第40話「終焉の柱、始動の影」
ズゴォォン。
ズゴォォン……。
ズゴォォォォン!!!
地鳴りが、まるで地球そのものの悲鳴みたいに響いていた。
俺はというと──
砂埃の舞う大地の上で、体育座り。
隣には、同じく地べたに座り込んでるゴスロリ少女──ロリマスがいた。
「……あれ、止めてくれません?」
俺がポツリと呟くと、
「無理でしょ」
リリィはあっさり言い放ち、片膝を立ててため息をつく。
「寧ろ、おにーさんの連れじゃない。昨日ギルド登録一緒に来てたし」
「いや、まぁ……そうなんだけど……」
ズゴォォン!!
ズゴン!ズゴォォン!!
「主様を傷つけたゴミがぁぁぁぁぁぁああああ!!」
……あ、無理だ。
絶対止まらないわ、あのテンション。
俺は、変に悟った顔で小さくうなずいた。
──でも、ふと気づいてしまった。
「ていうか……」
俺は眉をひそめて、ゆっくり隣を見やる。
「俺を投げ飛ばして、顔面から着地させたのって──お前だよな?」
ピクッ。
その瞬間、リリィの肩がわずかに跳ねた。
次の瞬間には、俺の口がリリィの手でがっちり塞がれていた。
「しっ! ちょ、しぃぃぃっ!!」
リリィは焦った様子で指を口に当てながら、無理やり笑顔を作る。
「……おにーさん♡ もしそれ以上言ったらぁ〜……」
スッと、俺の首筋に指を滑らせ──
「お兄さんの体の皮を、リンゴみたいに、キレイ〜に剥いじゃうぞっ⭐︎」
俺は即座にぶんぶんぶんぶん首を振った。
上下方向に。
許して。命だけは。命って大事。
ようやく口を離したリリィが、急に表情を戻して話を切り出す。
「……ところで」
リリィは俺の顔をじっと覗き込んだ。
「本当はあんた達、何者?」
「へ?」
「前にあんたが見せた初級魔法も、明らかに異常だったし」
リリィの目線が、遠くで地面をひたすら叩き続けている──というか、
地形そのものを“設計変更”している筋肉少女・カナへと向かう。
「……それに、あの子。強すぎる」
「いやいや、確かにカナは強いけど、鉄峰の英雄ガリウスさんとか、他にも……」
俺が慌ててフォローを入れると──
リリィはふっと目を細めて言った。
「“力”だけなら、私の元仲間にもいたわよ」
彼女は空を見上げながら、淡々と続ける。
「山を殴って崩せるレベルの脳筋バカとかね」
「え、それもそれでやばくない?」
「でも──“神罰”って力は違うのよ」
リリィは静かに首を振った。
「100年以上生きてるけど……見たことも、聞いたこともないわ」
「──100年以上…………って」
俺の思考が一瞬止まった。
そして、つい、口が勝手に動いた。
「ロリババ──」
言い終える前に、ナイフが喉元にピタリと当てられていた。
「誰がババアよ?」
リリィの顔は、笑っていた。
だが目が笑っていなかった。
「殺されたいのかな〜♡ おにーさん♡」
ぶんぶんぶんぶんぶん!!
今度は全力で横に振る。
もう首もげるレベル。
そのままリリィはナイフをくるくる回して鞘に収めながら、話を続けた。
「その“ロリ”って言葉といい──」
「……そしてあの、インチキくさい魔法」
「まさかとは思うけど──」
「──あんた、“大賢者”と何か関係あるの?」
その言葉に──俺の脳内に浮かぶのは、あの残念すぎる元転生者の記憶。
魔導書を中学生のエロ本みたいに隠して──
“魔法効かねぇ!”
“この世界クソゲー!”
そんな逆ギレ日記を残してた、前転生者の姿。
(やっべえ……これ、正直に言ったら面倒なことになるやつ……)
(でも黙ってても絶対勘ぐられるし……)
(……こうなったら……)
「弟子……的な……?」
俺が小声で告白すると──
「弟子ですって!?」
リリィが目を見開いた。
「じゃあ、もしかして……私の呪いも──────」
──そのときだった。
ズズズ……
大地を割るようなメイスを引き摺る音とともに、カナが歩いてきた。
「主様……申し訳ございません……」
カナは深く頭を下げる。
「怒りのあまり……我を忘れておりました……」
その声音には、確かな反省が滲んでいた。
「いや……まぁ、助かったし……」
俺は少し照れながら頭をかく。
「ありがとな、カナ。助かった──」
──その瞬間だった。
「グォォォォォォォォ!!!!!」
さっきまで地面のシミになってたはずの化け物が──
完全に復活して、そこに立っていた。
「……いやもう……なにそれ」
地形ごと殴られても死なないとか、どういう設計なのこの世界。
バグか? バグなのか??
