第4話『ここ、大賢者の土地らしいんですが!?』
ここまで読んでくれた奇特なあなた!
ブクマ・いいね・感想・★・DM・テレパシー、なんでも嬉しいです!
作者は1PVでも跳ねて喜ぶタイプなので、反応があるとガチで次の原動力になります。
どうかこのテンションのまま、応援いただけると助かります!
(いや、助けてください!!)
「……で、結局ここ、どこの国の領土なんです?」
そう訊ねてきたのは、最近住みついた中年の男だった。元々は旅商人だったらしく、肩の革袋にはやけに年季が入っている。
「えっと……たぶん、どこでもないです」
俺は曖昧に答える。というか、本当に“どこでもない”としか言いようがなかった。
自分で建てた仮設の丸太小屋、その前に作った大鍋の横。
今、村と化してしまったこの場所では、昼食後の雑談みたいなものが自然に発生していた。
前世ならこういう集まりは全力で避けてたんだけど……今は“村の主”みたいな扱いになってしまったせいで、逃げ場がない。
元衛兵の男が、胡坐をかいたまま口を開いた。
「この辺、西はアステリオン王国。いわゆる人間国家で、宗教と騎士が幅を利かせてる。
反対に東側にはグラッドハル連峰、ドワーフの山岳要塞だな」
「へぇ……」
「ただ、どっちの地図にも“この森”だけ載ってない。完全に空白地帯。
しかも両国が、“この一帯には踏み込まない”って取り決めしてるって話だ」
──うん? 待って?
何気なくすごいこと言われた気がするんだけど!?
「……それって、なんで?」
訊くと、厳つい女傭兵が腕を組んで答えた。
「曰く、この森は“封印地”。昔、何かを封じたんだと。国境を越えてな。
大昔の“賢者”が、ヤバいやつを止めるために結界張って──でも、そいつも消えて。
今じゃ何があったかもわからんが、とにかく“立ち入り禁止”になってる」
ふ、封印地……?
シュン(待て待て待て、俺、ここ“空いてるから”って住みはじめたんだが!?)
なぁ女神、なんでそれ先に言わなかったの?
「おめでとう!転生です!立地自由です!」じゃないんだよ。
「それにしても、いろんな国があるんですね」
そう話を変えると、商人の男が語りだす。
「この辺は、六大国家の接触地帯だ。ぶっちゃけ物騒だぜ」
「魔族国家ザル=グルド。魔王いねぇくせに軍閥だけは多い。
宗教国家は天上正典連盟。『正義』って名乗ってるけど、うっかり異教認定されると死ぬ。
ノールヴェルト連邦は魔法技術と商売の国。俺はそこ出身だな。割といいとこだよ」
おぉ……なんか、急に“世界”っぽくなってきた。
シュン(でも巻き込まれるのは嫌です。俺は静かに暮らしたい。切実に)
「それと……ああ、そうだ。フェリスの森。エルフ国家」
「エルフ!?」
思わず食いついてしまった。あ、やべ、声でかかった。
「中立だけど、よその戦争には顔出さない主義。
でもな、あの国の弓兵隊は“森の白銀”って呼ばれてて──」
「可愛いんですか?」
「は?」
「エルフの女の子は、可愛いんですか?」
「……知らん。行ったら殺されるぞ。男は特に」
シュン(ダメだ!幻想が!バッキバキに折れた!!)
カナはなぜか得意げに頷いていた。
「ご安心ください。主にはこの身がございますので、他国の雌など──」
「いや言い方!!」
……うん、なんか情報の密度はすごいんだけど、
今の俺が得た結論はこれだ。
シュン(この土地、なんで俺はこんな地雷の中心にいるんだ……?)
