第54話「たいわ・煽り・ポンコツで行く死の大地ツアー」
「やった〜〜! 主人様とおさんぽなのだ〜〜っ♪」
クーが全力でぴょんぴょん跳ねながら、俺の周りをぐるぐる回っていた。
(犬か。いや、犬だったけど)
「てゆーか〜〜なにその手作り感満載の鎧ぉ〜?」
「え〜〜っ、その木の棒って……もしかして杖のつもりぃ〜? や〜〜〜ん、気合い入っちゃってる〜〜♡」
リリィが口元を押さえて、露骨に俺を煽ってくる。
俺の木製ロッドと麻布防具を見て、まるで見世物でも見るような顔だ。
「ひ、ひぃ……! よよよよよよ、よろしくおねがいしまあああぁ……っす!?」
キュリはというと、緊張で口がもつれた結果、ぐずぐずに崩れ落ちた。
「ふぇぇぇぇん……か、噛んじゃったのですぅぅ……ぅぇぇん……!」
泣くな!最初から不安しかないメンツなんだから!!
「ちがぁぁぁぁぁああああう!!!」
耐えきれず、俺は絶叫した。
「ちがうちがうちがうちがう! そうじゃないのおおおおおお!!!」
──突然の大声に、三人の視線がピタッとこちらに集中する。
「お、俺は!!」
「可愛い女の子たちとの! 夢みたいなハーレム冒険が! したかっただけなんだよぉぉぉぉぉ!!」
リリィがジト目で俺を見ながら、静かに一言。
「いるじゃない? ここに、三人も♡」
「違うだろォォォォォ!!!!!」
俺は全力で否定の構えに入った!
「なんでこんな!! トラブル製造機三体と一緒に旅しなきゃなんねぇんだよ!!」
「えっ?らぶる……ってなんなのだ〜?」
クーが首を傾げて、ぱたぱたとしっぽを振ってくる。
キュリはそっと手を挙げる。
「えっと……“トラブル”っていうのは……大変なことになっちゃう、って意味ですぅ……」
「ん〜〜……じゃあやっぱり……対話、大事なのだ〜〜」
「お前それしか言えないのかよ!!」
リリィがちょっとだけ胸を張りながら、鼻で笑う。
「ま、贅沢言わないでほしいわよね〜?」
「こんなに! かわいくて♡ 能力もあって♡ 個性爆発な♡ 三人の女の子がいるのに〜?」
「いやいやいやいや!!」
「俺が求めてたのは!」
「気が強いけど隙があって、助けたら顔赤くして“べ、別にあんたなんかに助けてもらわなくてもよかったんだからっ!”って言う系の騎士さんとか!」
「古代語とか読めちゃって静かに微笑む系の魔導書オタクエルフとか!」
「“……あなたのこと、信じてるよ”って言ってくれる感じの女の子だったのぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「それがなんで!!」
「敵に喧嘩売って食うわ、雷纏って突進するわ、“たいわたいわ”って意味不明な精神論ぶつけてくる犬と!」
「口悪くてメンタル潰してくる元勇者で、元凶はだいたいこいつで!」
「一歩歩けば泣くポンコツ騎士と旅しなきゃなんねぇんだよぉぉぉぉぉぉ!!」
──そして沈黙。
「……へっぽこ……ですかぁ……」
キュリはぷるぷるしながら、涙目で袖を握ってる。
「ん〜、おやつ食べれるならなんでもいいのだ〜〜」
クーは現実から目を背けている。
「ロリっ子ってまた言ったわねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」
リリィは一歩ずつこっちに詰め寄ってくる。
「ひいぃっ!! いやロリじゃなくてマスターの略でっ……! いや何でもないですすみませんでしたぁぁ!!」
──かくして、俺の“夢のハーレム冒険”は。
開幕と同時に“地獄の付き添い旅”として幕を開けたのであった。
(……誰か、交代してくれ)
──────────────────
──魔族領とアステリオン王国の境界線。
アステリオン王国・対魔族前線防衛ライン。
「……えっ……ちょっ……なにこの物騒な空気!?
