第6話『なでなでが報酬の拠点、爆誕』
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「──シュン、ご主人!!」
叫び声とともに、真っ白な閃光が弾けた。
風が一瞬止まり、視界の中に“ヒト”が立っていた。
……いや、正確には“ヒトの形をしたナニカ”だ。
肩まで流れる銀髪。
尻尾と耳は狼のまま。
全身に纏うのは蒸気と、申し訳程度の毛布の残骸。
──つまり。
全裸。
「っ、ごしゅ──んっ♡」
「うわ来んな来んな来んなぁぁぁあああああああ!!!」
ドドドドドッッと地を蹴る音とともに、
**銀色の弾丸(裸)**が突撃してくる。
その目はキラキラと輝き、口元には舌が見えていて──
やばい。このままだとキスとかじゃない。完全に舐められる!!!
「おおおおおおおい誰か止めろおおおおおおおお!!!!」
がばぁっっ!!!
バフッ、と音がして俺は地面に押し倒され──
「シュン、だいすきっ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」
はいきた、連続舐め。
「やめろォオオオオオオ!!!!誰か、警察、カナ、助けてええええ!!!」
──ズドン!!!
「まず服を着なさいッッ!!!!」
突き刺さる声とともに、マントがクーの顔面にクリーンヒットした。
あらぶる尻尾が一瞬でしゅん……と萎み、ぺたんと座り込む。
「……へ?……服……?」
「人の姿で恥じらいもなく肌を晒すなど、主に対する重大な侮辱です」
カナが淡々と突きつける正論。すごい、正しすぎて返せる言葉がない。
ていうかそのマント俺の寝巻きなんだが……。
「しょ、シュン、怒った……?」
「いやカナに全力で怒られてるし俺は被害者だし全裸で抱きつかれたし……」
「でもクー、人になれたよ?シュンが、呼んでくれたから!」
にぱーっと笑って、マント姿の銀髪がこっちに擦り寄ってくる。
……あ、今の顔はちょっとだけ、可愛いと思ってしまった。負けだ。
「じゃあ、クーって呼んでねっ!名前もクーでいいからねっ!」
あ、命名の流れそれでいいの!?
「えっ、お前……それでいいの?」
「うんっ!!」
ふわっ、と尻尾が跳ねる。
まっすぐな目をしてる。完全にもう決めてるやつの目。
「……じゃあ、クーで」
「わーい♡ シュンが名前くれたー!これでクーは“クー”になったー!」
それだけで、クーは床に転がって手足をばたばたさせながら全力喜びモードに入った。
尻尾が三倍速で振れてる。まさに犬。いや狼だけど。
「主が“与えた”とするならば、それが真名です」
カナが俺の隣で、どこか納得したように頷いていた。
たぶん違う意味の命名を想像してたんだろうが、もうそういうのは期待するだけ無駄な気がする。
「じゃあ、記録しますね。クー──忠誠度、100。忠義、常時MAX。ご主人大好き。よし、問題なし」
「勝手にパラメータ設定すんなァァァ!!!!」
「クーのほうが、カナより強いもん!」
その一言が、地雷だった。
空気が──変わった。
風が止まり、熱が引いていく。
背筋に、ぞわりと冷たいものが這い上がる。
冗談だと受け取っていた俺の脳も、ようやく現実を察した。
ヤバい。
この空気──本気で殺り合うやつだ。
「……格下に侮られるとは」
カナの声が、静かに落ちた。
視線はまっすぐ、クーだけを捉えている。
「ちょ、やめとけやめとけって!ほら、シュンは平和主義なんだからさ!静かに暮らそ?な?」
「主が強き者を好むならば、私は証明しなければなりません」
「いやいや、俺そんな“好戦的バトルロマン”一回も語ったこと──」
「クー、いっくよぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」
地が裂けた。
影が爆ぜ、黒い残像を撒き散らして、クーが突撃する。
動きが速すぎて、視界に残像が4つ。
「くっ──ッ!!」
カナが一歩踏み込むと同時に、大量の光の鎖が空間に展開された。
五十本以上。
空そのものが、光の檻になる。
クーの分身(というか残像)が一斉に動き出す。
四方向からの飛び込み、跳躍、咆哮。
「おらああああああああっっ!!!!」
咆哮が爆発する。
風が押し戻され、木々が悲鳴を上げるように揺れる。
斬撃が飛ぶ。黒くて鋭い、空気そのものを切り裂く刃。
一発が外れたと思った瞬間──森の奥が崩れた。
ズシャァァァァァァァァンッッ!!!
