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第58話『信じていた“誰か”ではなくても』

シュンたちは、ひたすら魔族領を歩いていた──いや、走っていた。


 


「ねぇ……ゼェゼェ……気のせいかもゼェゼェ……しんないけどゼェゼェ……歩くの早くね?……てか! ほぼ走ってるんだけど!?……ゼェゼェ……」


 


後ろからリリィが息ひとつ乱さずに追撃してくる。


 


「うっわぁ〜情けな〜い♪ こんなに可愛い女の子たちが歩けてるのにぃ〜? 『つかれたよぉ〜』とか言っちゃうとか……だっさぁ♡」


 


うん、聞こえない。

てかマジで走ってるよね、これ。


 


というか──

前で魔物を狩りながら突っ走ってるクーについていかないと置いてかれるからなんだけど!


 


後ろではリリィ、前ではキュリ。

流石はギルドマスターと騎士団所属。

小走りでも歩いてても、どっちでも同じスピードって何だよ。


 


「むりぃ……しぬぅ…………」


 


最早、汗だくを通り越して滝。

このままだとゴールする前にミイラ化エンドだ。


 


その時だった。


 


「──いでっ!」


 


急に立ち止まったキュリにぶつかって、鼻を押さえる。


 


「なんだよ急に! 止まるときは止まるって言えよ!」


 


「わわわっ、ごごごごめんなさァァァい! で、でもでもっ!」


 


キュリが指差す方向を見ると──


右の丘の影から、スケルトンやゾンビっぽい奴らが大群で移動しているのが見える。


 


「え……? あんなのより、さっきクーが倒してたデカい紫ミミズとか合成獣キメラの方が、よっぽどヤバかったろ?!」


 


だが、キュリは震えながら首を振る。


 


「ちっちっちがうんですぅ……アンデッドは本来、死霊王様の領土にしか出ないんです……でもでも、ここは違う領土で……!」


 


その時だった。


前を走っていたクーが、鼻をひくひくさせて──突然右に飛び出していった。


 


「あああ! おいコラ! 勝手に行くなってクー!! クーーーー!!」


 


「そっちはまだ妖狐様の領土ですからぁ〜〜っ!! 戻ってきてくださァァい!!」


 


俺とキュリの叫びなんて聞こえてないのか、クーは一直線に消えていった。


 


「……仕方ねぇ。行くか……」


 


「まだ“比較的”温厚な妖狐様の領域なので、早く連れ戻せば──」


 


──ズン。


 


砂煙と共に、目の前に何かが落ちた。


 


轟音。


爆風。


巻き上がる砂。


 


「今度はなんだよ!? 爆発か!? 地雷か!? 誰だ仕掛けたやつ!?」


 


リリィが前へ出て武器を構える。

キュリは腰を抜かして、その場にぺたんと座り込んだ。


 


「あわわわわ……ご……古竜王……」


 


「こりゅ……? こりゅうおう?」


 


徐々に、砂煙が晴れていく。


姿が、見えた。


 


黄金の鱗に覆われた、尋常じゃないサイズの竜が、そこにいた。


 


「ちょ、無理無理無理無理無理ィィィィィ!! クーーーーー!! 帰ってきてぇぇぇえええ!!」


 


ちょっとだけ──ほんのちょっとだけ、ちびった。


 


リリィが前に出ながら、まさかの発言。


 


「あら〜、大きなトカゲさん♡」


 


その瞬間、竜が口を開いた。


重く響く、低く威厳ある声。


 


「思わぬ収穫だな……まさか貴様がまだ生きておったとは、人間──」


 


リリィを見て、喋ってる。こいつ、喋ったぞ。


 


リリィはにっこり笑って、

まるでティーパーティーに招かれたかのような口調で返した。


 


「お生憎様♡ 大賢者に呪いかけられちゃったの♪ でもぉ〜、また私の前に現れるなんてぇ〜……またボッコボコにされたいのぉ〜♡」


 


(煽ってんじゃねぇぇぇええ!!!)


 


「ふん、過去の話を……勇者がおらぬ今の貴様など、恐るるに足らん」


 


そして、竜の目が──キュリに向く。


 


「それと……裏切り者までセットとはな。ガゼル様の元を捨てた小娘よ……」


 


キュリが立ち上がり、震えながらも答える。


 


「わ、私……ガ、ガルザさんに……お願いが……」


 


だが竜は、吐き捨てるように言った。


 


「“お願い”? 貴様が? 裏切り者が? 身の程を知れ、愚か者め」


 


そして──竜が、咆哮を放った。


 


轟くような唸り声が空に響いた次の瞬間──


遠方の空に、影が無数に広がった。


 


「なっ……なんだよ……これ……!」


 


その影は、飛竜とワイバーンの大群だった。


まるで空が生きて動いているように、奴らがこっちへ向かってくる。


 


リリィが前に出て、顔を真剣に引き締める。


 


「シュン! キュリ! 覚悟を決めなさい! 来るわよ!!」


 


 


(決められるかああああああああああああああああああああああああ!!!)






