第39話「ロリマスが煽って、筋肉が潰して、俺が埋まった」
「……っ!!」
東の草原に辿り着いたリリィは、思わず息を呑んだ。
「……なによ……これ……?」
そこに広がっていたのは、まるで別世界。
一刻前まで草木が生い茂っていた草原は、根こそぎ吹き飛ばされていた。
地はえぐれ、風紋の跡が渦を巻き、大地には砂漠のような乾いた大穴──
(まるで台風が直撃したみたい……)
だが、リリィの視線はすぐに**“それ”**に奪われた。
「……アークデーモン…………!」
そこに立っていたのは──かつて彼女が倒しきれず、封印するしかなかった【魔王軍の幹部】。
あの時、命を懸けて宝具《魔封の水晶》に閉じ込めたはずの──
──アークデーモン。
その漆黒の巨体が、咆哮とともに腕を振り上げる。
拳の先には──
「っっ!? あの子……!」
無防備なE級魔法使いが、ボーッと立っていた。
「危ない!!」
リリィは即座に足に力を込め、空気を裂く。
『第三戦技《疾風》──!』
次の瞬間、彼女は疾風の如く地を駆け──
間一髪、シュンの身体を抱え飛び退るようにして救出した。
「……っぶな……って、え?……ロリマス……?」
「はっ!?誰がロリマスよ!!?」
「いやだって……見た目そのまんま……」
「ちょ……まさかロリって……子供とかそういう意味!?
やだ……昔、大賢者も似たようなこと……っっ!!」
──その瞬間。
アークデーモンの咆哮が、空気を震わせた。
黒き魔力が収束し、周囲に**“黒い球体”**を8つ、静かに展開していく。
「やばッ!!」
リリィは後ろに控えるシュンに振り返り、叫ぶ。
「お兄さん!!使える魔法とか無いの!?」
「えっ!?ちょっ、あっ、えっと、どれだどれだどれだっ……!」
ウインドウを開いて慌てふためくシュン。
その様子を見て、リリィは肩をすくめ──
「もういい!雑魚は雑魚らしく──あっちで見てなさい!」
「えっちょっと待──」
──ズドン!!
リリィは容赦なくシュンを人間キャノン砲のようにぶん投げた。
数メートル先へ吹き飛んでいくシュン──
「ひぎゃああああああああああああああ!?!?!?!?」
シュンが着地もせずに顔から滑ると同時。
アークデーモンの黒球が放たれた。
──ズババババババババババ!!!
八方向に走る黒雷。空気を裂く轟音とともに地を焼き払う暗黒の閃光。
だが、リリィは動じなかった。
「ふっ──!」
手元から複数のナイフを一瞬で抜き、次々と投擲。
雷撃の経路をわずかに逸らしながら、リリィはナイフとナイフの狭間をステップで駆け抜ける。
背中のゴスロリドレスが、破れそうな勢いで風になびいた。
そして、最後の黒雷を──
手に持った、刃が削れた宝剣で真正面から受け止め──
──ギィンッ!!
閃光と金属音を伴って、最後の雷が霧散した。
雷撃が止む。
舞い上がった土煙の中、リリィはゴスロリの裾を手で軽く払うと──
アークデーモンを見上げ、にっこり笑った。
「……あーあ。残念でしたぁ?」
「頑張っていっぱい撃ったのに、ぜーんぶ当たらなかったねぇ?」
片手を腰に、片手をアゴに添え──くすりと笑う。
「ねぇ、どう? 悔しい? ざぁ〜こ♡」
煽りスキル:限界突破。
ゴスロリ少女──否、かつての“勇者の影”が、魔神を前にして挑発を始めた。
その笑顔は可憐にして、傲慢。
可愛らしさと、圧倒的実力を兼ね備えた、最凶のロリマス芸──開幕である。
──────
カナは、胸を締めつける後悔と焦燥を抱え──
持てる限りの速度で、草原を目指して駆けていた。
「主様……ご無事で……っ……」
心臓が痛いほど脈打ち、視界の端で風が揺れる。
靴音が石畳に吸い込まれていくたび、焦りが募る。
──その時だった。
街道の向こう、視界の奥に見覚えのある産業廃棄物が映った。
「…………グローレン」
男は、なぜか十数人の柄の悪い男たちに囲まれていた。
「や……やば……なんか変な絡まれ方して……って、あっ!」
グローレンの目がカナを捉える。
手を振って叫ぶ。
「カナ様!!助け──」
──どうでも良かった。
カナは視線すら一切逸らさず、右手をスッと上げる。
次の瞬間。
バッッ!!