遠くで木々が爆発的に裂け、空が土煙に包まれる。
「えっ、ちょ、待て待て、どこの軍用魔法だよこれええええ!!!」
カナは光鎖で分身の動きを全てロックするように封じていく。
捕らえられた瞬間、鎖が爆ぜてエネルギーを吐き出す。
分身が消えるたび、閃光と風が吹き抜ける。
残った本体にカナが突撃。
メイスが、空気ごと地面を圧縮しながら振り下ろされる。
──ガァンッッ!!!
金属音ではない。これは、“質量の音”だ。
大地が悲鳴を上げてめり込み、衝撃波が逆方向に吹き返す。
まるで俺が爆心地に背を向けて立ってるような衝撃。
クーはギリギリで影に沈み、斬撃で牽制しながら距離を取る。
地面に、斬撃の軌跡が“×”を描いて残っていた。
土が乾いて焼けている。
──は?
これ、もし当たってたら……死んでたの、俺じゃね?
「っていうかお前ら!ここ!拠点のすぐ隣だぞ!?!?やめ──やめろって!!」
クーが、笑っていた。
尻尾を振りながら、満面の笑顔で。
「カナ、つよぉ〜い!でも、クーだって負けないもんっ!!」
「主の忠臣として、実力で示します」
今なんで楽しそうなテンションで殺し合ってんだよ!??
「や め ろ っ つ っ て ん だ ろ お お お お お お お お お お !!!!!!」
俺の魔力が反射的に爆ぜ、地面がピリッと音を立てた。
気圧が変わる。
──◇──
二人がピタッと動きを止めた。
「……反省します……」
「ごめんなさーい」
同時に、正座した。
土煙の中で、焦土の真ん中で。
なんなんだよこの忠誠心。
カナの周囲では、まだ光鎖がパチパチと残っている。
クーは尻尾をしゅんと垂らして、肩を落としていた。
「はぁ……拠点が生き残っててよかったわ……」
俺はその場にへたり込みながら、天を仰いだ。
山肌は一部崩れ、木は数本折れ、地面は焼けている。
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──それから、三日が経った。
生活が変わった。
きっかけは、もちろんクーだ。
この銀狼、人型になってからはアホの子ムーブ全開だったけど──
その本質は、“森を知り尽くした狩人”だった。
「ここ、昔から動物の通り道ー。おっきいの来ると、よくこの木折れるー」
「こっちの谷は、イノシシいっぱい出るよー。クー、賢者さまとよくここで狩りしたー!」
クーの言葉には、俺たちの知らない“この森の記憶”が詰まっていた。
それだけじゃない。
狩場も、川の流れも、木の種類も、地形の傾斜も──
まるで森そのものと会話するみたいに、情報が湧き出てくる。
結果──
食料調達のルートが固定され、
地形把握によって斜面崩落や獣道のリスクも激減。
カナとの連携で伐採も爆速。
「この木、根っこ浅いー!クー、きるー!」
ズバァァァァァッ!!
