第43話『交錯する信仰と謀略──神の名を騙る者たち』
ファルカンは、ゆっくりと階段を上がり──
地上の聖堂、来客用の面会室へと足を踏み入れた。
そこで彼の視線に映ったのは──
神の絵画から抜け出たような、ひとりの少女だった。
金糸の髪が淡く揺れ、真っ白な神官服は陽光を浴びて輝いている。
まさに“神の使い”──あるいは、“粛清者”そのもの。
(……なんだ、この雰囲気は……)
ファルカンは一歩立ち止まり、内心で唾を飲み込んだ。
(気圧される……? この私が……小娘相手に……!?)
だがすぐに、平常の“聖職者の仮面”を被り直す。
優しい微笑みを浮かべ、柔らかな口調で話しかけた。
「──待たせてしまったかな?」
「今日は、どのようなご用件で?」
少女──カナは、柔らかな笑みを返す。
だがその瞳には、まるで“全てを見透かす”ような光が宿っていた。
「……計画に、支障があるのではと──」
「そう思い、駆けつけました」
ファルカンの背筋に、冷たい何かが走った。
(……やはり、教会の差し金か)
(計画の進捗を確認しにきた……!)
一歩踏み込まれれば、すべてが露見する可能性がある。
ファルカンの掌が、見えない汗でじっとりと濡れていた。
(……だが、違う)
(粛清の使者ならば、既に私は消されている)
(周囲は封鎖され、証拠も痕跡も抹消されたはず……)
──だとすれば、目的は“確認”か。
あるいは、“協力”の名を借りた監視か。
警戒を強めるファルカンに、少女が再び口を開く。
「ご安心ください」
「私は、あくまでも──“協力”をしに来ただけですので」
その声は、あまりにも穏やかだった。
だが“心が読まれているような違和感”が、胸にひっかかる。
ファルカンはわずかに眉を寄せ、少女の一挙一動を見極めるように見つめ返す。
(……どうする……?)
(時間はない……この状況で、無用な波風を立てるわけには……)
ファルカンはわずかに躊躇し──そして決断した。
「……なるほど。ならば──お見せしよう」
ゆっくりと体を翻し、カナに手を差し向ける。
「ついてきなさい。……地下の“本会場”へ」
そうしてファルカンは、聖堂裏に隠された扉を開け、地下へと続く階段を下っていった。
その背を、カナは静かに──感情の読めない微笑みを浮かべながら追う。
まるで“計画通り”とでも言うように。
────────────
アステリオン王国内──
とある場所。
空気を揺らすかのような低い声が、薄暗い部屋に響いた。
光が差し込むわけでもなく、ただ影だけが淡く壁に浮かび上がる。
「で? 計画の方は……上手くいってるのか?」
「うぅぅぅ……た、多分まだ大丈夫だと思うんですけどぉ……」
「でもぉ……あの騒ぎのせいで、ぐちゃぐちゃですよぉ〜……ふえええん……」
「……まぁ、あれは私も予想外だったのだよ。すまないな」
「──だが、計画を早めることになったと考えれば、悪くはないんじゃないかな?」
「……ふん。ものは言いようだな……」
「そ、それよりもぉ……あのカナって人が、危なすぎますよぉ……」
「調査も早いしぃ……感もなんかいいですしぃ……やっぱり、協力した方がよかったんじゃないんですかぁ……?」
「彼女か……」
「一応、確認のために会話はしてみたよ。けれど──彼女をどうこうするよりも」
「……彼女の“連れ”を利用した方が得策だと、私は思うよ?」
「ふん……あの“E級”か……」
「あいつが放った魔力……あれは、完全に計算外だったな……」
「前に観察してた時は、せいぜい弱い光を飛ばす程度だったのに……」
「まさか、アークデーモン様を“一発の魔法”で消してしまうとはな……」
「……あれは、災厄そのものだ……まるで“大賢者”……」
「皮肉なものですねぇ……」
「ファルカンの組織の理念は“大賢者の再臨”……」
「なのに、その“再臨”に最も近い存在が目の前にいるというのに、魔法のことを理解できていないがゆえに──」
「……気づかないとは」
「まぁ……どちらにせよ、“うまく潰し合ってくれる”ことを願うばかりですけどねぇ……」
「うぅ……でも……やっぱり……今からでも協力……」
「何を言ってやがんだ! さっきからメソメソしやがって……!」
「忘れたのか!? 俺らが!! 俺ら“一族”が!! どれだけ虐げられてきたか──」
「……忘れてなんて……ない……ですけどぉ……」
沈黙。
ほんの数秒の間を置いて──
「まぁまぁ、お二人とも。落ち着いてくださいな」