────────────


 


白蓮は、微かな気配を感じ取っていた。


 


「……この気……人間やろか?」


 


胸の奥が、ざわついた。


もしかして──いや、まさか。


けれど、あの懐かしい匂いに似た気配。


 


「……大賢者はん……?」


 


期待が膨らむ。

凍りついていた心の奥が、少しずつ、溶けていく。


 


「……うち、ずっと……待ってたんよ……」


 


その足で、白蓮は屋敷を飛び出した。


 


だが──


 


森の木々をかき分けて姿を現したのは、金の装飾に身を包んだ騎士だった。


 


「へっ! やっぱり私は運がいいな!

ここは、臆病者の妖狐族の領地か?」


 


その言葉に、白蓮の瞳から期待の色が失せる。


代わりに宿ったのは、静かな怒気。


 


「──あんた、ここで何してるん?

この地に用があるなら、節度を持って話しなはれ。さもないと──」


 


忠告を聞く耳は持たず、男はずかずかと近づいてくる。


 


「へへっ、魔族にしちゃずいぶん綺麗じゃねぇか。

おい、俺をかくまえ。そしたらペットにしてやるよ」


 


ぬっと顔を近づけてくるその騎士に──


 


白蓮は、迷いなく魔力を放った。


 


──氷の風が唸り、騎士の身体を吹き飛ばす。


 


「ぐっ……貴様ァ……!」


 


男は砂を噛むように立ち上がり、剣を抜いた。


その瞳に宿るのは、侮辱された男の復讐心。


 


「貴様……俺がアステリオン王国三栄騎士の一人──

バルディアスだと知っての態度か!?」


 


白蓮は鼻で笑った。


 


「へぇ……それが名乗りなん?

女ひとり口説けんまま、逆ギレして剣抜く男が、よう騎士名乗れたもんやな」


 


「てめぇ……」


 


怒りが限界に達したバルディアスが、剣を振るう。


 


『──第四戦技《疾風斬り》!』


 


風を切るような剣閃が、白蓮の前へ迫る。


 


しかし。


 


白蓮は一歩も退かずに扇子を広げ──


その一閃を、氷の風で逸らした。


 


「────っ!」


 


続けて飛び込んできたバルディアスが、再び斬りつける。


白蓮は跳び退る──が、その一撃は、肩の着物を裂き、赤い染みを広げた。


 


「へぇ……やるやないの」


 


淡く笑いながらも、白蓮の魔力が高まる。


 


次の瞬間──


彼女が扇を払うと、周囲の大地そのものが凍り始めた。


地を這うように伸びる冷気が、バルディアスの足元から喉元まで凍てつかせる。


 


「クソがっ……妖狐風情が……!」


 


「ふふ……甘く見てもろたら困るわ。

うちを口説くんやったら、大賢者はん以上にイケてから出直してきぃや」


 


「……大賢者、だと?」


 


バルディアスの目に、侮蔑と嘲りが混じる。


 


「そんな奴、もういないんだよ。

そいつの名を信じてる時点で──お前も、イカれてやがる」


 


剣に再び魔力が込められる。


 


『──第五戦技《浄界の断罪》!』


 


剣が大地を砕き、凍りついていた地面が弾け飛ぶ。


氷片の向こう──


 


そこには、白蓮の背後に隠れていた、ひとりの幼い妖狐の子ども。


 


「──!」


 


バルディアスはそれに気づくと、にやりと唇を吊り上げる。


 


「だったら──この子狐から死んでもらおうか!」


 


子供へ向かって、踏み込む。


その刹那。


 


白蓮は叫んだ。


 


「あかん! 逃げ──!」


 


 


 


──ズドンッ!!


 


轟音と共に、バルディアスの身体が吹き飛んだ。


 


「……がっ、ふぅ……!?」


 


数メートル先の木に叩きつけられ、彼の鎧がひしゃげる。


 


 


そして。


地面に足をついたのは──


金色の目に牙を覗かせた、獣人の少女だった。


 


その手には、バルディアスの剣がへし折られたまま握られている。


 


 


「──ひっさしぶり〜〜なのだぁーーーー!!」


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