金色の鎖が、空間を裂いて出現。
そのまま一直線に敵味方(?)関係なく薙ぎ払う。
「ぶげえっ!?」「ぐあああああ!?」「えっ味方も!?」
グローレン諸共、暴漢たちはひとまとめに爆散。
街道には一瞬で静寂が戻った。
──だが、カナは一瞥もくれない。
彼女の瞳にあるのは、ただ一人の主の姿だけ。
「主様……今、参ります……!」
金の鎖が光を引き裂き、カナの体が雷のように加速する。
──暴漢? 関係ない。
──ゴミ? 道に転がってる。
──民間被害? 知らぬ。
主様こそ、すべて。
カナは、ただ“主様のもとへ”翔けていく──
凶暴な愛を、地面に撒き散らしながら。
────────────
リリィは、アークデーモンと死闘を繰り広げていた。
ひらひらのゴスロリ服は裂け、白い肌には無数の傷。
血が滲み、足取りもわずかに鈍い。
致命傷はない──が、それでも“ギリギリ”なのは誰の目にも明らかだった。
それでも──
「あらら〜? そ〜んな強そうな見た目してるくせにぃ〜……
女の子ひとり殺せないなんてぇ〜なっさけなぁ〜〜い♡」
挑発する声に、アークデーモンは激昂。
魔力が暴走するままに、闇色の魔法と凶悪な腕力を織り交ぜて突っ込んでくる。
対するリリィは──
紙一重で躱し、反撃のナイフを投げ続けていた。
「あっは♡ 必死すぎてウケるんですけどぉ〜?
かよわ〜い女の子追い回してぇ〜……えっ、もしかしてぇ?──変態さんですかぁ〜?」
その口調に隙はあっても、動きに隙はない。
戦技で強化されたリリィのナイフは、一本でも木々を軽く断つ威力を誇る。
その鋭い一撃が──確実にアークデーモンの胴、腕、脚を斬り裂く。
ブシュ。
ザシュ。
しかし──当たった部位は、すぐさま再生。
肉が蠢き、骨が再接続され、まるで何事もなかったように動き出す。
アークデーモンは倒れる様子すらない。
(やっぱ……この再生能力は“昔のまんま”ね)
リリィは、心の中で小さく舌打ちする。
(……ほんっとに、めんっどくさい)
あの頃──
勇者パーティは、アークデーモンと三日三晩戦い続けた。
何千発もの攻撃を叩き込み、四肢を裂き、頭を砕き、命を削った。
だが、それでも──
倒せなかった。
(攻撃は通る、でも“死なない”──
どこまでいっても“削り切れない”)
泣く泣く、魔王戦用の“魔封じの水晶”を使って封印したのは、
まさにこの“チートみたいな再生力”が理由だった。
(ほんとクソスペック……
蘇ってくるとか、誰が許したのよ)
額の血をぬぐいもせず、リリィはふっと笑う。
「ふ〜ん……ドヤ顔で再生してるけどぉ〜……
そろそろ飽きてきたんだけどぉ♡?」
ナイフをくるりと回しながら一歩踏み込もうとした、その時──
「──主様!!」
風を裂く叫び声と共に、黄金の閃光が地平を翔けた。
リリィがふと目を向けると──そこには、誰よりもまっすぐに駆ける少女の姿。
その声に、一瞬だけリリィの口元が緩んだ。
「あら……筋肉ゴリラじゃん♡」
軽口を叩いたリリィの視線をよそに──
カナは、一切の反応を見せず、焦りと怒りの入り混じった表情で辺りを見渡す。
──そして、見つけた。
顔面から土にめり込み、尻を高々と突き上げたまま気絶しているシュンの姿を。
「主様!!」
反射的に駆け寄り、その場にしゃがみ込む。
「主様!主様!どうか……!」
必死の呼びかけに、ようやくシュンがまぶたをわずかに開いた。
「ん……? え? カナ……?」
「……俺……投げ飛ばされて顔面で地面掃除してた気がするんだけど……」
シュンの言葉に、カナは静かにシュンを座らせ、そっと背中に手を添える。
そして、次の瞬間には──
殺気が、はっきりと“空気”を歪めた。
「──よくも…………主様を……!」
まるで空間が震えたかのような錯覚と共に、カナの口元から紡がれる声。
そして、
「神罰第八条──《断罪ノ楔》」
その言葉を合図に、空間に小さな光の粒が次々と生まれる。
それはまるで、星屑のように輝く微細な光。
だが──それは祝福などではない。
シュウウウウ……
光が一斉に放たれると、黄金の鎖が無数に出現。
アークデーモンの身体を中心に、四方八方から飛び交い──
ドシュッ!!