「我々が手を結び、そして面倒ごとを片付ければ──」
「お互いの国が“守られる”のですから」
「もう少し……頑張ろうではありませんか?」
「──さ、私は用事を済ませてきますよ」
ひとつの影が、静かに階段を登っていく。
足音が遠ざかり、やがて消えた。
残された二つの影だけが、室内に沈黙を残す。
「…………やっぱり私……みんなとも……ちゃんと……」
「──へっ。足手纏いが……」
「もういい。ここまで来たら……あとはなるようにしかならん」
「……お前は動くなよ?」
「情報だけ……今まで通り、持ってこい。いいな?」
「………………はい」
空気は重く、湿ったまま沈み──
ろうそくの火だけが、無言で揺れていた。
──────────────────
カナは、ファルカンの後を無言でついていく。
正直──これは賭けだった。
黒幕がファルカンであるという“疑念”。
それを裏付けるため、適当に“それっぽい言葉”を口にしてみた。
もし食いつけば黒。食いつかなければ、別の可能性を考えればいい。
──だが、思った以上にブラフは効いた。
ファルカンは食いついた。
(…………間違いない)
カナは石造りの階段を、ゆっくりと降りる。
足音すら殺しながら、ファルカンの背中をじっと見つめていた。
彼の歩幅。額の汗。小刻みな呼吸。
それら全てが、彼が“今すぐにでも何かをしようとしている”ことを示していた。
(正直……この場で、消してしまっても良いのですが……)
淡く光る指先に、魔力がわずかに集まりかける──だが、それをすぐに止めた。
(……何かが引っかかる)
カナの中に浮かぶのは、常に──“主様”の存在だった。
(私がここに来ている時点で──)
(主様は、すでにファルカンの狙いまで見抜いた上で、状況をここまで運ばれた……)
ならば。
この男を、今ここで“消す”選択肢はあり得ない。
主様は、わざわざ手を下さず“泳がせている”。
その判断には──必ず意味がある。
カナの瞳が、一瞬だけ細くなった。
(それに……アステリオン王国と鉄峰連合の戦争の原因……)
(その核心にも──まだ至れていませんから)
──主様。
その名を、胸の奥で一度だけ呼ぶ。
それは祈りであり、決意であり、忠誠そのもの。
すると──
「着きましたぞ」
ファルカンが立ち止まり、手を広げる。
「これが──今、最終段階の魔法陣です……!」
その視線の先に広がっていたのは──
広大な地下空間いっぱいに描かれた、複雑な魔法陣だった。
赤と黒の線が幾重にも交錯し、魔力を帯びて脈動している。
それはもはや“儀式”ではなく──“呪術”に近かった。
「今は魔力の充填に苦戦しておりますが……!」
「必ず間に合わせてみせます! ……どうか、手を貸していただけるかな?」
ファルカンは振り返り、汗だくのまま“協力”を求める。
カナは、ふっと微笑んだ。
穏やかに、優しく──何の疑念も見せず。
「……はい。喜んで」
その笑みの裏で、心の中では静かに囁く。
(──主様の計画のために)
【あとがき小話】
カナ「……主様。目を覚まされたら、きっとお喜びになりますね」
クー「んー?どしたのだカナー?主様また料理したのかー?」
カナ「いえ。昨夜寝る前、ブックマークが増えていたのですが──」
クー「ふむふむ……」
カナ「朝になって確認したところ……さらに増えておりました!!」
クー「おぉ!? それって、おいしいのかぁ〜!?」
カナ「……このバカ犬」
クー「わうっ!? いきなり耳ひっぱるのだーっ!?」
カナ「これは喜びの報告です。注目度ランキング、61位まで浮上──皆様、本当にありがとうございます」
クー「おいしいんじゃなかったのかー!?みんなで食べるもんじゃないのかー!?」
カナ「食べ物じゃありません。数字です。データです。反応です。成果です」
クー「なんかわからんけど……すごいやつってことか!」
カナ「その理解力が一番すごいです」
クー「えへへ、褒められたのだ〜!」
カナ「……あ、主様。お目覚めですか?今ちょうど“犬が美味しいかどうか”の話を──」
クー「ちがうのだーっ!? 食ってないのだーっ!?」
──というわけで、
いつも読んでくださる皆様、本当にありがとうございます!
昨夜からまたブクマが増え、注目度も更新されました。
この一つひとつが作者の大きな励みになっております。
次回もまた、楽しんでいただけるように──
バカ犬と忠犬とヒモ魔法使いのトリオでお届けします
ではまた!




