第63話「狐と小悪魔、殺意の笑み」
ガルザは──
監視に差し向けた〈しもべ〉から届いた映像を見つめながら、無意識に喉を鳴らした。
感情を表に出すことなど皆無な彼の眉間が、微かに歪む。
「……あの“シュン”とかいう者は、いったいどこまで──読み切っている……?」
画面の中で展開されていたのは、連続する“出来すぎた結果”だった。
古竜王の撃破。
妖狐族の懐柔。
そして──
たった一人を先行させての、ガリウス救出と死霊王の撃破。
偶然にしては──出来すぎている。
だがそれ以上に、ガルザが戦慄を覚えたのは──
その“中心人物”が、映像の中で泣きながら全力で走っていたという事実だった。
「……これほどの魔法を操れる者が、凡才……いや、“道化”を演じている……?」
──ガルザだけが知る事実がある。
リリィが、アステリオン王国で撃破したファルカン。
あれは“六王”すらも超える存在だった。
だが、その怪物を撃ち落としたのは──
誰も気づいていない**《魔弾》**だった。
全員が「第九戦技が決め手だった」と誤認している。
だが本当は──あの魔法だけが、ファルカンの命を絶った。
見切れぬ速度で、確実に急所を貫いた魔力。
その軌道も、意図も、誰ひとり理解していない。
(あの男──“わざと”理解させていないのか……?)
戦場の全容を読み、仕掛け、立ち回り、道化を演じる。
しかも、誰よりも“目立たない”形で──確実に、殺している。
それほどの存在が。
今は、“凡人の皮”を被り──笑われながら歩いている。
◆
「しぬぅぅぅ……す……少しだけゆっくり……クーー!」
「大賢者はん♡うちがお膝で少しお休みに────」
「なるかぁぁぁ!? さっきから何なのこの人!?」
◆
「……危険だな」
呟きは、静かで低い。
だがその声には、“本能的な警戒”が滲んでいた。
「……放置すれば、間違いなく……やつの魔法は、この身を滅ぼしに来る」
その歩き方すら“演出”だとすれば──
もはや、計り知れない。
「“道化”すら、計算のうち……か」
「おい、マリーはいるか」
影の中から、すっと現れたのは一人の魔族の女。
沈んだ瞳と張り詰めた空気を纏う、“精神魔法”の使い手。
「何でしょう、ガルザ様」
「──あの者を、捕らえろ」
「お前の“精神魔法”でな」
「承知致しました……必ずやご期待に」
そのまま、闇に溶けるように姿を消す。
「……あとは、残りの王を“防衛”につかせろ」
「俺は──“儀式”に入る」
魔王復活と、“あの青年”への警戒。
──その両輪が、静かに世界を変え始めていた。
────────────
戦いを終えたガリウスとリリィは、聖堂の瓦礫の上で大の字になって倒れていた。
呼吸は荒く、衣服は血と土で汚れ切っている。
それでも、二人は生きていた。
その場にようやく、シュンたちが駆けつける。
「わー!お菓子くれる人なのだー!」
クーが真っ先に飛びついてリリィに抱きついた。
「ちょっ!? 離しなさい、馬鹿犬!」
「……っはぁ、はぁ……」
俺は身体を引きずるようにして、ガリウスの元に駆け寄る。
「大丈夫ですか!? 怪我は──」
「あぁ……問題は無い……ちょっと肋が数本な……」
「“ちょっと”じゃないですけど!? でも……無事でよかった……」
俺は安堵しつつ辺りをキョロキョロ見回す。
だが──そこにあったのは、変わり果てた屍の山だった。
言葉を失った俺を見て、ガリウスが空気を変えるように声を張る。
「それにしても、救援がシュン殿にクー殿、そしてリリィ殿とは……随分と頼もしいものだな!」
力強い笑みに、思わず頷きかけたその時。
「そして……その後ろにおられるのは?」
ガリウスの視線は、白蓮に注がれていた。
「あー……えっと、俺もよくわからないんですけど……さっき知り合って……」
振り返った俺の視界に飛び込んできたのは──
宿敵を見据えるかのような険しい瞳。
白蓮が、リリィを睨みつけていた。
「えっ? なんで今度は怒ってんの!?」
俺の狼狽をよそに──
「ちょっ! くすぐったいってば! やめ! やめなさい!」
「んー、お菓子かくしもってるのだぁー! だすのだぁー!」
相変わらずクーとリリィはじゃれ合っている。
──だが次の瞬間。
氷の氷柱が、リリィめがけて飛来した。
「──っ!」
クーが咄嗟にリリィを突き飛ばす。
紙一重で、氷柱は地に突き刺さった。
「白蓮! 何するのだ! 危ないのだ!」
「どうしたんだよ急に!?」
俺たちが叫ぶ。
だが、白蓮は険しい表情のまま一歩も退かない。
「……ごめんな、大賢者はん。クーはん……」
その声は震えず、ただ深い怒りに満ちていた。
「──でも、その女だけは……生かしとくわけにはいかんのや」
白蓮の瞳は、冷え切った殺意でリリィを射抜いていた。
リリィがゆっくりと短剣を構える。
口元には挑発的な笑み。
「妖狐族が残ってるって聞いた時、まさかとは思ったけど……あの夜の小狐ちゃんだったのね♡」
白蓮は扇子を開き、静かに魔力を解き放つ。
冷ややかな眼差しがリリィを射抜いた。
「えぇ、生きとります。泣き虫やった子供だけがな……。でも百年経っても顔ひとつ変わらんあんたを見てると──どっちが化け物か、わからへんわ」
「アハ♡ 化け物でも可愛いなら得じゃない?」
リリィは肩をすくめて笑う。
「可愛い、ね……若さに縋る女ほど、その言葉を欲しがるもんや。滑稽やわ」
「そっちこそ“悲劇の生き残り”に縋ってるだけじゃなぁい? ダサい〜♡」
白蓮は扇子を閉じ、地に光紋を走らせる。
「奪われた分だけ、ウチは憎しみで咲いた。命を背負ったことのない子供には理解できんやろな」
「ん〜? じゃあ、その子供にまた殺されにきたの? 可愛い狐さん♡」
リリィが短剣を上げ、笑みを深める。
(やべぇ……完全に殺る気だ……!)
(止めたい……でも割り込んだら俺が死ぬ……!!)
二人の視線がぶつかり、空気が裂ける。
次の瞬間、戦いが始まろうとしていた。
短編公開しました!
本編に繋がる“前章譚”の短編──
いやぁ……四苦八苦しながら書きました。
評価・ブックマーク、本当にありがとうございます!
皆さんの応援があったから、最後まで書き切れました。
少しでも笑って、ちょっとでも胸が熱くなってもらえたら嬉しいです。
この物語は、連載中の本編──
『料理スキルで異世界まったり生活、と思ったら神扱いされて軍隊できてた』
に繋がっていきます。
あの男の伝説の始まり、ぜひお楽しみください!
『死因:階段。称号:大賢者。──童貞のまま世界を救う男の話』
▶︎ カクヨム版:https://kakuyomu.jp/works/822139837247630837/episodes/822139837247698105
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