そろそろ胃がズキズキしてきた。
──────
「……で、行くんですか?」
俺は薪を組みながら、横で槍の手入れをしているカナにそう尋ねた。
「はい。主のお膝元です。安全確保のため、周辺の踏破は当然かと」
「安全のために、危険なとこ入るの……?」
「はい。主に危険が及ぶ可能性を一つずつ潰していくのです。至極合理的です」
合理的(狂気)
俺がこの手の理屈に弱いのを知ってるんだろうな、こいつ。
結局、朝のうちに軽く食事を済ませ、簡易スキルで作った革の袋に水を詰め──
気づけば、カナと並んで森の奥へ足を踏み入れていた。
さっきまで賑やかだった拠点の周囲とは打って変わって、森の奥は妙に静かだった。
鳥の声も、風の揺れも、葉のざわめきすらない。
シュン(なんだろうこれ……音が、吸われてるみたいだ)
カナが立ち止まり、指を上に向ける。
「結界痕があります」
「えっ?」
その指先を見上げると、枝葉の合間に、かすかに光の筋が交差していた。
魔法陣というより、“結界が破れた痕跡”──透明なヒビ割れのようなもの。
「これは……あれか? 昔の封印の名残とか?」
「恐らく。“力場”そのものは消えてますが、揺り戻しがあります」
「……揺り戻しって?」
「負の魔力の余波です。“何か”を封じていた力が失われ、その跡地に反発が残るんです」
ふ、ふふ、怖っ。
そんなこと口にしながら、顔は無表情のまま木をかき分けていくカナ。
どうしてこの子は、そういうのに耐性がありすぎるんだ。
俺は怖い。素直に怖い。
しかも、怖さの種類が「ホラー」じゃなくて「システムバグ」系なのが怖い。
しばらく進むと、地面に埋もれかけた石碑を見つけた。
苔に覆われ、半分以上が土に埋まっている。
だが、その中央──
『■封■■■ 此ノ地■■■ 過■■■』
まるで文字ごと、何かで焼かれたように溶けていた。
「……おい、これ絶対、開けちゃダメなやつだったんじゃ……」
「大丈夫です。もう開いてます」
「それが一番ヤバいわ!!!!」
シュン(何が“もう開いてます”だよ!もう戻れないフラグじゃねーか!!)
カナは屈み込み、石碑に軽く触れた。
──その瞬間。
足元の地面から、ぶゎりと黒い風のようなものが吹き上がる。
「っ……!!」
反射的に後退した俺の目に、ほんの一瞬だけ、光の粒が見えた。
紫がかった霧のような魔力が、カナの手元からふわりと広がり──すぐに霧散する。
「反応ありました。まだ、“何か”が生きていますね」
「生きてるって何が!? 何が生きてるって言った!?」
「詳細は不明です。……ですが、主に敵意を抱くものでないことは確かです」
「えっ、なんでわかんの……?」
カナは少しだけ笑った。珍しく、微笑を浮かべて。
「感じました。“試すような眼差し”でした」
その表情に、背筋が冷える。
木々がまばらになり、視界が急に開けた。
地面は不自然なほど踏み固められ、草が生えていない。
まるで、“何か”がずっとここに居座っていたかのように。
周囲よりも、わずかに空気が冷たい。
シュン(……なんだ、この感じ。風、止んでる?)
音がない。風も吹かない。
なのに、妙な“圧”だけがある。胸の奥をじわじわと掴まれるような、形のない気配。
「……止まってください」
カナの声が低くなる。俺のすぐ横で、槍を構えた。
──そして、現れた。
霧が音もなく裂けた。
何かが空間ごと引き裂いたように、そこに立っていた。
黒い霧を纏った、銀色の巨獣──
狼だった。
全身に金属のような毛並み。
その体格は馬よりも大きく、四足で立っているのに、顔は木の中腹に届いている。
そして、目が合った。
赤い。燃えるような赤。
だがそこに“観察”も“威嚇”もない。あるのは──殺意だった。
シュン(やばい。あれ、来る。マジで来る!!)
「主、下がってください」
カナの声が、氷のように冷たくなる。
銀狼が動く前から、彼女はすでに地を蹴っていた。
だが──
狼の動きは、それを超えてきた。
跳躍。
否、突撃。
黒い残像が線となって伸びた瞬間、銀狼はカナへ肉迫していた。
シュン(速──!?)
最初の位置にいたはずの銀狼が、瞬きする間にカナの懐に入り込む。
その巨体が、鋭く回転する。
前脚を大きく振りかぶり──
横薙ぎの爪が、風を割って地面をえぐった。
「──っ!」
カナが跳び退き、寸前でかわす。
だが、銀狼はすでに次の一撃を構えていた。
連撃。
しかも、攻撃の軌道は“避けにくい角度”を選んでいる。
シュン(こいつ……戦い慣れてる!?)
