第44話「魔族の心の叫びと俺の胃液ビーム」
「さっ!シュン殿!」
隊長フェルが清々しい笑顔で、目の前の建物を指差した。
「ここが奴ら、黒狼団の根城ですよ!」
グローレンも親指を立てて続く。
「隊長とシュン様がいれば百人力っす!」
「飲み屋のテンションで言うなぁぁぁぁぁぁ!!」
俺はもはや涙目で、地面に膝をつく。
「なんで!?ねぇ!?なんで“飲み屋で一杯ひっかける”ノリで“チンピラの巣窟”に来てんの!?!?
心の準備も!作戦会議も!女の子との素敵な一夜すら経験してないのにぃぃぃ!!」
フェルはにこやかに言った。
「“チンピラ”とは、流石ですね……!
黒狼団をそう呼べる胆力、素晴らしい!是非ともシュン殿のような方を我が騎士団に──」
「怖い怖い怖い!!なんか“信頼”が重いんだけど!?俺の意思を置いてくな!?」
俺はグローレンに、最後の希望を託す。
「なぁ、グローレン……名前はアレだし、ちょっとやんちゃな若者集団ってだけだよな!?
お前が“数人なら”どうにかなるって言ってたし!」
グローレンは指を折りながら、まるで天気の話のように説明しはじめる。
「いや〜最近ではこの国の犯罪ネットワークを統括しててですね〜
怪しい薬・誘拐・奴隷売買あたりを全部仕切ってるっぽいんすけどぉ〜
でも国の要職ともズブズブで、何故か討伐許可が下りないんすよね〜」
「けど今回は森の盟主であるシュン様が被害者だから、乗り込んでもノーカンです!バチボコにしちゃいましょ!」
「物騒すぎるんだがぁぁぁぁぁ!!」
「関わりたくない!!俺の人生に“薬と誘拐”は存在しなくていいの!!
あと“森の盟主”って肩書き、そんな都合良く使うなよぉぉ!!」
だが──フェルが追撃してくる。
手をパタパタさせながら、完全に“親戚の陽気おじさん”テンションで語り始めた。
「いやいや、ご謙遜を〜!ギル殿から聞きましたぞ?」
鉄峰のあの怪物──ガリウスすら恐れる化け物ってのを
大勢の兵の前で“一撃で泣かせて手懐けた”と!!」
フェルは遠くの空を眺めながら
「我らは長年ガリウスと戦ってきたが、アイツが認める者ならば、もう信頼するしかありますまい!」
「なんで“戦争相手の怪物が認めた”ってだけでこんな俺の評価上がってんだよ!?
そこまで信頼あるなら和平しろや!!
何、良きライバル感出してんだよ!!」
だが、フェルの表情は変わらない。
「……戦争は話が別です
さぁ。ちゃっちゃと片付けましょう。敵に見つかる前に……」
──もう無理だ。
俺は引きずられながら、目の前の扉を見た。
フェルは迷いなく、足で扉を蹴破る。
【バンッ!!】
中には、見るからに柄の悪い奴らが十数人。
ギロリとこちらを睨みつけてくる。
「……んだてめぇら」
ひとりが煙草を吐き捨て、他の連中も椅子をガタンと鳴らす。
一斉に腰の刃物へ手を伸ばした
(……こっち、まじで殺す気だこれ)
一瞬、空気が凍った。
だが、グローレンは前に出て叫ぶ!
「この野郎ども!!散々付き纏って俺に嫌がらせしやがってぇぇぇ!!」
フェルも剣に手をかけ──
「俺の副官をよくも痛ぶってくれたな!
騎士団の名において、ここに宣言する!」
「──お前ら全員、今日で終わりだ!!」
(うぅ……なんで……こんなことになっちまったんだ……?)
(うぅ……まだ死にたくないよぉ…………助けて!カナ!クー!ガリウスさーーーん!)
数名の男たちが、同時にこちらへ飛びかかってきた。
──が、その瞬間。
フェルとグローレンの空気が、ガラリと変わった。
それまで陽気だった顔つきが、一瞬で“戦場の顔”に切り替わる。
『──第二戦技! 守形の型!』
『第三戦技《疾風》──!』
号令と同時に、空気が鋭く弾けた。
グローレンが突き出された刃を受け流し、逆に敵の体勢を崩す。
その隙を縫って、フェルが目にも止まらぬ速さで滑り込み──
「はっ!」
鋭い斬撃が一閃。
敵の一人が呻き声も上げる暇なく崩れ落ちた。
(──え、速っ!?)
