第61話『婚約者(自称)と竜王と迷子の俺』
ダメ元で使った魔法は、古竜王を貫いて──天を割った。
──いや、うん。
めちゃくちゃすごい魔法なのは、わかる。
けどさ──
何が『ラブラブキュンキュンシャイニングアロー』だよ……!
どう見ても“ラブ”じゃない。
どう見ても“キュンキュン”してない。
射抜くってレベルじゃない! 風穴空いてるし、貫通して向こう側見えるし!!
大賢者……お前、どんな感性してんだよ。
いや、今さらだけどさ!
毎度毎度、魔法の規模だけ桁外れすぎんだろ!?
そんなツッコミすら虚しく、
古竜王は──ずるり、と地に崩れ落ちた。
「……クーの行方も気になるけど……」
まぁ、あいつはたぶん放っといても大丈夫だろう。
それよりも──
リリィとキュリの方が心配だ。
なにより──
「魔族領のど真ん中でひとりぼっちとか、無理ィィィィィィィ!!」
マジで怖い!!
超怖い!!
なんかいる気がする! 見られてる気がする!
ていうか、絶対なんか這ってきてる!!
一刻も早く、誰かと合流したい。
俺はそう思って走り出そうと──した、その時だった。
「大賢者はん!!」
──抱きつかれた。
「うおッ!? くっ、苦し……ッ! 息が……!!」
何か、ふわふわで柔らかいものに顔を押し付けられて──
誰か確認どころか、息すらできない。
死ぬ! これは死ぬやつ!!
「主様がぁぁぁぁぁぁあああ死んじゃうのだぁぁぁああああ!!」
ようやくクーが引き剥がしてくれたおかげで、なんとか窒息死は免れた。
そして──
俺の目の前に現れたのは。
真っ白な髪に、しなやかな尻尾──
──美しい妖狐だった。
……あまりの光景に、鼻血が出た。
「大賢者の生まれ代わり……」
「生まれ変わってまで、うちを迎えに来てくれたんやろ……?」
涙を浮かべながら、潤んだ目でこちらを見つめてくる。
「ち、ちが……俺はシュン! 大賢者じゃないって!!」
必死に訂正を試みたものの──
「……覚えてなくても、しゃあない」
「でも、うちは……あんたさんを、ずっと待ってました」
(……終わった)
──これ、カナと同じタイプだ。
完全に確信した。
こう思い込んだら最後、何を言っても通じないタイプ。
めんどくせぇ……とか言ってる場合じゃない!
「クー!! よく戻ってきてくれた!」
「リリィとキュリが、敵に追われてるんだ! 俺らも急いで後を追うぞ!」
「了解なのだ!! 行くのだああ!!」
たぶん状況はよく分かってないけど、ヤバいことだけは伝わったらしい。
クーが全力で駆け出す。
俺も、そのあとを追う。
──と思ったら。
「……え、ちょっ、ついてくんの!? マジで!?」
振り返ると、妖狐も軽やかに俺たちのあとを走ってきていた。
しかも、すっごい照れ顔で。
「……あんさんを、もう二度と手放したりしません」
「ずっと……これからは一緒に……」
──扇子で口元を隠しながら。
頬を染めながら。
明らかに“嫁入り宣言”みたいなことを言ってくる。
「いやいやいやいや!! 綺麗だけど! 流石に怖いわぁぁぁ!!」
──こうして俺たちは走った。
仲間のもとへ。
この地の果てで、
再会と、新たな“やばいフラグ”を背負いながら──
死ぬ気で。
走った。
────────────
少し時は遡り、キュリを追うリリィは、
空を移動するワイバーンに必死に追跡していた。
「……やっぱり、空はずるいわね……!」
こちらは不安定な岩場、相手は直線の空路。
それでも──ついていけているのは、リリィだったからだ。
樹の幹を蹴り、岩を伝い、速度を上げる。
目を離せば、あっという間に引き離される距離だ。
(……キュリ……耐えて。絶対に助けるから)
その時だった。
後方──遥か彼方の空が、紅蓮に染まった。