──その全身を、蜂の巣のように貫いた。
四肢、胴、頭部、翼、尻尾──
ありとあらゆる部位に、正確無比に突き刺さる“聖なる杭”。
動くことすら、許さない。
地面に打ち込まれたそれらは、やがてひとつの“塊”と化し、巨大な杭束のようにアークデーモンを固定していた。
──その中央へ、カナは静かに、そして確実に歩を進める。
右手に握るは、黄金に輝くメイス。
「神罰第二条──《神聖圧殺》」
次の瞬間──
ズドン!!!
メイスが叩きつけられると同時に、地面が抉れた。
まるで**巨岩を投下したかのような衝撃音とともに、粉塵が舞い上がる。
二撃目。
ズドォン!!
鎖の束ごと、地面が割れ、半径十メートルほどが陥没。
三撃目。
ズガァン!!
地面にクレーターが形成され、重力を無視したかのように大地がめり込む。
四撃目。
ズガァン!!
大地そのものがひび割れ、地形が“書き換えられ”始める。
「ちょっとカナ!? やりすぎやりすぎやりすぎ!!地形が!地形が変わってるからね!?今!?物理的にィ!!」
──シュンの悲鳴じみたツッコミも、カナの耳には届いていない。
カナの目は、既に“裁きの執行者”としてのそれになっていた。
ズガァン!ズガァン!!ズガァン!!!
聖なる鎖とメイスの連打によって、
もはやアークデーモンの原型すら残っているか怪しい。
その光景に、リリィはただ唖然と立ち尽くす。
「なにそれ……神罰……? 戦技でも魔法でもない……なに、この子たち……」
魔族すら封印せざるを得なかった“あのアークデーモン”が、ただの地面のシミにされているという事実。
リリィの背筋に、ようやくほんの少しの寒気が走る。
だが──
「主様をよくも──この糞虫がぁぁぁぁぁ!!!!」
──カナのメイスは、まだ止まらない。
もはや誰の声も届かない。
ただひたすら、地面と一緒に“悪”を叩き潰す。
それこそが、彼女の“神罰”だった。
──そして、彼女の主はというと。
「……草むしりだけだったはずなのに……」
泣きそうな顔で、砂だらけの膝を抱えて座っていた。
【あとがき小話】
リリィ「……ぷはぁ〜っ♡ やっぱこの“読了数”の空気……たまんないわねぇ〜〜♡」
リリィ「ここまで読んだ奇特な人間ども〜〜っ♡ よくぞここまで付き合ったわねぇ? 物好きにもほどがあるっつーの♡」
リリィ「ふふふっ、でもまぁ……うん、えらいえらい♡ ちょっとは褒めてあげる♡」
カナ「……リリィ様。感謝の言葉、煽らずに言えないんですか?」
リリィ「えっ♡ なにぃ? ねぇ今のどこが煽りなのよぉ〜?」
カナ「“物好きにもほどがある”は完全にアウトです」
リリィ「だってぇ〜、あたしのとこまで読み続けてる時点で、みんな立派な変態予備軍でしょ〜?」
カナ「……真面目にお礼する気、ありますか?」
リリィ「ん〜〜じゃあ、カナが言ってみなさいよ。ちゃんと真面目に♡」
カナ「……では、僭越ながら」
カナ「ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。
物語の続きを紡げるのは、読者の皆様のおかげです」
リリィ「…………」
リリィ「……うわ、ガチすぎて逆に鳥肌立ったわ」
カナ「あなたが普段ふざけているだけです」
──というわけで!
読んでくれて、ありがとう♡(※これは本心)
次回もギャグと伏線と草むしりで世界が広がっていくから、
覚悟しなさいよ〜〜〜?♡
リリィでしたぁ♡(煽)




