第46話『不老の呪いと、愚問の答え』
ファルカンは、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「ふん……かつて“鬼ババア”と恐れられた貴様も──」
「今や幼さと老いが同居した、哀れなだけの成れの果てよ……
私が貴様を越え……新たな大賢者となるのだ」
その掌に、じわりと黒雷の魔力が滲む。
だがリリィは──
にっこりと、あまりにも無邪気に笑った。
「そ〜お? あんたみたいな“雑魚”を何人潰したか、覚えてないのよねぇ♡」
「でも安心して?」
両腕を広げる。
その瞬間、リリィの背後に“十本のナイフ”が浮かび上がった。
鋭利な軌道で空中に展開され、回転しながら構えを取る。
「し〜かりと、泣かせてあげるわ──子豚ちゃん♡」
ファルカンの眉がわずかに動いた。
「ほう……ならば肩慣らしに、“歴史”を超えるか……」
「我が雷よ……! この身に宿りし魔の主よ……!」
詠唱が始まる。
その言葉と共に、足元の魔法陣が深く、重く脈動し始めた。
だが──
「はい、無理ー♡ 詠唱させませ〜ん♡」
リリィの目が獣のように細まり──
『第三戦技《疾風》──起動』
『第五戦技《血染めの舞踏》──展開』
リリィが一歩を踏み出すと、足元の石畳が【パキンッ】と砕ける。
その瞬間、空気が音を置き去りにする。
リリィの足取りが消え、視線が一瞬で左右に揺れる。
それと同時に──
空中で回転していた十本のナイフが、一斉にファルカン目掛けて飛翔する!
ファルカンは即座に左手を掲げる!
「潰えるは希望、届かぬは祈り──!」
「全てを拒絶する盾を我に!」
──《黒盾障壁》!!
魔力が収束し、空間がひずむ。
黒い球体の防壁がファルカンを包み込み、ナイフの連撃を次々と弾き返していく。
(が──遅い!)
既にリリィは“背面”へと回り込んでいた。
その手には、光を纏った短剣。
いや、それはもはや──神々しいまでの槍の光条。
『第七戦技《天槍顕現》』
「“実戦”ってのをね──教えてあげるっ!」
リリィが槍を突き出す!
その刹那──
先ほど弾かれたナイフが、ファルカンの背から肉を貫く!
「ッ──ぐあッ!!」
遅れて魔力障壁が崩壊し──
リリィの【天槍】が、その腹部を、深々と貫いた!!
黒雷が空中に散り──
ファルカンの足元の魔法陣が、揺れながら崩れかける。
リリィは、微笑んだまま囁いた。
「冥土の土産に──レッスンしてあげる♪
“大戦時代の戦技”ってやつを♡」
ファルカンは、腹に短剣を突き立てられたまま、リリィの腕をがっしりと掴む。
「ぐっ……やはり……貴様は化け物だな……」
「見た目こそ幼子……だが、その中身は──年老いた“化け物”だ!」
その言葉に──
リリィの瞳が、一瞬だけ揺れる。
(……化け物)
──生きてきた年月の中で、幾度となく突きつけられてきた言葉。
不老の肉体。誰も老いて、自分だけが残される呪い。
それを羨ましがる者はいたが、尊敬した者はいない。
(また……言われた)
(また、私は──)
その刹那──
ファルカンが力任せにリリィを蹴り飛ばす!
「消えろォォ!!」
リリィの体が宙を舞い、床を転がる。
同時に、ファルカンが右手を高く掲げた。
「顕現するは我が怒り……!」
「貫くは敵意──すべてを引き裂け!」
──《黒雷撃》!!
中断されていた詠唱が完成し、漆黒の雷が咆哮とともに放たれる!
リリィは、床に伏したまま、その光景を見ていた。
(……もういいや)
(たとえ勝っても──)
(どうせまた、みんな私を置いていく)
……その時だった。
「──ッ!?」
彼女の体が、ぐいっと後方に引き寄せられる。
次の瞬間──
黒雷が地面を抉り、空間を焼きながら通過していった。
「……え……?」
腹部に、何かが巻き付いている。
見ると──金色の鎖が、リリィの腰に絡みついていた。
「これ……この鎖……」
その視線の先。
ガンッ!!