あっけに取られる俺の目の前で、2人は次々に敵をさばいていく。
まるで呼吸するように連携が取れている。
(さすが……隊長と副官……)
(チンピラ10人程度じゃ、相手にもならないのか……!)
──そして俺は、確信する。
(これ……もしかして……ついてくだけで何もしなくていいやつ……!?)
俺はそろ~っと2人の背後に回り込み、背中にぴったり張り付きながら進む。
グローレンが敵の武器を受け流し──
フェルが切り込んで斃す。
そのすき間を縫って、俺は倒れた敵に……
「アチョーーーーー!!」
チョップを入れていく!
多分、あんまり意味ないけど!
でも大事なのは元気と気迫と「やってる感」!
(念のため寝返り防止!無意味でもいい!雰囲気が大事!)
しかし──
増援が止まらない。
最初は10人ほどだったはずのチンピラが、いつの間にか30人近くに膨れ上がっていた。
(無限湧きかよ……!?)
それでもフェルとグローレンは止まらない。
攻撃を受け流し、叩き、捌き、道を切り拓いていく。
俺はそれに必死でついていくのが精一杯だった。
──そして。
建物の奥──石造りの重たい扉の前で、行き止まりとなった。
「シュン様!!」
グローレンが、斬り伏せた敵の隙間から振り返って叫ぶ。
「ここは俺らが引き受けるっす! 親玉のところに向かって下さい!」
フェルも短く頷く。
「シュン殿、ここは任せろ! 我々もすぐに追いつく!」
俺は振り返り、2人の背中を見る。
(……大丈夫、だよな。あの2人なら)
(任せても……いいよな)
意を決して、俺は扉に手をかけ──
【ギィ……】
重たい金属音を響かせて、ゆっくりと中へ足を踏み入れる。
(……頼むから何もありませんでしたで終わってくれ……)
そんな淡い期待を胸に、俺は進む。
扉の先には──
長い、石の階段。
どこまでも続いていそうなその階段は、薄暗い地下へと続いていた。
(……うわ、絶対ヤバいやつじゃん)
ため息まじりに一歩ずつ降りていく。
足音がやけに響くのが、嫌にリアルで怖い。
俺は反射的に肩をすぼめ、物音を立てないようそ〜っと歩いた。
(親玉、見つかりませんでしたって言いたい……)
現実逃避しながら階段を降り切ると──
そこには、広い空間が広がっていた。
天井は高く、壁に設置された灯火がぼんやりと部屋の輪郭を照らす。
だがその光はあまりに乏しく、部屋なのか通路なのかすらよく分からない。
(……なんだここ)
薄暗く、息が詰まりそうなほどの空間。
俺は思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。
(いや……雰囲気だけで怖すぎるだろここ……)
(誰もいませんように……静かに……平和に……こっそり……)
慎重に進もうとした、その時──
「ふん……まさか、この国の命運を握っているお前が、ここに来るとはな……」
低く、重々しい声が、奥の闇から響いた。
空気が一瞬で冷たくなる。皮膚の表面が粟立つような気配。
「やはり魔法だけでなく、その頭脳までも規格外か……」
「──お前は、一体どこまで読めている?」
(……なにその中ボスみたいなセリフ!?)
(え、いや、えっ!? えぇぇ!?)
(……た、多分、暗いからバレてない……はず)
(誰かと話してるのか……? それとも独り言か……?)
(てか、そんな“国の命運”とか……知らんがな……!)
俺はそろりと階段へと体を向けた。
静かに、静かに、この場から──撤退しようとした、その時。
「──ほう。ここまで辿り着いておいて、よもや俺を見逃すつもりか?」
再び、声。
しかも今度は──明らかに俺に向けられている。
「アークデーモン“様”を倒した実力……俺など怖くもあるまい?」
「それとも、忠告にでも来たつもりか?」
(……様!?)
(アークデーモン“様”呼び!? 絶対ヤベェやつだろぉぉぉぉぉ!!)
俺は無意識に息を止め、数秒フリーズする。
静寂が、鼓膜を圧迫するほど重く張り詰めた。
──……無理。
そっと、震える声で応じた。
「えーっと……それ……俺に言って……ます……?」
「お前以外、誰がいる?」
即答だった。
「まぁいい。だが……俺を見逃しても、俺たちは──目的を果たす」
(なんか知らんけど、“俺たち”って複数形で言ってきたぞ!?)