斬撃が風を裂き、太い木が音もなく倒れる。
「主。この材は一度に六本運搬できます。問題ありません」
「……問題ありそうな重さだけど、頼む……」
この異常コンビによって、拠点の外周整備が激変した。
それに──
最初は距離を取っていた村人たちも、
少しずつ、言葉を交わすようになってきた。
「カナさん、この木、道具干すのに使えそうなんで残しといてもらえますか?」
「承知しました。主、あちらは“残し”の指示です」
「おう、了解。伐採ゾーン外しとこう」
「クーさん、あっちにベリー生えてますけど、食べられるやつですか?」
「うーん?クーはたべたー。ちょっとおなか痛くなったー」
「えっ!?それって……食べられるってこと……?なの……?」
笑える会話が、ぽつぽつと増えてきた。
まだ“友達”には遠いけど──
この場所が、“ただの避難所”じゃなくなってきてるのは、間違いなかった。
村、というにはまだ早い。
でも、ただの“キャンプ”でもない。
不思議な空気だった。
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夕暮れ。
クーが狩ってきた獲物を囲んで、焚き火の横で飯タイム。
「クー、今日もいっぱいきったー!ごほうびに、なでなでー!」
「いや、別に労働報酬が“なでなで”って決まってるわけじゃ──」
「シュンさま、逃げ場はありません。さあ」
「強制ナデかよ……」
ふわふわの耳をモフりながら、肉を回す。
火のぱちぱちという音が、空気をゆるやかに染めていた。
でも、どこか──
ほんの少しだけ、家族っぽい空気も、あった。
「なぁカナ?近くに村とかあんのかな?」
カナは何を勘違いしたのか、目を輝かせた。
「遂に……はい! うちの村人に、近くに村があると話していた者が一人おります」
「ほう……生き残りからの現地情報か。信憑性は?」
「高いかと。地形・方角・距離に具体性がありました」
「クーも、煙のにおいかいだー。人間の村っぽかったー!」
「……行ってみるか。周辺の状況も気になるしな」
火の明かりに照らされながら、地図の隅に目印をつける。
世界はまだ、知らないことだらけだ。
──────
翌朝。
村へ向かう準備を整えた俺は、村人の一人に声をかけて、おおよその位置と方角を確認する。
どうやら西に森を抜けて半日ほど。距離はまぁ、それなり。
「じゃ、行ってくるからなー」
手をひらひらと振ると──
「……ごしゅじん〜、クーは……おるすばん、なの……?」
クーが、耳をぺたんと寝かせてしゅんとする。
さっきまで元気に木ぶった斬ってたとは思えないテンションだ。
そこに、カナが軽やかに割って入る。
「ご主人様は、信頼をおける者に拠点の防衛を任せておられるのです」
「……え?」
俺が思わず振り返ると──
「そっかぁぁああ!!」
さっきまで落ち込んでたクーが、突然しっぽをブンブン振り出した。
「まかせてっ! クー、まもる! だれか来たら、スバッてするー!!」
「やめろやめろ! 話し合え! まずは対話から!」
「たいわ、わかったー! たいわして、ガッてするー!」
「それ攻撃だよね!?!?!?」
……多分、わかってない。
でもまぁ、誰が来るわけでもないだろうし。
仮に来たとしても、ろくなやつじゃない。
そんな一抹の不安を抱きながら、俺とカナは村に向けて歩き出した。
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「……はぁー……」
道中、ふとこぼれた溜息に反応して──
「では、お背中、お借りいたします」
「えっ──あ、ちょ、カナ!?マジでおぶるの!?」
次の瞬間、浮いた。
めちゃくちゃスムーズに、おんぶされた。
「早く着くことは善です。ご主人様の消耗は、わたくしが回収いたします」
「言い方がなんか怖いんだが!?」
というわけで──
爆速で到着。
でも、羞恥心はMP並に削れた。
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目の前に現れた“村”は──
想像していたより、だいぶ、しょぼかった。
家は木とワラ。
水路は、ただの溝。
道は未舗装。人の気配はあるが、俺たちには誰も声をかけてこない。
家屋がちゃんと木材で組まれてるぶん──
うちの拠点のほうが、見た目だけならマシじゃないか?ってレベルだった。
「……うーん。村って聞いてたから、ちょっとはお店とか施設とか期待してたんだけど……」
カナが隣で、小さく首を振る。
「恐れながら……民たちの話では、この地は境界付近。戦火に巻き込まれる恐れが高い前線。整備は後手となりがちかと」
──ん?
「……民?」
俺が聞き返すと、カナは小首を傾げた。
「はい。我が主の“民”ですが?」
「いやいやいや! 国名乗った覚えないから!? 俺ら合わせて14人しかいないし!?」
俺のツッコミにも、カナは堂々と返す。
「ですが、構成員の大半が“村人”です。実質、領民と呼ぶに相違なしと……」
「くっ……じゃあ……いいよ、民で……!」
なんか、負けた気がする。
たぶん乗せられてるのはわかってる。
でも、まぁ──そのほうが呼びやすいし、不便もない。
「とりあえず、村人に話を聞いてみよう。地形とか、他の集落とか、なんでも情報になるし」
俺とカナは、村の中へと足を踏み入れた。
だが、このとき──
火種がすでにすぐそばまで来ていることに、俺たちはまだ気づいていなかった。
──第6話・完。
ここまで読んでくれた奇特なあなた!
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作者は1PVでも跳ねて喜ぶタイプなので、反応があるとガチで次の原動力になります。
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