石畳を割り砕く着地音と共に、白き神官服を纏ったカナが、堂々と立っていた。
「……あなた、今──“諦めましたね?”」
カナは、リリィを見下ろし、真っすぐに睨みつける。
その眼差しは、炎よりも熱く、氷よりも凍える。
「だって……仕方ないじゃない……」
「勝ったって、どうせまた……また一人きりに──」
リリィの弱々しい声を、カナは斬り捨てるように遮った。
「我が主様が、“大賢者程度の呪い”ごときを解けぬとでも?」
「我が主は、この世の頂点に立たれる方」
「世界を救い、あらゆる理を覆す、唯一無二の御方です」
「その主様に“絶望した”など──」
「この私が、許しません」
その言葉に、リリィの目が見開かれる。
「……本当に……本当に解けるの……?」
カナは一歩、前に進みながら、手にしたメイスを強く握りしめた。
その瞳は、迷いも揺らぎもなかった。
「──愚問ですね」
ただそれだけ。
その“断言”に──
リリィは、ふっと笑った。
そして、ゆっくりと、だが確かな足取りで立ち上がる。
「……そう……なら──」
「騙されてあげるわ、しばらくの間は♡」
その頬に浮かんだのは、いつもの小悪魔な笑み。
だがその奥に宿るのは──確かに、希望だった
リリィとカナは、並び立ってファルカンを睨みつけていた。
視線の奥には、それぞれの怒りと決意が燃えている。
──その時。
「ギルドマスター殿! 加勢するぞ!」
声と同時に、フェルが屋根の上から跳躍し、石畳を蹴って着地する。
その手には、騎士団の紋章を刻んだ剣。
背後からは騎士団の数名と──
「隊長ぉぉぉ! 早いっすよぉぉぉ……って、カナ様!?」
息を切らせたグローレンが、目を輝かせて叫んだ。
「いや〜何度見てもお美しい! まるで戦場に咲く一輪の華……!
もし良ければ、今度! 今度だけでも! お茶など──」
カナは即座に、無表情で言い放つ。
「黙りなさい、産業廃棄物」
「また木に干しますよ?」
【ピタァァ……】
グローレンの動きが石像のように止まる。
リリィが横から悪戯っぽく顔を寄せる。
「ねぇねぇ〜? 一輪の華ってぇ〜? 私のことは〜?」
「こんなにもぉ〜♡ こーんなにも可愛い女の子見えないなんてぇ〜?」
指を唇に当てて、くいくいと見上げるリリィ。
「ねぇ、目が腐ってるのぉ〜? それともぉ〜……下半身で喋ってるのぉ〜?」
グローレンはもう、泣きそうだった。
「いやちが……俺の尊敬の対象はお二人ともで……!!」
──その時、フェルがバチンと指を鳴らすように声を飛ばす。
「無駄口はそこまでだ。今は──奴に集中しろ」
その言葉で、空気が再び張り詰めた。
ファルカンは、未だその場に立っていた。
腹部からは鮮血が垂れ、衣服は赤に染まっている。
──だが。
その顔には、焦りも、痛みも、苦悶もなかった。
まるで、“それすら”計画の内であるかのように。
「……っ!」
フェルが剣を構え、周囲に目配せする。
「構えろ! 何かくるぞ!」
リリィがナイフを浮かせ、カナはメイスを構える。
グローレンも息を止め、背を庇うように騎士の一人に指示を出す。
ファルカンは、空を仰いだ。
そして──両腕を、天へと高々と掲げる。
その姿は、もはや“人間”のものではなかった。
「魔法陣──起動!!」
その叫びと同時に──
地鳴りが響く。
魔法陣の中心から湧き上がるように──
黒雲が空を覆い、空気が歪む。
空気中に、紫の霧が広がり始める。
カナの目が鋭く光った。
「……来ます」
誰よりも早く、メイスを握り直すと同時に、地を蹴る!