「……なに、あれ……」
振り返らずとも、肌でわかる。
一瞬で空気が変質するような、異常な熱波。
地平を越えて立ち昇る炎柱。
空を突き抜けるそれは、天蓋を焦がす“神罰”のようだった。
(……古竜王)
予感が、確信へと変わる。
あれは──あの時、かつて勇者と共に挑んだ“災厄の一角”。
(……まさか、あれを──)
百年。
その歳月を生き延びた竜王が、進化していないはずがない。
それは知っていた。
それでも──
「……シュン、あんた……」
ぎり、と奥歯を噛み締めた。
「……勝手に死んだら、絶対許さないんだから……」
呟きは怒りではない。
胸の奥を焦がす、焦燥と──怖れ。
だが、今は感情に流されている暇はない。
目の前の仲間を救わねばならない。
再び足を前へと叩き出す。
斜面を駆け、木を駆け、低い山を登りながらワイバーンを追う。
だが、飛行速度は徐々に差を広げていた。
「くっ、このままじゃ……!」
風を裂く。
『──第三戦技《疾風》!』
身体に風の加速を纏わせ、巨木の枝を滑るように駆ける。
ナイフを抜き、目標に定め──
「──ッ!」
キュリを掴むワイバーンの翼を狙って放つ。
が──
別の個体が、即座に身を投げ出して庇う。
刃は弾かれ、ナイフは空へ消えた。
「……やるじゃない……」
舌打ちしながら、リリィは着地を見極める。
だが──その時。
再び、背後の空が閃いた。
今度は──“白”。
一筋の閃光が、天を割る。
(……え……)
一瞬、全ての空気が凍りついた。
ワイバーンたちもまた、空中で震えたように減速し──
まるで“恐怖”を抱いたかのように、一斉に加速。
「待ちなさいッ!」
追おうとするが──もう、遅い。
リリィが着地を済ませる頃には、目視すら難しい距離にまで逃げ去っていた。
「……もうっ、飛ぶのは反則でしょ……」
苛立ちと悔しさを喉に押し込めながら、周囲を確認する。
単独での行動、移動距離、未知の地形。
冷静に判断するなら──
(まずは現在地の把握……)
リリィはそのまま、小高い山の山頂を目指した。
──────
山頂に近づくにつれ、鼻にまとわりつく匂いが変わる。
血の臭い。肉の腐臭。土の鉄臭さ。
(……死臭)
即座に警戒態勢へ移行。
足音を殺し、森の陰を縫うようにして登る。
やがて──視界が開けた。
そこにあったのは、すでに荒らされた野営跡。
壊れたテント、焦げた残骸、武具の散乱。
そして地面に刻まれた、無数の血痕と戦闘痕。
「……これは……」
一歩近づいたその場所。
倒れたテントの一部に、見覚えのある“意匠”が見えた。
アステリオン王国の──騎士団旗章。
(間違いない……ここが捜索対象の、連合騎士団の野営地……)
状況を分析する。
テントの数、食糧庫の跡、中央に集まる焚き火の痕。
布の破れ方、武器の散乱具合。
──不意打ち。
それも、かなりの規模。
(だが……これだけの規模で襲われたのに、遺体が……ない)
唯一確認できたのは──複数の足跡。
それも“前進方向”のものだけ。
「……前進した?」
まさか、戦闘中に進軍を……?
(退避でもない。撤退でもない。あれは“進軍”の足跡……)
戦線崩壊下での前進など、自殺行為。
まともな判断力があるなら、絶対に選ばない。
(……選ばせる“何か”があった)
(あるいは……選ばされた)
リリィは僅かな足跡の先を目で追った。
進軍先は──
(……死霊王……)
疑念が確信に変わる。
この場所で、何かがあった。
そして──“何者かの意志”によって仕組まれていた。
リリィは腰の装備を確認し、ナイフを引き抜く。
「──なら、真っ直ぐに暴きに行くだけよ」
足を踏み出す。
一歩一歩、確実に。
風が騒ぎ、空が渦巻く魔族領のただ中へ──リリィは進む。