(やめてくれ……関わりたくねぇ……!)
ビビりながらも、俺はなんとか声を振り絞る。
「和平とか……ほら……穏便に……ね?」
「喧嘩とか暴力とか、誰も得しないから!」
「話し合いでうま〜くやれば、こう……いい感じに……ね?」
──その瞬間、空気が爆ぜた。
「貴様に……何が分かるッ!!」
怒気に満ちた咆哮が、地下の空間を震わせた。
「我らが受けてきた仕打ちを──悲しみを、苦しみを、怒りを、絶望を……!」
「“死の大地”に閉じ込められ、陽すら届かぬ土の底で……今も同胞たちは、飢えと渇きに喘いでいる!」
「眠れぬ夜に泣く声も、飢えで倒れる者のうめき声も、誰ひとり届かなかった!」
「地上に住む貴様らには、“知られもしない痛み”だったろう!」
「それでも……それでも我らは、耐えた! 耐えて、耐えて、耐え続けて──!」
「地下に根を張り、地上に因縁を撒き、少しずつ、少しずつ“芽”を育てた!」
「何年も……何十年も……! 代を重ね、血を流しながら、ここまで来たのだ!」
「それを今さら、“和平”だと……?」
「ようやく──ようやく掴みかけたこの自由を、“手放せ”だと……!?」
「ふざけるな……! 貴様ら地上の民に……俺たちの“渇き”がわかってたまるか!!」
(うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?!?)
(地雷を……踏み抜いたどころか……地面ごと爆破したぁぁぁ!!)
「えーっと……色々……あると思うけど……」
「お互い……頑張ろ……ね?」
──頼むから殺さないで。
そんな願いを込めた、精一杯のやつだった。
【ダダダダダダッ!】
上の階段から足音が響いてきた。
フェルとグローレンが、息を切らしながら駆け込んでくる。
「上の奴らは片付きましたよ……!」
「危なかったっす……隊長がほとんどやっちゃいましたけど……」
「シュン殿、ご無事で? 黒狼団の親玉はどこに?」
俺は、しばらく口が動かなかった。
ようやく指を伸ばして、暗闇の奥を震えながら指差す。
フェルが静かに奥へと進み──
「……これが、親玉……ですか」
グローレンもその声に釣られて近づいた。
「うっわ……エグ……」
「頭、無いじゃないっすか……」
……え?
えぇ……?
そこには、首を刎ねられた死体がひとつ。
他には、誰もいなかった。
(……嘘だろ……?)
(じゃあ今まで、俺が……話してた相手って……)
(……誰!?)
「オロロロロロロロロロロロロ……ッ!!」
盛大に、胃の中を開放した。
自我と胃袋が同時に限界を迎えた瞬間だった。
……そのときだった。
──《我が名は……ガルザ……》
……どこからともなく、頭の奥に響く“声”。
──《もう会わぬことを願うぞ……魔導を収める者よ》
(……は? 今の、俺の……脳内……?)
吐き疲れたまま、俺は床に突っ伏し──
(……もしかして今のって……あいつの“遺言”!?)
(いや誰!? てか勝手に名前残してくなぁぁぁぁぁぁ!?)
──全身を震わせながら、俺は心から願った。
(お願い……もう関わりたくない……)
【あとがき小話】
キュリ「あのっ!あのっ!あのですねっ……!」
キュリ「本日なんと……あたし達の物語がっ!ランキングに入ってましたぁぁぁぁ!!(嬉泣)」
キュリ「注目度ランキングの【61位】と、日間異世界転生ジャンルで【220位】……!す、すごいですぅぅ!!」
キュリ「それもこれも……読んでくださった皆さま、ブクマや感想をくださった皆さま、ほんとぉぉぉにありがとうございますぅぅぅぅぅぅ!!」
キュリ「作者さん、昨日から干からびながらピクピク震えてて、なんかもう“感謝で死亡”しそうな勢いだったんですよぉ……!」
キュリ「でも大丈夫ですっ!あたしがしっかり水分補給させておきますからねっ!」
キュリ「これからも、がんばって物語届けていくので……よろしくお願いしますぅぅぅ!!」
キュリ「読んでくださるみなさんがいてくれて、ほんとにほんとに、幸せですっ!」