リリィが肩をすくめながら、ゆっくりと立ち上がった。
「……あれは、死なないのよ」
ゴスロリのドレスが、土埃の中で揺れる。
「あれは──かつて私たちに追い詰められて、知性と理性を手放した」
「魔王軍の幹部。呪具の代償に、不死の再生を手に入れた……しつこいしぶとい最悪の失敗作ってわけ」
俺は、立ち上がるアークデーモンを見つめながら唸る。
「魔王軍!? ってことは……この世界に“魔王”っているの!?」
リリィは首を傾げ、軽く笑った。
「ふ〜ん……最近の子は魔王の存在すら信じないのね〜」
「もういないわよ? 大昔に討伐したわ」
その瞬間、空気が張り詰めた。
アークデーモンの口元から、低く唸る音が漏れ──
その身体を中心に、黒い魔力が渦を巻き始める。
地面が、嫌な音を立てて“凹む”。
空間そのものが、魔力の重みに悲鳴を上げていた。
リリィは、ナイフをクルクルと指で回しながらニッと笑った。
「……やれやれ。消えるまで殺すしかないわね♡」
カナは、既に拳を握りしめていた。
その眼は血走り、声は震えている。
「糞虫が……何度、何度、何度も……!」
髪が揺れるたびに、空気が震える。
その怒りに呼応するように──カナの背後に、無数の光が“ピキピキ”と裂けるように現れた。
「神罰第十条──《聖鎖・掃滅陣》」
2人は、同時に駆けた。
風の音が遅れて届く。
カナの足元が砕け、地をえぐりながら一気に加速。
彼女の周囲から、放射状に十数本の金色の鎖が射出される。
鎖は空を切り裂きながらアークデーモンに襲いかかり──
《ズドン!!》
一本目が、右肩から突き抜けた。
《ドガァァ!!》
二本目が、脚を巻きつけ、引き裂くように絡みつく。
《ギン!!ギィィン!!》
アークデーモンの腕が咆哮とともに薙ぎ払う──
だが、鎖は砕けず、そのまま胴に巻きつき、拘束を強めた。
リリィは、その横をすり抜けるように疾走していた。
ドレスの裾を翻しながら、ナイフを両手に持ち──
「ふふっ♡ 今度はどこから裂いてあげよっかな〜?」
ニヤリと笑った瞬間、次の動きが始まる。
《ヒュンッ!》
一本目のナイフが宙を舞い──
《ザシュッ!》
喉元へ。
《ピシュッ!!》
二本目は関節部を狙い、腕の動きを封じる。
《ギンッ!!ギンギンッ!!》
続けざまにナイフが連続で突き刺さり、全てが関節、腱、目、耳──“殺す場所ではなく動きを止める場所”を正確に突いていた。
「ふふ〜ん♡ どうしたのぉ? さっきまで元気だったのにぃ?」
「ねぇ?痛い? 悔しい? ざぁ〜こ♡」
舌を出し、スカートをクイッと引き上げて挑発のポーズ。
その瞬間、アークデーモンの背から、漆黒の刃が飛び出した。
だが──
「遅い♡」
リリィは、影のようにスライドし、刃の下をくぐる。
そのまま地を滑るように逆サイドへ回り込み──
『第二戦技《瞬撃舞》!』
《ザンッ!!》
空間を裂くような加速と共に、ナイフが眼窩へ突き刺さる。
だが──再生する。
肉がうごめき、骨が自己接続を始める。
「……ああもう、ほんっとしぶとい」
リリィが眉をひそめる。
「だから嫌だったのよ、この不死野郎──」
──その瞬間、カナが跳躍した。
上空から、黄金のメイスが振り下ろされる。
「神罰第六条──《聖なる断罪》ッ!!」
《ズガアアアアアンッ!!!》
地面が砕け、杭ごとアークデーモンが押し潰される。
砂煙が爆発のように舞い上がり、周囲の地面が波打つ。
だが──終わらない。
アークデーモンは、再び起き上がろうとする。
その様子に、カナの怒りが爆発した。
「この──“ゴミ”がァァァァァァァァァ!!!!!!」
次の瞬間。
【ギィンッ!!】
全方向から、鎖が一斉に収束。
四肢を十字に拘束し、地面へ叩きつけた。
「神罰第二条──《圧殺ノ権能》」
リリィが後方でつぶやく。
「こっわ!」
その言葉通り──カナのメイスが、鎖に縛られたアークデーモンへ振り下ろされた。
《ズガァァァァァァン!!!!》
重力が逆転したような轟音。
地面が陥没し、十数メートルのクレーターが形成される。
二撃目。
《ズガアァァァン!!》
三撃目。
《ズガアァァン!!》
砂煙が竜巻のように舞い、もはやアークデーモンの姿は見えない。
だが、2人は止まらなかった。
カナのメイスが打ち下ろされるたびに、
リリィのナイフがその隙間を縫って正確に急所を突いていく。
空間が、振動していた。
音も、光も、衝撃も、意味をなさないレベルで。
俺はというと──
そのすべてを、体育座りのまま見上げていた。
ただ一言だけ、心の中で呟く。
(…………うん)
(もはや、どっちが“魔王軍幹部”か分からん)
────────────
あれから、どれくらい経ったのか。
空はすっかり赤く染まり──
焼けた大地の端に、夕暮れの光が沈み始めていた。
──戦いは、終わろうとしていた。
「はぁ……はぁ……っ、ちょっと、さぁ……」
荒い呼吸を漏らしながら、リリィがフラついた足取りで立ち尽くす。
「……そろそろやめない……?」
だが──返事はなかった。
代わりに、返ってきたのは。
《ドグゥッ!!》
咆哮とともに振り下ろされる、アークデーモンの巨大な拳。
リリィの身体が影に飲み込まれようとした、その瞬間──
「リリィさん!!」
──ガキィィィィィンッ!!!