跳躍、フェイント、角度変更、そして牙。
全ての動作に、“経験”を感じる。
獣の本能じゃない。**誰かに仕込まれた“戦闘術”**だ。
「──主に手を出したな」
カナの声が変わった。
それは氷のような静けさと、雷鳴のような怒りを同時に含んでいた。
右手を上げる。
「神罰第七条──《審問拘束》」
空気が、振動した。
直後、空間の各所に小さな金色の魔法陣が浮かび上がる。
地面、木々の幹、空中。ありとあらゆる場所に。
その中心に──“音”が生まれた。
カツン、カツン……ガチン……!
鎖。
金属が擦れるような音とともに、魔法陣から金の鎖が伸びる。
それは空中をうねり、銀狼の四肢と胴に絡みついた。
「──っ……!!」
銀狼が暴れる。
だが、逃げられない。
鎖が締まる。
それだけで、空間がひとつ、支配された。
次の瞬間。
──天が、裁いた。
白銀の巨大な鉄槌が、上空から“降って”きた。
ではなく、最初からそこにあったかのように“顕現”した。
金の鎖に縛られたまま、銀狼はその一撃を真正面から──
ドォンッ!!
爆音と衝撃。
木々が折れ、地面が裂け、風が逆流する。
土煙の中、銀狼の巨体が吹き飛び──
いくつもの木を薙ぎ倒しながら、沈み込むように地に伏した。
──そして、動かなくなった。
静寂。
森が、息を呑んだように黙る。
「……進みましょう」
カナが、ひとつだけ呼吸を整え、背を向ける。
俺は、動かなくなった銀狼を一度だけ振り返って、そっとつぶやいた。
シュン(……今の、スキルだったんだよな。っていうか……何だよ、神罰“第七条”って)
シュン(そんなもんがまだ六つもあるのかよ……!!)
俺の胃に、またひとつ穴が開いた気がした。
──────
「……これ、完全にボス部屋の奥じゃん……」
俺はつい、口に出してしまっていた。
銀狼との戦闘を終え、カナと共にさらに奥へ進んだ先──
森の最奥に、それはぽつんと建っていた。
木造の小屋。
半壊したような外観。屋根には苔、壁はひび割れ、土に埋もれかけた基礎。
明らかに、長い年月が経っている。
それなのに。
それなのに、なぜか“生々しさ”がある。
崩れた扉の前には、誰かが“踏みしめた”ような足跡のくぼみがあった。
シュン(……誰か、最近までここにいた?)
いや、そんなわけはない。
でも──空気が……生きてる。
家ってのは、本来人の気配が抜ければ“空になる”もんだ。
だけどこの小屋は──何かを内側に抱えたまま、ずっとここに居る。
「……カナ、これ……」
「恐らく、ここが“中心”です」
カナの声は、珍しく少し硬い。
彼女ですら警戒していることが伝わる。
扉は、半分だけ開いていた。
破壊されたわけではなく、**“開けかけて、閉じられなかった”**ような形。
近づいてみると──木材の表面に、何重もの“焼け焦げた文字”が重なっているのが見えた。
古代魔法文字、らしい。
読めるはずもないが、ただ、視界の端がチリつくような痛みだけが残る。
シュン(これ……絶対、開けたらマズいやつじゃん……)
俺は全身の細胞が「やめとけ」と叫んでいるのを感じながらも、目を離せなかった。
一歩、踏み出すたびに、
胸の奥で、何かが軋む音がした。
言いようのない緊張。吐き気に似た感覚。
でも……それでも、知りたいと思ってしまった。
“あの狼が、命を懸けて守っていたもの”を。
「……開けるよ」
自分でも驚くほど小さな声で呟き、扉に手をかけた──
──カチリ。
何かが、“外れる”音がした。
鍵でも、錠でもない。
もっと根本的な、封印の“原理”そのものが、外れた音だった。
直後、森全体が──息を呑んだように、静まり返る。
「っ……!」
思わず手を離す。けれど、扉はすでに──
ギィ……
音を立てて、ゆっくりと、内側へと開いていく。
自分の意志ではない。
引かれるように、導かれるように──
シュン(いや待て!違う違う違う!まだ心の準備が──)
その叫びは、声にならなかった。
扉の奥から吹き出した空気は、あまりに重く、冷たく、古く……それでいて、懐かしかった。
まるで、何かが“目覚めた”ような、そんな空気だった。
第4話、完