えっ!?戦場!?ミリタリーゾーン!?誰かのバグ技炸裂した後!?」
俺は戦慄した。
見渡す限り、霧と硝煙と鉄の匂い。地面には砕けた剣や焦げ跡が残り、空気が既に“戦後”を物語っていた。
「リリィ……普通の冒険なんだよな……?
え? 何この……俺だけDLCでハードモード突入してる感……?」
その俺の困惑に、件のギルマスターがにこ〜っと笑って擦り寄ってくる。
「んふふ〜♡ あれぇ? 言ってなかったっけ〜?」
「魔族領“死の大地”で、アステリオンと鉄峰連合の合同部隊がぁ〜……」
「四十人まとめて消息不明♡」
「お前正気かぁぁぁぁぁああああああああああ!!!」
全力で方向転換して逃げようとした。
逃げる!今なら間に合う!俺は静かに暮らしたいだけの一般人!このスローライフを手放す気は微塵もないんだよ!!
──だが、時すでに遅し。
「いっじわるぅ〜♡」
ガシッと背後から抱きつかれた。
「こんなかよわい女の子置いて逃げるなんてぇ〜♡ 冒険者失格ですぅ〜〜♡」
「誰が冒険者だ!誰がだよ都合のいい事ばっか言いやがって!?
か弱いどころか今の風格、魔王クラスだぞ!?
このままじゃ死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「……ちょっとクーちゃん?」
「ん? なんなのだ〜?」
「ご主人様がダダこねてるからぁ、向こうまで連れてって押さえておいて?
あとでい〜っぱいお菓子あげるからぁ〜♡」
「やったのだー!お菓子なのだー!」
「クー!?お前、忠誠心MAXだっただろ!?
主様!主様だぞ!?それでも──お菓子で俺を売るのか!?」
「たいわ、大事なのだー」
「このやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
俺はクーにずるずると引きずられていった。
冒険者の誇りも国王の威厳も、地面に擦り付けながら。
──その頃、少し離れた場所では。
フェルとキュリが、リリィのもとへ足を運んでいた。
フェルは傷の残る身体を無理やり立たせ、深々と頭を下げる。
「今回の救出任務──受けてくれて、感謝します」
「国王からも、改めて感謝の意を。
そして……どうか、俺の部下を──キュリを、守ってやってください」
そう。
フェルは前回の戦闘での負傷により、今回の任務からは外された。
だが、キュリは──魔族であるがゆえに。
そして、自ら志願したがゆえに。
この“死の大地”への同行が許されたのだった。
「心配いらないわ♪」
リリィは、いつもの笑みを浮かべて、軽くウインクする。
「キュリちゃんは、ちゃんと私が守るわ♡」
「は、はいっ……! 足手まといにならないよう、がんばりまふ!!」
キュリは声を裏返しながらも、拳を握っていた。
──そして今、シュンたちが踏み入れようとしているのは──
魔族領“死の大地”
その地は、かつて魔王と勇者が激突し、万の命が灰へと変わった終焉の地。
土は焼け、空は閉ざされ、風には瘴気が漂う。
光は届かず、時間の感覚も、音の響きも、すべてが歪んでいる。
そして今もなお──
知性なき魔物たちが彷徨い、
生者を拒む瘴気と怨嗟が地を這い、
“魔王時代の亡霊たち”が、夜の帳に潜んでいる。
生還を果たしたのは──
歴史上、ただ一つのパーティのみ。
──勇者と、その仲間たち。
今、再び。
その“禁忌の地”に、足を踏み入れる者たちがいる。
果たしてそれは、勇気か。無謀か。
あるいは──運命か。
──新たな“魔の夜”が、幕を開ける。