ファルカンへ、一気に詰め──その頭上へとメイスを振りかぶった。
「──神罰第二条《神聖圧殺》!!」
光が閃く!
天から振り下ろされる聖なる鉄槌──それは、かつてアークデーモンの胸部を粉砕した一撃。
空間が揺れるほどの“質量”が、ファルカンの頭部を狙って降り注ぐ!
──が。
ガンッ!!!
メイスは止められた。
ファルカンが、素手でそれを受け止めていた。
「……ほう……」
「“あの場”で……周囲の生命を刈り尽くすつもりで生気を奪ったというのに……」
「まだ、こんな一撃を放てるとはな……」
「やはり貴様……化け物だな……」
ファルカンの額には血が滲んでいる。
だが──その目は冷たい笑みを湛えていた。
「だが……限界だろう? 貴様も」
カナの奥歯がギリ、と音を立てた。
──その時。
「そっちばっか見てちゃ──だーめ♡」
リリィのナイフが横から飛来!
鋭く、曲線を描いてファルカンのこめかみを狙うが──
【カンッ】
ファルカンは首を傾けず、片手でそれを弾いた。
「チッ……」
リリィの眉がわずかに動いたその時──
今度は逆方向から──
「──はぁあああっ!!」
「ぉおおおおりゃあああ!!」
グローレンとフェルが、両側から同時に切り込む!
『第六戦技《斬絶》──発動』
『第四戦技《疾風斬り》──展開』
刃が交差し、ファルカンの胴を、腕を、肩を裂く。
だが──
「……効かぬ」
裂けた傷口が、ズズ……と音を立てて再生していく。
まるで──何事もなかったかのように。
「っ……また、再生……!?」
リリィが距離を取る。
「下がれ!」
フェルが叫ぶ。
全員が一斉に後退。
グローレンが静かに呟く。
「……再生ってずるく無いっすか……?」
フェルは鋭く叫ぶ。
「構うな! 奴にも限界はある! 今畳みかければ──!」
──その言葉の途中だった。
【ドサッ……】
一人の騎士が、膝をついた。
続けて、別の騎士も──
「ぐっ……体が……重い……」
グローレンも、よろける。
「チ……力が……入らねぇ……!」
カナも、わずかに肩で息をしていた。
フェルの額にも、じっとりと汗が浮かぶ。
(……おかしい……)
(力が……抜けていく……)
ファルカンは、愉悦に満ちた声で高笑いを上げた。
「はーっはっはっはっ!!」
「どうだ? お前たちがつけた傷が──今、お前たち自身を蝕んでいる感覚は!」
「この王都の地下に展開された“根の術式”……」
「これはな、王国の“すべての者”から生気を吸い上げる術だ!」
「私は“それ”を、自身の魔力と再生に変えている!」
ファルカンの足元に、再び魔力が収束していく。
地面を這う紫の紋様が、空気を焼き──血のような光が彼の傷を包む。
「つまり──!」
「貴様らが頑張れば頑張るほど、死ぬ者が増えるだけの話よ!」
「街にいる者たちは皆、既に私の“糧”!」
「いずれにせよ、私に生気を捧げる運命──!」
「貴様らに、打つ手など……何一つ無い!!」
──その嘲笑は、まるで世界を支配する者のように響いていた。
戦場に広がるのは、希望ではなく──沈黙。
絶望の色をした霧が、誰の胸にも広がっていく……。
【あとがき小話】
「ここまで読んでくれて……ほんまに、ありがとう」
「もし、ちょっとでも“ええなぁ”って思ってくれたなら──」
「ぽちって、ブクマしてもらえたら……めっちゃ嬉しいなぁ」
「作者さんな? そういう反応もらえると、嬉しすぎて、床に転がってスライディングしてはんねん」
「……あれ、正直ちょっと引くくらいやで?」
「せやけど、それくらい──」
「“次も書こう”って、心がぽっと灯るみたいなんよ」
「せやから……ほんのちょっとの応援が、きっと大きな魔法になるんやと思うねん」
「うち、また会えるん、楽しみにしてるね」
(にこっ、と目を細めて微笑んで)
※本編にはまだ未登場キャラです




