第50話『帰ってきたら町が出来てて国が始まってた件』
──クーをもふりながら町に戻ると、血相を変えたギルがこちらに駆けてきた。
「主様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
探しましたぞぉぉぉぉぉぉぉ!!!
皆様、既にお集まりでございますぅぅぅぅぅぅ!!」
「皆様?」
首をかしげる俺。
なんかあったっけ……?
記憶をぐるぐる巻き戻すが、出てくるのはステーキと嘔吐しかない。
でも大丈夫。俺には必殺のマインドセットがある。
──**「大体のことは、明日の自分がなんとかしてくれる」**
そう信じて生きてきた。
ギリギリで毎日をやりくりする、それが社畜のサバイブ術だ。
俺のあまりにもピンと来てない表情に、ギルが一歩前に出て言う。
「主様……どなたと共にお立ち会いなさいますか?」
「え? 誰って……?」
頭に浮かぶのは──
カナ、クー、ギル。
でも、ここでギルが気を利かせて小声で囁いてきた。
「カナ様は昨日、政務方針で村人の意識改革を試みた結果、
“礼拝義務のあるおはようございます”運動を開始されました」
「えぇ……こっわ……」
「クー殿は……ご存知の通り、
今朝、魚のように村の噴水に突っ込んでいきました」
「安定のポンコツ」
となれば──
「……ギル、お前でいいか?」
その瞬間。
ギルの目が、星のように輝いた。
「しゅ……主様から……このギルに……ご指名を……!!」
ぶるぶる震えながら両膝をつき、感極まって涙を流すギル。
(いやいやいや……最初に会った時、お前“ヒャハー!”って感じの山賊みたいなやつだったろ……!?)
──面影ゼロだわ。
少し距離を取ることにした。
◇ ◇ ◇
ギルに案内され、屋敷の奥へ。
高級感漂う木の扉の前に立たされ、そっと耳を澄ますと──
中から聞こえるのは重厚な低音と、貴族っぽい笑い声。
(……ちょっと待て、なんか嫌な予感が……)
ギルがノックし、扉を開けた。
──中にいたのは。
アステリオン王国の国王。
鉄峰連合の国王。
ガリウス。
……そして、見知らぬイケメン。
「へっ……?」
俺は思わず、漫画みたいな声を漏らした。
「久しぶりだな、シュン殿!!」
ガリウスが笑顔で手を挙げてくる。
(お、おう……久しぶりというか、お前ら全員、何でここに……!?)
一方。
知らないイケメンは、こっちを睨みつけている。
(えっ、なんか怒ってない?)
ギルに背中を押され、促されるまま席に着いた。
──そう。
まさかこの日。
“2国の王と英雄と謎イケメンに囲まれて、俺が外交交渉の場に座らされる”なんて──
今朝ステーキ吐いてた男には、想像もできるはずがなかったのだ。
鉄峰連合の国王が口を開いた。
「久しいのぉ〜。この前の、我らが国を救ってくれた件といい……今回のアステリオン王国での大立ち回りといい……貴殿は一体、何者なんじゃ? ──まぁ良い。感謝しておるぞ」
アステリオン国王も、少し緊張した面持ちで続ける。
「このような場を設けられる日が来ようとは……貴殿に、何と感謝して良いか……」
(いや……けんちん汁作って……草むしりして……ぐらいしかやってないんだけど……)
愛想笑いで誤魔化す俺。
「では始めようかの」
鉄峰連合の国王が、場の空気を切り替えるように言う。
「鉄峰連合国王とアステリオン国王の立ち合いのもと……今日ここに、新たな国家の設立を宣言する!」
「──へっ?」
アステリオン国王が追い打ちをかけるように続ける。
「国名は《シルヴァリア王国》。国王を、シュン国王とする」
「領地は、この禁忌の森──そして、アステリオンと鉄峰連合の中間に位置する平原とする」
「待って! そんな話、したっけ!?」
「ええ、事前の打ち合わせにて、頷いていただいておりましたので。鉄峰連合側にも、その確認を取っております。……どこか、不満でも?」
……皆の視線が、俺に突き刺さる。
「……ありましぇん……」
ガリウスがガハハと笑い出す。
「いやぁ、シュン殿らしいのぉ! それにしても、両国の争いの火種が“魔族の策”だったとはな……戦場の兵や民を納得させるには、まだ時間がかかろうが……両国の間に、シュン殿の国があれば争いも起こらんじゃろう!」
(まぁ……みんながいいなら、いいけどさ…………)
──そのときだった。
アステリオン側の“イケメン”が一歩前に出て、冷たい声を発した。
「先ほどから、二国の王が居るというのに……そのへらへらした態度。正直、私はこの者を信用し難い」
ガリウスが、なだめるように言う。
「まぁ無理もない。彼の強さは、我々凡人には到底測れん」
だが、ギルがなぜかそこに乗っかってくる。
「主様は高みにおられるのです。全てを見透かし、行動しておられる。現に、二国の長年の問題をおさめたのは主様ですよ?」
イケメンが目を細め、吐き捨てるように言った。
「英雄もボケたか……。それと、そこの元セザール国の領主」
「貴様に関しては、傭兵の身でありながら、傑物だと認めていた。だが──まさか“ただの間抜け”に尻尾を振る愚か者だったとはな……」
ギルの雰囲気が、ガラリと変わる。
「テメェ、今主様のこと“愚か者”っつったか?」
「三栄騎士──いや、今は“二栄”だったか? 随分と頭が弱いらしいなぁ〜?」
「魔族とイチャイチャし過ぎて、国のピンチにすら駆けつけられなかったテメェには、主様の偉大さなんて分かるわけねぇわな」
イケメンがギルに詰め寄る。
「ほぉ……吠えるじゃないか?」
ギルも一歩も引かず応じる。
「なんだとテメェ!?」
アステリオン国王はオロオロ。
鉄峰連合側は……完全に静観。
俺は?
