第53話「筋肉村と、胸の呪いと、旅立ちの鐘」
──アステリオン王国と鉄峰連合の共同司令本部。
その広間に、深い沈黙が垂れ込めていた。
報告書を握り締めた将官が、わずかに震える声で呟く。
「……定時連絡の、断絶は──これで三度目になります」
本来ならば、魔族領に潜入した精鋭部隊からは、魔力通信による定期報告が一日一回届くはずだった。
それが今、三日間──沈黙を保ったまま途絶えている。
通信障害の原因は、不明。
魔族の妨害か。あるいは、部隊そのものが壊滅したか。
──いずれにせよ。
この沈黙は、“何かが起きた”確かな兆候だった。
「……決断の時か」
室内の誰かが、低く呟く。
しかしすぐに、別の参謀が反論の声を上げた。
「しかし、こちらの戦力にも限りがあります。王国・連邦のどちらも……容易に追加戦力を送れる状況ではありません」
「それに……今回の部隊には、英雄ガリウスと三栄騎士バルディアスが含まれている」
「その両名と、二十名ずつの精鋭が“全員”、消息を絶つなど──常識的に考えても、あり得ない話です」
「だが、現実はその“あり得ぬ事態”を示している」
「魔族領の奥地──“死の大地”の情報は乏しい。我々の想像など、軽々と超えてくる可能性がある」
議論は、膠着した。
最終的に、誰もが目を向けたのは──室内の中央に設置された、王国と連邦の通信台だった。
「……両国の王に、最終判断を委ねるしかあるまい」
誰かが言い、誰もが黙した。
──緊急報告が、王へと送られる。
────────────
──アステリオン王国・王城。
通信を終えた王は、静かに玉座へと身を預けていた。
「……英雄と、三栄を同時に喪うわけにはいかない」
その呟きは、国の運命を背負う者だけが持ちうる、重い言葉だった。
傍らに控える老臣が、慎重な声音で問いかける。
「──陛下。先ほど、通信の中で“冒険者”に任せると仰っておりましたが……」
「いかに力ある者とはいえ、死の大地で行方を絶った精鋭を探るなど……あまりに無謀では?」
王は短く目を伏せ、そして静かに語った。
「承知の上だ。……ゆえに、“彼女”に頼らねばならぬ」
老臣の瞳が揺れる。
「彼女……とは、まさか──」
「ああ」
王は言い切る。
「かつて、勇者と共に死の大地に挑み──あの“魔王”すら討ち果たした、“生きた伝説”」
「元・勇者パーティの一員──リリィ」
室内に、再び沈黙が落ちた。
「……彼女以外に、この任務を託せる者はいないだろう」
重く、揺るがぬ決断が、下された。
──今ふたたび、“最も危険な地”へ。
かつての英雄が、足を踏み入れる。
──ただの探索ではない。
それは、“国家の未来”を賭けた、危険な博打だった。
────────────
俺は悩んでいた。
料理の、話だ。
新メニュー。
できれば──米系で、主食になるやつ。
で、まず浮かんだのが──ガーリックライス。
簡単でうまいし、俺の大好物でもある。
炒めるだけ、香ばしくて腹持ちもいい。
なにより──肉とめちゃくちゃ相性が良い。
だが……
断念した。
理由は一つ。
「カナとかクーとかが……ニンニク臭かったら……」
「…………いやだあああああああああああ!!!」
泣くわ!
絶対泣くわ俺!
女の子(忠誠心MAXとアホかわ)の口からニンニク臭って──
ロマン台無しだろうが!!
でもな……
やっぱり、メインは欲しい。
米を使った、ちゃんとした“飯”を──
ちなみに、米はある。
例のごとく、経験値を燃やして栽培してる。
すでに棚田がある。
収穫も進んでる。
つまり──素材はある。
問題は、何を作るかだ。
茶漬け? いや、地味すぎる。
パエリア? 材料が足りねぇ。
炊き込み? 椎茸が無い。
ラーメンとかパスタもチラッと考えたが──
「茹でるって地味に手間なんだよな……」
──やめだ。
そんなわけで、俺は気分転換がてら町をぶらぶらしていた。
決して、事務仕事が地獄で逃げたわけではない。
断じてない。
絶対に、断じて──
「ギル……早く特訓終わってくれ……」
歩いていると、住民のおじさんが声をかけてきた。
「おう、主様! ええ天気じゃのぉ!」
「あ、どうも〜。今日もお元気そうで」
──と、そこで俺はふと気づく。
「あれ? おじさん……杖、使ってなかったっけ?」
「あぁ? 最近は調子がええんじゃよ〜」
「二十歳は若返った気分じゃ! 今から農場の手伝いに行くとこでな!」
えっ……うそだろ?
このおじさん、確か……
歩くのもやっとなレベルだったはず……
それが──農場の手伝い!?
「ほな、またのぉ〜!」
……不穏。
急いで周囲を見渡す。
すると──
● おばあちゃんが丸太を肩に担いで走っている
● 子供たちが岩を投げてキャッキャしている
● 鍛冶場の男たちが全員、上半身裸で肩に薪を積み重ねてスクワットしている
「いやどうなってんだこの街ぃぃぃぃぃ!!?」
ムキムキ! 全員ムキムキ!!
