第59話『《業火の回廊》は通じなかった──なら、どうすればいいんですか女神さん』
「なんなんだよ!! ドラゴンとかぁーーーッ!!」
俺は叫ばずにはいられなかった。
いきなりワイバーン軍団! そして古竜王!?
なんで!?
なんでいきなりこんなガチファンタジー全開な連中が出てくんだよ!!
「ファンタジー顔すんの辞めてくんない!?」
その横で──
リリィは展開したナイフで、次々と襲いかかるワイバーンの爪をさばき、
キュリは震えながらも正確に矢を放って、敵を撃ち落としていた。
俺は──
屋台に使っていた防御用の魔法結界を、急遽この二人と自分に展開しながら、しゃがみこんで頭を抱えていた。
「無理だってぇ! なに!? 初戦ボスが古竜王って!? ふざけんなよこの難易度ぉぉぉぉ!」
リリィが叫ぶ。
「るっさいわねー! ちょっとは魔法で援護しなさいよ、魔法使いでしょ!」
「ひぇぇ……もうむりですぅぅぅぅ……!」
──その時だった。
空の上、黄金の鱗を纏った古竜王が、こちらを見下ろしていた。
「随分と必死のようだな……ならば──少し“遊んで”やろうか」
そう言って、古竜王は空気を震わせるほどの深呼吸をした。
そのまま──
息を吐き出す。
──それは炎だった。
地面を割り、空気を焼き、天すら焦がすブレス。
配下のワイバーンすら巻き込みながら、古竜王はその一帯をまるごと焼き尽くした。
結界が悲鳴を上げる。
そして──
ピシィッ──!!
「わったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
張っていた魔法障壁が、ブレスを受け切った瞬間に崩壊した。
その直後──
「──っ!」
キュリの背中を、ワイバーンの爪がかすめる。
「……おい、そこのワイバーン。そいつは殺すな。裏切り者とはいえ、利用価値がある」
一体のワイバーンが、キュリをそのまま掴み──空へと舞い上がる。
「キュリ!!」
リリィがすぐさま跳び上がり、その背を追いかける。
その後を──
数十匹の飛竜たちが、まるで翼の嵐のように追いかけていった。
そして──
残されたのは、俺と。
ワイバーンの群れ。
そして──
古竜王。
「…………」
「…………」
「……あの〜……今からでも、対話とかどうでしょう……?」
古竜王は一瞬だけ沈黙した。
そして、爆笑する。
「ハァーハッハッハ!! 人間よ……お前は食事の前に、家畜の言い分を聞くのか?」
「ですよねぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
対話、無理だったーーーーーーーーーッ!!!
「つまらぬ奴らよ。貴様ら、喰らって構わぬ。私は──あの小娘を追うとしよう」
イグゼリオンが地面を砕きながら飛び上がる。
周囲に、爆風のような風圧が吹き荒れた。
──そして残された俺に、ワイバーンたちの目が集まる。
その瞬間──
(……あ、これ、俺が“ごはん”としてロックオンされたやつ……!!)
「かんべんしてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
俺はウインドウを展開し、表示された魔法リストを力任せにスクロールした。
もはや魔法名なんて読んでる余裕はない。
感覚で──本能で──
魔法リストを乱雑にスクロールしながら、俺は恐怖と焦燥のまま指を止めた。
視線すら追いつかないまま、表示されていた魔法の一つを選択、発動。
手を翳した瞬間、空気が変質した。
皮膚が薄く削がれていくような乾き。
胸の内から押し上げてくる異物感。
そして──
世界が、応答した。
俺の足元から、一本の線が伸びる。
それは裂け目のようであり、導線のようでもあり、ただ赤いというだけの存在だった。
その赤は、ゆっくりと、だが確実に広がっていく。
大地を這い、空へと伸び、空間の構造を無視するかのように垂直に昇る。
温度が、上がる。
だが“熱い”のではない。
思考が融ける。
次の瞬間、世界の中心が入れ替わる。
空よりも高く、雲よりも上へ。
俺の立っていた地面から、塔のような火柱が現れた。
だがそれは単なる火炎ではなかった。
色が変わる。
赤から、白へ。
白から、蒼へ。
蒼の奥に、黒すら滲み、やがてそれすら消える。
すべてが、光の中に沈んでいく。
──音が、ない。
叫び声も、羽ばたきも、空気の震えも。
一切が、沈黙していた。
時間が止まったのかと錯覚した。
実際、ワイバーンたちは動かないまま、炎の渦に取り込まれ──存在を失っていった。
羽ばたきは消えた。
影は霧散した。
命の残滓も、焦げた匂いさえ残らなかった。
まるで「いなかったこと」にされたように、
その空間から、あらゆる存在が消えた。
火が消えたあと、風も吹かない。
残ったのは、焼け焦げひとつ存在しない“死の空洞”。
そこに立つのは──俺だけだった。
魔法の影響範囲は、眼前だけではなかった。
視界の向こう、地平線まで。
風景が丸ごと、変質していた。
地形すら塗り替えられていた。
それは攻撃ではなく、“修正”だった。
俺の魔法が、この世界に、訂正を加えたのだ。
呼吸を一度だけ確認してから、ウインドウを開いた。
指が震えていた。
《業火の回廊》
説明:
・火をボンッ!って感じのやつ
・だいたい全部焼ける
・略
担当:女神A子
「相っっっ変わらずゴミみたいなUIだなおい!!」
だが、勝てた。
勝った、のか?
俺は一息ついて、座り込みそうになった──その時だった。
「貴様ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
空が震えた。
黄金の巨影が──再び、俺の前に降り立った。
古竜王。
燃え残った瞳には、怒りと殺意しかなかった。
「我が眷属を……よくも、よくも焼き払ったな……!」
地が鳴る。
空が唸る。
「その魔法──魔王様ですら見たことがない」
「貴様……何者だ……!」
「な、何者って……!?」
口から出任せで咄嗟に名乗る。
「シ、シルヴァリア王国の国王……シュン……です……!」
イグゼリオンは、静かに、しかし確実に怒りの名を告げた。
「我こそは──魔族六王が一角。
古竜王イグゼリオン。空の支配者なり。」
──次の瞬間。
「行くぞ、小さき化け物め!!」
「ちょっと!? 待って!? 待てってばあああああ!!」
俺はさっき使った《業火の回廊》を、もう一度──魔力を振り絞って発動!
再び現れる、天まで燃え上がる火炎の竜巻。
──しかし。
イグゼリオンは、微動だにしないまま、炎の中を突き進んでくる。
(……効いてねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?)
目の前に迫る、巨大な爪。
イグゼリオンが振りかざしたその一撃を受ける前に──
俺はバランスを崩して倒れ込む。
その瞬間──
さっきまで立っていた地面が、地割れのように抉り砕かれた。
「ぎゃああああああああああああああああああ!!
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬううううううううううう!!」
下手な魔法は効かない。
もうヤケクソじゃ通じない。
ちゃんとしたやつ。
やるなら──これだ。
俺は魔法リストをスクロールし続け、ひとつの名を目にする。
──《ドラゴンスレイブ》
【説明】
・ドラゴン絶対殺す系
・注意事項あり
・発動には──────
そこまで読んで──
俺は叫んだ。
「むりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
──なんだよこの発動条件!?
俺、そんなの今できるわけねぇだろ!!!
──なんだよこの発動条件!?
俺、そんなの今できるわけねぇだろ!!!
