第48話『理想は潰え、悪意は続く』
広場が──
世界が、静寂に包まれた。
ファルカンは地を這う。
引き裂かれた身体、再生すら止まった肉体を引きずりながら。
その喉から、震える声が漏れた。
「な……何故だ……! 何故だ、何故だ何故だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
嗚咽のような絶叫。
「これほどの魔力を……あれだけの命を喰らって……
何故……貴様らは……まだ……立てる……!!」
立ち上がったリリィが、ボロボロの身体を揺らしながら鼻で笑う。
「しつこいわね……あれだけ騒いで……まだ、喋る気?」
──その時だった。
「おーーーーい、みんなーー!っておい!?
え!? おいおいおい!?なんかみんな血だらけじゃない!?」
「ふぇぇぇぇぇん!!!
皆さんぁぁぁぁぁ心配しましたよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
駆けつけてきたのは、シュンとキュリ。
そして──
「……ファルカン。
君は、目的を果たせたかな?」
フェルバートが、冷たくファルカンを見下ろしていた。
シュンは慌ててカナのもとへ。
「おい、カナ!? 大丈夫か!? お前……」
カナはゆっくりと顔を上げ、虚ろな瞳で言う。
「主様……
カナは……信じておりました……
主様と……幸せな家庭を築くのが、見える……」
「それ幻覚ーーーー!!」
「見えたから!とか言って動くなあああああ!!」
キュリはフェルとグローレンの元へ駆け寄る。
「ふぇぇぇぇん! グローレンさん!! 生きてぇぇぇ!! お願いだからしなないでぇぇぇぇぇ!!」
フェルが静かに笑い、
グローレンも、青ざめた顔で呻く。
「痛いっす……………マジで揺らさないでぇ……ふぉあ……」
リリィはそのやり取りを見て、ふっと目を細めた。
「あぁ……この感じ……忘れてたわ……私が守りたかった物……」
その時、地面を這っていたファルカンが、再び動き出す。
「まだ……まだだ……まだ終わってなど────!」
──ぐしゃり。
フェルバートの手が、ファルカンの胸を貫いた。
紫の光を放つ結晶を引き抜くと──ファルカンの身体は塵と化す。
「……お疲れ様、ファルカン。
君の理想は、届かなかった。だが──」
紫の結晶を見つめるフェルバートの声が低く響く。
「この力は、私の“理想”のために使わせてもらうよ」
──空気が、変わった。
皆の視線がフェルバートへ集まる。
「……フィルバート、何を……?」
リリィが、一歩前へ出て問う。
フェルバートは微笑んだ。
「何って……先代国王との約束を果たすだけさ」
「……それって、アステリオン王国の平和よね?
ならその水晶、私たちに渡して──」
だが、彼は首を横に振った。
「リリィ、君は本当によく働いてくれたよ。
正直、ファルカンが“自らを魔法陣の核にする”とは予想外だったが──
君が倒してくれたおかげで、目的を果たせる」
「目的って……何の話……?」
「……君は“世界の平穏”のために、魔王を討ったんだろう?
だったら、敵国である鉄峰連合を滅ぼすのも、当然じゃないか?」
その言葉に、場の空気が凍る。
リリィが目を見開く。
「ちょっ……まさか……最初から全部……!?」
だがそのとき──
シュンがポツリと呟いた。
「ねぇ……あのさ……」
「……なんで戦争してるの?」
一瞬。
その場の空気が止まった。
「な、何……?」
「いや、だって……そもそも何で争ってるか、わかってないんでしょ?
何百年も前に誰かがケンカ始めたとかで、
今の人たち……関係あるの?」
フェルバートが、言葉を失う。
「……っ、何故だ? いや、だが……いや、それは……」
「じゃあさ、もうやめたら?」
「っ…………な、なぜだ!? なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ──」
「……うわ、壊れた……」
シュンが一歩下がる。
フェルバートは虚ろな目で空を見つめ、意味を失った言葉を繰り返していた。
──その時だった。
広場の空気がピタリと止まる。
そして。
地鳴りのような低い声が響いた。
「……チッ、壊れたか」
まるで、誰かの“役目”が終わったことを確認するような、
冷たく、吐き捨てるような声。
シュンはガタガタと震えながら、音の方を見る。
「この声……えっ、まさか……
…………地下の……死体の声……!?」
声が裏返る。
本能が警鐘を鳴らす。
だがその瞬間──闇の中から、ひとりの男が現れた。
漆黒の衣をまとい、額に角のような骨を持つ。
明らかに、魔族とわかる風貌。
「“意思を注ぐ者”……また顔を合わせることになるとはな。
できれば、もう二度と会いたくなかったが……
最後の最後に──よくも邪魔をしてくれたな」
「……ガ、ガルザ……? だっけ……?」
シュンの声が裏返る。
その直後──
「うわああああああああああああああああああ!!
よかったああああああああああああああああああ!!!
死体と会話してたんじゃなかったああああああああああ!!」
全員が心の中でつっこんだ──────
そこかよ。
シュンは全力で安堵していた。
ガルザはくっ、と小さく笑った。
「……変わった奴だな。だが、構わん」
そして、何の前触れもなく動いた。
ドシュッ!!
ガルザの拳が、フィルバートの胸を貫いた。
フィルバートの身体が大きくのけぞり、咳き込む。
吐き出された血と共に──
ガルザの手には、紫の魔晶石のような結晶が握られていた。
「……フィルバート、よくやってくれた」
ガルザは結晶を持ち上げて、冷たく言い放つ。
「鉄峰連合とアステリオンの戦争──
仕組んだのは、我々だ。」
「……っな……!?」
リリィが、凍りついたように言葉を失う。
ガルザは視線も向けずに続けた。
「長きにわたって……先代国王と共に、よく踊ってくれた」
「目的は我らを死の大地へ追いやった貴様らへの復讐と排除だ」
ガルザの瞳が、魔晶石に反射して妖しく光る。
「……だが、もう用済みだ」
ガルザが結晶を掲げる。
紫の魔力が脈動し、空気がひび割れるような圧を放っていた。
「この結晶さえあれば──貴様らなど……」
──その時。
「だめです!!」
叫びながら、キュリが飛び出した。
小さな身体が、ガルザの前に立ちはだかる。
「……キュリ……?」
リリィが息を呑む。
ガルザはキュリを見下ろすようにして、静かに言う。
「……やはり、情が湧いていたのか」
キュリの肩は小刻みに震えていた。
だが、その瞳だけは、確かに“敵”を睨んでいた。
沈黙。
「……まぁ、いい」
ガルザが静かに言う。
「どちらにせよ、この結晶が我らの手にある限り……
すべては時間の問題だ」
彼の視線が──シュンを一瞥する。
「それに、今は……リスクが高すぎる」
一言だけ。
だが、そこに込められた評価と警戒の意図を、誰もが察した。
「俺は、魔族領に戻る」
そのまま背を向けると、霧がその姿を包み込んでいく。
「貴様らは──」
霧に飲まれながら、最後に言い残した。
「せいぜい……足掻くといいさ」
──その姿は、完全に掻き消えた。
しん──と、風の音すら止んだような沈黙が広がる。
誰も、動けなかった。
誰も、言葉を返せなかった。
ただ、そこに残されたのは──
静けさと、
解けない疑問だけだった。