筋繊維の暴力!! 血管ビキビキ!!
「……いや待て、落ち着け……前にもこんなこと、あった」
そう──カナが“領地発展”の名のもとに、
魔力で村人を強化した、あのときだ。
だが、今回は──カナは不在。
ギルと引きこもって、特訓部屋から一歩も出ていない。
じゃあ、誰が……?
(いや、でも最近……クーが見せたあの技も……今までにないやつだった……)
考えた。
めちゃくちゃ考えた。
街全体に何が起きているのか。
何が原因で、住民が突然ムキムキになっているのか。
そして──
わからなかった。
だから俺は、社畜としての必殺のマインドセットを発動する。
「大体のことは、明日の自分がなんとかしてくれる」
現実逃避は、人生を救う。
……たぶん。
──そう思った、そのとき。
「やっほ〜♡ 脳みそスケルトンく〜ん♪」
リリィが、めちゃくちゃ煽り顔で近づいてきた。
「──誰がスケルトンだ!!」
俺は全力で叫んだ。
今日という日は、負けねぇ。
これまでどれだけロリマスに煽られようと、
心を折られようと、
ナデナデを断罪されようと──
今日だけは、反撃してやる!
俺には、温めていた必殺ネタがある。
長い沈黙の中、切り札を口にする。
「あ〜カナとかクーとは違ってぇ〜……」
「お寂しいお胸ですね〜〜〜〜〜〜?」
──その瞬間。
俺の視界が、真っ白になった。
──────
「はっ!?」
気がつくと──見知らぬ天井だった。
「…………えっ?」
ギルドのベッドに寝かされていた。
全身の骨が軋んでる。
俺は、恐る恐る記憶を辿った。
「あ〜カナとかクーとは違ってぇ〜……」
「お寂しいお胸ですね〜〜〜〜〜〜?」
……ボシュッ!
ドガッ!
ベキッ!!
……ぱたっ。
「…………」
「……っぶねえええええ!!死んでた!!絶対一回死んでた!!」
ガタガタと震えながら、俺は布団を掴んで呻く。
「もう……もう必殺技は封印する……おっぱいネタは……闇に葬ろう……」
──そこへ、扉が開く。
「起きたぁ〜? さっき道で白目むいて寝てたからぁ〜」
「やさし〜いリリィちゃんが、ベッドまで運んであげたのぉ♡」
天使のような笑顔。
中身はデスサイズ持った悪魔。
「……あ、ありがとうございます……」
口元が引きつりすぎてる。
まるで手動で笑顔を貼りつけたみたいになってる。
元・勇者の攻撃力……恐るべし。
魂が一瞬、ログアウトしてた。
「で、お願いがあるの〜♡」
にゅっと顔を寄せてくるリリィ。
俺は警戒レベルMAXで構える。
(絶対にまともな話じゃねぇ!!)
(この流れで“お願い”とか、罠でしかないだろ!!)
「えーっと、今ちょっと忙し……」
そう言いかけたそのとき──
「かっわいい〜〜〜女の子たちとぉ〜♡」
「旅とか行きたくな〜〜〜い?♡」
──時が止まった。
女の子たちと、旅。
女の子たちと、冒険の旅。
それは、かつて転生前の世界で──
**“死ぬほど夢見たやつ”だった。
女の子に囲まれて冒険
夜は焚き火でしっとり会話
お風呂回あり
もしかしたら恋愛フラグとかもあり
結果ハーレムエンド!!
「……っ!」
俺は一気にベッドを飛び起きた!
「ギルドマスター……いえッ!!」
「リリィ様ァッ!!!」
敬礼を決め、キメ顔で言い放つ!
「このシュン!命を懸けて!全力で!お供させていただきますぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
リリィはにっこりと、いつもの笑みで返してきた。
その瞳には、悪戯と──何か、別の企みがきらめいていた。
(まぁ細かいことは、どうでもいい!!)
(ついに俺にも来たんだよ、冒険ハーレムってやつが!)
(絶対、楽しい旅になるに決まってる!!)
──このときの俺は、まだ知らなかった。
ええ、ええ……この旅こそが、俺の“平穏スローライフ”の死刑宣告でしたとも。
あとがき:カナ編
『読者様に“深く感謝を捧げます”』
「読者様──まずは、この拙き物語をご覧くださり、誠にありがとうございます」
「……本日、ブックマークが24件に到達したことを確認いたしました」
「作者は布団の中で“ピクピクしながら喜びの舞”を踊っていたようですが──」
「あれは喜びではなく、むしろ何かしらの末期症状なのではないかと懸念しております」
「ですが、主様は……とても喜んでおられました」
「それも全て、読者様が“物語を残す”という行為──すなわちブックマークをしてくださったおかげです」
「このカナ、主様の隣に仕える者として──」
「読者様に対し、深く、心よりの感謝を捧げます」
「……目標であるブックマーク50まで、あと26件」
「この数字がどうか、主様の希望となりますように」
「作者の命が少しでも長らえますように」
「──もし、読者様がこの物語をほんの少しでも気に入ってくださったのなら……」
「“ポチッ”と、指先ひとつでかまいません。ご協力いただけますと、幸いに存じます」
「読者様が神であり、柱であり、この物語の真なる導き手なのですから──」