クーが、ぽつりと呟く。
顎に指を当て、首をかしげながら、心底困ったような顔をしていた。
ガリウスは思わず、二度見した。
「だ、ダサい……だと……!? この我が!? 貴様、獣人の小娘ごときがぁ!」
「それに……うぅぅ〜……お前たち、汗くちゃいのだぁ〜〜〜」
今度は鼻を押さえて、顔をしかめるクー。
──これが、“開戦の合図”となった。
狂腕王の顔が怒りで歪む。
「貴様ァァァァァァァアア!!」
ガリウスは、肩で息をしながら目を細めた。
「……何故、シュン殿の周囲の女性は……こうも敵を刺激するのか……」
押し寄せるオーガの軍勢を前に、ガリウスは静かに巨斧を握り直す。
そして──
「覚悟を決めろ、ガリウス……。
お前を“英雄”と呼ぶ者たちのために──立て!」
砂を蹴り、前へと踏み出した。
────────────
一方その頃。
白蓮とリリィの戦いは、さらに激しさを増していた。
白蓮が扇子を薙ぐたび、頭上から氷柱の雨が降り注ぐ。
リリィは展開したナイフと短剣で、それをまるで舞でも踊るように華麗にいなしていく。
「涼しいだけの魔法使ってぇ〜、六王ってこんなによわよわなんですぅ? リリィちゃん、あきちゃ〜う♡」
「うちには必死に、死にかけの蛙みたいにバタバタしてるようにしか見えへんわぁ。品ってもんがないんやねぇ?」
リリィの眉がピクリと動き、次の瞬間──音を置き去りにして距離を詰め、短剣が閃く。
白蓮は扇子で受け流し、氷片が花のように弾け散った。
伝説と災厄。二つの異形がぶつかり合い、空気ごと震える。
そこに───
「あぁ……なんと美しいお二人……! 今宵このような出会いがあるとはまさに奇跡! どうか、この夜侯王の眷族として共に───」
だが、その声は二人の耳に届かない。
彼女たちはただ、目の前の敵を打ち倒すことだけに集中していた。
「ほらぁ〜そんなに必死に刃物ぶん回してたら〜、お嫁の貰い手なくなっちゃいますよぉ? あ〜いたた♡」
「うちから見たら、必死に口動かすしか芸のない子が一番いたたいやけどなぁ」
白蓮はいなしながら、氷の刃を一閃。
飛び散る氷の一つひとつが、地を凍てつかせていく。
「余裕ぶってる割に〜、だいぶ必死なのうけるんですけどぉ♡ あ、もしかしてぇ〜“必死に見えない努力”とかしちゃってますぅ? ダサっ♡」
リリィのナイフが弧を描き、白蓮の頬をかすめる。
逸れた刃は背後の岩を真っ二つに裂いた。
「お嬢様方! 争っている姿もお美しい! ですがこの夜侯王と──甘美な夜を──!」
二人はその声に、同時に視線を向ける。
「うっさいなぁ……ウチを誘っとるんなら、五千年は早いわ。せやけど、そこの猿とはお似合いやと思うでぇ?」
「はぁ? 売れ残りならそっちにありますよぉ♡ 今なら値引き中で〜す♡ しかも冷風機能付きですぅ♡」
「誰が売れ残りや! ウチにはな、生まれ変わってまで迎えに来てくれる“ほんまもん”がおるんや! あんたこそ、理想語るだけの空想族ちゃう?」
「ふ〜ん? 私もう“呪いが解けるダーリン”見つけちゃったんでぇ♡ 現実見えないお年頃は卒業したほうがいいですよぉ♡」
それでも男は、二人にまったく相手にされず──
ついに、プツンとキレた。
「私を──六王の一角、ヴァンパイヤ族の王にして、歴代最強と謳われたザギエルと知っての発言か……小娘ども!」
その声が響いた瞬間、戦場の空気が一変した。
二人は動きを止め、ゆっくりと向き直る。
そこに立つ男は、まさしく“夜の王”。
漆黒のマントをはためかせ、瞳には妖しく光る紅。
その美しさは息を呑むほどで──同時に、周囲の空間が歪むほどの狂気を纏っていた。
白蓮が、ため息まじりに扇子を広げる。
「……先代の王が勇者に討たれてから、新たに王が立ったっちゅう噂は聞いとったけど……
まさか、こないな阿呆が継いどったとはねぇ。ヴァンパイヤ族も落ちたもんやわぁ」
ギリリ、とザギエルの頬が引きつる。
「貴様……妖狐族か。
貴様らの王は人間界に最も近い地にいながら、臆病者どもの巣! 己の美貌に溺れ、色香で命を繋ぐ卑猥な一族!