──────炎は届かない。
──────魔法は通じない。
俺の目の前には今──
“この世界で最も空を支配する存在”が、牙を剥いていた。
────────────
妖狐領──
クーという獣人の娘は、私の姿を見つけるなり、駆け寄ってきて抱きついた。
その勢いのまま、頬に舌が触れる。
「ちょっ、やめ、やめて!」
「久しぶりなのだぁ〜♪ また遊ぶのだぁ!」
何を言ってるの、この子は──。
なおもその子は、耳や頬をぺろぺろと舐めようとしてくる。
「やめ……やめて……やめろって言ってるでしょーがー!」
反射的に、魔力を全力で込めて振り払う。
光が弾け、彼女の身体は軽々と宙を舞った。
「ごめんなのだー……うれしかったのだぁ……」
しゅんと耳を垂らすその姿に、どこか懐かしい影を見た気がした。
──過去の記憶が胸の奥をかすめる。
その時。
吹き飛ばされていたバルディアスが、地面に手をついてゆっくりと起き上がる。
「……いってぇ……」
首をさすりながら、こちらを睨みつける。
血走った目に宿るのは怒りというより、獣のような警戒心だっ
「あの勢いで吹き飛ばされて……無傷なの……?」
私はさっと獣人の前に出て、身を低く構えた。
「逃げなさい。私が相手をしているうちに──」
だが、獣人の娘はきょとんとしたまま、動かない。
バルディアスは、その顔を見て、思い出したように目を細めた。
「ああ……見覚えがあるぞ。貴様、あの間抜けヅラの国王──“シュン”とかいう男の……部下だったか?」
怒りに満ちた口調が、突如、笑みに変わる。
その笑みは、ひどく歪んでいた。
「ふは……そうか、そうだ……ちょうどいい取引がある」
バルディアスはにたりと口角を上げ、指を私へ向ける。
「この件……そうだな。“お前がこの妖狐を痛めつける”なら、報告しないでいてやろう」
「お前も嫌だろう? お前のところのシュンとか言う間抜けが、部下のせいで困るのは」
その瞬間、私の背後の獣人の空気が変わった。
肌が粟立つ。
何かが、音もなく、そこに満ちていく。
「────なのだ……」
かすかな呟き。
なおもバルディアスは続ける。
「全くあの馬鹿の部下は、この間のギルといいお前といい、国王がクソなら部下もクソだなぁ? ほら、早く妖狐をやれ!」
私は背後を振り返る。
そこにいた獣人は──すでに青白い雷を纏っていた。
光は稲妻のように散らず、むしろ刃のように収束している。
その目は、もう私を見ていない。
「ご主人様を悪く言う奴はいらないのだ……」
直後、その姿が視界から消えた。
音はなかった。
ただ、消えた
そして──バルディアスの方から、呻き声。
ハッとして視線を向けると、獣人はバルディアスの片腕を放り捨てていた。
「ご主人様が、たいわ大事だって言ったのだ……なんか喋れ」
バルディアスは、痛みで悶絶している。
その姿を、獣人は蔑むように見下ろしていた。
「たいわ無いなら、終わりなのだ……」
その腕が、ゆっくりと振り上げられる。
青い光が、刃のように凝縮していく。
バルディアスは焦り、血まみれの口から言葉を絞り出す。
「まっ、待て! 悪かった! 私が悪かった! 許してくれ! この通りだ!」
必死に頭を地面に擦り付ける。
だが──
「話したから、たいわ終わったのだ……」
その宣告は、冷たい水面に石を落としたように広がり、空気を支配した。
「ヒッ!」
絶望に歪むバルディアスの顔が、次の瞬間──
宙を舞った。
血飛沫も、悲鳴も、すべてが一拍遅れて現実になる。
身体は膝をついたまま、首を失って崩れ落ちた。
沈黙が降りる。
風すら止んだような、静かな空気。
私は、言葉を失って獣人を見つめた。
その獣人は、雷光を消し去ると、何事もなかったかのように振り返り──
「白蓮、無事でよかったのだぁ〜♪」
再び、無防備に跳びついてきた。
そしてまた舐めようとしてくる。
「いや、やめなさいって!! っていうかアンタ、何者やの……!!?」
その獣人は先程までとはまるで別人だった




