第60話『「お慕いしておりました」その一言のために』
「白蓮、無事でよかったのだぁ〜♪」
再び、無防備に跳びついてきた。
そしてまた、舐めようとしてくる。
「いや、やめなさいって!! っていうかアンタ、何者やの……!!?」
「……覚えて……ないのだ?」
しゅんと、耳と尻尾をぺたーっとして。
不安そうに見上げてくるその姿に──白蓮は。
「もしかして……大賢者様と一緒におった……狼……さん?」
尻尾がぶんぶんと揺れる。
「そうなのだー! 今はクーなのだぁ!」
「白蓮! 会いたかったのだぁ!」
姿かたちは変わっていても、彼女は──彼女のままだった。
白蓮は、クーをぎゅっと抱きしめる。
「本当……どんなけ待たせるの……待ってたんだから……」
「ずっと……ずっと……待ってたんだから…………」
クーはいきなり抱きしめられて、ちょっと苦しそうだったけど。
それでも、嬉しそうに、尻尾をパタパタさせていた。
はっと白蓮は顔を上げて、クーの肩をつかむ。
「それで! 大賢者はんも────!」
やっと。
やっと、伝えられる。
やっと……お礼が言える。
やっと……
──なのに。
クーは、元気をなくして。
「……大賢者様は……いないのだ……」
「クーだけなのだ……」
違う
違うちがうちがう
聞きたいのは、そんな言葉じゃない
「クー……ちゃんたら…………ほんま意地悪な人やわ〜」
「大賢者はんは、どっかで夢やったハーレム? とか言うのにいるんと違うん?」
「なら今から、うちと一緒に行こか♪」
──違うんや
ほんまはもう、分かってる
分かってるのに
「──違うのだ。大賢者は……もう、死んで────」
「──嘘や」
涙が、溢れた。
ずっと我慢してた分の、全部。
感情が、濁流みたいに込み上げてくる。
薄々──気づいてた。
人間の人生は、儚くて、短い。
消えゆく命に、明日を与えてくれた
閉ざされた世界から抜け出せる、そんな希望をくれた
信じていいんだと、心の底から思わせてくれた
ただ、貴方の側に居たかった。
ただ、貴方の笑顔を、声を、空気を感じていたかった。
それでも……
それでも、ただ一言だけでいいから……
「白蓮は……大賢者はんを……」
「お慕いしておりました…………」
涙が止まらない。
この感情は、なんなんやろ。
絶望? 悲しみ? 怒り?
分からへん。
「……白蓮……」
その時だった。
妖狐領の外れ。
空を裂くように、火柱が巻き上がった。
ぐしゃぐしゃになった視界の中。
その、赤い光だけが、真っすぐに燃えていた。
慌てて、火柱の方へ駆け出す。
草木を踏み、枝を払って──
ただ夢中で、森を走る。
何が起きたのかなんて、分からない。
だけど、この胸騒ぎだけは──どうしても無視できなかった。
森を抜けた、その先。
──そこに、広がっていた光景は。
「……古竜王……?!」
空を裂くような怒声。
そしてその下で、
古竜王の猛攻を、必死に避ける青年の姿。
「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「こんな条件設定したの誰だよォォォ!?
マジで恨むからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
青年は魔法のウインドウを見つめ、
顔を歪めながら──
それでも、目の前の巨影に向き直る。
そして、手を翳した。
叫ぶ。
『ラブラブキュンキュンシャイニングアロォォォォォォオオオオーーーッ!!』
──その瞬間、世界が変わった。
一筋の光。
それは線ではなく、柱だった。
天空へと伸び、古竜王の胸を貫通し、
そのまま──この死の大地を覆っていた分厚い雲すら、消し飛ばす。
今まで、決して差すことのなかった“天”から──
光が、降り注ぐ。
一瞬だった。
でもそれは、全てを塗り替える一瞬だった。
黒に染まり、永遠に閉ざされたはずのこの大地に──
白い、温かな、まっすぐな光が……静かに降りていた。
白蓮は、言葉を忘れて立ち尽くす。
その光景に。
その威力に。
その“名乗り”に──
思わず、声が漏れた。
「…………大賢者はん…………」
それは、何よりもふざけた魔法だったはずなのに。
それでも今。
白蓮の目に映ったあの姿は──
かつて、何もない死の大地に
“名もなき花”を咲かせてくれた、あの人と重なっていた。
【あとがき小話】
ふふ、ここまで読んでくださって……ほんま、おおきに。
ちょこっと、更新が不定期になるかもしれへんけど……
それでも「ええなぁ」って思ってくださった方は、
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ほんま、ありがとうございますね。
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