間に割って入ったのは、カナだった。
鎖を盾に、メイスを構えて防御──それでも吹き飛ばされそうになるのを踏ん張って耐える。
「なにをぼさっとしてるんですか!!」
怒声が飛ぶ。
「足手纏いになるなら──あっちに下がっててください!!」
リリィが涙目で唇を尖らせるも、すぐに笑顔を作り直す。
「でも……ありがと♡」
──そのやり取りの最中にも。
アークデーモンは再生し、拳を振り上げる。
何度倒しても、何を壊しても──動きを止めない。
カナは、初めて“命のやり取り”という現実を前にしていた。
普段のように神罰を唱えても、打ち砕いても、拘束しても──
終わらない。
そして今──
“力では絶対に負けない”はずの彼女が、追い詰められていた。
「……やばい……」
俺は、ウインドウを開いていた。
【スキルウィンドウ ▶ 魔法一覧】
(何か……使える魔法……何でもいい……!)
「このままじゃ……2人が……!」
目の前で、少女たちが死ぬ未来が現実になる。
それだけは──俺が見たくない。
(だが、こいつ……死なねぇ……!)
(なんか、封印とか、拘束とか、クールダウン系の魔法……)
【スクロール中──】
ガチャ。
──そこに表示されたのは、一際怪しげな項目。
⸻
《魔法名:光牢転界陣》
説明:
ぎゅってしてぴゅーんどこに行くのかは不明でぇーす☆
詳細:略
⸻
「………………クソUIがァァァ!!」
怒鳴りながら、俺は拳を握った。
(もうどうにでもなれえええええええええええ!!)
「2人とも、下がれぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
俺の叫びに、リリィとカナが同時に跳ぶ。
咄嗟に地面を蹴り、アークデーモンとの間合いを取ると──
俺は、両手を前にかざした。
「うおおおおおおおおッッ!!!」
──魔法が、発動する。
空間がきしむ音。
雷鳴のような振動とともに、アークデーモンの足元に
フラフープ状の魔法陣が“輪”となって出現した。
その輪が──一重、二重、三重、十重、無数に増殖していく。
まるで、絡み合う鎖のように。
アークデーモンが怒声を上げるも、輪の力がそれを締めつける。
ズズ……ズズズ……!
足が、腕が、胸が、胴が、次々に“捕縛”されていく。
最終的に、動けるのは──顔だけ。
「……っが……ぐあああああ!!」
咆哮を上げようとした瞬間──
──空間に、光の柱が立ち上がった。
激しい閃光が空を裂き、地面を焼き、
アークデーモンの姿を塵すら残さず包み込む。
視界が白に染まり、音が消え──
一瞬の後。
すべてが、静寂に包まれた。
カナも、リリィも、何も言わず、ただ見つめていた。
──そして光が収まった時、
そこには、もうアークデーモンの姿はなかった。
一言も残さず。
一滴の血も、欠片すらも──
完璧に、消えていた。
俺は、手を下ろしながら思った。
(……どこ行ったんだろう……)
(……いや、今は考えないでおこう……)
──落ちた膝が、震えていた。
だがそれは、恐怖ではない。
ようやく、終わったのだ。
夕日が、俺たちを照らしていた。
──そして、魔法の説明ウインドウが最後にこう更新された。
⸻
《使用済:光牢転界陣》
効果:
どっかにびゅーんって転送しました。行き先は分かりません。
責任は持ちません。
開発担当:女神A子(開発途中)
⸻
「──なんだよそれ!!!!」
俺の絶叫だけが、赤く染まる空に響いていた。
────────────
大教皇・ファルカンは、広場の中央で空を見上げていた。
東の空──
遥か遠方、草原の地平線から“それ”は伸びていた。
まるで──天へと貫く柱。
神の槍のように、あるいは断罪の剣のように。
それは数秒だけ世界の中心を照らし──
──一瞬で、跡形もなく消えた。
「…………あれは……なんだ……?」
ファルカンの額に、じわりと汗が滲む。
(まずい……)
(まずいまずいまずいまずいまずいッ!!)