容姿だけが取り柄だから生かしておいてやれば、まんまと調子に乗りおって! その王も同じ穴の狢か!」
リリィがため息をつき、ナイフを指先で弄びながらにやりと笑う。
「うわぁ〜……性格ブスが口開いた瞬間に正体バレちゃいましたねぇ♡
そこの性格悪そうなのが妖狐族の現王ですよぉ? ほんと魔族の男ってぇ〜どいつもこいつも口先ばっか♡
先輩の王を口説くなんて……頭のネジゆるんでるんじゃないですかぁ?♡」
白蓮が、すっと顎を引いて笑う。
「心外やわぁ。せやけど魔族の品格が落ちるんは見過ごせへん。
ここは先輩として──ちぃと、お灸すえさせてもらおか?」
「ふん、ちょうどいい! 貴様が妖狐族の王ならば格好の餌食! そこの小娘もろとも──跪かせてやる!!」
「おまけ扱いぃ〜? リリィちゃんを添え物にするなんてぇ〜脳みそ、前世に置き忘れてきたんですかぁ♡?
かわいそ〜♡ しょうがないからぁ〜特別に来世行きのチケット、リリィちゃんがプレゼントしてあげま〜す⭐︎」
白蓮がふわりと微笑み、扇子を開く。
氷霧が舞い、辺りの空気が一気に冷たく染まる。
「これから始まるんは──“しつけ”や。
泣いても許さへんから、せいぜい可愛らしく叫びぃや?」
氷と刃が同時に煌めく。
冷気と狂気が絡み合い、夜を裂く閃光が走った。
こうして──
夜侯王ザギエルを相手取る、氷と刃の美の饗宴が始まった。
◆ あとがき小話 ◆
~作者、魔族領編 書き終えました報告~
クー「わぁああいっ!! やったのだぁー!!」
白蓮「ふふっ、どないしたんクーちゃん、そんな跳ねて」
クー「だってだって〜!作者がついに!魔族領のお話を書き終えたのだぁ〜っ!」
白蓮「……まだ公開はしてへんけどね?」
クー「でも!書き終わったってことは!また新しい冒険が始まるってことなのだー!!」
白蓮「ま、そない前向きに言うてくれたら、作者さんも救われるやろなぁ」
白蓮「それと──累計ポイントが【150pt】に到達したんやて」
クー「おぉ〜〜〜っ!すごいのだぁー!!」
白蓮「ふふ。ほんまに、ひとつひとつがありがたいことやねぇ」
クー「ポイントと一緒にお肉も増えたら最高なのだ〜」
白蓮「それはうちじゃどうにもならへんけど……気持ちだけは、ぎゅっと詰めてお届けしたいなぁ」
クー「ということでっ!!」
白蓮「作者さんに代わって──」
クー&白蓮『いつも応援してくれて、ほんまにありがとうございますっ!』
白蓮「これからも、どんな形でもええので……のんびり楽しんでもらえたら、うちらも嬉しいです」
クー「ブックマークとか、感想とかも……くれると作者がピクピクよろこぶのだぁ〜」
白蓮「……あんまり表現が生々しゅうて草生えるわ」