めちゃくちゃオロオロしてる。
「ちょ、ちょっと待てよ! 二人とも落ち着け! ほら!ね!? 対話、大事!! “たいわ”!!!」
イケメンが、俺を鋭く睨みつけて言い放つ。
「──間抜け面が」
「おまっ──っっ!!」
ギル、ガッと掴みかかる!
だが──
ヒュッ、と華麗にいなされたギルは──
盛大に棚へと突っ込み、書類ごと崩れ落ちた。
「ギル!! おい大丈夫か!?」
「……す、すいやせん主様……みっともねぇとこを……」
イケメンが鼻で笑いながら振り返る。
「家臣がこれでは……主の器も、たかが知れているな」
そのまま、無言で会議室を出ていってしまった。
アステリオン国王が、すぐさま頭を下げて謝罪に入る。
「申し訳ない……怪我はありませんか?」
ギルは立ち上がりながら苦笑する。
「いやぁ、ダサいとこお見せしましたね……でも、主様の悪口は──聞き流せねぇっす」
国王は、さらに深く頭を垂れる。
「……すまない。正直、今の我が国で、私の権限は盤石とは言い難い」
「だが──恩人にあの態度。必ず、きつく注意しておく。本当に申し訳ない」
鉄峰連合の国王が、笑いながら言葉を添える。
「若き王よ、国を背負うのは大変じゃろう。相談なら、いつでも乗るぞ?」
「それと、シュン殿。ワシからも謝っておく。どうか──許してやってくれぬかの」
俺は、ギルをチラッと見る。
ギルは、静かに頷いた。
──ようやく、場の空気が落ち着きを取り戻していった。
────────────
話し合いの場は──まぁ、さっぱりだった。
「そだねー」「だよねー」で乗り切ろうとしたけど……
結局、ギルが「主様、お気づきにならなかったとはいえ……」とか言いながら、代わりに議論を進め始めた。
……まぁいいけどさ。
俺が空気すぎて。
ついには立ち上がって、そろ~っと部屋から出たのに──
誰一人、気づかねぇ。
ツッコミすらねぇ。
……うん。
これはこれで……ちょっと悲しい。
────────────
通路をとぼとぼ歩いていると、
「主様?」
カナが、心配そうな顔で駆け寄ってきた。
「……落ち込まれてるのですか?」
「いや、別にそんなに落ち込んではないけど……」
「では何か、トラブルでも?」
「んー……特には……」
「強いて言うなら……あえて言うなら……」
「相手の方に……ギルが掴みかかって……で……投げ飛ばされ────」
──ビキッ。
カナの額に、血管が浮いた。
「ちょっ待て怒るな!! もう解決してるから!和解してる!完全に収まったからな!?」
「いいか!? 問題起こしたら俺が怒るからな!? ほんと頼むぞ!?」
カナは──にっこりと微笑んだ。
「はい♪ 心得ております。私どもからは一切、何も致しませんよ」
……うん。
わかってるよ。
“そっちからは”何もしないのは。
(不安しかねぇぇぇぇぇ……!!)
そのまま、カナは笑顔でくるりと踵を返し、どこかへ歩いていった。
俺は、しばらくその背中を見送ってから──
「……よし。クーに癒されよう」
全身から、心のSOSが漏れていた。
────────────
その日の夜───
ギルは──ガタガタと震えていた。
かつて戦場をいくつも駆けた男が、これほどの“恐怖”を感じたことはなかった。
「……それで?」
背後から聞こえるのは、凍りつくような声。
「主様を馬鹿にされたまま、そのゴミを生きて帰したと……?」
「……情けねぇ……主様に申し訳が──────」
──ズゴン!!!
ギルの真横の壁に、メイスがめり込んだ。
石壁に、綺麗なクレーターができていた。
「……あなたは少し、“鍛錬”が足りないようですね?」
ギルは、その言葉で悟った。
これは──“死より辛い訓練”が始まる予兆だと。
──────
ギルの過酷な修行の日々が始まるのは──
また別のお話(※多分無い)。