脳内で、警鐘が乱打された。
(あの方向は……っ!)
(隠していた魔法陣が……!!)
(見つかったのか!? いや、それどころか──)
(“起動”された……!?)
ファルカンの背中に、冷たい何かが走る。
(計画は順調だった……)
(数十年かけて、この国の中枢を“組織”の手に染め上げた)
(なのに……どこで……)
──ふと、脳裏に浮かぶのは、あの時の報告。
(そういえば……)
(依頼を受けた冒険者を“消しに向かった”直属の部隊……)
(まだ、帰ってきていない……!)
「くっ……!」
(このままでは……!)
(国に“調査する口実”を与えてしまう……!)
(そうなれば……私の──いや、“組織”の理想が遠のく!)
「…………ッ!」
ファルカンは、ローブの裾を翻し、早足で広場を駆け出した。
──もう、手段を選んではいられない。
通路のあちこちで、貴族や神官たちが口々に声を上げる。
「だ、だ……大教皇様!?」
「そ、外は危険ですぞ!? あの光の柱……」
「ファルカン様、避難を──!!」
「うるさいッ!!」
ファルカンは叫びながら、進路を遮る者を手で押しのける。
一歩、また一歩──大聖堂へ向けて、重く、早く。
そして──
大聖堂の手前で、一台の黒塗りの馬車が進路を塞いでいた。
「ぐぬぅ……!」
(誰の馬車だ!? なぜここに!?)
「私を誰と心得る!!退け、下がれ!──邪魔だ!」
ファルカンは馬車の横を強引にすり抜けようとする。
(──覚えておけ)
(この馬車の主は、後で必ず処分する……)
(冤罪だろうが、無関係だろうが関係ない)
(罪を“でっち上げて”処刑するまでだ──)
その瞬間。
馬車の側面、窓が静かにスッと開いた。
「これは……久しぶりですな、ファルカン殿」
その声に、ファルカンの脚が止まる。
血の気が引いたように、顔色が変わった。
「き……貴様は……!」
顔を窓に寄せたのは、老齢の男。
重厚なマントに身を包み、ただ座っているだけなのに、空気が変わった。
「フィルバート……貴様……!」
「なぜ貴様がここに……!? ここは王の城だぞ!? 議会を追放された貴様が……!」
「貴様など、来てよい場所ではない!!」
だが──フィルバートは微笑んでいた。
あくまで丁寧に、静かに。
「……ファルカン殿。あなたはもう、気づいているでしょう?」
「本日は──“王への進言”と、“調査のお願い”にまいりました」
「ぐぬぅぅぅ……ッ!!」
ファルカンの拳が震える。
悔しさに噛みしめた唇から、赤い一滴がこぼれ落ちた。
だが、今は“彼”に構っている場合ではない。
ファルカンは馬車をすれ違い、足早に大聖堂へと向かっていった。
その背を、フィルバートは静かに見送り──
馬車の中で、誰にも聞こえない声でつぶやいた。
「……予定より、少し早まったか」
「──だがそれもまた、好都合」
「君は君の理想のために動けばいい」
「私は──“私の目的”のために動く」
夕陽が、アステリオン王国を朱に染めていた。
そして。
歴史の歯車が──音を立てて回り始めた。
あとがき小話
「転送されたアレ、どこ行ったんでしょうね(棒)」
シュン「……なぁ、カナ」
カナ「はい、主様」
シュン「アークデーモンって、さ……」
カナ「……どこへ行ったのか、というお話ですね」
シュン「うん。いや俺、飛ばした張本人なんだけど……まじで知らないんだけど」
カナ「責任放棄ウィンドウには“どっかにびゅーん”とありました。つまり“どっか”です」
シュン「情報ゼロ!! それただの擬音!!」
カナ「安心してください、主様」
カナ「もしまた現れたら──その時こそ、“粉砕”しますので」
シュン「いやもう今ので充分粉砕したと思うんだけどなぁ……」
カナ「まだ足りません。主様に危害を加えた“罪”──その代償は、まだです」
シュン「うわ、怖っ。メイスまだ血走ってるもん……」
──そんな会話の向こうで。
作者は、遠くを見つめていた。
作者『……ねぇ、アークデーモンってさ』
作者『“どこに行ったんだろうねぇ”……(遠い目)』
……次にその姿を見る時。
物語は──“とある区切り”を迎えるのかもしれません。
でもまぁ今は。
草むしりでもして待ちましょう。




